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第八話 嫉妬の蜘蛛と情欲の芋虫 ※


「う・・・ぐ・・・」


 闇夜の街中に響く苦しむ男の声。

 そして、その様子を黙って観察している刺客風の人間。

 全身黒尽くめの姿をしている刺客は夜でも目立たない格好をしていたが、その僅かな胸のふくらみから刺客が女性である事がかろうじて解る。


「ひぃっ・・・助け・・・」


 男が必死に命乞いする姿を無感動に見下ろしている刺客。

 冷徹なその瞳からは静かな嫉妬の炎が見え隠れしていた。

 そんな刺客姿の女性に現在進行形で命乞いをしているこの男は今のザルツでちょっとした有名人になりつつある新興の商人。

 以前からラフレスタ領と取引のあった彼は運良くラフレスタの乱が始まる前にエリオス商会から大量の懐中時計を仕入れていた。

 その後にエリオス商会が義賊団『月光の狼』であると摘発を受け、そして、ラフレスタの乱が勃発する・・・

 懐中時計の卸元であったエリオス商会は解体されてしまい、懐中時計の入手はしばらく途絶える事になる。

 帝都ザルツでも人気のあったこの商品はたちまち品薄となり、そこに目を付けたこの商人は高値で取引する事で短時間に莫大な富を得たのだ。

 数ヶ月で大財を手に入れる事ができたこの青年は天性の運と商才があったようだ。

 エストリア帝国の片田舎から大金持ちになる事を夢見て帝都ザルツにやって来たこの青年は早くもその夢を叶えた幸運の人物であり、この帝都ザルツの財界に鮮烈なデビューを果たせていた。

 そんな彼の幸運にあやかろうと、この商人はいろんな人からもてはやされ、現在はそこそこ有名人であったりする。

 彼も悪い気はしていない。

 むしろ、少し調子に乗っていたと言っても過言ではないだろう。

 街の歓楽街で散在する彼の姿は帝都ザルツでは成功者として噂になっていた。

 そして、この彼は築いた財産を元手に、帝国一の商人を目指そうと新たな商売を進めている最中にこの刺客から狙われたのだ。


「たぁ、す・・・助け・・・」


 必死に命乞いする彼だが、言葉が上手く喋れない。

 それは複数の細い糸によって彼の身体が絡められているからであり、まるで蜘蛛の巣に捕まった虫のように身体の自由を奪われている。

 その細い糸が、身体だけではなく、顔にも幾重に巻かれていたので、まともに喋れない。


「ふぃ、ひ・・・しょ、それは!」


 刺客らしき人物がナイフを出した事で青年の緊張感は一気に高まる。

 そして、そのナイフが一瞬光ったかと思うと、真一文字に横へ振るわれる。

 

 ブシューーーッ!

 

 ここで、拘束されていた青年の喉が切られて、鮮血と共に喉から息が漏れる。

 

「フゥーーーーーーーーッ」

 

 何らかの悲鳴を発しようとした青年であったが、それは音にならず、ただ空気の塊だけが口から洩れる。

 それは喉を切られたから当然である。

 直後に大量の吐血。

 ここでこの青年の運命は死に向かって転がって行く。

 大量の血の池に沈む若い商人を見て、この刺客姿の人物は薄笑いを浮かべた。


「ふ・・・いい気味ね」


 人の死を前に口角を上げて微笑む姿は何処か狂気染みており、人として近寄り難い雰囲気があった。

 そんな刺客女性はこの若い青年と面識はない。

 面識は無いばかりか、恨みすらない。

 しかし、恨みはないが妬みはあった。

 若い世代・・・自分と同じ世代のくせに幸運を手にしているのが許せなかった。

 自分には持てない物を持っていたのが許せなかった・・・

 だから、こうして殺してやった。

 不条理な理由、理不尽な理由・・・それで殺してやったのだ。

 彼女は常に理不尽の蔓延る世界に住んでいたが、この瞬間だけは乾いた心が何かに満たされていくのを感じられる。

 理不尽な全てに歯向かい、そして、勝つ感覚こそがこの時に得られていた。

 彼女の身体の奥からアツイ何か込み上げるこの感覚。

 この感覚だけは情事では得られない悦楽だと思う。

 彼女は仕上げをするためにもう一度ナイフを振り上げる。

 相手はもう死んでいるに等しかったが、ここでいつものように滅多刺しにしてやるのだ。

 そうする事でアツイ何かがもっと得られる・・・

 そんな狂気に憑かれてナイフを振り下ろそうとした時、邪魔が入る。

 

 パキーーーーーン!

 

 硬質な何かがナイフに当たり、飛ばされた。

 

「誰!」


 儀式はこれからだと言うのに、それを邪魔されて思わずそんな怒り声を上げてしまう彼女。

 その彼女視線の先にいたのは警備隊の装いをした青年であった。

 青年が長剣を投擲して、自分の持つナイフに命中させた事を理解する。

 刺客の女性は怒りのあまり、自分の太腿に装備していたもうひとつのナイフを引き抜き、邪魔に入った警備隊青年に襲い掛かる。

 心臓を狙う容赦のない急所攻撃だが、対する相手の警備隊男性も手練れである。

 刺客の攻撃をギリギリで躱し、自分に迫るナイフを持つ手ごと上手く絡め、そして、刺客女性を掴んで大きく宙へと投げ飛ばした。

 しかし、刺客女性は投げられても、巧みに宙で一回転し、猫のような俊敏さで地面に着地してみせる。

 見事な身の熟しだが、それでも自分では簡単に勝てない相手であると認識した刺客女性は現場から逃走を選択する。

 その事を察した警備隊の男性から制止を促す声が発せられる。


「待て!」


 度胸の座った迫力ある声だが、そんなものでこの刺客女性の逃走を止める事などできない。

 彼女はここで大きく跳躍して、街路の壁を蹴り、あっと言う間に壁の縁へと登る。

 ここまで登れば・・・と思っていた刺客彼女。

 そこに警備隊の男の声が続く。


「ローリアン。アイツを捕まえろ!!」


 その声に呼応するかのように暗がりから姿を現したのは若い魔術師姿の女性であった。


「解ったわ、フィーロ・・・さぁ、覚悟しなさい!」


 彼女は持つ魔法の杖を突き出して、そしてそこから、いきなり炎の玉が飛び出してきた。

 これは高等な魔術師のみが持つと言われている魔法を事前に充填した杖による攻撃である。

 街の警備隊程度にそんな宮廷魔術師クラスの魔術師がついていることなど聞いた事も無いが、それでも現実問題として自分に魔法攻撃が迫っていると刺客女性は正しく認識する。

 後ろが壁になっているため、これを避けるとなると、手前に飛び降りなくてはならない。

 だが、そうするとどうしても警備隊男の正面に降りなくてはならず、そうなると圧倒的に自分が不利になる。

 そう思った刺客女性はここで意外な行動に出る。

 両手で自分の身体を守るようにして身構えた。

 牽制的な意味合いで魔法攻撃を行った警備隊の男女―――ここを偶然通りかかったフィーロとローリアン―――は、この刺客の行動を自殺行為だと思ってしまう。

 普通ならば魔法を避けるために回避を選ぶべきなのだが・・・

 しかし、その後、彼らふたりは驚きの光景を目にする事となる。

 

ドーーーン!

 

 小規模な魔法の炎の玉が刺客女性に着弾した。

 しかし、それは小規模であってもそれは魔法の火であり、唯では済まされない。

 相手は魔法の炎に焼かれてダメージを負う・・・と思われたが、実際にはそうならなかった。

 炎の玉が彼女に着弾すると、爆発する音だけは木霊したが、魔法の赤い炎は彼女の身体の表面を這うように広がり・・・そして、黄色く色を変え・・・やがて、黒い霞となり淡く消えた。


「これは・・・魔力抵抗体質者か!」


 フィーロとローリアンはとても驚いたが、それも一瞬のこと。

 何故ならば、彼・彼女には身近な存在にこの能力の保有者を知っているからだ。

 それも、飛びっきりの能力を持つ体質者を。

 魔法を受けた衝撃で、刺客女性の衣服の一部が吹き飛んでしまったが、そんな細かい事など気にする彼女では無い。

 魔法を防いで得た隙を利用して、この刺客女性は屋根沿いに走り去り、帝都の闇へと消えて行った・・・

 

 

 

 

 

 

 暗い部屋で、ここにいたリーダー格の男性は約束の時間より遅れてきた小柄な刺客女性に怒鳴る。


「遅いぞ!」

「・・・すまない・・・ちょっとした野暮用でね」


 あまり悪びれた様子もなくそう応える刺客女性。

 衣服の一部が損傷を受けて破れていた事から、周囲の人は只事では無い事態に陥っていたと容易に推測できる。

 衣服の一部が大きく焼け焦げて穴が開いていたが、彼女は急ごしらえで簡単な布を巻き付けて最低限の処置をしていた。

 自分が着替えをしなかったのは、ここでの時間を守る事に対する努力だと認めて欲しいものだ・・・刺客女性はそのように思っていたりする。

 そして、このリーダー格の男性は細かい言い訳などを聞こうともせず、「まったく、この女は、いつも・・・」と悪態をつくだけに留めたのはこの女が今回のような事をするのは別に珍しい話ではなかったからである。


「んで、今回は誰を殺したんだぁー?」


 リーダー格の男性の隣に座る別の男からそんな問いかけ。

 そこには陰湿な視線も混ざっていた。


「フン。死ね!」


 刺客女性は自分を女として値踏みするこの男をあまり相手にはしない。

 短い罵りの言葉で吐き捨てて、自分に宛がわれた席にさっさと着く。

 その態度が気に入らなかったのか、無視された男の口からは嫌味が放たれた。


「これだから嫉妬女は・・・どうせまた若くて目立つ弱い(・・)ヤツを殺して、憂さ晴らしをしているんだろうなぁー」


 そんな挑発の言葉に殺気立てる刺客女性。

 それを敏感に感じ取り、更に挑発を続ける男。


「おお、やるか? この蜘蛛女ぁ」

「ギャガ! 言わせておけば」


 彼女は立ち上がり、ナイフを抜こうとしたところでリーダー格の男に止められた。


「お前達、止めろ! ここでやるのは会合だけだ。決闘をしたいのならば止めんが、それは『砂漠の国』に帰ってからやれ!」


 リーダーが凄むと、渋々だが、ふたりは険呑な気配を収めることにした。


「ギャガ・・・いや、この場で本名は駄目だな・・・『鎌切』、仲間を挑発するのは止めておけ。この帝都ザルツで我らは少数派であり、協力しなくてはならないのだ」

「へいへい、わかりました。ガイツ様よぅ」


 『鎌切』と呼ばれた男は、かぶりを振り、ガイツという名のリーダーの言葉に従う。

 それを、(ざま)ぁ見ろ、と馬鹿にする刺客女性にもガイツから雷が落ちた。


「『蜘蛛』、お前もだ! 帝都大学への潜入任務の件でいろいろとストレス溜まっているのは解るが、ストレス発散で殺しをするのも程々にしておけ。警備隊でもこの連続殺人事件(シリアル・キラー)に気付き始めている。妙なところで足元をすくわれるぞ」


 『蜘蛛』と呼ばれる刺客女性も、渋々に怒りを収めて自分の席へと着く。

 この集団のリーダーであるガイツには多少の恩義もあるため、彼の言う事ならば聞くのだ。

 そんなリーダーであるガイツは多少に疲れを感じながらも、彼らが気性の荒い存在であることを知っており、今回がこの程度で収まったことを幸運に思う事にした。

 そんなトラブル気質の彼らは『蟲の衆』と呼ばれる砂漠の国の特殊部隊である。

 この帝都ザルツに潜入している工作員の中でも抜群に腕のたつ存在であり、少数で潜入する秘密工作員の中で最強の戦力となる。

 そんな『蟲の衆』の中からの三人―――『蜘蛛』、『鎌切』、『芋虫』という精鋭を迎えて、帝都に侵入している工作部隊全員で行われる定例会合が今なのである。

 二十人ばかりの面子がこれで全員揃った事になる。


「とりあえず、全員が揃ったので、定例会合を始めるとしよう」


 ガイツはそう切出して、新たな諍いが起こる前にこの会合を早く終わらせる事にする。


「とは言っても、今回はあっと言う間に終わる。母国から来ている単純な命令をひとつ伝達するだけだ」


 ガイツはひと呼吸おき、砂漠の国の上層部からの命令を伝える。


「それは『撤収』だ。今月末で帝都ザルツに潜入している全部隊を入れ替える。来週から来る後任の秘密工作員に任務を引き継いで欲しい」


 このガイツの言葉に、ここで集まる数人の顔からは綻びを見せる。


「おお、これでようやく終わりか。五年は長かったぜ」

「ああ、家族に会える。息子は俺の事を覚えているかな?」

「へへん。お前んところの母ちゃんは、お前が誰かも忘れているんじゃねーの」

「うるせぇ!」


 そんな朗らかな雰囲気になってしまうのは仕方の無い話だ。

 不毛な土地と言われた砂漠の国であっても、それは彼らの故郷なのだから。

 そこに帰れるというのならば安心もするのだろう。

 それは『蜘蛛』も同じ気分であった。


「ああ、これでようやく終わる・・・これであのクソ教授の相手をしなくても良くなるし、莫迦な女のフリをするのもウンザリしていたから!」


 本当にウンザリしていたのか、思わず深いため息を吐く『蜘蛛』であったが、それにまた『鎌切』が絡んで来た。


「そりゃそうだ。こういった仕事はお前なんかよりも『蛍』の方が適任だからなぁ~」


 ケケケ、と下種に笑う。


「何ぃ!」


 睨む『蜘蛛』に、「おおヤルかぁ?」と軽口で返す『鎌切』。

 ナイフを突き立てて挑発に乗ってやろうかと思う『蜘蛛』に対し、それまで静観していた『芋虫』と呼ばれる男性もここで仲裁に入ってきた。


「おいおい、お前達、止めてくれよ。折角、帰投命令が出たんだ。皆の雰囲気をぶち壊しにするのは止めてくれよなぁ」


 人の良さそうな笑顔でふたりを制する『芋虫』。

 『鎌切』はこの男が苦手だった。

 腕っ節は全然強くない『芋虫』。

 『鎌切』は過去に一度、彼を半殺しにしたことがある。

 その後、彼の親衛隊と名乗る集団が現れて、手痛い報復を受けた経験もあった。

 その親衛隊の中には『蟲の衆』の中で自分に次ぐ実力を持つ『蛍』という女も含まれていて、自分は半殺し―――いや、八割殺しに近い報復を受けたのは忌々しい記憶である。

 この『芋虫』にはそれほどに人を・・・いや、女性を支配する特殊な力を持つ。

 女性を夢中にさせる房中術を得意としている輩であった。


「・・・けっ、解ったよ」


 『鎌切』は面白くなくなり、かぶりを振り、そして、この場から姿を消す。

 ゆっくりと歩み去る『鎌切』を目で追いながら、『芋虫』は『蜘蛛』に涼しい顔をする。


「『鎌切』もイライラしているんだよ。許してあげてよ。君のようにストレス発散をしている訳じゃないからね」


 そんな優しい言葉に『蜘蛛』はフンと鼻息を漏らすだけで、そこには多少の軽蔑が篭っている。

 彼女は知っていた。

 この『芋虫』と言う男の本性を。

 彼の優しさの仮面の下に隠された下種な本性の存在を・・・


「そう言うアンタはあまり嬉しそうじゃないわね」


 そう問いかけられた『芋虫』はフフと笑みを返してきた。


「そうだね。僕はここを結構気に入っていたからさ。ここには砂漠の国やスタムと違って良い女が沢山いるし、僕の親衛隊達とも別れるのが名残惜しくてさぁ」

「アンタの凶悪なアレ(・・)で、一体何人の女を泣かしているのさ。アンタ、いつか刺されるよ!」


 『蜘蛛』は呆れのあまり、こいつは果たして人間なのかと疑い始めている。

 もしかしたら、伝説に聞く夢魔悪魔(インキュバス)なのかと・・・


「そんなに僕を褒めなくても・・・それに、僕にはまだ心残りがあるんだよねー。帝都大学で少々ヤリ残した事が・・・」


 『芋虫』はそう言い、身勝手な想像を巡らせる。

 目を潤ませて妄想する彼の姿に『蜘蛛』は気持ち悪いものを感じつつも、自分も一緒に帝都大学へ侵入している手前、多少に彼の事情も解っている。


「もしかして、アンタ、あのジェンカって女に本気になったの?」

「莫迦な事を言わないでくれよ! 誰があんな貧相な女!! 仕事以外じゃ絶対抱きたくないさぁ!!!」


 『芋虫』はそう言い、吐いて捨てた。

 魔法薬学の研究室は砂漠の国の上層部が目を付けている調査対象であり、エストリア帝国が何の研究しているのかを知るために、ジェンカという女性に『芋虫』は近付いただけである。

 尤も、ジェンカは相当初心な女性だったようで、早速、『芋虫』の技によって完全に支配されていた。

 彼女が研究しているのはラフレスタの乱で敵側が使用した『美女の流血』と呼ばれる人を支配する魔法薬の再現である。

 ここで『芋虫』はとある事を思い出した。


「あ、そうそう。『蜘蛛』にはこれを持っておいて欲しいんだ」


 ここで、彼は懐から小さなガラス瓶を取り出し、『蜘蛛』に渡す。


「これは?」

「対象が研究していた『美女の流血』の試作品さ」

「これが、あのラフレスタの乱やクリステの乱で使われたと言われる人の心を支配して強化する魔法薬の模造品・・・」


 『蜘蛛』はまじまじと瓶に入った赤い薬品を眺める。

 赤い液体はまさに血のようで、言葉では表現できない得体の知れない迫力があった。


「それの完成度は八割ぐらいらしいよ。一応、心は支配できるらしいけど、副作用があるって言っていたかな?」

「何よ、それ。まだ完成してないじゃない」

「そうなんだけど、おそらく、ここからが研究として大変なところだろうね。あと二、三年はあまり状況は変わらないかも。とりあえず、現時点の成果として『蜘蛛』に渡しておくから、後はよろしく」

「え? よろしくって?」


 訳が分からず、『蜘蛛』は聞き返す。


「任務が終わっても、僕はもうしばらくこのザルツに残っていようと思うんだ。まだまだ未練があるからねぇ?」


 その言葉を聞いて、『蜘蛛』は『芋虫』の考えが解った。

 この『芋虫』と言う男、この先もエストリア帝国の首都で女に手を出しまくる気だ。

 彼の持つ豪胆な精力に呆れるとともに、逆に彼にとって女性が至上の報酬だと考える思考に、全くブレない奴だと一定の評価もしてやりたくなった。

 それにこの魔法薬が自分に託されたという事は、これを砂漠の国に持ち帰れば、その成果の一部は自分という事になる。

 そう言う意味では『鎌切』を出し抜いてやったと、そんな小さな笑みを浮かべてしまう『蜘蛛』。


「解ったわ。ありがとう。これは有効(・・)に使わせて貰うわ」


 彼女はそう応えると、小瓶に自分の懐に仕舞い『芋虫』に小さな感謝を伝えた。

 そして、彼女は興味本位で聞く。


「それで・・・一番の未練は誰なの?」


 この問いに、よくぞ聞いてくれましたと、顔を朗らかにして『芋虫』は答えた。


「やっぱり一番はハルさんかな。彼女にはいろいろと魔道具の知識も教えて貰ったし、可愛いし、いい身体付きをしているんだ。だから、ちゃんとお返しをしてあげないとね」

「呆れた。『芋虫』は恩を仇で返すつもり?」

「何を言っているんだよ。彼女はベッドの中で最後に感謝をしてくれる筈さ」


 『芋虫』はそう言ってムフフと下種の顔を覗かせる。

 全く以って女の敵のようなヤツだがその『芋虫』に手籠めにされてしまうハルの姿を想像してみる『蜘蛛』。

 いつも上から目線でお高くとまる彼女が襲われている姿を想像してみたが、意外に悪くない。

 自分よりも年下で成功している女が堕ちて行く姿は嫉妬心をいつも抱える自分からしても、(ざま)ぁ見ろと思ってしまう。


「ヤルのは勝手だけど、彼女の彼氏・・・アークさんにだけは気を付けなさい」

「アーク君にかい?」


 『蜘蛛』からの指摘が少し意外だと思う『芋虫』。

 『芋虫』の経験からして、今まで彼氏や夫のいる身の女性を略奪する事など朝飯前だったからだ。

 そんな彼の戦績はこの『蜘蛛』もよく知っている。

 しかし、それでも『蜘蛛』は警戒を促す。


「アークさん・・・彼は本物よ。彼の剣術士の腕を一度見ているわ・・・彼は卓越した技量を持っている。私もいろいろな剣術士を知っているけど、あれは私じゃ敵わないし、あの『鎌切』だって絶対に無理な相手だと思う。そんな彼氏にアンタの略奪の場面なんかが見つかったら、その自慢の芋虫(・・)をチョン切られるわよ」

「ウォッ!」


 『蜘蛛』からのそんな指摘に、思わず身震いする『芋虫』。

 自分のアレ(・・)が失われるのを想像して内股になる。

 勿論、それは彼なりの下品な冗談だ。


「ありがとう『蜘蛛』。精々気を付けるさ。ハルさんに迫る時は・・・そうだなぁー 彼女がひとりのときかな・・・」


 そんな身勝手な事を言いながらも既に狩人の目をしている『芋虫』。

 それを見て、『芋虫』は絶対にあの女(ハル)を諦めないのだろうと『蜘蛛』は思う。

 まったくこの男は・・・と思ってしまう『蜘蛛』だが、直後、そんな『蜘蛛』に『芋虫』から手を握られた。


「良い情報をありがとう。少しだけお礼をしないとね」

「・・・まったく、アナタって好きねぇー」

「久しぶりに相手してあげるよ。どうせ君もあのゼーリック教授の相手ばかりだと飽きるし、満足だってしていないだろ?」

「ふん」


 『蜘蛛』は小さく嘆息したが、拒否はしない。

 彼の指摘は尤もだったし、『美女の流血』という成果を貰ったのも事実である。

 それぐらいの感謝はしてやってもいいと思った。

 こうして、このふたりは帰投命令に沸く仲間の輪から静かに消え去るのだった。

 


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