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第七話 帝都のエリザベス

 帝都ザルツの夕刻に一台の馬車が進む。

 大きな馬車であったが、貴族が乗るにしては些か派手さが無く、地味な外装だ。

 そんな地味な馬車に乗るのはエリザベス・ケルト。

 ラフレスタの乱で彼女に投与された『美女の流血』と言う未知の魔法薬。

 この魔法薬は魔力の強い者ほど精神に強い影響を及ぼす事が解っており、治療により一度はその支配から脱せたと思われたエリザベスだったが、未だ完治という訳ではないらしい。

 彼女が療養(親によって軟禁)されていたケルト領でグルジ・コンストラータ卿から強引に迫られた際に抵抗した時、謎の発作が発生した。

 詠唱もしていないのに炎の魔法を発動させて、その後、本人は気絶・・・

 そんなエリザベスを治療できる腕のある医師はケルト領にいない。

 結局、応急処理が施されて、エリザベスがこの帝都ザルツへ移送されたのが三日前。

 そして、この帝都で治療が施されて、今は安定に至っている。

 馬車に揺られながらのエリザベスは先程治療を受けた様子を思い出していた。

 彼女が治療の為に訪れたのは帝都大学の魔法薬研究施設。

 エリザベスを診たのはエストリア帝国で魔法薬の権威であるシェイド・ロジタール教授。

 彼の適切な処置のおかげでエリザベスの発作は鎮まった。

 今日の問診の際、シェイド教授からエリザベスに対して次のような事を言われてしまう。


「今回の発作は『美女の流血』の副作用のようなものです」

「副作用ですか?」

「うむ。この『美女の流血』という魔法薬には人の心を支配する働きと、人の能力を強化する働きのふたつの機能があるのは解っているね」

「・・・ええ。あの時、私はまんまと敵の手に落ちて・・・」


 エリザベスにとって不遇の発端となった忌々しい事件を思い出して、悔しい気持ちが沸々と心に湧く。


「エリザベスさん。貴女は敵の手に堕ちていた時、無詠唱の魔法が使えていたのではないかな?」


 シェイド教授の言葉に静かに頷き、肯定するエリザベス。

 忌々しい事に、支配されていた際の記憶も鮮明に残っているのだ。

 あの事をすべて忘れられたのならば、どれほど楽だっただろうか・・・


「その無詠唱魔法が、また使えるようになった可能性もある」

「え?」


 意外な指摘にエリザベスは驚く。


「優秀な魔術師であるエリザベスさんならば存じていると思うが、魔法というものは『自分ができる』と認識すれば、それはできてしまうものなのだ」


 勿論、そこには魔力というエネルギーが必要だがね・・・と講義のような口調でシェイド教授の言葉が続けられる。


「逆に言うと、既に可能な事を自分の心が認めない限り、その身体は変調をきたしてしまうものだ」


 そう言いシェイド教授は手元にあった紙を丸めて、石造りの床に転がした。


「さあ・・・やってみなさい、エリザベスさん。今の貴女ならば、この紙を燃やせる筈だ」


 シェイド教授の言葉にエリザベスはまだ半信半疑だったが、言われるがまま意識を集中した。

 この紙を燃やしてみよう・・・

 そう思うと不思議に魔法のイメージが頭に浮ぶ。

 まるで心の中の水路が水で満たされるように、次々と魔法行使の意識が頭に浮かび、やがて言葉にせずとも魔力の奔流を心で感じる事ができた。

 そして・・・・

 

 ボウ!

 

「おお!」


 シェイド教授を補佐している研究生達から感嘆が起こる。

 エリザベスが見事に無詠唱で炎の魔法を発動させたからである。

 その事実を呆然と眺めているのはエリザベス本人。

 信じられないと思うのと、また意識が遠退いてくる・・・

 それを見たシェイド教授は矢継ぎ早に言葉が発せられる。


「エリザベスさん、それは駄目だ。これは自分がやったという事実を信じなさい!」


 シェイド教授からの強い言葉が彼女の耳に届き、そして、そのことを信じてみようとすると、意識が元に戻ってくる。

 

(これは・・・私がやった事・・・私のできる事・・・)

 

 そう念じてみると、意識はすぅーとして視界は鮮明になってきた。


「私・・・無詠唱が使えるようになった・・・なんて」


 心のどこかで、まだ信じ切れない自分がいた。

 しかし、ケルト領で意識を失った時よりは幾分かは最悪の気分でなくなる。

 その結果にシェイド教授は満足する。


「ふむ。それでいいよ、エリザベスさん。これは『美女の流血』の副作用と貴女の資質。そして、様々な偶然が重なってできたようなもの。貴女が気絶してしまうのは心がこの力を認めていないからだ。この能力をゆっくりと自分自身も認めて、永く付き合って行くしかない。君がこの先に歩む人生の中でゆっくりでいいからね」


 彼はそう言うと、何種類かの薬をエリザベスに処方する。

 シェイド教授の説明によると、それらの薬はいずれも精神を落ち着かせる作用のある弱い魔法薬である。

 無詠唱の魔法に心と身体がまだ慣れてない事が原因で、もし、気が遠くなると感じた場合にはこの薬を飲むようにと教えられる。


「まぁ、薬はあくまで予備的なものだ。一番はその無詠唱の『力』にエリザベスさん自身が慣れる事が治療となるだろう」


 シェイド教授はそう結論付けて、本日の治療は終わりを迎えた。

 その直後、シェイド教授の補佐している研究員のひとりの女性が何やら小声でシェイド教授に自分の意見を言う場面もあった。

 エリザベスはこの女性研究員を前から顔だけは知っていたが、あまり好きになれない存在。

 それは、この女が自分の事を実験動物か何かを観ているような眼差しを向けてくる人間だと感じたからだ。

 今も何を相談しているのだろうか?

 エリザベスにもあまり良い予感はしない。

 そして、その直後に、温厚だったシェイド教授が激しく怒る場面を目にしてしまう。


「馬鹿者。何を言っているのだ! そんな研究は認められないぞ、ジェンカ君」


 厳しい口調で女性研究員を叱り、シェイド教授は彼女を退出させた。

 そして、エリザベスに謝罪する。


「申し訳ないね、エリザベスさん。彼女は研究者としては優秀なのだが、時折、倫理感を忘れてしまうのだ。赦して欲しい」

「いいえ。私は何も聞いていませんでしたので・・・」


 このジェンカという女性研究員が教授に何を進言したのかは正確によく聞き取れなかったが、自分にとって不愉快極まりない内容だったのは簡単に予想できた。

 それでも私は深く詮索しない事にする。

 何故ならば、もう疲れてしまったからだ。

 『ラフレスタの乱』の事件以来、私には何ひとつ楽しい事が無い。

 学校は退学処分になり、友人は誰も会ってくれない。

 会わせて貰えない。

 家族ですら、私と距離を取っている。

 そして、ケルト領に押し込められて、あの変態貴族との結婚話・・・

 もう・・・本当になんなのだろう・・・私のこれからの人生はまったく意味がない道のように思えてきた。


「疲れたわ・・・」


 帰りの馬車の中で、思わずそんな独り言が出てしまう程に私の心は病んでいた。

 身の回りの世話をする侍女達も私のその言葉に思わず振り返ってしまう程に大きな声を出てしまったようだ。


「お嬢様、何か?」


 侍女は畏まって私に用事の類を真面目に聞いてきた。

 その姿さえも妙に癇に障るが、それでも侍女に当たる事もできず、私は馬車の窓の隙間に視線を泳がせた。


「・・・少し休憩していきましょう。あのお店に少し寄ってよ」

「あ、でも・・・」


 侍女は狼狽する。

 理由は解っている。

 私の親より、どこも寄り道をさせずに屋敷へ帰ってくるように命令されているのだろう。


「少しぐらい良いじゃない。お茶を一杯だけ飲むだけの時間ぐらいは許してくれるでしょう」


 私はそう言い、強引に馬車を止めさせた。

 

 

 

 

 

 

 このお店は以前から知っている。

 貴族街の入口にあり、平民は利用できない特別な店だ。

 取り扱うお茶も高級なものばかりで、貴族の中でも上流階級にしか利用できない高級店のひとつ。

 私は疲れた心を少しでも落ち着かせるために、優雅なお茶を楽しもうと店内へ入る。

 店の者も私が上流貴族であるケルト家である事を承知しているようで、非の打ちどころのない対応でもてなしてくれる。

 私も表面上では優雅を装い、庭の見える奥の席へと進み、そこでお茶をひとつ飲もうとした。

 しかし、ここで姦しく騒ぐ不快な女達の声が耳に入ってくる。

 自分の席の前に座る三人の女性達の声であったが・・・話で盛り上がってきたのか、段々と声のトーンが上っている。

 清楚な店内に似合わない姦しく騒ぐ若い女性達の声。

 私は貴族の令嬢として行儀作法的にどうなのかと思い、注意してやろうかと思った矢先、その声が聞き覚えある事に気付いた。

 その甲高い声の主はチェスカという女性。

 私がアストロ魔法女学院に在籍していた際、同じ魔法貴族派に所属していた同級生だ。

 派閥の忠実な家来のひとりだったので忘れず筈も無い。

 数ヶ月前の筈なのに、とても懐かしいと思ってしまう。

 声を掛けてみようかと迷っているうちに、彼女達が夢中になっているその話題が耳に入ってきた。


「・・・それでね、結婚前提で付き合って欲しいって言われたのよ」

「キャーーッ!!」

「それで、それで。どうなったの?」


 チェスカはちょうど私から見て後ろ向きに座っているため、私がここに座っている事は気付かない。

 そして、向かい側に座っているふたりの女性を私は知らない。

 チェスカの帝都の友達なのだろうか?


「私は言ってやったわ。私を誰だと思っているの? ラフレスタの英雄よ、ってね」


 チェスカは自慢げにそう言う。


「あんなボンクラな貴族、私と釣り合う訳が無いじゃない。お断りしたわよ!」

「え~~勿体ない。あの彼って相当お金持ちの家よぉー」


 チェスカの友達は本気で残念がっていたが、チェスカはこれに対して得意気になり否定する。


「駄目よ、駄目~。だってこれは私に来た折角のチャンスなのよ。もっと上を目指せるわ」

「アナタそんな事言って・・・ラフレスタの乱の時、それほどたいした活躍をして無いって私は聞いているわよ~」


 意地悪そうにそう指摘するチェスカの友達に、チェスカはニャついたのだろうか。

 私からは見えないが、チェスカの声色が変わった事からそんな姿が想像できた。


「ふふふ、良く知っているわよねぇ・・・でも、そんなこと普通の人には解らないしー、私は得られたチャンスを最大限に生かす女なのよ~」

「調子いいわよねぇ。そんなこと言って大丈夫? だって、チェスカってこの前まであの『エリザベス』一派だったのでしょ?」


 彼女の友達は呆れ顔でそう言い放つ。

 そして、ここで出てくる私の名前。

 何故、私が?・・・と思っていたところに、もうひとりのチェスカの友人が口を開いた。


「あのエリザベスって女、相当悪い噂が蔓延しているわよ。なんでも自分から喜んで悪の組織に協力したって言うし、ジュリオ皇子と一緒になって本当に帝国を転覆させてやるつもりだったって聞いているしぃ」

 

 え?と思うが、その矢先、もうひとりの女もこの噂話に追従してきた。

 

「私も知っているよ、その噂~。なんでも、あのジュリオ皇子と毎晩鬨を重ねた淫乱女だって・・・そして、彼女は魔法貴族派の派閥長の娘じゃない! その噂で派閥長の評判はガタ落ちらしいわよ。チェスカ、貴女も大丈夫?」

 

 そんな根も葉もない噂話を信じているこの莫迦な女達。

 叱ってやろうと思うが、その前にチェスカが口を開いた。

 

「大丈夫よ。私はエリザベスと縁を切ったから・・・それよりも、今はローリアン様よ。あの方は最後までアクト様と一緒にラフレスタの解放に尽力された方。真の英雄なの・・・そして、一緒に行動していた勇者フィーロ様とご結婚されるのよ。フィーロ様も魔法貴族派に所属しているわ。このふたりこそ魔法貴族派の次のリーダになるわね。絶対に。それにあやからないと!」

「ホント~? チェスカって現金な女よねぇ・・・それでも、私達もあやかりたいわ。男も選び放題だし、結婚には困らないしねぇ」

「キャハハハ、そうよねぇ~、言えているわぁ」


 下品な笑い声が響き、それが余計に癪に触る。

 そして、次のチェスカの一言が私の我慢にとどめをさせた。


「あなた達もローリアン様に付いて行くべきよ。エリザベスなんてもう時代遅れ。失敗した女に次のチャンスなんて無いわ。キャハハハ」

 

 ガタッ!

 

 私は勢いよく立ち上がり、前の席に座る莫迦な貴族令嬢達を強く睨む。

 ふたりの女性に面識は無かったが、そのふたりが私に視線を移す事でチェスカがこちら側に振り返る。

 そして、私と目が合い、チェスカは固まった。

 

「な!?・・・どうして?」

 

 チェスカの口からは、かろうじてそんな言葉が発せられたが、その時の私の顔がどうだったのかを実は私も覚えていない。

 憤激の様相だったのか、それとも、深い悲しみの表情だったのか・・・

 突然に緊迫した雰囲気となり、訳の解らないふたりの友人を他所に、チェスカのした行動はただひとつ。

 

「ご、御免なさい・・・きゅ、急用を思い出したわ」

 

 そう言うとチェスカはふたりの友達を残して、そこすかとこの店から去ってしまった。

 残されたチェスカの友達のふたりは互いに怪訝な表情を浮かべるだけであった・・・

 

 

 

 

 

 

 私はすっかりと居心地の悪くなった店から早々に退散し、自分の屋敷へ帰る事にする。

 馬車で三十分ほど移動して自分の屋敷に着いたが、何故かそこですぐには中へ入れて貰えず、馬車の中で待たされる事になった。

 馬車の扉を開けてくれない従者に誰何すると、「今、大切なお客様が来ているので、開けられない」との事であった。

 家主の娘である私よりも大切な客などあるものか。

 怪しいと思った私は従者に気付かれないようにして風と光の魔法を行使する。

 炎以外の魔法は得意ではなかったが、それでも私はあの(・・)アストロ魔法女学院で筆頭を張っていた実力を持つのだ。

 従者如きに悟られないよう魔法を行使することぐらい、できて当然。

 ここで遠見の魔法を行使する。

 やがて、私の脳裏に馬車の外の様子が浮かび上がってきた。

 そして、そこにはあのローリアン・トリスタがいて、彼女に対応している弟の姿があった。

 

 

 

「・・・ですので、エリザベス様に是非とも会わせて欲しいのです」


 ローリアン・トリスタは何度目なるか解らない懇願をエリザベスの弟であるフィリップに行っていた。


「ローリアンさん、申し訳ない。姉のエリザベスは現在、療養をしていて、人に会わせる状況ではないのです」


 エリザベスの弟であるフィリップは残念そうにそう言う。

 勿論、嘘である。

 しかし、ローリアンがその事を知る由はない。


「そうなのですか・・・それほどまでに大変な治療を・・・」


 ローリアンは悲しむ。

 彼女とてエリザベスのことを案じて、何度も何度も面会を求めここにやって来たのだが、いつも門前払いを繰り返す日々。

 今日は運よく門のところで面識のあったフィリップと出会い、直談判できたのだが、結果はいつもと同じ門前払いである。


「ならば、この手紙をエリザベス様にお渡しください」


 ローリアンは手紙を手渡して、こう付け加える。


「私は近いうちに結婚します。そのとき、是非ともエリザベス様に来て頂きたくて」

「おや、それはおめでとうございます。ただ、姉の容態は優れないかも知れませんので、それ次第となってしまいますが・・・」

「構いません。お身体が第一ですから、その時は無理なさらずに・・・それではお大事にとお伝えくださいませ」


 ローリアンは丁寧にそう挨拶すると、トリスタ家の馬車に乗り込み、この屋敷から去っていった。

 私はここで飛び出し、彼女を止めたい衝動にかられたが、それでも先程のチェスカとのやり取りを思い出してしまう。

 チェスカはあれほど私に懐いていたと言うのに、簡単に裏切られてしまった。

 もし、ローリアンもそうならば、どうしよう・・・と。

 不安な気持ちになり、迷っているうちにローリアンの馬車はこの屋敷から出てしまい、彼女の前に自分の姿を晒すことできなかった。

 私は自分の判断力の無さを後悔しながらも、ローリアンの持ってきた手紙の内容が気になる。

 ここで弟のフィリップは使用人を呼ぶと、ローリアンからの手紙を使用人に渡し、こう命令するのが見えた。


「この手紙は処分しろ・・・決して姉上に存在を悟られないように」


 その命令を請けて、使用人は黙って頷き、手紙を持ち去ってしまった。

 そして、タイミングを見合わせたように両親が屋敷の中から姿を現す。


「もう行ったかね?」


 父様の言葉に弟は頷く。


「ええ。帰られましたよ。本当に忌々しい・・・どの面下げてだと思います。こんな状況で我々のところに来るとは喧嘩を売っているとしか思えません。殺意さえ覚えました」


 弟のフィリップは自分の不機嫌を隠そうとしなかった。


「実にそのとおりだ。娘の親友だからと、あのトリスタ家は多少に目をかけてやったと言うのに。恩を仇で返されようとは!」


 父様のジェイムズも弟と同じように怒っており、私にはその理由が正しく理解できなかった。

 その怒りの原因に私が理解できたのは母様からの次の言葉である。


「貴方! アラガテ家と結託してトリスタ家が変な噂を流しているというのは本当なのですか?」

「ああそうだ! あの恥知らず達めぇ。今回のラフレスタの乱は私が裏で手を引いていたと根も葉もない噂を流しておる。娘のエリザベスを使ってジュリオ皇子を誑かし、帝皇の座を乗っ取ろうとしたと・・・冗談にもほどがあるぞ!」


 憤慨する父様だが、それに弟も同調した。


「そうですよ。私も帝都貴族学校で散々な事を言われています。どうやらこれは我々の権威を下げるための策謀でしょう。本当に迷惑な話だ」


 それで私も合点した。

 先程のチェスカの態度もこれが影響したのだろう。

 私達はどうやら政敵側の工作に嵌められているらしい。

 政治的な駆け引きとして帝国の貴族界ではよくある話だと聞いていたが、まさかそれが自分達に向けられようとは思ってもみなかった。


「まったく・・・これも姉様のせいですよ。あんな事件にさえ巻き込まれなければ・・・」

「フィリップ、止めなさい。エリザを責めてはいけません」


 母様は弟の口上に注意する。

 私は少しだけ嬉しくなるが、それも束の間である。


「エリザは・・・早く嫁がせましょう。ケルトのコンストラータ卿のところにね」


 母様からそんな決断を聞き、私は、それは無いと思う。


「あの子はここにいては駄目。ケルト領から出てもいけないわ。あの子にとってこの帝都は敵だらけなの。そんなの可哀想過ぎるじゃない」


 母様の言葉は何かの冗談かと思う。

 あんな変態貴族のところに・・・私は死んでも戻りたくない。

 しかし、父様の言葉は無情だった。


「ああ、そのとおりだ。今回の治療が終わったらケルト領に戻させよう。そして、ほとぼりが冷めるまで静かに暮らして貰うしかあるまい・・・もし、エリザベスがそれさえも拒絶するのであらば、残念だが、ケルト籍から放免するしかない・・・厳しいようだが、今のエリザベスがこの帝都ザルツに居る状況が続くと、政敵らの格好の標的となってしまう。我々ケルト家の地位を守るためにも・・・残念だが、これは致し方ない処置」


 父様のそんな決断に悲痛な表情をした家族三人は、こうして屋敷の中へと消えて行った。

 ほどなくして従者から「重要なお客が帰ったので、もう、馬車を降りて良い」と伝えられる。

 私は素直に応じる素振をしたが、心の中ではいろいろなものが渦巻いていた。

 そして、その直後、私は屋敷の中に戻るふりをして、魔法を行使して姿をくらます。

 気配を消す魔法を実行して、先程に弟が渡した書類を持つ使用人の後を追う。

 丁度、彼は渡された手紙を焼却炉の中へ捨てようとしていたが、私が無詠唱で小さな炎の魔法をかけると、彼の衣服の一部が燃えた。

 彼は慌てふためき、手紙を捨てて慌てて近くの池へ飛び込む。

 その隙に私は手紙の中身を抜き取り、そして、何食わぬ顔で自分の部屋へ戻ってきた。

 私達を嵌めようとしているトリスタ家・・・そこには一体どんな文章が書かれているのだろうかと思い、その内容を確かめてみる。

 さぞ、私を罵る事が書いてあるのだろうと思い読んでみたが・・・そこに書いてあったのは、私、エリザベスへの感謝の言葉と身体の容態を心配する内容で溢れ、あのラフレスタの乱で私が仕出かした事をローリアンは全く恨んでいないと書かれていた。

 そして、私を差し置き、自分だけ先に幸せになる事への許しがあった。


 『・・・もし、エリザベス様のお気持ちが許すのであれば、是非とも私達の結婚式にお越し下さい』


 手紙の内容はそう締めくくられている。

 私は多少に肩透かしを食らった気分だったが、ローリアンは昔から私の知る彼女から何も変わっていない。

 さて、どうするか・・・・・・私は大きく悩むが、それでも彼女には一目遭っておきたいと思った。

 何故ならば、私の居場所はもうここには無いと思ったからだ。

 このまま居れば、私はケルト領に戻されて、そして、あの変態貴族の妻にされてしまう。

 駄々をこねたところで、私の放免はもう決定しているらしい。

 それならば・・・・

 ここで私はある決意をすると共に、明日も続く治療と、その先に続く日々から逆算して、この先に決行しようとしているとある計画に頭を巡らすのであった。

 


2020年3月31日

登場人物の章に地図データをアップしました。本当は第二章完了時にアップしようと思っていましたが、待ちきれませんでした(笑)ご連絡しております。


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