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第六話 ブレッタ一家が来た!

 今日のハルは落ち着きが無い。

 なぜなら、今日と言うこの日はアクトの家族であるブレッタ一家がこの屋敷に来訪するからである。

 アクトとハルは付き合っているが、結婚の約束までには至ってない。

 しかし、それはすぐになるのか、もう少し先の将来となるのか・・・彼らの中でその程度の差にしか思っていない。

 それほどまでに互いの心は既に決まっていたし、今更、結婚を言葉にすることは『心の共有』を果たした彼らの前で意味はほとんど無かったりもした。

 勿論、アクトから両親に向けて毎回手紙で『心に決めた人がいる』と説明していたし、そんな状況においてブレッタ一家が総出で会いに来るという意味・・・それはもう『婚約』と同等の意味。

 少なくともハルはそう感じていた。

 そして、アクトの親から手紙の返信には『いついつに、帝都の住む屋敷に一家で訪問する』と簡単な内容のみが示されており、結婚や婚約などの話題は一切触れられていない。

 この手紙を目にしたハルは逆に緊張してしまう。

 何かあるのではないか・・・どうしてもそんな深読みをしてしまうハル。

 これに対しアクトは「拒絶されることは絶対無い」と自信満々だが、ハルはつい先日の兄のウィル・ブレッタから宣言を受けた『別れろ』がまだ尾を引いており、気が気ではない。

 因みに今回、兄のウィルは同席しないらしい。

 彼との予定が合わなかったようだし、彼としても「次ぎに会う時は戦勝記念式典。その時までには別れろ」と宣言をして去った手前、今更この屋敷に来難いのだろうと思わる。

 今回はアクト側の親が来るという事で、エストリア帝国戸籍上ハルの親となるリリアリアは同席するつもりで待機していたし、セイシルも表向きは表情に出さなかったが、それでも盛大な何かを期待しているようである。

 そんな各位が微妙な興奮状態のリリアリア屋敷内。

 やがて、来訪を伝える呼び出し音が屋敷内に響く。

 開かれた門の敷居を馬車が越えた時、自動的に発報するよう仕掛けていた魔法によるものである。

 彼女達は急いで正面玄関へと移動し、そして、程なくしてブレッタ―家を乗せていると思わしき馬車が到着。

 緊張した面持ちのハルだが、馬車の扉がゆっくりと開き、そして、短く切りそろえられた金髪の紳士が降りて来る。


「父様。久しゅうございます」


 アクトは貴族らしく恭しい挨拶をするが、相手はそれで愛好を崩し、軽く挨拶を返してくる。


「おお、アクトよ。久しぶりだな。元気だったか? それに少しは逞しくなったようだ」


 アクトの父、レクトラ・ブレッタは普通の何処にでもいる父親のようにアクトに接してきた。

 それは当たり前の姿なのかも知れないが、それでもハルはこの光景がどこか非現実的のように映る。

 ラフレスタで大英雄と称えられる功績を残した自慢の息子(アクト)を持ち、そして、上の兄もクリステで英雄と称えられている。

 親としてはもう少し褒め称えても良いのではないだろうか?

 そんな考えがハルの脳裏を(よぎ)るが、それでもアクトの記憶の中から彼の父であるレクトラの印象を汲み取ってみると、やはりこの姿がこの父の通常運転なのだと思うに至る。

 ブレッタ家は『どんな時でも奢る事なかれ』が家訓であり、それが普通なのだ。

 ある意味アクトの父らしいと思いながらも、そんな父であるレクトラに続きアクトの母であるユーミィ、そして、妹のティアラが馬車から降りてきた。

 ハルに再び緊張が走るが、そんなハルに対してユーミィがニコリと笑いかける。


「貴女がハルさんね。手紙でアクトからいろいろと聞いているわよ」


 黒地に青と言う特徴的な髪色から、この娘がハルなのだろうと簡単に理解したユーミィは友好的な微笑を浮かべる。


「こんにちは。そして、アクトがとてもお世話になっているようね」


 その友好的な挨拶によりハルの力はフッと抜ける。

 直感的に、この瞬間ユーミィから認められたと思ったからだ。


「母さん、気が早いな。まずは互いに自己紹介をしようじゃないか」


 レクトラはそう言い、少し前のめりになっている自分の妻を落ち着かせて、自己紹介を兼ねた挨拶を促す。


「私がアクトの父であるレクトラだ。こっちは妻のユーミィ。そして、一番下の()のティアラ」


 順にハルやリリアリア、セイシルと挨拶を行い、ひとりひとりが握手をした。

 実はこのやりとりの中で一番緊張していたのがアクトの妹のティアラであったりする。

 ある意味でそのように初々しい姿を出しているティアラに対して、リリアリアは優しい言葉をかけた。


「ふふふ、ティアラは初心で可愛い娘さんじゃな。儂の名はリリアリアじゃ。そこのハルの母じゃよ」


 そこに大魔導士としての威厳は無く、優しい母の姿があった。

 ハルはこの時ほどリリアリアを有り難いと思った事は無い。

 ハルにとって身寄りのないこの世界で、リリアリアが唯一のハルの家族とし、こうして無事にブレッタ家を迎い入れる事ができたからだ。

 ハルはリリアリアに何度目か解らないぐらいの恩義を感じつつも、そんなリリアリアからは来客者達を屋敷の中へと誘う言葉が漏れた。


「さぁ、こんなところで話していても日が暮れてしまうわい。さっさと中に入ろうぞや」


 こうして、リリアリアに迎い入れられて、ブレッタ一家は屋敷の一室へと会場を移す。

 ここでもブレッタ家の和やかな家族の会話が続いている。

 アクトとレクトラの互いの近況報告に始まり、ユーミィとハル、そして、ティアラの女性陣は互いの自己紹介を改めて行い、和やかなに会話が続けられた。

 そして、場がかなり温まったと判断したレクトラはアクトに対してラフレスタでの真相を聞いてきた。

 アクトはどこから話そうか少し迷い、そして、ハルと出会ったところから話を始める。


 アクトとハルが初めて出会ったのはエリオス商会の軒先であった。

 ここで考え事をしていたアクトは自らの不注意でハルとぶつかってしまう。

 まるで冗談のような出来事だが、これが全ての始まりである。

 このときのハルは既に『懐中時計』を開発しており、エリオス商会と懇意な関係となっていた。

 そんな大商会との得意先であるハルとぶつかる事で険悪な雰囲気となり、初めのアクトとハルの仲は最悪に近かったと説明する。

 しかし、ハルとは縁があり、その後、ラフレスタを代表する学校同士の合同授業という形で再会を果たす。

 ここで、ハルと協力してグリーナの用意した『人工精霊』と呼ばれる強敵を簡単に倒してしまったふたり。

 それから、彼女との妙な共同活動が始まった。

 ふたりで協力して新しい魔道具の研究を進める中で、彼女の持つ『科学』という知識に魅せられていくアクト。

 やがてアクトの興味は『科学』だけではなく、ハル個人へ向いて行く事となる。

 ここで、女性陣であるユーミィとティアラ―――そして、何故かセイシルまでもが―――目を輝かせて聞いていたのは言うまでもない。

 それをあまり気にせず、アクトは話を続ける。

 アクトはこの頃から巷を騒がしていた義賊団『月光の狼』との騒動に巻き込まれていく。

 特にその義賊団と協力関係にある白魔女とは事ある毎に対決をして、アクトが決して勝てない好敵手(ライバル)となっていた。

 白魔女との不思議な縁を感じながらも、その時には解らなかったが、彼女の正体がハルであった事を全員に明かす。

 一応、世間一般的に『白魔女』は『ラフレスタ解放』を境に引退した事に―――ジルジオ著の『ラフレスタの英雄譚』では女神だったという説に―――なっていたが、彼女の正体が白魔女である事実は、家族だったレクトラ達にも今日の今日まで秘密にしていた。

 そして、このハルという女性はこのゴルト世界とは別の異世界からやって来た人間である事も伝えられた。

 その秘密に対して、レクトラとユーミィは一足先に帰郷したインディやサラからそれを匂わせる情報を既に聞いていたようで、ある程度の予想はしていたらしい。

 妹であるティアラだけか大きく驚いていたのはアクトには可愛く映る。

 こうして話が進む。

 次の出来事としては、ラフレスタにジュリオ第三皇子の一行がやって来た事であった。

 彼の目的は自分の派閥を大きくするためであり、アクトやハル・・・そして、白魔女を自分の配下とするためにやって来たのだ。

 このときジュリオ皇子の真の目的は誰にも解らなかったし、初めはとても友好的な人物だったとアクトは評していた。

 しかし、彼の人生を大きく変えてしまったのは、ラフレスタに『獅子の尾傭兵団』の本隊がやって来てからであった。

 これはアクトも後から聞いた話であったが、ジュリオはハルが異世界人である事をほぼ予想していたようで、彼女と白魔女を自分の陣営のモノにするために『獅子の尾傭兵団』といろいろな取引したようであった。

 『獅子の魔傭兵団』もそれを利用し、巧みにジュリオ陣営に入り込み、ジュリオ第三皇子を意のままに操れるよう罠に落としたのだ。

 そうして、ジュリオ第三皇子を介して陥れられた罠のひとつが、白魔女の束縛と公開処刑である。

 このとき、白魔女として捕らえられてしまったのはエレイナ・セレステアその人であり、白魔女の影武者的な存在であった。

 エレイナの名前が出てきたとき、ユーミィとティアラが少しだけ息を呑むのが解った。

 ラフレスタとクリステの英雄譚の中で『エレイナ・セレステア』という人物は、最も成功した女性であると評されていたからだ。

 彼女はゆくゆくクリステ領が独立してエクセリア国になった時に、この国の王妃なると噂されている女性でもある。

 王妃になる―――そのような成功話に目を輝かせて聞いてしまうのは、女性ならば仕方の無い事なのかも知れない。

 ちなみに、セイシルも目を輝かせていたが・・・アクトはとりあえず彼女の事をあまり気にしないようして話を先に進める事にした。

 敵の虜囚となったエレイナを助けるために、単身で戦いを挑んだのが真の白魔女であるハルであった。

 彼女は千人近い兵士と戦い、そして、見事勝利して、エレイナを取り戻す寸前まで迫る。

 しかし、最後の瞬間、彼女は獅子の尾傭兵団が準備していた『魔素爆弾』という罠に嵌り、苦戦してしまう。

 それでも、このとき『月光の狼』のリーダーであったライオネルが現れて混戦にする事で、その混乱に乗じて何とかエレイナを取り戻す事に成功していた。

 しかし、このとき、白魔女は大きな怪我を負ってしまい、獅子の尾傭兵団団長のヴィシュミネによって殺されようとしていた。

 それを寸でのところでアクトが間に合い、助ける。

 こうして、アクトもジュリオ陣営を仇名す存在となってしまうが、このときのヴィシュミネの逆鱗により、ふたりはデルテ渓谷の谷底へ落とされてしまい、生死を彷徨う事となる。

 何とか一命をとりとめたふたりはデルテ渓谷の小屋に身を寄せて、ここでアクトはハルの正体を全て知ることになった。

 彼女が白魔女だった事・・・そして、この世と別の世界からやってきた事。

 ハルが異世界人であるという事実はここでハルの保護者となっているリリアリアからも証言に加わったため、この場に居合わせている全員は疑わなかった。

 こうして、この時のデルテ渓谷の邂逅にてアクトは覚悟を決め、その後の人生をハルと共に歩むことを決意する。

 それほどまでにハルを深く愛してしまった事を、ここで熱を帯びて語っていた。

 それに対してハルは申し訳なさそうにしていたが、ユーミィやティアラはアクトの真剣な話を聞いてうっとりとしている。

 やはり女性陣はこう言った話が大好きなのだ。

 ちなみに、セイシルはハルの不憫な境遇を知り号泣していた。

 意外に彼女の感受性が敏感であった事は割愛しよう。


 その後、ラフレスタに戻ったふたり。

 当然ながらふたりは反逆者となり、ジュリオ陣営に捕らえられる事になる。

 ここで、ジュリオ皇子が自ら裁きをする事となったが、既に獅子の尾傭兵団による彼への支配は完了していた。

 『美女の流血』と呼ばれる魔法薬によりジュリオ皇子の性格が完全に変わっていて、そして、ここでハルやアクトに対してかなり厳しい処断が言い渡される。

 当然だが、ここでアクトやハルはこれに反抗する。

 白魔女として大きな力を持つハルは、権力でどうこうできる存在ではなかったからだ。

 しかし、ジュリオ第三皇子も莫迦ではない。

 アクトとハルが反抗するのを予想していたし、これに対抗する手段が既に準備されていた。

 それが『守護者』という存在である。

 風と炎の魔法を使い熟すふたりの凄腕女性魔術師が『守護者』。

 この『守護者』と呼ばれる存在が、攫われて行方不明になっていたエリザベス・ケルトとサラ・プラダムのふたりであった。

 その姿を見たアクトは大きな衝撃を受ける。

 そして、この時の獅子の尾傭兵団はもう擬態する必要が無い程ラフレスタの支配を完了していた。

 傭兵団は『美女の流血』と呼ばれる魔法薬を駆使して人の心を完全に支配し、そして、強化人間として使役していく戦法が進められていたのだ、

 その毒牙に掛かったのはジュリオ第三皇子であり、領主のジョージオ・ラフレスタ公であり、様々なラフレスタの要人達。

 こうして、完全にラフレスタは悪の手に落ちてしまった。

 その後、ジョージオ・ラフレスタ公による『戦慄の宣言』が行われ、ここで『ラフレスタの乱』が始まってしまう。

 血を血で洗う市街戦に発展するが、ここで解放に向かい立ち上がったのはライオネルその人である。

 ライオネルは月光の狼を母体とし、力残る者すべてを結集させて『ラフレスタ解放同盟』を発足した。

 人心をまとめる手腕が彼にはあったが、どうやらこのライオネルという人物は元々、ヴェルディ・ラフレスタという人物だったらしく、ラフレスタ公の弟君に当たる存在であり、元々に才覚のある人物である事実をこの時のアクトが知る事になる。

 そして、この解放同盟の働きによりラフレスタは解放へと向かう。

 アクトと白魔女ハルは最後の戦いで敵の親玉であるヴィシュミネに挑んだが、ここでヴィシュミネは魔剣『ベルリーヌ』の間違った使い方を選択してしまう。

 最強を目指すあまり、なりふり構わず吸収した魂の力を再利用して自分の身体の強化を行った。

 その結果、やってはいけない自分の脳を強化する事で、彼は人ではない何か別の生物になってしまったのだ。

 ヴィシュミネは悪鬼のような姿に成り果て、『悪魔』と呼ばれて、壮絶な最期を迎える事につながるが、「それはある意味、彼は憐れな人物だった」とアクトは最後に評していた。

 ヴィシュミネの率いていた『獅子の尾傭兵団』はボルトロール王国の手の者であるのは疑う余地も無いが、そのボルトロール王国は現段階でエストリア帝国には宣戦布告しておらず、この一件に関しても表向きは知らぬ存ぜぬを通しているのだと言う。

 ヴィシュミネとボルトロール王国がどのような関係にあったのかは今でも解らない。

 それでも、国の為に働いて、最後に知らぬ存ぜぬの扱いを受けているヴィシュミネ達はボルトロール王国の繁栄の為に一方的に利用された人物であるとも思えた。

 そう締めくくり、こうしてアクト視点による『ラフレスタの乱』の語りは終わりを迎える。

 それを黙って聞いていたレクトラは少しだけ唸りを上げたが、それでも「お前達はよく生き残った」とアクトとハルを称賛していた。


「・・・しかし・・・手紙で聞いていたのと実際の話を聞くのとは、まったく印象が違うものだ」


 しみじみ、そうまとめてレクトラはハルに視線を移す。

 このとき、ハルの顔は少しだけ強張っていた。

 そんな姿を見て、レクトラは本当にどうするべきか少々迷ったが・・・それでも意を決し、ハルに自分の要望を伝えることにする。


「ハルさん。うちの息子が本当に世話になったようで感謝している・・・そこで、このようなお願いをするのは恥知らずかも知れないが、貴女が白魔女だという姿を一度見せてはくれまいか? 私としても・・・やはり自分の眼で見て納得をしたいのだ」


 レクトラからこのような要望が出てしまうのはハルにも痛いほどよく理解できる。

 アクトが白魔女という存在と出会ってしまった事で、結果的に自分の息子の人生を大きく狂わすことにつながったからである。

 その事実を自分の目で確かめたいと思うのは、人の親として当然の権利であるとも思った。

 ハルはゆっくりと頷き、懐から白魔女の仮面を取り出す。

 眼鏡を外し、魔力を流して、そして、変身した。


 ここで、膨大な魔力の奔流が部屋を駆け抜けてハルへと収斂し、彼女を純白・銀髪・碧眼の美人へと昇華させて・・・・こうして、顔半分を覆う麗しの白い魔女が姿を現した。


 例の帝都大学の研究室以外、このザルツで初めての変身となる。

 この姿に、レクトラを初めとしたブレッタ家はただ驚愕に目を開くだけである。

 圧倒的な女神のような存在感が彼女から発せられており、ひれ伏したい衝動にかられたからだった。

 特に魔力抵抗体質者でないユーミィとティアラには刺激が強かったが、それ以上にセイシルは完全に白魔女に屈してしまい、ひれ伏して「ははー、女王様!」と完全服従する様子を見せていたのは余談である。

 セイシルが強い影響を受けてしまった理由としては、彼女は元々のハルに対して強い敬意があったためかも知れない・・・

 魔力抵抗体質者であるレクトラも、この美しい白魔女の姿に思わず目を見開いてしまったが、それでも年長者であり、父親としての対面をなんとか保とうとしていたため、後からユーミィにとやかく言われずに済みそうだと思っていたりする。

 そんなレクトラに白魔女へと変身を果たしたハルは恭しく跪き、頭を垂れた。


「アクトの父様であられますレクトラさん、そして、アクトの母様であられますユーミィさん。妹であるティアラさん。これが私の別の姿です。自分を守るために・・・弱かった自分を誤魔化すために、こんな姿をしてしまい・・・そして、アクトを巻き込んで仕舞いました。アクトの父様と母様、妹様から見ると私は罰当たりの存在なのかも知れません。何故なら、私はアクトの人生を狂わしてしまったのですから・・・私さえいなければ、アクトは・・・いや、それでも私は彼の事を好きになってしまったのです・・・本当にごめんなさい」


 ハルは深い懺悔の言葉と、偽りのない自分の愛の誓いを口にする。

 まだ若いティアラはハルが何を言わんとしているのか、いまいち理解が及ばない様子だったが、レクトラとユーミィにはハルが言わんとしている事を全て理解した。

 ハルはアクトのことを好いてしまったために、もう離れることが叶わないのだと。

 これからのアクトの人生を、自分と言う数奇な人生にアクトを巻き込んで仕舞った事に対する申し訳なさが彼女にはあった。

 しかし、ブレッタ家の家長はそんなことを咎めるつもりはなかった。


「ハルさん・・・顔を上げなさい」


 レクトラは優しくそう言う。


「貴女がアクトの事を好きになってくれた。そして、アクトはアナタの事が大好きだ・・・それでいいじゃないか。ふたりがそう決めたのならば、親の私達が反対する道理はない」


 そんなレクトラの言葉に妻のユーミィが続く。


「そうね。アナタにしては気の利いた事を言うじゃない」


 ユーミィはそう言いレクトラの肩に手をやった。


「そ、それじゃ・・・」


 ハルの眼差しにレクトラとユーミィは頷く。


「ふたりが納得してそうしたいならば、一緒になる事は認めるし、これからふたりが何処に向かおうと構わない・・・既にアクトからは『旅に出る』と聞いていたからな」


 レクトラの口からはふたりの決意を認める発言が出た。

 その言葉を聞いたハルは胸の奥から熱いものが込み上げてきて目に涙が浮かぶ。

 ちなみにセイシルも貰い泣きで号泣していたが、ここで彼女は完全に無視されていた。

 ここで、ユーミィから言葉がかけられる。


「ふたりが決めたのならば、私も構わないわ・・・それに旅に疲れる事があれば、遠慮なくトリアに帰っていらっしゃい。アナタ達の居場所はそこにも用意しておくし、ふたりが『もう良い』と思ったところで結婚しちゃえばいいわよ。実は私、貴族のしきたりなんてものは、あまり得意じゃないのよね」


 元々は平民であった妻のユーミィはそんなこと言ってハルを優しく抱く。


「ありがどうございます・・・ユーミィさん・・・うぅぅ」


 ハルは涙で嗚咽交じりにそう答える。

 優美な印象を持つ白魔女が涙に溢れて小さくなっている姿はシュールであったが、それはそれでアクトは『彼女を守ってあげたい』と庇護欲を掻き立てられる姿でもあったりした。

 そのような雰囲気の中でユーミィは優しくハルの手を取ってくれた。


「私の事は『ユーミィさん』じゃなくて、もう、『お母さん』でいいわ。アナタは既に私の娘と同然だと思うから・・・」


 ユーミィがそう宣言し、こうしてハルはブレッタ家の家族として正式に認められた。

 ある意味、これが婚約成立の瞬間であった。


「うぅぅぅ、アクトーーー!」


 ここでハルは堪らず大泣きをする。

 それはブレッタ家に認められた事の安心感もあったし、アクトと結婚を暗に認められた事の嬉しさもあったからだ。

 孤独な世界でひとり奮闘していた今までの苦労など・・・ここで複雑な感情が入り混じり、感極まってしまったのだ。

 アクトはそんなハルの背中に手を回して、彼女を元気付ける。


「ハル。ほら、大丈夫だったろう。それよりも、さあ、涙を拭いて」


 アクトはハルの背中をさすり、そして、ハンカチで涙を拭いてあげた。

 大人びた仮面の美女が子供のように泣く姿。

 それをあやすアクト。

 そんな白魔女の彼女と手を取り合うブレッタ一家。

 ある意味、凄い構図になっていたが、それでも当の本人達には微笑ましい瞬間であり、この光景を保護者であるリリアリアもハルが一番良い着地点に到達できたと安心していたりする。

 尚、セイシルは大泣きを続けていて、ハンカチも既に二枚目だったが、彼女に関してはもう誰からも構って貰えなかった。

 そのような事態を経て、ハルは白魔女の仮面を外して元の姿に戻る。

 白魔女の圧倒的な存在感は無くなったが、それでもハルはこの場において話題の中心であり、特に妹のティアラからは異世界の事で質問攻めにあうのである。

 こうして、ブレッタ家とハルの距離間は縮まっていく。

 その後、セイシルも復活を果たして、メイドとしての役割を熟すために三杯目のお茶のお替りを持ってきたところで、いよいよ良い時間となる。


「それで、これからどうするんだね?」


 レクトラは今後のふたりの予定を改めて聞く。


「戦勝記念式典が終わる頃にデュラン陛下から依頼のあった魔道具の製作も完了する予定です。そうなれば、いよいよ私は同胞を探す旅に出ようと思っています」

「宛てはあるのか?」


 そのレクトラの問いに答えたのはリリアリアである。


「実は未だに、手掛かりは何もないのじゃ。現在、エストリア帝国の諜報力を総動員しているのじゃがのう」


 リリアリアがそんなことを言うように、ハルの存在に強い関心を持つデュラン帝皇がその名の元で大々的に帝国の諜報力総出で異世界人の調査を行っている。

 それでも何も手掛かりを得られないという状況が続いており、芳しくなかった。


「だからこそ、私本人が動かなくてはならない・・・このザルツに座していても、何も解らないのです」


 ハルは苦しそうにそう結論付ける。

 それはアクトと既に合意していることでもあった。


「ええ。僕たちは旅に出ます。そして、この目でいろいろな可能性をひとつひとつ確かめていきます」


 ふたりの決断にレクトラは黙って頷き、そして、「解った」と短く応えた。


「まずはエストリア帝国の南に行ってみようと思います。そこで何も手掛かりを得られないのでしたら、次は隣国の神聖ノマージュ公国。そこでも何も得られない場合、もしかしたらボルトロール王国に赴くかも知れません。何年かかるか解らないけども、私は、いや、私達は決して諦めない」


 強い決意を示すハル。

 それにアクトの手が添えられた。

 それを見たレクトラはフッと笑いを浮かべる。

 そこには真実の愛の姿があり、そして、成長した自分の息子の姿が誇らしいと思ったからだ。

 そのレクトラにユーミィからそっと手を回してきた。

 きっと同じ気持ちなのだろうとレクトラは思ったし、実にそのとおりであったりする。

 ここでユーミィからはそっと言葉が添えられた。


「そこまで決めているならば、私達はもう止めないわ。身体に気を付けて行きなさい。そして、先程も言ったけども、もし、旅に疲れたときはいつでも戻って来て良いわ。私とレクトラ、ティアラは貴女達をいつでも歓迎するし、ウィルがあんな事を言ったようだけど・・・あの子だってきっと解ってくれる」


 ユーミィがそう言ったのはウィルから「ハルはブレッタ家には相応しくない」と宣言してしまったことを詫びる気持ちも含まれていた。

 アクトからその話を聞いたとき、レクトラは大層怒っていたが、それを鎮めたのがユーミィである。

 その伝承は迷信であるとハルに謝罪もしていたし、彼の口からそんな言動が出た事もユーミィには思い当たる節があったからだ。


 あの子は『アクトを羨ましい』と思っていたきらいがあったから・・・とはユーミィの予測である。


「ウィルは、実直な感情表現をできるアクトの事を羨ましいと思っていたようだしね。素敵な女性と出会える弟が妬ましいと思ってしまったのかも知れないわ」


 ユーミィから出たその言葉に一番驚くのはアクト。

 彼の目から見ても兄のウィル・ブレッタという存在は『至高の天才』であり、そんな俗っぽい感情とは別世界にいる人間だと常日頃から思っていたからだ。

 しかし、ユーミィは一蹴する。


「ウィルもアクトも人の子よ。勿論、私やレクトラだってそうだわ」


 意味ありげな言葉にレクトラの視線は少し泳ぐが、そこには触れない方がいいとアクトやハルは思う。

 そんな会話が続いて、時間は過ぎ、ブレッタ家のリリアリア宅の訪問は終わりを迎える事になる。

 彼らはザルツ市街に宿泊をしていて、この機会に貴族としての挨拶回りをしばらく熟す必要があるらしいのだ。

 アクトやハルと次に会うのは戦勝記念式典という事となった。

 こうしてブレッタ家の馬車を見送った後、アクトとハルはふたりっきりの時間を過ごす事が許された。

 リリアリアとセイシルが気を遣った結果である。

 こうして、ハルはアクトと熱い抱擁を重ね、心温まる甘い時間を過ごせる事になったのは言うまでもない。

 

 

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