第五話 研究補助員達の日常? ※
「違う、違う。そこをこうしたら・・・ほら、ここで失敗するでしょ!」
ハルの指摘どおり、魔法陣が崩壊して小規模の爆発が起こる。
バラ、バラ、バラ、ドーン
「うーー。駄目だった」
落胆しているのはミールと数人の研究補助員だ。
ハルが臨時の先生となりミールに魔道具製作の基礎を教え始めて、はや一週間。
学内で自由に使える共同作業場の一角を利用して始めた事であったが、当然ながらそれは他人の目にも触れる。
覚えの悪いミールに諦めず、彼女のレベルに合わせて、初歩の初歩から丁寧に教えていたハル。
それを傍から見ている他の研究補助員。
そんな彼らから「自分達も混ぜて欲しい」と願い出てくる者が数名いた。
研究補助員とは言っても、高等学校で基礎をしっかり学び、十分な実力を持つ者もいれば、その逆でズブの素人に毛が生えた程度の者もいたりと、様々である。
高等学校時代にあまり勉強してはいなかったが、今は心入れ替えて真面目に勉学に励む者もいたり、様々な理由で途中から専攻する学問を変えたりする者とか・・・
そんな人達が研究補助員として大学にやって来たとき、自分に足らない知識をいちいち丁寧に教えてくれる暇な者など大学には存在しない。
そんな彼らからの懇願で、ミールに教えるのを邪魔しないのであれば、という条件で一緒に学ぶ事を許可するハル。
これが噂になり、自分も、自分も・・・と、気が付けば、十人以上の生徒を従えるハルであった。
短い時間でコツを教えるのが上手いと、もっぱら評判にもなっていた。
「そうでしょ。その赤色魔力鉱石と水色魔力鉱石は相克するから、あまり多く混ぜると互いに反応して暴走しやすくなるのよ。ほら、アークがやっている例を見なさい」
ハルが示すようにアークはふたつの魔力鉱石の粉末を慎重に調合し、触媒効果のある魔法陣を経て、目的とする魔道具の材料へ仕立てる事に成功していた。
「ホントだー。アークさん、上手いよー」
ミールはアークの細かい作業に感心する。
「ミールさんは感心していないで。ほら、もう一回やりましょう。コツは一度に混ぜない事」
ハルはミールにやり直しを命じる。
「ミールは大雑把なんだよ。僕みたいに繊細な・・・あら?」
ボ―――ン
ミールを揶揄っていた同郷のフランツだが、彼も盛大な音を立てて失敗してしまう。
「あっれーー? おかしいなぁ」
首を捻る彼だが、明らかに調合の仕方が雑であった。
ちなみに、この作業はアストロ魔法女学院では一年生の後半に済ませないといけない課題でもある。
それほどに基礎的な内容だとハルは思っていたが、世の中一般ではこれでもかなりハイレベルな調合であり、アストロの生徒が優秀過ぎたのは蛇足だ。
ちなみにハルの一番弟子であるエリーは入学当時でこの作業は余裕で熟していたし、さらにもっと複雑な調合もできていたので彼女が優等生だったのは間違いない。
「フランツさんも雑だわ。これは確かに難しい調合であるかも知れないけど、この組み合わせで勘を養っておけば、他の調合も役に立つから、ぜひ覚えてください」
ボ―――ン
そう言っているうちに、後ろで爆発音が・・・
ミールが二回目の失敗をしたのである。
「うぃーー。難しい」
既に涙目になるミール。
「ミールさん。もうこれは特訓ね。今日はずっとこれをやっていなさい」
ハルはそう言うと十個以上の魔法陣をあっと言う間に生成する。
その鮮やかさに舌を巻く他の研究補助員達だが、当のミールだけはその数を見てがっくりとうなだれてしまうのであった。
そんな、ある意味和やかな(ミールだけは厳しいと感じている)雰囲気の中でハルの特別訓練が続くが・・・ここで水を差す存在が現れる。
「フランツ!」
甲高い女性研究者の声が共同作業場に響く。
その女性研究者はフランツの姿を発見すると、ツカツカと歩き彼の前までやっていた。
「まったく、何処をほっつき歩いているのかと思えば、こんなところで遊んで!」
彼女はフランツをキッと睨む。
「あ、ジェンカさん、今ちょっといいところで・・・もうちょっと待って・・・」
ボ―――ン
フランツが失敗して、魔法陣が暴走して爆発を起こしてしまう。
原因はフランツ意識を集中して調合している最中に、このジェンカと呼ばれた女性が割り込んできたからだ。
「うわーー。失敗してしまったじゃないですかぁ」
そう言って落胆するフランツに呆れた様子を見せるジェンカ。
「フランツ、一体ここで何をやっているの? アナタひょっとして暇な訳?」
この気の強そうな金髪女性は帝都大学魔法学部で有名な博士のひとり。
ジェンカ・クラップ―――現帝都大学で最年少となる二十九歳の博士だ。
頭脳明晰・・・というか成績優秀な秀才才女である彼女は帝都ザルツで有名な魔法系の高等学校を主席で卒業し、そのまま宮廷魔術師に宮仕えするというエリート既定路線の人生を歩んでいた。
その後、彼女は実力を買われて帝都大学へ出向扱いとなり、僅か数年の勉強で博士号を取得するという輝かしい経歴の持ち主でもある。
現在は魔法薬学の権威であるシェイド・ロジタール教授の研究室に所属し、中央政府のとある機関から依頼された数多くの極秘研究案件を熟している秀才女性研究員なのは学内で有名だ。
しかし、彼女は勉強のできる人に多い、『他人を見下す性格』の持ち主で、攻撃的な性格としても有名。
「ふん。アンブレのバランス調合の課題ね。貸してみなさい」
ジェンカはフランツから素材と新しい魔法陣が書かれた木片を奪うと、さっさと調合して最後に魔法陣へ魔力を流すと、あっと言う間にアンブレと呼ばれる魔法素材の調合を果たしてしまう。
その慣れた手つきに、その様子を黙って見ていた他の研究補助員達からも思わず拍手が漏れる。
賛美を当たり前のように受けて、完成したアンブレという魔法合成素材を近くに偶々いたアークに手渡す渡すジェンカ。
「こんなの簡単じゃない。基礎中の基礎よ。高等学校でやるような課題に何を手間取っているのよ!」
「そりゃ、ジェンカさんは簡単でしょうけど・・・僕達は基礎ができてなくて。それでハルさんにコツを教えて貰って・・・」
フランツのその先の言葉はジェンカのキッと睨んだ視線により止められてしまう。
それほどジェンカの視線には強い力が籠っていた。
そして、その視線の矛先はこの場で講師役をしていたハルへと向かう。
「アナタが噂のハルね・・・こんな高等学校生徒でもできる陳腐な課題をフランツにやらせて・・・一体どういうつもりかしら?」
いきなり現れて喧嘩腰のジェンカに一瞬不快な思いに駆られるハルであったが、それでも彼女は大人であり、冷静に対処する。
「他意はありません。それに私はミールさんに魔道具製作の基礎を教えていただけです。他の方はそれを邪魔しないという理由で集まっているだけですよ」
滞りなくそんなこと述べるハルにジェンカは不快な表情を隠さない。
「くだらない言い訳ね。アナタ、どう見ても講師気取りだったわ。少しばかり実技が得意だからと言って、こんな低レベルな素材調合で人集めをするなんて笑っちゃうじゃない」
フンと鼻で笑うジェンカ。
「まぁ所詮、研究補助員同士だからこのレベルなのでしょうけどね」
彼女の言動は妙に鼻につき、ハルだけではなくアークも腹立たしく思ってしまう。
そして、それはジェンカに正しく伝わった。
「はぁ、何? 悔しい訳?・・・アハハ、莫迦みたい。アナタ達はこの大学に来てまだ解らないでしょうけど、私はアナタ達と違って格が違うのよ。私、帝都中央魔法高等学校を卒業しているのよ。解る? この帝都ザルツでは魔法で一番の学校よ。私はそこを主席筆頭で卒業し、そして、中央政府の宮廷魔術師のひとりなの。現在はこの大学に出向して仕事をしているけど、本来ならばアナタ達とは天と地ほどに地位の離れた存在よ!」
どうだ、と言わんばかりに凄むジェンカだったが、ハルやアークにはいまいち効き目が無い。
それも当然である。
ハルはジェンカが卒業した学校よりも更に格式高い―――寧ろ帝国一と評しても間違いない―――アストロ魔法女学院卒業者だったし、それも筆頭相当の成績を収めていた。
アークも、アクト・ブレッタとしてラフレスタ高等騎士学校という名門中の名門を筆頭で卒業し、その上、『ラフレスタの英雄』という他人が羨むほどの名声を手にしている。
加えて、その宮廷魔術師のかつての長であったリリアリアはいつでも家にいる身近な存在であり、現在の宮廷魔術師長のジルジオ・レイクランドも民主主義の勉強会で夜な夜なハルの研究室へ来る身近な存在であった。
ジルジオと普通に世間話するぐらいの仲になっていたハルとアークにとって、現役の宮廷魔術師長とは近所のおじさんのような感覚なのだ。
そんな宮廷魔術師長の部下の、またさらに部下のような下端女性研究員程度に凄まれたぐらいで、キョトンとするしかないのである。
とても驚くこと期待していたジェンカはアレ?という感じで、肩透かしを食らう形になったが・・・所詮、学の無い者は仕方ないと完全に見下すことで自分に納得した。
「ふん・・・これだから田舎者は・・・そんなことよりもフランツ。今日頼んでいた事は終わったの?」
ジェンカは新人研究補助員の虐めを止め、自分の部下であるフランツに向き直る。
「ああ、今日の仕事の分は終わっていますよ、って、痛てぇ!」
有無を言わせず彼の耳を引っ張るジェンカ。
「今日の仕事が終わったならば明日の仕事を今日やる。明日の仕事が終わったならば明後日の仕事をやる。そうしないと、いつまでたっても仕事は早く終わらないわ。さぁ行くわよ、フランツ」
ジェンカはそう言いフランツの耳を引っ張り、共同作業場を後にする事になる。
フランツは引っ張られながらも、残された皆へ申し訳なさそうに手を挙げる。
こうして、魔法薬学の研究室に所属しているジェンカとフランツはこの場から消えていなくなる。
呆気の研究補助員達だけがとり残されたが、ジェンカがフランツに厳しく当たるのは、ある意味この研究補助員仲間では有名な話であったりする。
かぶりを振り、彼らはハルから与えられた作業を再開する。
そして、成り行きでジェンカの造ったアンブレを持たされたアークはそのアンブレを観察していて気付く事がひとつあった。
「ハル、これって・・・」
アークが気付いた事をハルも納得して、頷く。
「そうね・・・随分と雑ね」
表面上アンブレは合成されたように見えるが、魔道具師として既に優れた実力を持つこのふたりから見ると、これはハルがいつも使うアンブレとは全くの別物と呼んでも差し支えない品質であったりする。
ハルの作るアンブレよりも数段階落ちる代物で、アーク・・・いや、半年ほど前のエリーが調合した方がよほど良いものができていた。
「まぁ、学校の試験ならばこれで合格じゃない?」
ハルがそう結論付けるのはジェンカ・クラップという人物が所詮理論の人だと思ったからだ。
現場で魔道具を日常的に製造する彼女らにとって、こんな品質の悪いアンブレは使いたくはなかったが、それでも紙の上で理論を組み立てる程度に利用する実験ならば問題ない品質でもある。
結局、純度が何パーセント以上を高品質と定義するかは使う人次第なのだ。
「アーク、このアンブレの魔法結合を解いて元の素材の状態に戻してくれるかしら? 勿体ないから」
ハルはジェンカが調合したアンブレの最も有効的な使い方を検討して、その結論をアークに指示するのであった。
一方、それからほどなくして、ここは魔法薬研究領域内の秘匿された一室。
「あ・・・フランツ・・・大好き!」
ここで遠慮なく相手を求める声を出すのは、先程までの厳しい態度と威厳を示していたジェンカ・クラップその人である。
とても先刻と同一人物とは思えない女の顔がそこにあった。
フランツに愛でて貰うのを至福の喜びとする彼女。
堅物な彼女をここまでに育てたのもフランツであったため、彼がここで手を抜く事も無い。
そんな彼らは熱い抱擁を交わす。
ここでフランツはジェンカに甘い言葉をかけた。
「ふふ、今日のジェンカはいつもより積極的だね・・・やっぱり、あの娘に嫉妬しちゃったのかい?」
フランツからのそんな甘い声を知る女性など自分以外にはいない。
少なくともジェンカはそう信じている。
「・・・うん・・・だって悔しかったの。若いくせに研究室をひとつ任されている女だったし、しかも、既に彼氏を持っている。そんな女に、もしかしたらフランツも取られるんじゃないか? そう思うと無性に腹が立ってきて・・・」
そんな逆恨みをするジェンカにフランツは優しいキスをした。
「俺がそんな事をする訳は無いよ」
そんなことを言うフランツであったが、それは彼の本心ではない。
フランツは本当のところ、ジェンカのような華奢な身体で高飛車な性格の女性は好みでは無いが、それでもこれは仕事のうちと割り切り、相手をしていた。
彼にとってこの女性と寝る事は既に愛ではなく作業なのだ。
勉強だけができる女に多い、圧倒的に経験不足な女・・・それがジェンカであった。
少し刺激してやれば、あっと言う間に餌に食いついてくる男日照な女性研究員である。
彼女と関係を持ったのはもう半年前。
何かの役に立つかと思い、手を出したフランツだったが、最近は彼女から益々に求められる事が増えてきており、少々辟易し始めているフランツ。
「あのハルさんって、一体何の研究をしているのだろうね?」
フランツはここで興味本位に聞くように装い、ジェンカに質問してみた。
彼の本当の仕事・・・それは諜報―――所謂、間者と言うやつだ。
そんな事など露知らないジェンカ。
「さぁ? 私が上の者に聞いても全然教えてくれなかったわ。国家機密を扱う私にさえも内緒らしいのよ。本当に失礼なことよね」
彼女が不機嫌になるのも、自分以上に特別扱いされているハルとアークに対する嫉妬が原因であった。
ジェンカも宮廷魔術師としての上司から機密に値する仕事を多数請けている手前、多くの機密事項に接触してもよい権利があった。
ジェンカもそうだが、彼女以外にも何人かが特命を受けてこの帝都大学の研究室を利用して秘密の研究を行っている。
そんな彼女達にはある意味で公にできないような仕事を任されているというエリート意識もあった。
「シラを切っているのは、私のところのジェイド教授だけじゃない。その上のフィスチャー魔法応用研究学科長、更にその上の魔法学部長、いや、帝都大学の学長も絡んでいると思う・・・そうなると、もう、絶対に国絡みのプロジェクトの筈なのに」
ジェンカの愚痴は止まらない。
「研究設備だって、びっくりするようなものを導入しているらしいわ。一億クロル以上の価値があるって噂だし・・・私の方にも少し回して欲しいぐらいよ」
そう妬むジェンカだが、実は彼女の研究室もその半額ぐらいの設備投資はして貰っているのだ。
それは最近彼女の元に入って来た『とある秘密の仕事』のお陰でもあったりする。
その事を思い出したフランツはここでも情報収集の機会を逃さない。
「そう言えば、例の魔法薬は完成したのかい?」
フランツの問いかけにジェンカは首を横に振る。
「未だ駄目ね。動物実験までやって、だいぶいいところまでは行けたのだけど、制御がいまいちなの」
そう言うと少し離れたところにあるガラスの瓶に詰められた赤い魔法薬に視線を移す。
ジェンカが中央政府のとある機関より秘密裏に依頼を請けた仕事・・・それは、例の『ラフレスタの乱』で使われた狂気の魔法薬『美女の流血』。
この解析と複製であった。
自分の思いどおりに他人を支配して身体強化できる魔法薬は圧倒的に魅力のある兵器だ。
しかし、例のラフレスタとクリステの事件の悲惨さを鑑み、加えて、その魔法薬の凶悪性と狂気ともいえる禁断症状を危惧した帝皇デュランからは「すべて廃棄せよ」との命令が発せられている。
こうして、その命令は忠実に実行された。
表面上は・・・
しかし、その裏では帝国内中央政府の一部の勢力・・・政治的に劣勢な派閥の誰かがこの魔法薬を入手した事で、これを廃棄せずに活用しようとする研究が始まったのだ。
この魔法薬を自分の陣営のために使いたいと思うのは、ある意味人間の欲として当然なのかも知れない。
しかし、それを現段階で公にできないのが、このジェンカが請けたプロジェクトの内容である。
中央政府内の複雑な人脈を使い、そして、宮廷魔術師の一部の人間によって秘密裏に現在進行形で進められている。
当然だが、こんなことが裏で進んでいるなど宮廷魔術師長ジルジオも把握してはおらず、勿論、帝皇デュランの耳にも入っていない。
もし、彼らがその情報を手にしていれば、即刻で全ての関係者を処分し、研究中の成果も含めて全て闇に葬った事だろう。
そして、運が悪い事に、このジェンカ・クラップという研究員は中途半端に腕が良かったりする。
『美女の流血』を完全に再現する事こそ不可能であったが、それでも現時点である程度のレベルに達していたのだ。
「相手の心の制御に重点を置いたのだけれども、その反動で記憶に障害が出るみたいね。だから今回のサンプルも廃棄となるわ」
彼女は実験が失敗に終わり残念に思うが、それとは違う別のことを考えていた。
「だけどもう少しで予め決められていた節目までの研究は完了する。そうなる頃には私のこの大学の任期も終わりなのよ」
ジェンカはそう言うと嬉々の表情でフランツに抱き付く。
「ねえ。フランツーっ・・・そうなると私達の関係ってこのまま終わりになるのかな? それとも・・・」
ジェンカは何かを強請るようにフランツを求める。
「私はもうあなたと一緒になってもいいと思っているのよ・・・ああ、やめて・・・キスなんかで誤魔化さないでぇ!」
突然にフランツは燃えるようなキスを始める。
そこには経験の浅いジェンカを蕩けさせるような威力があり、そして、巧みなフランツの攻めに溺れていくジェンカ。
夢中になったジェンカの集中力が益々と曖昧になっていく・・・
・・・どれぐらい経ったのか解らないジェンカだが、それでも、しばらくすると自分が呆けていたことを自覚する。
身体を起こして周囲を確認すると、自分が独りである事にも気付く。
フランツは何処?とジェンカは思いながら彼を探すが、既に彼の姿はこの部屋にない。
秘匿性の高い研究室であるため、外から明かりが入るような窓も無いが、それでも、ジェンカはまだ呆っとする頭で現在の時刻を確認しようとした。
彼女が手にしているのは最近流行の『懐中時計』。
とても便利な魔道具だと思うジェンカだが、これのお陰で現在の時刻が夕食の時間を過ぎている事を理解してしまう。
思いのほか自分が呆けていた時間は長かったらしい。
自分を置いて外に出ていってしまったフランツはいつもの事なので気にしない。
彼とていろいろと面倒を見る必要のある同輩達が大勢いるのだ。
世話する同輩達を引き連れて食事にでも行ったのだろう。
少々寂しい気持ちに浸ってしくうジェンカだが、これはいつものことだったので、ジェンカは特に不自然さを感じない。
そして、彼女はほどなくして、中断していた自分の仕事を思い出す。
彼女自身が連れてきたフランツに期待をしていたところもあったが、今回のフランツとの逢瀬も急に始まったこともあり、自分は仕事途中のままだったのだ。
棚の奥に収納していた研究用の魔道具を取り出して、その蓋を開けて魔力を注ぐ。
これは研究中の魔法薬を安全に廃棄するための魔道具である。
机の上に置いていた廃棄予定のサンプルの瓶の蓋を空けて、その中に入っていた赤い液体を廃棄用魔道具に注ぐ。
ここで、この瓶に入っていた赤い魔法薬が少しだけ減っていた事実にジェンカは全く気付くことができなかった・・・