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第十二話 英雄たちのその後(其の二)


「こことここの数字が合わないのは何故ですか?」


 凛とした女性の声が響くはラフレスタの居城の中で最も荘厳な造りである謁見の間である。


「え・・・あ・・・う・・・その・・・」


 そして、現在、この女性の問いに対して答えに窮しているのはラフレスタで税の徴収をとりまとめていた官僚。

 彼は突然、租税の収支に関する報告を『臨時』領主より求められて、歳入の数字が合わない事を指摘されている。


「そちらの報告書に書かれている数字と、こちらの報告書で書かれている税の金額が違いますよね。この最後のこの数字を比較すると、ほら、二千万クロルも少なくなっています」


 上手く答えられていない官僚に、この若い臨時領主はもう一度同じ質問を繰り返す。

 背丈が低く、金色の巻き髪を持つ少女のような臨時領主であったが、その声は鋭く、凛とした雰囲気を纏い、上位の者だけが持つ威厳を放っていた。

 その迫力に押されたのか、問い詰められている側の官僚は何も答えられなくなり、そして、嫌な汗をダラダラと流し始める。

 それを見た臨時領主は、やはり、と思いながらも、次のような言葉を述べた。


「・・・もう一度調べなさい。人間誰にも間違いはあります。ひょんなことから、帳簿上の間違いでお金が出てくることもあるでしょう?」


 そう言ってニコッと笑いかけた。


「ひっ、わ、解りました。明日までに・・・いえ、直ぐでも調査してご報告いたします」


 官僚は顔を引きつらせながらそう答えて、謁見の間から慌てて退室した。

 その姿を最後まで眼で追い駆けていた臨時領主であるユヨー・ラフレスタは、ふぅっと息を吐くことに。

 これで前ラフレスタ政権で溜まった膿をひとつ出せると思ったからだ。


「まったく、父上はどうしてこの程度の事を見逃していたのかしら?」


 そんな臨時領主であるユヨーの疑問に答えたのはユヨーの補佐役に就任した老貴族の男性である。


「解らなかった訳ではございません。ただ、今までのラフレスタの悪しき習慣・・・ひとことで言えば、そうなりますな」

「セレステア卿。貴方の口からそのような言葉が出るならば、この事を『知っていた』と言うことですね・・・」

「僭越ながら」


 当代セレステア家の当主であるこの老貴族は悪びれる事もなく、それを認めて、ただ恭しく頭を垂れた。


「説明していただけますか?」


 ユヨーの要求に素直に応じる老貴族。


「それはユヨー様のご想像のどおり、確かにあの官僚達は数字を触って、『裏金』を作っておりました。しかし、それは今より三代前の領主様より続く慣例事項と聞いており、黙認していました」

「黙認ですか?」

「そうです。当初、その『裏金』の使い道は個人の私腹を肥やすためではなく、官僚職員達の慶弔や冠婚葬祭の支度金として機能していたからです」

「・・・それにしても、この二千万クロルという金額のは些か高過ぎませんか?」

「そうですな。時代と共に徐々に増長していき、歯止めが利かなくなった結果なのでしょう。官僚という者は前代者よりも『予算』を減らしたとなると『無能者』として評価される傾向にあるようですから」


 そんな言い訳を聞きユヨーは頭が余計に痛くなった。

 彼女は臨時領主となり初めてラフレスタの財政を知る立場になって、ひっ迫している財布事情に驚いた。

 今回のラフレスタの乱も、その切掛けとなったのは、実は自領の財政難であったりしたのだ。

 金の工面に困っていた当時領有のジョージオ・ラフレスタはその金脈としてクリステからの儲け話に乗ったところからあのラフレスタの乱が始まっていたのだ。

 このラフレスタで育った魔術師を大量にクリステの地へ斡旋する事で、多額の紹介料を貰える手筈だったらしい。

 実際、それは嘘であり、捕えられた魔術師達は魔法薬『美女の流血』で意識を奪われて、クリステに拉致する事が目的であったし、そのクリステさえも経由地だったようで、捕らわれた魔術師達が最終的にどこに連れ去られたのかは未だ不明である。

 現在、エストリア帝国の諜報部隊の精鋭達が総力を挙げてこの事を調べているが、まだ確定的な情報までは得られていない。

 『ボルトロール王国』が関係している事は大凡に解っているのだが・・・

 しかし、ユヨーにとっての今はラフレスタの復興と財政収支の改善が直近の課題である。

 取敢えず、財政に関して無駄がないか・・・と帳簿を調べていたところ、今回の裏金疑惑を発見したのだ。


「私は官僚達に恨まれるのでしょうね・・・」


 ユヨーの指摘は、今まで官僚達が慣例的に得ていた利益をラフレスタの国庫に入れるように指示したのも当然である。


「そうかも知れませんが、彼らとてラフレスタの財政が破産してしまえば、元もこうもありません。財政収支が悪いのは我々よりも彼らの方が良く解っているのでしょうから」


 セレステア卿はそう言ってユヨーに助け船を出した。

 その事にユヨーは少し考えて、そして、こう述べる。


「・・・解りました。それでは特別に予算を組みましょう。彼らの慶弔ごとに金が必要ならば正当に予算を付ければいい。ただそれだけです。他の領地で前例がないのであらば、このラフレスタが先立ちその見本になればいいのです。二千万クロルは無理でも、彼らが納得できる金額に折り合い付ければ、私としては構わない。無駄で削るべき支出項目は他にもある筈ですから」

 

 その決断にセレステア卿は目を丸くする。


「素晴らしきご判断です。この爺も敬服いたしました」


 ユヨーの採決を称賛するセレステア卿だが、ユヨーはそれに首を振って応える。


「そんなことはありません。私はただ、官僚の皆さんのやる気が削がれ、それが原因で離反してしまうのを恐れているだけですよ」

「そのような気概を持つことも、為政者としては素晴らしき事かと・・・」


 セレステア卿はこの若き臨時領主に将来の主の器の片鱗を見たような気がした。

 そもそも、このユヨー・ラフレスタという人物は半年前までこのような為人ではなかったというのがセレステア卿の評価である。

 しかし、あのラフレスタの乱でこの若い臨時領主には大きな変化が訪れたようだ。

 勿論、これは良い方向の変化であり、『大化けした』人物とも言えるだろう。

 彼女はラフレスタの領地運営に大きな責任を負い、鋭い判断力を持ち、強い女性となった。

 そこには彼女の父や母、ふたりの兄と姉、そして、妹までもが失脚してしまった事が大きい。

 その事で、『自分がしっかりしないと』という強い意識がユヨーの中で大きく芽生えたのかも知れない。

 まだ、腹違いの姉がふたり居るが、少なくとも覚悟という意味ではこのユヨーには敵わないとセレステア卿は感じた。

 それほどにユヨー・ラフレスタという女性は本物の領主としての片鱗を垣間見せていたのだ。

 様々な可能性も考えて、これまで行動してきたセレステア家の当主は自分の判断が間違っていないと思う。

 こうして、改めて君主と定めた相手に対し誓いの言葉を述べことにした。


「これからも、このセレステア家はラフレスタ家には忠誠を誓わせていただきます」

「私こそまだ若輩者です。遠慮なくご指導ください・・・そして、真の忠誠は私の婿を迎い入れてからお願いします」


 ユヨーはそう笑いかけると、自分の愛するおっとりとした男性の顔を思い浮かべるのであった。

 

 

次の更新は来週の火曜日となります。ご承知下さい。

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