第十一話 フランチェスカの旅(其の五)
今日、友達を見つけた。
いや、正確に言うとまだ友達ではない。
だが・・・いずれそうなるだろうとは私の予感だ。
彼女の名前はエリザベス・ケルト。
ラフレスタのアストロ魔法女学院に籍を置いていた魔女。
私と同じ、領主の娘であるという立場。
私と同じ、上位貴族である女性。
私と同じ、ボルトロール王国に利用された惨めな女。
そして、今は私と同じく一般市民に身を落とし、このエクセリア国に居る存在だ。
正確に言うと彼女は貴族籍を除された訳ではないが、親から言い渡された結婚を不服に家出し、名前を変えていた事実はそれに等しいだろう。
私とあまりにも似ている彼女。
仲良くなれそうな気がする。
この感情は、私の自己満足なのだろうか。
しかし、そんな想いは相手もそうだったらしい。
再び、エリザベスと会う機会があり、ここで私達は意気投合した。
似た境遇同志の私達は波長が合うのだろう。
エリザベスが私の住む家に来ることはほとんどない。
何故なら、私が住む場所はハルさんの管理する敷地内の別棟である。
ハルさんに苦手意識を持ち、かつて好きだったアクトさんが夫として住むここは、彼女にとって近寄り難い場所なのだろう。
ならばと、私の方からエリザベスを訪ねる機会が増えた。
夫のフィッシャーも私の好きにさせてくれたのは有り難い。
こうして、エリザベスが定宿にしている『静かな夕暮れ亭』へ足を運ぶ機会が増える。
同じ境遇の私達はここでよく話しするようになった。
この会合にはアリス・マイヤーが加わる事もよくある。
アリスの実家が『静かな夕暮れ亭』の隣だったこともあるが、彼女が旧クリステの有力貴族なのも大きい。
この国では貴族制が廃止となった今、アリスはその旧クリステ貴族をまとめとる存在でもある。
貴族の特権など民主主義を謳っているこのエクセリア国では既に無いに等しいが、それでも彼女は私のようなかつての上位貴族に対しても敬意を示してくれる。
アリスから見れば、私はラフレスタ領主の娘であり、エリザベスはケルト領主の娘であるため、敬意を払うべき存在なのだと思っているのだろう。
ちなみに妹のヘレーナはこの会合にあまり参加しない。
ヘレーナは、この期に及んで私がラフレスタ家復興を目論んでいると考えているのだろうか?
へレーナはまだ若い。
彼女なりに自分の置かれた今の境遇を受け入れて、フィッシャーの妻として生きていく事を決めたようだ。
ヘレーナはヘレーナでそんな理由で、エリザベス、アリスとは距離を取っているようだ。
貴族社会の再興・・・民主主義の転覆・・・勿論、そんなことは莫迦げているし、私はそんなつもりで彼女達と会っているのではない。
結局、私はヘレーナの好きにさせている。
妹もひとりの人格者であり、会合への参加を強制させるつもりもない。
そんな私だが、この会合での話題は貴族の政治的駆け引きとかそんな生々しい会話は一切無く、所謂雑談が主だ。
ひとりで生きるエリザベスは私よりも経験豊富で、いろいろな事を教えてくれた。
なかでも、エリザベスが私へ熱心に語りかけるのは『お金は大切』だと言う事実。
私もそれは理解しているがつもりだが、私が実家で教えられた事なんて領地の財政とか税金に関する話だった。
自ら生活するお金の事なんて・・・正直、気にはしていなかった。
私はそれほど欲深くは無かったが、それでもラフレスタに居た頃は自分が欲しいモノを遠慮しなかったし、何処からそのお金が出るのかなど知らなかった。
それを誰か払っているのかなんて気にもしなかった。
しかし、今は違う。
私はフィッシャー・クレスタの第一夫人であり、家族の資金を管理しなくてはならない責任がある。
民主主義・資本主義とは特にそういうものらしい。
この頃の私に難しい事は解らなかったが、それでもそうだと言われ、家のお金の管理が私の責務であると自ら言い聞かせた。
フィッシャーも私達を養うために働き出したのはこの頃だった。
家賃と食費という目先の出費を稼ぐためである。
ちなみに、ここでの家賃とは、ハルさんの所有する広大な土地に建つ一軒の家を借りた事にある。
ハルさんからは、家賃は別にいい、と言われたが、夫は律儀に払っている。
フィーロ・ローリアン夫妻もそうしているのだから、自分もと言っていた。
そんな融通の利かない所が彼らしいと思う。
ふふ・・・
そんな夫とのやりとりを思い出し、笑みがこぼれてしまうのは、私が惚気ているのだろうか。
やはり、そうだろう・・・
そこまで想い、私は目を覚ました。
現在は前後にゆらゆらと揺れるハルさんに造って貰ったお気に入りの椅子に座り、居眠りをしてしまったことを自覚する。
そんな私に声を掛ける存在が、家の奥から現れる。
「あら、フラン。寝ていたのね」
「・・・母様、申し訳ありません。少し白昼夢を」
「よいのです。あなたは、今、身籠っているのですから」
そんな言葉に、私は自分の下腹部を触れた。
大きく張る胎には彼との愛の結晶。
幸福感に包まれながらも、私にそのままで良いと言ってくれるのは私の実母だ。
紆余曲折あったが、ラフレスタ城の地下に幽閉されていたラフレスタ家は、結局、赦された。
帝皇に反逆した罪は重かったが、それでも国外追放で決着させてくれたのは、フィッシャーの実家であるクレスタ家が働きかけてくれたお陰らしい。
その後、父様と母様、ふたりの兄はラフレスタを出て、このエクセリア国の地の我が家で一緒に暮らしている。
思わぬ形で一家が集まったが、静かに暮らす事を言い渡されていた以外に自由であり、幸せだった。
ラフレスタ領の運営は妹のユヨーが上手くやっているらしい。
それでいいと思う。
彼女は彼女でラフレスタ家とラフレスタ領を繁栄させる責任があるのだ。
貴族籍を除された私達は別の道を歩むものありだろう。
このエクセリア国で私達の子孫を反映させれば、それも幸せのひとつだと思ったからだ・・・
そう考えていると夫が仕事から戻ってきた。
「フィッシャー、お帰りなさい」
私は椅子から立ち上がり、夫の帰りを迎えた。
フィッシャーは身重の私を気遣い、優しく接してくれる。
「フラン、駄目じゃないか。安静にしていないと・・・」
「ありがとうフィッシャー。でも大丈夫です。それより、ヘレーナよりも早く産みますからね」
妹のヘレーナも私と同時期に妊娠し、今はどちらが早く嫡子を生むかを競っている。
そんな私にフィッシャーが優しくキスをしてくれた。
「焦ることはない。どちらが早く産んでも第一子の権利はフランにあるのだから」
法律的には確かにそうだ。
第一夫人の産む嫡子の方が財産や家督を継ぐ権利は強い。
しかし、私は拘っているのはそこではない。
いつも鈍い夫へキスを返し、私の拘っている事を小さく耳元で告げてあげた。
「・・・」
直後にフィッシャーの顔が真っ赤に染まる。
そんな私達の惚気を見て、母様が奥より父様を呼んだ。
父様は惚気ている私達を見てニコリとすると、こう言うのだ。
「いいわねん。私も孫の顔が早く見られるのならばン!」
そんな特徴的な女言葉で喋る父様。
その光景が、我が家では珍しい日常でなくなっていた。
幸せなど、こんな些細なもので十分のだろう。
過去の自分にそう言ってあげたい。