第十話 次に向けて
エクセリア戦争に敗れたボルトロール軍。
西部戦線軍団の生存者は三万七千八百一名。
現時点、そのすべての者が捕虜になっていた。
さすがにこの人数全てを首都エクリセンに収監することはできない。
ロードを初めとした周囲の村に分散して収監していたが、重要な人物については首都エクリセンの王城地下で囚われている。
「くっそう、飯が不味い!」
ここで悪態をつくのは西部戦線軍団総司令グラハイル・ヒルト。
彼はラゼット砦で拘束されてから、目まぐるしく収監先が替わっていた。
ラゼット砦で幹部達と一緒に縛られて光魔法で映像を撮影されてから、次に移送されたところはロードである。
そして、北のティゾンへ移され、そこから幹部は散り散りとなる。
自分のお気に入りだった秘書女性ともそこで別れた。
その後、二、三箇所を転々とし、現在は首都エクリセンの王城の地下牢。
当然のように尋問を受けたが、大した情報は漏らしていない。
グラハイルはボルトロール軍総司令としての誇りも持っていたし、王国への忠誠心も薄れていない。
当然だが、そんな反抗的な態度はエクセリア軍に癪である。
感情的になった尋問官より二、三発殴られる事もあったが、果たしてそれだけである。
それ以上の暴力的な拷問は無かった。
飢えない程度に飯も出されたが、その飯が不味いぐらいが今の不満である。
グラハイルとしてはこの程度で済んで有り難いとも思うが、それ以上にエクセリア軍は甘いと思う。
「くっそう、本国と話をさせろ。身代金の交渉ぐらい、やらせてくれ!」
図々しくそう叫んでみるが、流石にエクセリア軍はそこまでお人好しではない。
今日も同じように無視されるだろうと思っていたが、それでもこう叫んでしまうのはグラハイルの性分でもある。
「確かに私は負けた・・・ボルトロール王国は敗者に厳しい。成果を出せなかった者には厳しい・・・」
自分達に助けは来ないと冷静なグラハイルは解っていた。
それが成果主義の横行しているボルトロール王国のやり方である。
失敗した自分達には再戦のチャンスなど与えられず、別の人間に次の総司令の椅子の座が回ってくるのだ。
今頃の王都では失敗した自分達は罵られて、そして、次の西部戦線軍団の人事が進んでいるだろう。
それが悔しかった。
自分はまだこれほどに健在なのに・・・
まだまだ戦えるのに・・・
次戦うときはもっと上手くやる。
銀龍に・・・銀龍には絶対出会わないように・・・
そこまで考えて、そのプランが見えてこない自分に気付く。
あの暴力的な銀龍から、どうやって逃れられるだろうか。
人類はあの銀龍と戦って絶対に勝てない事を思い知っているが、その銀龍から逃れることも、また不可能なのだと思った。
銀龍から見逃して貰えない限り、あの暴力の坩堝からは逃れられないと・・・
「くっそう、どうすれば・・・」
考えるグラハイル。
本来ならばこの独房で自分の呟きなど虚しく空間に消えるだけなのだが・・・
「簡単な事よ・・・それはアナタが軍人から足を洗えばいいの。ボルトロール王国が拡大路線を止めれば、銀龍や私達と関わりは無くなるのだから」
「誰だ!」
応答を返してきた言葉に、緊張が走るグラハイル。
そして、その女性が現れた。
グラハイルの背後からトントンと肩を叩かれる。
「ヒッ!」
反射的に驚いて、そんな悲鳴を挙げてしまうグラハイル。
振り返った先には銀龍の次に最悪な敵がいた。
「し、白魔女!」
そう答えて身構えるグラハイルだが、彼が抵抗できたのはここまで。
ここで白魔女が鋭い視線を発し、それを直視してしまったグラハイルの目がトローンとなる。
自白魔法が掛かった証拠。
いつぞやのラゼット砦の繰り返しとなるが、グラハイルは白魔女の技からも逃れる術はない。
「さぁて、質問するわ」
それにグラハイルがゆっくりと頷く。
今のグラハイルには白魔女が抗い難い存在――いや、友好的で抗う必要のない存在――に思えた。
身内以上の存在であり、彼女に対して一切秘密事などしてはならない。
「まずは勇者リズウィについて、知っている事をすべて話して」
「それは・・・・」
譫言のようにボソボソと力なき言葉で聞かれた事すべてを話す。
それを黙って聞く白魔女ハル。
「・・・・・・・なるほどね。だいたい解ったからもういいわ。次は研究所のこと、フーガ一族のことを教えてくれるかしら」
「研究所は・・・秘匿された・・・王国でも限られた人しか・・・そこでは・・・」
次々とグラハイルの知る研究所の秘密の情報をばらした。
ボルトロール王国でも上位の存在であるグラハイルが得られる情報は多い。
しかし、それでも最後の重要な部分だけは彼でも知らされていない。
『研究所』とは余程に秘匿されている組織だとハルは考える。
「そうすると、その研究所で働いているのがフーガ一族になるのね。黒髪・黒目の人間で、ゴルト語が喋れないのが特徴と・・・」
それだけは確実だとグラハイルは頷く。
ゴルト語が喋れないため、翻訳魔法の使える魔術師が常に近くにいる必要がある。
グラハイルの娘であるアンナもその役目であり、同じフーガ一族出身である勇者リズウィに付き添っているのはそのためだ。
・・・もう十分だった。
「解ったわ。ありがとう。今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んで頂戴」
「・・・はい」
グラハイルはゆっくりと踵を返すと、独房に宛がわれた自分のベッドへ移動する。
そこに身体を滑り込ませると、やがて寝息を立てた。
あっと言う間の就寝であり、そこに白魔女の眠り魔法が作用していたのは言うまでもない。
グラハイルが寝たのを確認した白魔女は、自分と会った記憶を消す魔法をグラハイルに掛けて、それで終了となる。
こうして、白魔女は魔法で壁を抜け、地表へ戻る。
今は夜であり、その闇と一体化するように漆黒の騎士が彼女の帰りを待っていた。
「終わったようだね。どうだった?」
「思ったとおりよ」
言葉少なくそう述べる白魔女だが、漆黒の騎士とは心の共有でつながっているため、情報共有のために会話をするなど無駄な行為だ。
しかし、ここで彼女が敢えて言葉にしたのは、自らの意思を示すため、自分の決意を示したかったためである。
「見つけたわ・・・まずはリズウィね。リズウィ・・・りずうぃ・・・りゅうじ・・・」
その男の名前を何度か口から出す白魔女。
男の名前は彼女が忘れこともない存在。
それは・・・
この時のハルは、嬉しさもあったが、獰猛な魔物が念願の獲物を見つけたような姿も見せている。
・・・複雑な表情。
伴侶である漆黒の騎士は敢えてその事には触れず、今後の事だけを考えて注意をひとつだけ述べる。
「ああ、でも・・・その彼らは現在敵の真っ只中に居る。慎重に行動した方がいいだろう」
「・・・そうね。的確な助言だわ・・・私としたことが、少し気持が逸っていたのかしら」
乾く自分の唇をペロリと舐める姿は何とも魅力的であり、それを見せられた漆黒の騎士は白魔女の願いを何としても叶えてあげたくなる。
「こんな時に言うのも何だけと・・・やはり君は魅力的だ。僕に魔法を掛けたのかな?」
漆黒の騎士のアクトは、自身の使う一人称によって心の状態が違っている。
普段リラックスする彼が使う一人称は「俺」。
そして、緊張していたり、警戒したり、他人行事なときに使う一人称が「僕」である。
現在のアクトが後者である事に気付いた白魔女ハルは、自分が無意識のうちに支配の魔法を放っていたのを思い知った。
「ああ、私としたことが・・・」
こうして、ハルは魔法の流出を止めて、もう少し冷静になる事にする。
そうすると、支配の魔法は霧散し、変な緊張は解けた。
そんな状況の変化に、漆黒の騎士がニコっと笑みで返す。
対する白魔女は、ふう、と息を吐き、力を抜いた。
「ゴメンね。アクト・・・嬉しくて・・・だけどそうよね。アクトの言うとおりだわ。目指すべきところは解ったけど、それが敵の本丸・・・これは準備が必要になるわね」
「そうだね。準備をするに越した事はないさ。そして、季節ももうすぐ冬。この地でしなければならない事もまだまだあるだろうし・・・」
アクトの指摘する意味もハルは解っている。
このエクセリアで本拠地となる屋敷の整備もまだまだ残っているのだ。
この先どうなるか解らない彼らだが、それでも確実で安全な本拠地を確保できるならば、それは悪い話ではない。
「解ったわ。それに一瞬忘れていたけど・・・私達って新婚の筈よね」
ここで漆黒の騎士の腕を取る白魔女。
そこには、先程の、恐ろしいまでの従属を相手に求めよるような気配は無い。
今のここにあるのは、年相応の彼女の姿――自分の夫との時間を大切にしたいと思う新妻の女性の姿。
「そうだね。俺も今、思い出したよ」
ここで騎士は魔女を引き寄せてキスする。
甘い雰囲気に包まれるふたり。
ハルとアクトはこうして、しばらくはこの地で新婚生活を送る事にした。
彼らが心の共有を持ち、そして、仮面の力で思考速度も加速させているので、討議など一瞬で結論を得る。
彼らが次の旅を再開するのは、冬を超えて雪解けのシーズンからになるだろう。
それまではこのエクセリアで、ふたりだけの春を謳歌しよう・・・そう決めたのだ。
こうして、白い魔女と漆黒の騎士の慌ただしかった旅はここで一時休息となる。
白い魔女と漆黒の騎士 (ラフレスタの白魔女 第二部) 完
皆様、ご愛読ありがとうございました。
短い話がもう二話続いて完話となります。