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第十九話 奪還

 グラハイルは目を覚ます。


「ぐ・・・これはどういうことだ」


 身体が砂埃に埋まっている感覚があり、全身からは軋むような痛みを感じていた。

 だが、苦痛よりも現状把握を優先しようとしたのは、グラハイルが総司令として強い精神力と責任感を持つからだ。

 その彼が直前の状況を思い出した。

 

(そう・・・あれは私が列車砲の発射を命じて・・・)


 段々と状況を思い出してくる。

 列車砲が砲撃しようとした時、そこに銀龍の吐息(ブレス)が直撃して、その後に誘爆。

 大爆発がラゼット砦を襲い、そして、自分の居た司令室も被害を受けた。

 屋根が崩壊して、崩れてきた。

 しかし、何とか生きているようだ・・・

 そんな幸運を感じていたが・・・それは瞬く間に否定される。

 それは、自分の喉元に冷たい黒色の魔剣が突き付けられたからだ。

 

「き、貴様達は・・・」


 グラハイルが気付いてみると、この部屋には既に何人か居た。

 それは怪しい仮面を付けた男女。

 そのひとりが自分の喉元に剣を突き付けているのだ。

 そして、他にも男が二名。

 それは先程まで映像に映っていた顔である。

 

「ウィル・ブレッタと、レクトラ・ブレッタ・・・か」


 グラハイルの問いに何も答えないウィルとレクトラ。

 ここで冷たい眼でグラハイルを見たウィルは必要な事だけを問う。

 

「レヴィッタをどこにやった。彼女を返せ!」


 そう問われたグラハイルは一瞬何かを考えたが、その後にハハハと笑った。

 

「残念だったね。彼女は死んだよ。この世にはいないさ」


 その回答にウィルの怒気が上がる。

 怒りに任せてグラハイルを殴り飛ばそうとするが、それはハルによって止められた。

 

「どうして、邪魔をする!」

「ウィルさん、待って・・・この敵の総司令・・・グラハイル・ヒルトという名前のようね。でも、嘘は下手だわ」

「嘘だと?」


 ウィルはハルが常時使う人の心を観る魔法の存在を知らなかったが、それでも余裕たっぷりの彼女の態度には何かあると思った。

 ひとまず怒りを収めるウィル。

 それを見たハルは次のための行動をした

 彼女は装着する指輪に念を送り、ローラを呼び出す。

 

「ローラさん、そちらの様子はどうかしら?」


 これは魔道具により通信している。

 トゥエル山の山頂で銀龍と戦った時、装備していた魔道具の機能の一部である。

 程なくしてローラから応答があった。

 

「こちらはローラです。現在は銀龍様が次々と敵兵を拘束しています。間もなくここでの制圧は終わるかと思います」


 その通信にスターシュートが割り込んできた。

 銀龍の魔法ならばそんな芸当も余裕なのだ。

 

「うむ。この『殺さず』も、やってみれば中々に楽しいぞ。力加減の難しさがまた良い」


 まるで遊戯(ゲーム)をするような感覚でそう応える銀龍。

 銀龍はハルの言いつけを守り、『殺さず』を体現していた。

 尤も、それは完全に死者を出さない訳でも無かったが、それでもその努力は実り、最初の大砲を破壊した時以外の死者はほとんど出さずにラゼット砦のボルトロール軍を無力化させていた。

 氷結の魔法などを用い、簡単に拘束しているように見えるが、それも技量があっての事。

 この銀龍が圧倒的に強く、また、豊富な魔力を持つからできる芸当でもある。

 

「ご機嫌なところ申し訳ないけど。ローラさん達をこちらに送ってくれる? 敵の総大将を見つけたので、拘束しておきたいのよ」

「うむ、解った。ローラ、スレイプ、サハラよ。ハル達のところへ飛ばすぞ」

「解りました」


 そうするとハル達の近くが光った。

 転移の魔法だ。

 そして、光が集約し、三人が新たに姿を現した。

 現れた人物を見たグラハイルがここで再び驚く。

 

「何! 亜人(エルフ)だと!!」


 細長い耳の特徴を見て、ローラ達の正体も見抜くグラハイル。

 エルフも伝説上の生物であり、姿など初めて見たからである。

 そんな驚く敵の総司令にローラは遠慮しなかった。

 

「草木よ、彼の者を戒めよ!」


 短い言葉で植物の精霊にお願いするローラ。

 そうすると、瓦礫の隙間から緑色の草木が伸び、あっと言う間に成長して、グラハイルの身体に絡まる。

 

「な、何だ。これは!! ぐわっ」


 驚いたグラハイルに容赦なく絡みつく草木は、あっという間にグラハイルの自由を奪う。

 こうしてグラハイルは虜囚となってしまった。

 自由を奪ったグラハイルに、白魔女ハルは強い視線を注ぐ。

 そうすると、あっという間に彼の目はトロ~ンとなった。

 術が利いたとしてハルはグラハイルに問いかける。

 

「さあ、これでアナタは嘘がつけないわ」


 ゆっくりと頷くグラハイル。

 その姿は少し前の強い意志を印象付ける姿はなく、だらしなく口が半開きで、酩酊状態に近い。

 白魔女の自白(じはく)魔法が完全にかかった状態であった。

 そのグラハイルにレヴィッタの所在を聞く。

 

「さて、改めて。捕らえたレヴィッタ・ロイズを何処にやったの?」


 白魔女からの問いに、グラハイルは嘘をつけなかった・・・

 

 

 

 

 

 

 レヴィッタ・ロイズは目を覚ます。

 

「んん・・・」


 レヴィッタは少しだけ不愉快な揺れを感じた。

 それは過去に彼女の感じたと事のある揺れ。

 その記憶を辿り・・・そして・・・

 

「んん、どうして馬車に?」


 彼女は生じた疑問により一気に覚醒した。

 気が付いてみると、ここは馬車の一室。

 自分の隣にはアリス・マイヤーが居て、縛られている。

 気付けば自分も縛られており、身体の自由はほとんど利かない。

 事態の飲み込めないレヴィッタに、向かい側の席を見てみると、リーザとロン、そして、カロリーナと言う名前の敵軍の美人秘書女性が座っていた。

 

「あら、一番最後に起きたようですね、レヴィッタさん」


 そんな嫌味なぐらい優しい笑顔で接してくるのはカロリーナ。

 対して、困惑するレヴィッタ。

 

「えっ? 何!? どうして、私達が馬車なんかに」

「どうしてって、アナタ達を移送しているからよ」

「ええ!? 移送するなんて聞いていない!」


 そんな反発するレヴィッタに、カロリーナは残念な人を見るような視線を投げかけた。

 

「だって、私は約束したでしょ。アナタ達の処遇を改善すると。今日からは温かいベッドで寝られますよ・・・しばらく馬車旅も続きますけどね」


 記憶を辿るレヴィッタ。

 そうすると、朝食を食べた後からの記憶が無い。

 そこで睡眠効果がある毒を盛られたのは明白であった。

 

「そんな! 私達を騙したのね! どこに連れて行こうとしているの!!」


 抗議するレヴィッタに、カロリーナは面倒くさそうに説明する。

 何故なら、その説明はもう数回続けていたからだ。

 目覚めた囚人毎に同じ事の繰り返しである。

 

「安全なところですよ。それは王都エイボルト。アナタ達は勇者リズウィ様の屋敷に収監されます」

「そ、そんな!」


 大きな衝撃を受けるレヴィッタ。

 それに対し、カロリーナは、逆にこれはチャンスだと説明する。

 

「アナタ達は幸運なのですよ。あのような薄汚い地下牢に居れば、いつまた強姦されるか解ったものではありません。それに引き換えて、勇者リズウィ様の屋敷は安全・清潔、かつ、衣食住の環境が整っています。それに王都エイボルトは世界一文明の進んだ街。我らボルトロール王国の凄さをアナタ達にも是非にも実感して頂きたいですわね」


 オホホと上品に笑うカロリーナには余裕があった。

 それはこの場で自分は全くの上位者である事実。

 現在の状況は、レヴィッタ達に魔術師の拘束具を嵌めて、その上に抵抗できないように縛っている。

 それでも抵抗されたときには雷撃効果を持つ鞭もある。

 残念なことに、カロリーナは今まで目覚めた三人に雷撃の鞭を使って黙らせていたが・・・

 

「嫌です。私はここで降ります。私、ウィルさんが助けにきてくれると思って、ラゼット砦では大人しくしていたんです。あの人は私の事を絶対に守ると言ってくれました。もし、私がボルトロール王国に入れば、ウィルさんならば絶対に来てしまう。そんな事になってしまえば・・・あの人にもっと迷惑が掛かかってしまう」


 レヴィッタはそう言い、窓から飛び降りようとする。

 しかし、彼女は縛られて、椅子につながれていた。

 

「ぐえっ!」

 

 ピーンと張った縄に引っ張られ、その反力によって元の自分の席へと戻される。

 とても喜劇的な行動だが、それに呆れながらも、カロリーナは鞭を取り出し、床をパシーンと激しく叩く。

 

「ひっ!」


 恐れ戦くレヴィッタに、これで効果あったとするカロリーナ。

 

「まったく・・・もう、諦めなさい。これからのアナタ達の人生はボルトロール王国で送る事になるわ。敵国の人間だから、身分は五等臣民から始まるけど、それでもアナタ達は勇者リズウィ様のお気に入り。エストリア帝国の情報とかを話してくれれば、その功績であっという間に三等臣民まで上げて貰えると思うわ」


 カロリーナが説明しているのはボルトロール王国の市民権についてである。

 国民は厳格に階層分けされており、その階層別によって税金や受けられる権利の内容が細かく規定されている。

 五等という底辺から始まり、三等になると一般市民レベル。

 三等臣民では最低限の生活が保障され、その気になれば働かなくても暮らしていける社会システムであるとカロリーナは説明する。

 

「・・・それでも、ボルトロールの民ならば三等臣民より上位の二等や一等を目指すもの。ボルトロール王国は成果こそがすべての国です。私のように一等になれば、給金も上がるし、税金も無料(ただ)の様なもの。責任ある仕事にも就けるし、総司令からの寵愛だって頂けるわ」


 最後の一言だけはカロリーナの言葉に熱が籠っていた。

 「どう? 羨ましいでしょう」とアピールしているようであり、実際にそうであった。

 そんな欲望の叶う世界に、レヴィッタは・・・興味が無い。

 レヴィッタは、最近、無意識で想像している事なのだが、この戦争が終われば、ウィルとどう過ごそうかと考えていたりしていた。

 それは、ウィルの故郷であるトリアに戻る事。

 いや、しばらくこのエクセリア国で暮らし、復興を手伝うのかな?

 それとも、一旦、自分の実家があるユレイニに戻って、両親にウィルを紹介する。

 自分の両親はウィルの事を気に入ってくれるのだろうか?

 ロイズ家は平凡な貴族というよりも、どちらかと言うと下流に近い家柄。

 貧乏性のロイズ家は超一流であるブレッタ家に嫁ぐのを躊躇うかも知れない。

 それでも、なんとかふたりは結婚できると思う。

 熱々の新婚生活を夢見るレヴィッタだが、ウィルは真面目な性格なので、多少ギクシャクするような気もする。

 しかし、それはそれでも面白いと思った。

 自分が真面目な性格のウィルを変えてやると思った。

 面白い会話と笑顔の絶えない家庭。

 そして、子供が数人・・・絵に描いたような幸せな構図。

 そんなささやかな幸せを望んでいた自分。

 英雄なんて関係ない。

 楽しくて、幸せで、そして、困らない程度にお金があれば、それでいいと思う。


 ここでレヴィッタは気付く。

 それは自分がウィルの事を好きだという事実。

 与えられたもの、押し付けられたもの、英雄から遊ばれているものと思い込んでいた今まで・・・

 そんな偏見により、今まで自分の気持ちを理解していなかった彼女であったが、ここで自分もウィルという存在を求めていた事に気付かされた。

 ウィルから愛される事を気にしていたレヴィッタだが、自分こそウィルを愛さなくてはならないと思う。

 そんな気持ちに気付けたのだ・・・


 しかし、もう遅い。

 その未来は閉ざされて、自分達はボルトロール王国へ連れ去られようとしている・・・

 

「うぅぅ、ウィルさん」


 涙を流すレヴィッタ。

 意外なことだが、今までレヴィッタ・ロイズが人前で涙を見せる機会は無い。

 時折、悲嘆に暮れて落ち込む姿を見せる事もある彼女であったが、それでも人前では泣く事はしない。

 それが彼女の持つ信条。

 親から「辛い事があっても、笑って過ごせ」と言われた事を頑なに守ってきた。

 今までそれを守っていたレヴィッタが、この時は初めて見せた涙。

 それが、この場の雰囲気を辛気臭くした。

 

「何よ。私が悪者のように見えるじゃない。私だって命令を受けてやっているのよ・・・そもそもアナタ達がボルトロール王国に逆らうからいけないのよ」


 カロリーナはそう言って、責任転嫁する。

 

「それに、もうすぐひとつ目の目的地に到着するわ。アナタ達の朝食に混ぜた眠り薬。それが覚めないようにと、馬車に乗せてもゆっくりと進んで来たからね~ ほら、フロスト村が見えるでしょ」


 カロリーナが指摘するように、車窓から山の裾に広がる村が見えた。

 

「フロスト村に着けば、もうそこはボルトロール王国の支配地。諦めて頂戴」


 それを聞き、尚更意気消沈してしまう虜囚達。

 カロリーナの言葉は事実であり、ボルトロール王国の支配領域に入ってしまえば、心理的にも、もう無理だと思えてしまうのだ。

 

 しかし、ここで事件が起こった。

 

シュパーーーン


 何かを鋭く斬り裂くようなそんな音が響いて、馬が驚く。

 

ヒヒーーーンッ!


「キャアっ!」


 急停止したところで馬車内に悲鳴が響いた。

 カロリーナは何事かと御者へ問いかける。

 

「どうしたの!」

「・・・」

 

 しかし、御者からの返答はない。

 本当にどうしたのかと思い、カロリーナが窓から確認しようとして、ここで浮遊感を感じた。

 それでも構わず窓から顔を出すカロリーナに、驚愕の光景が待っていた。


「えっ?!」

 

 見れば、地面が下の方に見えて馬車が空に浮いている。

 馬車の進行方向だった地面――フロスト村へ至る道は、途中で大きく抉られていた。

 三つの大きな溝が南北に走り、深い谷ができていたのだ。

 

「あんなの、さっきまで無かったのに!!」


 深い谷の存在など、いつの間にと思うが、ここで馬車に大きな影が映る。

 雲によって陽光を遮られたのかと思うカロリーナだが、何かが違っていた。

 

「と言うか、この馬車はどうして宙を浮いているの?」


 その疑問の答えを得るため、カロリーナは上方を確認した。

 そして・・・見てしまった。

 そこに、翼を広げた巨大な銀龍と、馬車に迫る大きな鉤爪。

 魔法的な何かで馬車が浮かされて、それが鉤爪へと引き寄せられる事実。

 

ガシッ!


 そして、呆気なく馬車は鉤爪で捕らえられる。

 そのあまりの迫力に反応できないカロリーナ。

 そんな硬直状態の彼女の視界に白いブーツが迫ってきた。

 

ガン!

 

 上方より落下してきた女性に蹴られるカロリーナ。

 ここで大きく後ろに転ぶが、カロリーナも一流の軍人。

 致命的な一撃を貰う寸前に、身体を回転させてなんとか躱した。

 鞭を取り出して、自分を蹴った何者かに応戦しようとするが、その人物は既に窓から馬車内へ侵入していた。

 

「何よ、アナタ!」

 

 そう言いながらも鞭で攻撃するカロリーナ。

 狭い馬車内でも巧みな鞭捌きができるのは、カロリーナの技量の高さ故である。

 しかし、ここで相手が悪かった。

 侵入してきた女性は白魔女ハル。

 自分に迫る鞭の軌道を見切り、その先端を手で捕まえる。

 それにニヤっとしたのはカロリーナ。

 彼女は躊躇わず、鞭に仕組まれた電撃を食らわせる(ボタン)を押した。

 

バリ、バリ、バリー!


 これは虜囚達に行った威嚇用の威力ではなく、殺人級のレベル。

 しかし、この白魔女は涼しい顔をしていた。

 

「あまり威力が無いわね。マッサージかしら?」


 それだけを言うと、白魔女は目をカッと見開く。

 

「キャァッ!」


 直後にカロリーナの悲鳴。

 見ると、鞭の取手のところにびっしりと棘が生えていた。

 これにて鞭を手放してしまう。

 鞭を奪った白魔女のハルは何やら呪文を唱えると、奪った鞭を地面へと放つ。

 そうすると、たちまち生きた蛇のようにグネグネと勝手に動き、カロリーナに絡まる。

 

「えっ! 嫌、何これ!? キャーーー」


 再び悲鳴を挙げるカロリーナ。

 鞭が彼女の四肢に纏わりつき、縛られていく。

 両手両足が縛られ、彼女の魅力である臀部を強調するように・・・

 こうして、美人秘書は筆舌し難い屈辱の姿に変えられる。

 そして、最後はその鞭の先端が彼女の顔を舐めるように叩かれる。

 

パシンッ!


「ヒギャーーーーーッ!」


 電撃を喰らい、泡を吹いて倒れるカロリーナ。

 痙攣しているが、それでも死んではいない。

 殺さずのハルがお仕置きをしているので、その手前で止めているのだ。

 刹那の短時間において、白魔女から齎されたそんな圧倒的な攻撃。

 これを見て唖然となっている虜囚達であったが、その直後に白魔女の正体を知るひとりからの歓喜の声により彼女の正体をバラされてしまう。

 

「ハルたん!」


 レヴィッタは白魔女がハルだと知り、学生時代に使っていた彼女の愛称で呼ぶ。

 それほどにレヴィッタはこの瞬間自分が助かったと思ったからだ。

 しかし、対する白魔女はお冠である。

 

「こらっ! 私がこの姿の時に、その名前を出すな!」


 その言葉に、まるで頭を叩かれたように反応してしまうレヴィッタ。

 本当に真面目に反省しているのか疑いたくなるようなお茶目な行動であったが、それこそレヴィッタ先輩であるとハルはその直後に思ってしまう。

 

「ま・・・そうは言っても、そこのエリザベスには私の正体を知られているし・・・そこのふたりだけは黙っておいてね」


 ここでバツ悪くなったのは、リーザことエリザベスである。

 事実、助かったと思うが、それでもハルに借りを作るような形でこうなった事は、彼女の中でも受け入れ難い。

 

「どうして、エリザベスとレヴィッタ先輩がここに居るのかは後で聞くとして。それよりも、レヴィッタ先輩の無事を伝えないと・・・あらら? 待ちきれず、直接こちらへ降りて来たようね」


 白魔女ハルの述べたとおり、待ちきれずに銀龍の(てのひら)から飛び降りてきたのはウィル。

 勿論、一緒に飛び降りたアクトが補佐しているので、下手なところに落下する危険も無い。

 アクトが先に馬車の屋根に降りると、それに続きウィルも着地し、パッと窓から入ってきた。

 

「レヴィッターーーーーッ!」


 ウィルはレヴィッタの姿を見つけると、ガバッと彼女を抱く。

 

「えっ、ウィルさん!!」


 突然の登場に驚くレヴィッタであったが、それでも肌でウィルの身体の温もりを感じた。

 縛られたままであっても、その手を必死に動かして・・・そして、ウィルの顔を捕らえる事に成功する。

 そして、何も気にせず熱い接吻。

 ここでレヴィッタは長い時間ウィルを捕まえての接吻。

 自分から接吻するのはこれが初めてだと考えるが・・・しかし、そんなことなど、もうどうでもいいと直後に思う。

 それほど、本当に彼の傍から離れたくないと思った。

 それをウィルも受け止める。

 接吻しながら、何度も「すまない、すまない」と言葉を漏らすウィル。

 それにレヴィッタは「いいの。でも怖かった・・・でも、いいの」と赦す言葉。

 ふたりは涙を流しながら、互いの存在を確かめ合った。

 そんな熱い再会の光景であったが、これを苦しい想いで直視できないアリス。

 レヴィッタとウィルの愛はこれで疑いようもないが、それを直に見せられるのは辛かった。

 しかし、ここでそんなアリスの手を握ったのはロンである。

 ロンの優しい気持ちがここでアリスへ無言で伝えられる。

 そして、そのふたりの肩を後ろから優しく抱くのはエリザベス、こと、リーザである。

 リーザは、自分も想いの人に心が通じなかった経験がある。

 そのため、このときのアリスの心の痛みが解るし、彼女にはロンという存在もいるのだ。

 この先どうなるかはアリスとロン次第であるが、それでも・・・と思ってしまう。

 そして、気が付けば、彼女達の拘束具は解かれていた。

 音もなくそこに居たアクトがハルのみに解るようにして親指を上にあげていた(サムズアップ)

 そんな夫の細やかな働きを見たハルは少しだけ愉快に気持ちになったりする。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 息を切らせながらも、それでも息を殺し、夜の境の平原の藪に潜むのはギース。

 夜目の利く彼は周囲の様子を確認し、そして、誰も居ないと判断した。

 

「よし。進むぜ!」

 

 キーズは意を決し、藪から飛び出す。

 今、彼が進んでいるのは境の平原である。

 奇しくも一箇月前のギースは餌を求める野獣のように、夜の闇に紛れてラゼット砦へ侵攻していた。

 その時のギースは多くの部下を引き連れていたが、今はひとりである。

 彼の部下は次々と襲い掛かってくるエストリア兵に囚われたり、殺されたりしていた。

 そして、今のギースが進んでいるのはラゼット砦東側の平原。

 フロスト村を目指して逃げている。

 

「くっそう。銀龍が出てくるなんて反則だ!!」


 ギースが愚痴るのは銀龍の存在。

 突然現れた銀龍はボルトロール軍にとって死神に等しかった。

 消滅の効果を持つ砲弾を潰したかと思えば、白い吐息(ブレス)を放ち、一気にボルトロール軍の部隊を壊滅させた。

 その銀龍は勢いそのままラゼット砦に襲い掛かり、列車砲と司令部を崩壊させた。

 その後、戦場を東に西にと飛び回り、千差万別の魔法でボルトロール軍に被害を与える。

 そして、気が付けばボルトロール西部戦線軍団は壊滅。

 ギース達の特殊突撃部隊も命からがら逃げ回る事となる。

 しばらくして銀龍は「ワハハハハ」と高笑いの咆哮を残し、南の空へ消えて行った。

 これで助かったと思うギース達であったが、次はエクセリア軍の本隊が攻めて来た。

 これまでの鬱憤を晴らすように、ほぼ無傷の七万五千のエクセリア軍によって攻められる。

 これではボルトロール軍の残党は、ひとたまりもない。

 散り散りになったボルトロール軍は敗走を始めるが、次々に捕まったり、殺されたりする。

 今のギースがひとりなのも、部下を置き去りにして逃げているからである。

 部下をおとりに使ったのだ。

 それは上官として失格であり、責任無い行動であったが、それでもギースは自分が生き残る事に意味があると思っている。

 自分さえ生き残れば、自分さえフロスト村に戻れば・・・そんな気持ちに支配されているギースであったが・・・

 ここで天罰が下る。

 

「お前は特殊突撃部隊の隊長ギースだな」

「ひっ!!」


 暗がりより自分の名前が呼ばれ、悲鳴を挙げるギース。

 彼は夜目が利くため、それまで自分の近くに誰も居ないと確信していたのに・・・「何故?」と驚きを通り越して恐怖さえ感じてしまう。

 そんなギースに、自分の名前を呼ぶ男が姿を現す。

 

「て、てめえは! ウィル・ブレッタ!!」


 忘れもしないその顔。

 金髪と青い瞳をした敵国英雄の剣術士がそこに立っていた。

 

「ど、どうして・・・あの弾(・・・)で死んだんじゃ!?」


 ギースが処刑場を遠巻きに見ていた時、確かにウィルは砲弾の爆発の煽りを受けて、白い粉が大量にかかったのを確認していた。

 消滅効果のある魔法の粉からどうやって逃れたのかを理解できないギース。

 しかし、ギースが理解できたのはここでウィルが黒い剣を持つ事だ。

 黒く、僅かに反った刃の剣。

 その中心には赤いラインが輝いていた。

 闇夜で輝くその赤に、本能的な恐ろしさを感じる。

 

「ち、ちょっと待て・・・俺を殺しても何の徳にもならないぞ!」

「・・・」

「そ、そうだ。あの女のことだな。あの女をヤッたってのは、嘘だ!」

「・・・」

「本当だ。信じてくれ・・・情報部からそう言えばアンタが怒るからって・・・そう言えって言われただけだよ」

「・・・そうか・・・信じてやろう・・・しかし」

「れっ!」


 そこまで言って、ギースの舌が飛んだ。

 目にも止まらない早業で剣――魔剣エクリプスを振るったからだ。

 遅れて、ギースの口から大量の血が迸る。

 

「グボォーーーー」


 そんな声にならない悲鳴が響き、慌てて自分の口を手で抑えるギースだが、もうこうなってしまえば出血を止めることなどできなさい。

 そんなギースに、ウィルからは怒りの言葉が続いた。

 

「しかし、それはお前が襲えなかっただけだ。話は全てレヴィッタ本人から聞いた」


 ギースが襲おう思えばそれはできた状況であり、運良く間に割り込んできた敵国の勇者に阻まれただけである。

 そんなギースの行為をウィルが赦す筈も無かった。

 

「俺は断定した。突撃隊長のギース、お前は『悪』だ!」


 ウィルはそう宣言し、魔剣エクリプスを上下に薙ぎった。

 

ピキンッ


 硬質な音がひとつ・・・そして、ギースの頭から股間まで刃が通り、綺麗にふたつと成る。

 

「グガガガ」


 意味不明の唸り声の残すギースだが、それがギースの最期の言葉となってしまった。

 左右にパクリと割れて、身体が二等分なると、それを追いかけるように大量の血が舞う。

 こうして、ギースは死んだ。

 ここに、見境なく女性を襲ってきた悪人のひとりが、この世から駆逐された瞬間でもある。

 ギースを斬ったウィルは魔剣エクリプスを空中で一閃させ、血糊を飛ばして鞘に納める。

 これにて、怒りを完全に沈めるウィル・ブレッタ。

 彼の顔はいつもどおりのクールな姿に戻っていた。

 そのウィルが、暗がり向かって鞘に納めた魔剣エクリプスを差出した。

 

「アクト、ありがとう。剣を返そう」


 その剣を受け取ったのは黒い仮面を被る漆黒の騎士。

 アクト・ブレッタである。

 今の今までそこに居ることなど解らないほど気配を消していた。

 それは黒仮面の魔力によるものなのだが、今はそんな事などどうだっていいだろう。

 そのアクトは兄よりを受け取るとこう言う。

 

「兄様。ここでこの悪人を成敗できてよかった。野放しにしておけば、この先、また女性が泣かされただろうし・・・」


 彼の情報は捕らえたボルトロール兵より入手していた。

 ギースは強姦魔として有名な存在であり、それこそ幼女から老婆まで見境なく襲っていたのだ。

 ちなみにこの情報を引き出したのは白魔女ハルである。

 こうして、ウィルとアクトはギースの足跡(そくせき)を辿り、彼をここで追い詰めた。

 ウィルがアクトより剣を借りて、その引導を渡したのが最期である。

 レヴィッタもひとつ間違えばこの男の毒牙に掛かっていた可能性もあった。

 そう考えるとウィルの気持ちは穏やかにはならない。


「しかし、すまないな。お前達の流儀は『殺さず』だろう?」


 そう言うウィルにアクトは首を横に振る。

 そして、ここで本当にそれに答えるべき女性が暗闇から現れた。

 白魔女のハルだ。

 

「それは違うわ。『殺さず』は私の流儀なだけよ・・・その考えを尊重してくれるアクトだけど、アクトにはブレッタ家の血が流れているわ。『悪を滅せ』という流儀よね・・・どちらの流儀に従うかはアクトの判断。私もアクトの考えを尊重している・・・だって、私もブレッタ家の嫁になるのだから・・・」


 そんなハルの宣言に、ウィルは少し笑いを浮かべる。

 それは、愉快・・・なのではない。

 しかし、心にスッと来たからである。

 アクトの・・・いや、ブレッタ家の嫁として、彼女(ハル)が相応しいと本当に思った瞬間だったのかも知れない・・・

 

 

これにて第七章は終了です。登場人物を更新します。

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