第十三話 虜囚に迫る危機 ※
接待してやると聞き、ギースの後を追うザイルとクマゴロウ博士。
ラゼット砦の中を進む彼らであったが、ここでとある男とすれ違う。
「ん? 君は」
知っている顔に反応するクマゴロウ博士に対して、その男――リズウィは明らかな不機嫌な態度で返した。
「フンッ!」
短い鼻息をひとつ鳴らし、明らかな敵意を示して、立ち去ってしまうリズウィ。
勇者リズウィの存在はこのラゼット砦でも有名であり、先刻も敵側の強敵で知られていた『炎の悪魔』と呼ばれる魔女を捕らえたのも、彼の活躍のお陰である。
そんな英雄の勇者リズウィが味方に対し解り易いほどの敵意を漲らせた事を、ギースは意外に思う。
「勇者リズウィとそこの博士って人は知り合いですか?」
その質問に答えたのはザイル。
「そりゃ知っている筈だよ。何せ、彼も同じフーガ一族だからね」
「ええっ!」
初耳の情報に驚くギース。
しかし、よく考えてみれば、黒髪・黒目という特徴は一致している。
そして、当のクマゴロウ博士はこの事に対して諸手を挙げて応えるだけである。
「確かに同郷の身ではあるが、俺は彼の事をよく知る訳じゃない・・・それに、私達は彼から嫌われているのだ。それも仕方のない事。嫌われて当然の事を我々はしたのだからな・・・」
遠い昔の事を思い出すようにそう述べると、クマゴロウ博士はそれ以上何も語らなかった。
「さあ、行こう。俺を接待してくれるのだろう? 何をしてくれるかは解らんが、旨いものを食わせてくれるのならば大歓迎だ」
そう言い半ば強引に歩みを再開する博士。
いつも饒舌に何でも話し始めてしまう博士にしては珍しいと思うザイルであった。
ラゼット砦の中の複雑な回廊を進むと、やがて地下へ入る。
薄暗い牢屋が多く並ぶエリアであったが、看守となる人物にギースが小言で喋り、懐から金を出して握らせる。
看守はニヤッと笑い、「お楽しみを」と言い残すと、何処かに行ってしまった。
そんなやりとりを目にしたクマゴロウ博士がそろそろ怪しみ出す。
しかし、そんな視線など気にせず、ギースは看守から受け取った鍵を手にして牢屋の並ぶ回廊を進む。
「おっと、ここだな」
ギースは目的の牢屋を見つけると、鍵を解除して鉄のドアを開けた。
そうすると、それと同時に牢屋の中から勢い良く若い男が飛び出してきた。
両手に拘束具が嵌められており、行動の自由と魔法を封じられる姿であったが、それでも脱出を図ろうとする虜囚。
その虜囚は体当たりでギースを倒そうとした。
しかし、そんな襲撃など初めからギースの予想の範疇である。
「甘めぇーんだよ。このガキがっ!」
向かってくる若い男を蹴り返すと、腰に付けた警棒を抜き、若い男の顔を遠慮なく殴打する。
バンッ!
「ぐわっ!」
鈍い音と苦痛による短い悲鳴で若い男が飛ばされ、そして、地面へ沈む。
一瞬にして相手を昏倒させるのもギースの技量である。
そんな牢屋の中には男以外に三人の女性が居て、そのうちの小柄な女性が殴られた男に駆け寄る。
「ロン!」
彼女――アリスは殴り飛ばされたロンを抱きかかえた。
意識を飛ばされるぐらいに強く殴られたロン。
しかし、呼吸や脈は安定しており、気絶させられただけで死には至っていない。
良かったと思った。
ロンは殴られた拍子に口の中を切ったのか、口から血が流していたが、彼はこれ以前にも抵抗していたので、顔には殴られた傷が既に無数ある。
アリスはロンの流した血を自分の服の裾で拭ってあげた。
そして、残された他のふたりの女性の反応は二種類。
ギースの暴力行為に怯えるレヴィッタと、挑戦的な視線を返すリーザだ。
そして、今の彼女達は外観からは魔術師と判断できない服装をしていた。
魔術師にとって魔法のローブとは戦闘服である。
虜囚となった時点で魔法のローブはボルトロール軍に没収されている。
アリスとレヴィッタは貴族が旅の服装として良く着用しているブラウスとパンツ姿。
そして、リーザは特別に薄い生地一枚のみの服装。
それは彼女が急いで出てきたため、ローブの下が下着のままだったのが理由である。
ボルトロール兵を多く殺したリーザであったが、そんな女性が捕まり下着同様の姿を晒す。
そんな姿がボルトロール兵を多く沸かしていたのは言うまでもない。
そして、この女性魔術師三人は顔立ちも整っており、所謂、美人揃いである。
ここに来て、ギースの『接待』の意味が解らないならば、それは男では無い。
「へへへ。こいつらは捕虜ですが、ちょっとばかし予定外に入手しちまって。この先どう使うか総司令も悩んでいてねぇ~」
厭らしく笑うギース。
「悩む間に、ちょっとばかし傷が入っても・・・まぁそれは軍でよくある話って訳でさぁ~」
ギースの言葉に頷いたのはザイル。
「なるほどね、ギース君。この三人が接待相手ですか、楽しませてくれるんですよね?」
ザイルの興味は彼女達の容姿にはなく、魔術師であること。
特に赤い髪をした豊満な肉体を持つ女性に興味が沸いた。
それは、この中で一番魔力を持つと思ったからだ。
彼女の魔法を封じる枷が、特別仕様なのは一目で解る。
とてつもなく強力な魔術師を拘束する時に使うやつだ。
ザイルがリーザに対して興味持ったのをギースも解った
「おっと、ザイル様。この三人の中で誰を相手に選ぶかは、そこの先生が優先になりやすぜぇ~」
ギースはザイルに待ったを掛け、一番に接待しなければならない相手を間違わなかった。
「先生がひとりを選んで、次にザイル様が・・・そして、残りはアッシが、ゲヘヘヘ」
「確かに、クマゴロウ博士が選ぶべきか・・・うんそうだね。ギース君も良い事を言う。さあ、博士、ここは接待を受けることにしましょうか」
ザイルに促されたクマゴロウ博士は女達の姿を凝視する。
こいつは本当に好き者だなぁ~、とギースも自分の同志を得たような感覚になった。
そして、クマゴロウ博士の腕がニュ~と伸びてきて、ここで彼が選んだのは・・・
「ぐげぇっ!」
クマゴロウ博士の手が伸びた先にはギースとザイルがいた。
彼らの胸倉を掴み、宙吊りにしたからだ。
そして、ふたりの頭は空中でゴチンとぶつけられる。
ゴンッ!
「痛てぇっ!」
突然受けた凶行に、悲鳴を挙げてしまうギースであったが、ここでクマゴロウ博士を見てみると怒りの表情をしていた。
そして、クマゴロウ博士の口から本物の怒りの声が飛び出す。
「お前ら、バカモン! こんな若い女性を捕まえて俺に暴行させようとは、何を考えているのだ!! 俺はこんな事に加担しないからなぁ!!!」
クマゴロウ博士はそう吐いて捨てると、吊り上げたふたりを荒々しく放り投げた。
一瞬の間に熊のような怪力を発揮した博士の姿は意外であり、それは研究者として似つかわしくない筋力を持つ男の姿。
それ以上に、彼は不愉快を態度で示し、フンッと鼻息をひとつ漏らすと、クマゴロウ博士は来た道をひとりで帰ってしまった。
「あ、ちょっと。クマゴロウ博士~。これはちょっとした冗談ですよ、冗談――っ」
焦り、その後を追うザイル。
彼とてクマゴロウ博士とボルトロール軍の間を取りなす立場の人間。
ここでクマゴロウ博士に臍を曲げられては困るのだ。
フォローの為に博士の後を追い、消えて行った。
そして、この場に残されたのはギースのみ。
「な、何だ!?」
突然にキレてしまった博士の行動をギースは全く理解できない。
「頭が偉い人の考えている事は解らん」
ギースはクマゴロウ博士の行動をそう思う事にして、勝手に納得する事にした。
それよりもこれからどうするか?
ギースはここに残された三人の女を見て、再び厭らしい笑みを浮かべる。
「何だか、訳が解んねーけど、先生が行っちまったじゃねーか。俺の評判が悪くなった分、お前達に責任取って貰うからなぁ・・・って、お前達の相手は俺がしてやるぜぇ。ちょっと予定が変わっちまったが、これはこれで面白れぇ。クククッ」
誰から先に襲ってやろうかと視線を廻らすギース。
ここで最初に目が合ったのは一番怯えていたレヴィッタだった。
視線が合い、自分が狙われている事を女の勘で察知し、嫌がって後退するレヴィッタ。
その腕をギースが捕まえた。
「ゲヘヘヘ。俺はお前みたいな美人を初めて見たぜぇ」
舐めるようにレヴィッタの姿を上から下に視線を動かすギース。
顔は申し分なく、そして、身体は細いが、それでも肉付きは女性である事を十分主張している。
嫌がる彼女を襲い、服をビリビリと切り裂いて襲う様子を想像してみた。
「悪くねぇ~。高貴な女を襲うのは痺れるなぁぁ~」
舌を出して自分の唇をペロリとさせる。
そんなギースを見たレヴィッタは、生理的な嫌悪感から顔が青ざめた。
それがまたギースの嗜虐心を刺激する。
高貴で無垢なレヴィッタという女を襲ってやろうと、彼女の服に手を掛けるギース・・・
しかし、ここでアリスがそれを阻んだ。
ギースとレヴィッタの間に身体を割り込ませて、邪魔をしたのだ。
「駄目です。レヴィッタさんを傷付けさせません!」
「なんだ、てめぇ~!」
邪魔されたギースはアリスを睨んだ。
アリスも負けておらず、ギースを睨み返す。
「高貴という理由でレヴィッタさんを襲うならば、私を選択すべきです。私はアリス・マイヤー。エクセリア国で誉高いマイヤー家の当主。アナタの征服欲も私の方が得られるものが大きいでしょう」
そう言い自分へと注意を向けさせるアリス。
ギースも高貴というキーワードに釣られて、一瞬アリスのことを考えてみた。
身長は低く、発育も幼そうだが、それはそれで別の魅力があるとも思った。
ギースはアリスよりも幼い女子を襲った経験もあるが、それはそれで良かった事を覚えている。
「まだ男を知らない女か・・・それもいいぜ。うぇへへへ」
ギースが想像する厭らしい嗜虐の妄想図はアリスにも正しく伝わる。
幾ら気丈に振る舞っていても、自ら乱暴に扱われることを望む女性などいない。
そんな恐怖に、それまで気丈なアリスがここで怯えてしまった
「ヒッ!」
それをギースは見逃さない。
嫌がられてこそ襲い甲斐があるのだ。
こうして標的をアリスに変えようとしたが、ここでまたしても邪魔が入る。
そのギースの腕をガシッと掴んだのはリーザだ。
「待ちなさい。貴方が高貴な女性を犯したいならば、彼女達は相応しくないわ」
「何だと。この売女め!」
常に妖艶な雰囲気を出すリーザを見て、ギースはそう言い捨てた。
非常に魅力的な身体を持つ彼女ではあるが、それでもこの女は男を知り過ぎているとギースは勝手に思っていた。
経験が豊富過ぎる女は時として嗜虐心を損なうのだ。
少なくともこのギースは嫌がる女性を襲うのが好きな趣向である。
しかし、リーザはこう言い放つ。
「酷いわね。私のことを商売女とか思っているの?」
「うるせぇ。お前なんか、男をとっかえひっかえ!」
「決めつけないでよ。私は今まで抱かれたのはひとりしかいないわ・・・しかも、その相手はエストリア帝国の皇子様よ」
「何ぃ!?」
ギースは高貴という単語に弱い。
それは彼の生い立ちに理由があり、偉い奴を見返してやろうと思う彼の狭い心にあるのだが、その話は今はいいだろう。
現在のギースにあるのは、このリーザと言う女性も襲う価値があると判明した事だ。
そして、リーザは続ける。
「そこのレヴィッタ・ロイズは確かに美人であることは認めるわ。しかし、エストリア帝国で片田舎の貧乏貴族出身の娘。帝国で名門アストロ魔法女学院を卒業しているけど、それでも成績は下の中。綺麗以外に取り柄の無い女よ」
酷い言いようだが、これも正しい情報。
ここで、どうしてリーザがここまでレヴィッタの事を知っているのかという顔をしているのはアリスであり、レヴィッタ本人ねこのリーザの顔に見覚えある気がしていたのだが・・・それがようやく確信へと変わった瞬間でもある。
そして、ギースもこのリーザに対する興味が強まった。
ギースの性的趣向は『高貴な女を痛める』事にあるとリーザの持つ洞察力で解ったから、リーザが仕掛けたのである。
そんなリーザは、次にアリスのことを言う。
「そして、そのアリス・マイヤーもエクセリア・・・いや、旧クリステ領では名の通った貴族なのでしょうけど・・・残念ながら、それは帝国にごまんといる貴族で中流階級のひとつ」
マイヤー家を侮辱するような物言いにアリスは抗議の視線を投げるが、このときのリーザは遠慮しなかった。
「それに引き換えて、私は違う・・・現在はリーザと名乗っているけど、私の本当の名前は『エリザベス・ケルト』。ケルト家ってご存じ?」
「ほんなの知る訳ねーだろう!」
莫迦にされたと思いギースは怒鳴り返すが、その事実を聞かせられたふたりの女性達の反応は大きい。
レヴィッタは『やはり』と納得していたし、アリスは大きく目を見開いて、とても驚いている。
アリスも帝国で有名なケルト家の存在は良く解っており、マイヤー家と比べるのも失礼なぐらいの雲上の立場の名家である。
ケルト家は魔法貴族派の派閥長で、ケルト領を領主とする伯爵家だ。
そんな女達の反応を見て、ギースはリーザの言うことが本当だと解った。
「ま、田舎者で蛮族なアナタにはどうでも良い話かも知れないけど。私が述べているのは本当の事・・・さあ、至極の女性を味わってみない? 皆に自慢できるわよ」
リーザは拘束されている両腕をすぼめて、自分の胸を両脇から挟んで強調してみた。
そうすると、彼女の柔らかいソレは大きく歪む。
そんな女性からの誘惑を受けたギースは、男としては抗い難い興奮に陥った。
「グヘヘヘ。こいつはスゲェ~ぜ。俺にも運が回って来た。絶対襲ってヤル」
狙いをリーザに定めたギースだが・・・ここで再びアリスが割り込んで来る。
「リーザさん、駄目です。ここは私が・・・それが貴族としての務め」
身体をギースに接触させるアリス。
発育が遅くとも、それでも女性の身体。
その柔らかさを感じ取り、意識がアリスの方に向く。
「この女め・・・しかし、コイツも捨てがたい・・・」
悩むギースだが、その視界に怯えたレヴィッタの姿がまた入る。
再び、その美しい顔を襲いたい衝動に駆られた。
「こいつも良い・・・うーーー!! 俺はどうすれば~」
美女三人にどうすればと悩むギース。
しかし、ここで彼はある事に気付いてしまった。
「そうかっ! 三人同時に襲えばいいんだ。俺って莫迦だったぜっ!」
何故そんな簡単な事に気付かなかったのかと、自分を責めたい気持ちになるギース。
そこからの彼の行動は早かった。
自分のズボンのベルトに手を掛けて、さっと下す。
こうしてギースの魔物が世間へ露呈された。
猛々しいソレを一番近くで目にしてしまったリーザ。
それまでは強気であり、自分さえ犠牲になればいいと思っていた彼女であったが・・・そんな禍々しいモノを見せられて戦慄してしまう。
ここで恐怖が蘇った。
彼女が過去に虚皇ジュリオと寝た記憶。
男性とは女性を荒々しく扱うだけの存在。
恐怖を齎す存在・・・
そんな事をリーザは思い出してしまう。
そんな本能から来た恐怖により後退してしまうリーザ。
そんな怯えの行動はギースとってご褒美だ。
強気な女性が逃げる行為を目にして、自分が『勝った』と思ったし、そんな女性を自分の支配下に置きたいと思う。
この傲慢な女性を屈服させるには、服をビリビリに裂いて、裸にして、襲ってやるのだ。
「へへへ。俺は全員襲うが・・・まずはお前からだ! たっぷりと可愛がってやるぜぇ~!!!」
ギースが逃げるリーザを捕まえた。
「嫌っ、やめてっ!」
女性らしく嫌がる素振りを見せるリーザに興奮して、ギースの手が伸びる。
その身体を露わにしてやろうと服に手を掛けてきた。
「ヒッ!!」
既に涎を垂らして野獣的な表情に染まった変態ギースに恐怖を感じ、思わずそんな悲鳴を挙げてしまう彼女。
自分が脱がされる・・・迫る恐怖・・・せめて、その瞬間を見ないようにしようとリーザは目を閉じた・・・・
(ああ、私・・・)
覚悟した。
・・・しかし、いつまで待っても、ギースから辱められる事はなかった・・・
リーザが薄目を開けてみると・・・そこには自分の身体に迫るギースの魔の手が空中で止まっていた。
「えっ?」
プルプルプルと震えるギースの掌。
それは形容しがたい魔物の掌ように見え、ここでその魔物の侵略を抑えたのが別の人間の腕である事が解った。
ここで起きているこの瞬間、リーザは非現実な何かを感じていたが、それでも自分が誰かに助けて貰ったと思った。
その人物を視線で探すが・・・
そうすると、いつの間にか、黒髪の男がギースと自分の間に立ち、ギースの蛮行を止めていた。
そして、その顔はリーザが忘れもしない男の顔である・・・
「リ、リズウィ! テメェ!」
怒り顔にプルプルとするギースがその男の名を告げる。
ギースが自由になろうと抵抗するが、リズウィの方が力は強いのか、拘束状態は微動だにしない。
そして、リズウィはこう言う。
「嫌な予感がして来てみりぁ、捕虜を襲うとか、低俗な真似をしているみてぇーだし。くだらねー事をやってんじゃねぇーよ!」
ここでリズウィはギースの腕をギュッと捻る。
剣術士として圧倒的な握力がギースの腕を締め上げて、ギースは悶絶の表情に変わる。
「ぐわぁぁぁぁ!!」
こうしてギースに苦痛を与えたリズウィ。
その後は掴んでいた腕をポンと放してやる。
「・・・」
「・・・」
苦痛に顔を歪めるギースだが、彼とてこの場で誰が強者なのかは本能的に解っている。
「・・・くっそう。覚えてやがれ!」
悪党がよく使う捨て台詞をひとつ吐き、ギースは牢獄から逃げるように去って行った。
それを見えなくなるまで、目で追い続けるリズウィ。
「フン。素〇〇野郎め。たいした事ねぇ!」
ギースを小物と称し、リズウィは襲われていたリーザの方に視線を戻す。
このときのリーザは着衣が乱れ、胸元が見えてしまうそうな格好を晒していた。
そんな艶姿にリズウィも気付く。
「お前、ホント・・・すげぇ~胸をしているなぁ~」
そう言ったリズウィの腕がリーザに伸びてきた。
リーザは再び乱暴される予感がして、恐怖より目を閉じてしまう。
彼女の中では、襲われる相手がギースからリズウィへと替わっただけ・・・
リーザはもう諦めている。
しかし、それでもこう思ってしまうのは彼女が女だからだ・・・
(ああ、私・・・結局、男から優しくされることは無い運命のね・・・)
敵に捕まり滅茶苦茶にされる。
そんな恐怖だけが、彼女の心の中を強く駆け巡っていた。
服を脱がされて、乱暴に扱われて、そして、最後には・・・そんな女として最悪な結末を想像した・・・
・・・しかし、しばらく待っても、そんな暴挙は起きなかった。
(ど、どうなったの?)
業況を確認しようと再び薄目を開けたようとした時、その感覚が彼女を襲う。
冷たい感覚が両胸へと飛び込んで来た。
「ひゃぁン!」
何か冷たいものを胸の谷間に挿入されたと感じる。
リーザは慌てふためき、両手で胸を隠し、後退した。
すると、後ろにいたレヴィッタとぶつかり、地面へ転んでしまう。
バタン
いつも高貴で強気な態度を崩さないリーザにしてみれば、とても無様な姿だが・・・
その様子が可笑しかったのかリズウィが笑った。
「ハハハ。脅かして済まねーな。ソレ、お前にやるよ」
リズウィがここで示したのは、細長いガラスに詰められた乳白色の薬の存在。
彼がリーザの胸の谷間に挟む形で渡したものだ。
「それは『サラスリム』。俺達剣術士の間では有名な傷薬。しかも最高純度の超高級品だぜ。それをお前にやるよ」
リズウィはそう言って、リーザの顔に残る痣を指さした。
それは彼女の美しい顔に残る一筋の傷。
リズウィが彼女を捕らえる時、剣の柄で思いっきり殴った時についた傷である。
リーザが理解の覚束ない顔を晒していると、リズウィが頭を掻いて説明を追加した。
「その、なんだ・・・俺が殴っていてこんな事を言うのも変な話なんだが。悪かったな。あん時は戦場だったから仕方ねぇと思ったけど。本当の俺は女の顔なんて殴りたくなねぇ~んだ。しかも、お前みたいな綺麗な顔の女をなぁ」
「えっ?」
「ま、その薬を塗っとけば二、三日で元に戻るぜ。なんせ高級品だからな」
それだけを伝えると、リズウィは腰の位置を上げた。
ここで、リズウィが自分の目線を合わせるために屈んでいたと理解するリーザ。
普段は冷静に状況判断を怠らないリーザにしてみればとても珍しい事だ。
不意を突かれた感覚だ。
そして、リズウィはこれで用事は済んだとして後ろに向く。
「あ、そうそう・・・俺に惚れるなよ・・・じゃあな!」
それだけを言い残して、リズウィは去って行った。
去り際に「ああ、ちくしょう。いいオッパイだったなぁ~」とか、「綱紀が緩んでいるぜ。グラハイルのオッサンに忠言しとくか。だから心配すんなよ~」とか、相手が聞いているのか、聞いていないのか解らないリズウィの言葉が続いていた。
リーザを含めて状況の急変に唖然となる彼女達・・・
ここで、ヒョイと牢獄の鉄の扉の隙間から顔を覗かせたのは小柄な女性。
アリスと同じぐらいの背丈のその女性は近代的な魔術師の服装を着ていた。
その彼女がリーザと目が合うと、こう伝える。
「私の彼氏に手を出しちゃだめですよぉ~」
両手の指を口に入れて、ベロベロベェするその姿が余計に憎らしい。
「・・・」
リーザの唖然が続くと、その後、鉄の扉はガタンと閉められて、ガチャッと施錠する音が聞こえた。
女がこの牢屋の扉を閉めて、キチンと施錠したのだ。
リズウィが現れてからここまでそれほど時間を要した訳では無かったが、それでもリーザはこう言うしかない。
「な、なんですか、この茶番は!」
何故か敗北を感じるリーザ。
誰に怒っていいのか解らない怒りが込み上げてきた。
そして、それとは怒りとは別の熱くて形容し難い気持ちも彼女の中に生まれる。
この時は、それが何なのか、まったく理解できていないリーザ。
ただ、このときの出来事が強い印象としてその後の彼女に残っていく・・・
そんなリーザの手には、リズウィより渡された傷薬『サラスリム』のガラス瓶がいつまでも強く握られているのであった・・・