表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/132

第十一話 炎、対、稲妻

 

「ど、どうして!?」


 まだ現実を受け入れられないレヴィッタはワナワナとなり、ルーニャに問いかける。

 対するルーニャはそんなレヴィッタの動揺した様子が可笑しかったのか大笑いする。

 

「アハハハハ、愉快だわ。本当にレヴィッタは莫迦なんだから。面白過ぎよ、アハハハーッ!」


 狂ったように笑うルーニャの姿は明らかにレヴィッタを見下した態度である。

 そんな態度が赦せないのは捕らわれたアリスの方である。

 

「ルーニャ! アナタっ!」


 キッと睨むアリスにルーニャの笑いが止む。

 

「おっと、喋っちゃ駄目ですよ。アリスお嬢様~っ。殺しちゃいますよ」


 嫌味ったらしくそう言い、金属製のペンダントをアリスの顔にグイグイと押し付けてニヤッと笑みを溢すルーニャ。

 彼女の持つペンダントは雷の魔法を内包している魔道具なので、魔術師が呪文を唱えるよりも早く発動するのは明白。

 こうなるとアリスも簡単に対処できない。

 そして、彼女達を取り囲むが多くのボルトロール兵。

 この場で圧倒的にルーニャが有利であり、それが故にルーニャも饒舌になってしまう。

 

「どうして、私が裏切り者になったのか聞きたい?」


 その問いに応じないアリスとレヴィッタであったが、ルーニャは勝手に身の上話し始める。

 

「私がボルトロール側についた理由・・・それは、彼氏を見殺しにしたクリステの役人への復讐。負傷した親を治療して貰えなかったことの恨み。エクセリアに国が変わっても何も変わらない貴族による支配体制・・・いろいろあるけど、最後はコレのためよね」


 ルーニャは人差し指と親指で丸をつくる。

 つまり、お金を意味していた。


「ボルトロールって結構いいお金をくれるのよねぇ~。魔術師協会の安月給と比べものにならないわ。アハハ~」

「ルーニャ!」


 怒りが増すアリス。

 確かに潤沢な資金では無い現在のエクセリア国の魔術師協会。

 それでも職員達にはできる限りの配給をしている。

 その財務状況を知るアリスは、強欲なルーニャに対して怒りが増すばかりだ。

 そんな視線を解るのか、ルーニャはこう続ける。

 

「ボルトロールに通じているのは私だけじゃないわ。他にもやっている人は一杯いるわよ! だって、こんな未来の無い国に奉仕するなんて、何の意味があるのよ」

「アナタッ!」

「おっと、動かないでくれるかしら。今のアリス様の命は私が握っているのですよぉ~」

「ぐっ!!」

 

 ペンダントをグイグイとアリスの頬へ押し付ける。

 ここで、ルーニャは勝ち誇っており、圧倒的に自分が優位だと思っていた。

 そんな嫌がらせは続くが、そろそろ茶番はいいだろうと、包囲していたボルトロール兵の輪より指揮官が進み出てきた。

 

「お前がルーニャか。私はボルトロール軍の情報部のシャガルだ。捕虜を渡して貰おう」

「おっと、これは普通の雑魚じゃない。だから・・・解っているわよねぇ?」


 相手を値踏みするルーニャだが、これに対しシャガルは冷静に対処してきた。

 

「解っている。そこの女はアリス・マイヤー。エクセリアの国政中枢に影響力のあるマイヤー家の当主。そして、こっちの女はレヴィッタ・ロイズ。エクセリア帝国で英雄と称されるウィル・ブレッタの恋人であり身内だ。これは我が軍にとって有益なカードとなろう。報酬は規定の三倍出してやろう」

「やったぁー!」


 拳を握るルーニュ。

 破格の報酬に舞い上がる彼女であったが・・・

 ここで天罰が下る。

 

「え?」


 有頂天な様子から一転し、突然の訳が解らない声を挙げてしまうルーニャ・・・

 それは自分の身に何らかの異変を感じたルーニャが本能的に発した言葉だ。

 魔術師素養を持つ彼女であるから感じた違和感。

 そして、その直後に彼女の身体の表面より炎が舞い上がった。

 

「ひぎゃぁぁぁーーー!!」


 突然に燃え上がる我が身に、恐怖を感じて悲鳴を挙げるルーニャ。

 捕らえていたアリスを放し、燃え上がる炎を叩き、必死に消そうとする。

 しかし、これは魔法の炎。

 叩いて消えるようなものではない。

 

「熱い、熱い、熱いーーーっ!」


 火傷の痛みで悲鳴が増して、のた打ち回り、地面を転がるルーニャ。

 彼女の身に突然起きた焼身現象に、唖然としていたボルトロール兵もここで再起動を果たす。

 

「魔法の炎の攻撃を受けているぞ。消せ、消すんだ! 水の魔法で相克させろっ!」


 火に包まれたルーニャを助けるため、ボルトロール軍の魔術師の数名が駆り出された。

 そして、指揮官シャガルは言う。

 

「誰がこの魔法を・・・アイツかっ!」


 それは遠方よりこちらに駆けてくる一頭の馬。

 その馬上にいるのは、ひとりの騎士とひとりの女魔術師。

 女魔術師の纏う特徴的な赤色ローブを認めたシャガルはここでギョッした。

 

「嘘だろ!? あれは『炎の悪魔』か!」

 

 まるでその声が相手に聞こえたように、馬上の女魔術師が大きく手を掲げて、何かの呪文を唱えた。

 そうすると彼女の周りに無数の火球が現れる。

 そして、彼女は無情にも魔法の呪文の完結部分を唱えた。

 

「火球よ。敵を燃やせーーっ!」

 






 時間を少し戻そう。

 リーザはロンと共にロードの本陣から飛び出し、アリスが来るであろう西に向かい駆けていた。

 リーザとロンは焦っている。

 それは現在のロード周辺がボルトロール軍優勢となっているため、アリスの含む補給部隊が襲われてしまう可能性もあったためだ。

 そして、リーザとロンの心配は的中してしまう。

 補給部隊がボルトロール兵に襲われているのを目にしたのだ。

 しかし、ここでは襲っているボルトロール兵の数が少なく、リーザの魔法で難なく敵を往なす事ができた。

 補給部隊のリーダーと思わしきスパッシュを助け、状況を聞いてみれば、アリス達がおとりになっている事を知る。

 慌てて南に向かい、そして、この現場を目にした。

 初手でアリスを虜にしていた女魔術師を火達磨にし、その次に多数の火球で敵を攻撃するのは最近のリーザの攻撃の常套手段。

 彼女が戦場でいつも繰り返しているルーチンワークだ。

 敵を後退させて、そして、アリスの脇までやってきた。

 

「アリスさん、何をやっているの!」

「リーザさん。それにロン!」


 怒り口調のリーザに対し、アリスはホッとした表情で返す。

 助かったという言葉は発しなかったが、アリスがそんな気持ちを持ったのは明白。

 それを見て、間に合ったとリーザも少しは安心する。

 

「まったく・・・ここは戦場ですよ。アリスさんが来るところじゃないですわ!」

「それでも、私達の落ち度により兵糧に毒が混ざられていて・・・」

「それはもう済んだ事。それに毒の一件は、偶々に魔術師協会がボルトロールの踏み台にされただけ。私は解っているわ。この毒で利が得られるのは敵だけですからね」

「リーザさん!」

 

 アリスは涙ぐむ。

 自分達は本当に毒を含んだ兵糧なんて送る気は無い。

 当たり前だ。

 しかし、現実にはルーニャのような裏切り者がいた。

 それがとてつもなく悔しかった。

 

「今、感傷に浸っている暇はないですわ。それよりも早くここから離脱しましょう。私が来たのだからもう大丈夫。アリスさん、そして、そこの魔術師協会の人」


 リーザは女性達をより安心させるよう、ふたりにそんな声を掛ける。

 ここでレヴィッタもハッとなり、戦いの恐怖によりそれまで身が固まっていたのを自覚した。

 そして、助けに来てくれた凄腕の魔術師の顔を観て・・・

 

「ん?」


 何処かで見たような気になる。

 しかし、現在の状況は彼女達が冷静になるのを赦してくれなかった。

 炎の魔法で混乱していたボルトロールの敵兵は再編を果たし、攻めて来たのだからだ。

 

「よくもやってくれたな。炎の悪魔め!」


 怒り心頭なのは指揮官のシャガル。

 リーザの初手による混乱の為か、何かを顔にぶつけて鼻血を出していた。

 自分が負傷したのをリーザのせいにして――あながち嘘でもないが――その恨みを晴らそうする。

 

「全員で掛かれ。多少怪我をさせても構わん!」

「応っ!!」


 発奮と共にボルトロール兵が今にも襲い掛かってこようとしていた。

 これに対して、馬上のロンも剣を抜いて構える。

 そして、その後ろに乗る炎の悪魔は残忍に笑った。

 

「ボルトロール兵は学習能力が無いようですわね。私に敵うと思っているの?」


 リーザは一瞬のうちに魔力を練り上げ、両手から炎の魔法を発現させた。

 最近の戦闘で彼女の経験は上がり、中級程度の魔法も無詠唱で熟せるようになっていたのだ。

 

「行け! 紅蓮の炎の壁よ!!」


 リーザは両手の掌で壁を押すような動作をすると、そこから炎の壁が生まれた。

 

ボゥワァァァーー!!


 こうして、灼熱の炎の壁がボルトロール兵へ迫る。

 新たな炎の悪魔の技を見せられて、兵達の顔は赤から青へと変わる。

 そして、その魔法は容赦なくボルトロール兵に襲い掛かった。

 

ドーーーン


「「「ギャーーー!」」」


 魔法の炸裂音に重なる敵の悲鳴。

 圧倒的な炎の暴力による蹂躙が、ここにあった。

 そんなリーザの本気の魔法を初めて見たアリスとレヴィッタは・・・只、「凄い」と感嘆の言葉を溢すばかり。

 しかし、当のリーザにとってはこれぐらいいつもの事。

 あまり感傷に浸る訳でもなく、アリスとレヴィッタに離脱を促す。

 

「さあ、今のうちに逃げますわよ。アリスさん。それと魔術師協会の人・・・」


 さあ、移動を始めようかと思っていたその時、異変が起きた。


「む!」


 何らかの違和感に気付くリーザ。

 その気配へ注目してみると、敵を蹂躙している炎の壁の中央部分が凹み、そして、穴が開いた。

 直後、その中心から全身真っ黒の鎧を着たひとりの人物が飛び出してくる。

 その人物は手に持つ黒い剣を振るった。

 そうすると、その軌跡に淡い青い光が追いついてくる。

 そんな反応は魔法が発せられる証左――つまり魔剣を振るっているが解る。

 

「あれは魔剣持ち・・・敵の精鋭でしょうか・・・解りました。本気で行きましょう」


 強敵の存在を本能で察知したリーザはここで特大の魔法を練り上げる。

 呪文の詠唱を開始するが、それを敵も察知し、魔法の妨害をしようと駆け出してきた。

 詠唱が完了する前に叩くのが対魔術師戦としては鉄則。

 基本に忠実な黒い剣術士の行動であったが、ここでは些か距離がある。

 彼が駆け出してリーザとの距離が半分になったところでリーザの呪文の詠唱は完結する。

 

「ヤツクビノリュウーーーーっ!」


 リーザが締めの言葉を発すると共に、特大な炎の龍が発現した。 

 これはリーザの得意とする戦略級魔法であり、最上級の炎の攻撃魔法。

 八本の炎がひとつに重なり、圧倒的な炎の暴力はこの黒い剣術士を飲み込む。


ドーーーーーン


 こうして、リーザより放たれた炎の戦略級魔法が炸裂する。

 ひとりの剣術士に対しては明らかに過剰な攻撃。

 岩をも溶かす灼熱の炎は、この男の死体さえ残さないだろう・・・

 誰もがそう思った。

 しかし・・・

 

バリ、バリ、バリ!


 海のように広がった炎の一部が、またもや凹んで穴が開き、そして、その中心から黒い男の姿が飛び出す。

 その男の振るう黒い魔剣が炎の魔法を喰らい、雷を放つ。

 まるで黒い剣が炎を切り裂いているような非現実的な光景。

 

「なぁっ!?」


 一番驚いたのは当のリーザ。

 自分の必殺の魔法が負けている・・・正しくそう理解してしまう。

 魔法感覚の鋭い彼女故に現状を正しく認識してしまったからだ。

 そんな一瞬の弱気は相手に伝わる。

 黒い男は、兜の隙間から覗く口元をニィーッと歪ませると、爆発的な加速で突撃してきた。

 刹那的なその加速は人間離れした獣のようでもあり、一瞬にしてリーザとロンが騎乗する馬へ迫る。

 

ドカーーーーーン!

 

 重い物が激しくぶつかるような音がして、大爆発が起きた。

 特大の砂埃が舞い・・・そして、しばらくするとそれが晴れる。


 そこに残されていたのは・・・


 両断された馬の死体と、激しい衝撃を受けて飛ばされたロンの姿。

 鎧が凹むほどの衝撃を受けているが、それでも「うぅぅ」と呻き声を漏らしているので、死ぬまでは至っていない。

 そして、その砂堀の中心に残されているのは一組の男女。

 地面に倒れたリーザに馬乗り状態となっているのは黒い男。

 突っ込んだときの衝撃で兜は飛ばされていたが、その黒髪に黒い眼が特徴的なこの男の顔は愉快に笑っていた。

 

「ひょーー。危ねぇー、危なねぇっ。魔剣に溜めたエネルギーをすべて加速に使ったが、頭が別のところへ飛んでくかと思ったぜぇ・・・だが、この女の体形が衝撃吸収ボディだったお陰で助かったぜぇ~」


 男がそう言い左手で掴むのはリーザの豊かに育った乳房。

 ぐにゃと歪む彼女の特大のそれ(・・)は、ローブの表面からも柔らかさと大きさを主張していた。

 その乳房を覆うローブの表面には擦れた傷が無数に残っていたことから、ここに男の兜が直撃したのは明らかである。

 

「ぐっ!!」


 リーザは反射的にこの失礼で野蛮な男の顔を叩こうとしたが、それはヒョィと躱されてしまう。

 そして、お返しを喰らった。

 

ガーーーン!


 男の右手が迫り、リーザの顔を横から殴る。

 ここで男が持つ剣の柄で強烈に殴られたリーザは、首が折れるほどの衝撃。

 しかし、これでも男は加減して殴っている。

 こうして、リーザは命までは奪われず、意識だけをうまく飛ばされてしまう。

 その男はリーザが昏倒したのを確認し、そして、残されたアリスやレヴィッタ、ロンに向けてこう告げる。

 

「おっと、動くなよ! 動くとこの嬢ちゃんの首を飛ばすぜ!!」


 そう言い鋭利な魔剣をリーザの細首に当てる。

 あともう一押しすれば首が斬れるほどの迫力。

 アリス達はどうすることもできなかった・・・

 その姿を見て、男は自分の勝利を確信する。

 

「ワハハハーッ。やったぜ! 炎の悪魔はこの俺様、黒い稲妻『リズウィ』が討ち取ったぞ!」


 男は力強く左拳を天に向かって掲げる。

 その雄姿輝く姿にはカリスマ性が籠っており、周囲にいたボルトロール兵達もこの勇者の活躍に魅了されていた。

 彼こそ真の勇者であると称えたのだ。

 

「うぉーーー! 俺達の勇者が勝った!! リズウィ! リズウィ! リズウィ!」


 こうして、勇者を称えるボルトロール兵の歓喜がこの戦場に木霊する。






 その一時間後。

 事態の異常を知ったロードの本陣が部隊を編成して、ここまでやって来た。

 彼らがここで見つけたものはエクセリア警備隊達とボルトロール兵の死体。

 ここで戦闘があったことは明白。

 しかし、アリスやレヴィッタの死体はない。

 リーザやロンもだ。

 彼女達が連れ去られた事も明白であった。

 その事実に納得いかないのはウィル・ブレッタ。

 

「くっそう!」

 

ドンッ!


 地面を激しく殴る。

 感情の起伏をほとんど他人に見せる事の無いウィルにとって、本当にこれは珍しい行為。

 怒り、そして、焦りの心が彼を支配していた。

 そんな彼に声を掛けるのは騎士の面倒役を務めるザンジバル卿である。

 

「ウィルさん。辛いのは解る・・・しかし、アリス様達はまだ殺されていない。希望はゼロではありません」


 そんな言葉を掛けてきたザンジバル卿を思わず睨んでしまうウィル。

 しかし、その一瞬後、自分の行いを後悔した。


 ザンジバル卿に怒りをぶつける理由など不当である・・・


 そう思い直したウィルだが、ザンジバル卿の示した『希望』とは、果てしなくゼロに近い希望である事が、冷徹な彼の論理的思考より心の内なる声として聞こえている。

 今回の部隊にはレヴィッタが同行していた事実も途中助けたスパッシュより聞いていた。

 絶対守ると宣言したレヴィッタが敵に連れ去られてしまったこの失態。

 今のウィルは自らを責めるばかり。

 

「くっそう!」


 ウィルは自分の中にある何かを罵倒し、再び地面を殴る。

 現在のウィルはそんな行為でしか自分を表現することが叶わなかった・・・

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ