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第八話 ロードの惨事


「どうなっている? 一体何が起こったのだ。アレは!?」


 今、ロードの司令部は騒然となっている。

 今日の戦いは英雄ウィル・ブレッタの参戦で機動力を生かした攻撃が嵌り、終始優勢かと思われた。

 しかし、最後の最後で謎の大爆発が発生。

 これはボルトロール軍から戦略級魔法の攻撃を受けたと考えられる。

 その攻撃によりエクセリア軍は大被害を受けた。

 死者五百名、負傷者千名である。

 直後にウィルが掛け声を発して撤退できたが、もし、それができなければ、被害はこの倍出てもおかしくない。

 そんな惨状になってしまう可能性もあった。

 結局、エクセリア軍はなんとかロードまで撤収し、そこで守りを固める。

 ボルトロール軍側もそこまで深追いしてこず、夕暮れと共に撤収していった。

 こうして本日の戦いは終わったが、エクセリア軍の司令部は騒然とした状態のままである。

 

「解らぬ。解らぬが・・・あの魔法がラゼット砦を陥落させたボルトロール軍の切り札なのだろう」


 今日の攻撃の破壊力とその被害を考察して、ロッテルはそんな結論に至る。

 その予測に幹部全員も同意した。

 

「そうでしょうな・・・しかし、あのような魔法。私は見た事が無い」


 そう発言したのはエクセリア国所属の宮廷魔術師のひとり。

 老練と言う訳では無いが、それでも彼とてこの国の要職に抜擢された魔術師。

 それなりの知識と経験もある。

 

「着弾地点より直径二百メートルの範囲を完膚なきまで破壊するなんて、そのような威力を持つ攻撃魔法など聞いた事もない」


 信じがたいと彼は言うが、それでも実際に起きていた。

 戦略級魔法が炸裂したのを自分も遠視の魔法で見ていたので、その事実は受け入れるしかないが・・・

 

「しかも、その属性が全く解らない。着弾した直後に爆発したまでは解るが、それでも起きたのは大きな土埃ぐらい・・・だが、爆心部分に死体も残らないとは一体?」


 この魔術師が指摘しているように、敵の戦略級魔法はその威力に見合う属性がハッキリとしなかった。

 一般的に攻撃魔法は火の属性を用いられる事が多い。

 例えばリーザの戦略級魔法もこれに属している。

 人間の攻撃的な破壊手段として『火』はイメージし易いのである。

 しかし、今回の負傷者で火傷を負った者など存在せず、切り傷や打撲など飛来物による怪我が多かった。

 火以外の魔法属性としては風も考えられたが、それも明確な説明がつかない。

 今回、最も多い被害は『死体すら残らず』であったからだ。

 それを『風』では説明できないのだ。

 他の属性としては、水、土、氷、光、闇、精霊系、幻惑系、空関系となるが・・・

 

「やはり、魔法の属性が説明できない。しかも、目撃証言からすると、あの攻撃魔法は東の山の裾より発射されたらしい。そうなると射程距離は異常に遠い」


 唸る魔術師・・・学術的に敵の戦略級魔法を上手く説明できないのだ。

 そんな思考の袋小路に嵌る魔術師にロッテルは言った。

 

「悩んでも仕方ない。『恐ろしい攻撃』ぐらいしか解らぬのならば、今はそれで正しく恐れて、適切な対処を取るべきだ」

「適切と言うと?」

「簡単な事だ。謎の魔法の被害範囲は直径二百メートル・・・そうならば、部隊同士の距離を三百メートル取ればよい。より粗く部隊を配置する。そうすれば密集による被害は最小限となる。そして、私はあの攻撃には制約があると予想している」

「制約とは?」


 ここでロッテルに疑問を返したのは魔術師ではなく、遊撃部隊を統括するサルマン。

 そんなサルマンに対してロッテルはこう述べる。

 

「もし、私が敵ならば、あの戦略級魔法を重用するだろう。成果が乏しくともこの戦場の至る所へと放つ。そうすれば、エクセリア軍の士気を挫くのに容易い・・・しかし、実際にそれはやれていない」

「その理由とは?」

「ふ、解らんよ。それが解れば苦労しないが、それでも敵は今までやってこなかったから、何らかの理由により『できない』と見るべきだ」

「・・・ふむ」


 ここで何かを考えるサルマンだが、ロッテルの言葉は続く。


「加えて、射程にも制約があると思う」

「射程か・・・目撃情報によると今回の攻撃魔法は東の山の裾・・・敵のフロスト村の辺りだな」

「そう。これも詳細な理由は不明だが、魔法を撃つ者がその場所から簡単に動けないのではないかと思っている。以前ラゼット砦が陥落したときも、その直前に東の山の中腹から光が見えたと情報があった。その場所を証言より考えるとフロスト村よりも奥のエイドス村だろう。エイドス村とフロスト村の距離はほぼ一〇キロメートル・・・今回の魔法の着弾点とラゼット砦との距離も一〇キロメートル。つまり一致するのだ」

「・・・なるほど。魔法を放つ者がエイドス村からフロスト村へ移動した、と言う事か・・・一理あるな。確かにあれほどの破壊力だ。儂ならばここロードの本陣に撃ち込むだろう。そうすればここでの戦いなど一気に終わる」


 サルマンのその予想はここに集まった指揮官数名を身震いさせた。

 そんな怖気付いた幾人かの幹部を横目に、ここで意見を発したのがウィル・ブレッタである。

 彼も義勇兵の剣客としてこの幹部会議の出席を許されていたのだ。

 

「魔法攻撃ならば、私が先頭に立ちましょう。この力を使えば・・・」


 そう言って、自分の拳を握る。

 しかし、その勇気ある行動はロッテルによって否定された。

 

「ウィル君、待ちたまえ。君が有力な魔力抵抗体質者である事は認めるが、現段階でそんな無謀な行動は慎むべきだ」

「しかし・・・」

「この攻撃は敵の切り札。早々に連発はできないと考えている。もし、できるならば、今日も連発して攻撃している筈。浮足立った我々の背中にあの攻撃を浴びせればどうなるか? 君はどう思う?」


 ロッテルのその質問に顔面蒼白になるはウィルではなく他の幹部達だ。

 確実に心が折れると思った。

 しかし、ウィルは、だから自分がと思ってしまう。

 

「だからウィル君、それは駄目だ。少なくともあの戦略級魔法攻撃の詳細が解るまでは・・・君の魔力抵抗体質の力も我が軍の切り札だ。あの炎の娘と同じくな」


 ロッテルが言っているのはリーザの事である。

 ウィル・ブレッタの魔法防御力とリーザの攻撃力は、膠着した戦況をひっくり返すのに有効な手段であるとロッテルは考えている。

 そんな有効な『駒』を不確定な要素で失う訳にいかなかった。

 ロッテルと付き合いの長いウィルは、ロッテルがそんな事を考えているのを理解した。

 クールに見えるウィルでも、今日は逸る自分の気持ちを感じて、歯痒く思う。

 その熱い心は、自分が未熟故なのか、それとも、ブレッタ家の血のせいなのだろうか・・・

 そんな迷いを少し覚えるウィル・ブレッタ。

 そんなウィルにロッテルの言葉が続く。

 

「ウィル君。我々に課せられたことは勝つ事だ・・・それも綺麗に、正しく、勝つ。そうやって『侵略者を退ける事ができた」という成果。それを国内外に示さなくてはならない。それが、国家が民とその土地・財産を守るという事。そして、ここに住む人の誇りへつながっていくと思う」

「誇り・・・」

「そう。その誇りを持つのは君だけじゃない。私だけでもない・・・この国に根ざした民達が持たなくては意味が無いのだ」


 ロッテルのこの講釈は、不思議とこの場に居合わせた人の心にすうっと入ってくる。

 自分達が戦う意味を思い出させる言葉であった。

 

「人の心に誇りが宿れば、ボルトロールの力による侵略など、ものの敵ではない」

「・・・」

「尤も、物理的に侵略されているこの現状をなんとか阻止しなくてはいけないがね。ハハハ」


 軽く笑うロッテル。

 しかし、そこに軽薄さは無い。

 寧ろ、その逆の印象。

 どんな困難でも簡単に乗り越えてやるぞ、と思える気概。

 ロッテルの言う事を冷静に聞くと、それは堂々巡りだ。

 人々に誇りがあれば簡単な力による侵略などできない。

 しかし、その誇りを与えるためには敵の侵略を許してはいけない。

 それは矛盾だらけで、論理的ではなかった。

 しかし、それを言うのがあの(・・)ロッテルなのだ。

 クリステの乱から見事に解放を果たした鬼才ロッテルの言葉。

 これだけで勇気が湧いてくる。

 希望が芽生える。

 このときウィルが感じたのは、『何を言うか』、ではなく、『誰が言うか』だと思った。

 どんな素晴らしい言葉も、それを誰が言うかによってその価値は全然違ってくる。

 言葉を発したその人により、その言葉に宿る力は違うのだと思った。

 周囲を見ると希望が確実に伝わっているのが解る。

 幹部達の顔が明るく前向きに変化しているのがウィルにも感じられた。

 そして、ロッテルは仕上げとばかりに、今後の行動指針をまとめる。

 

「我々が勝つには、やはりエストリア帝国からの義勇兵が必要だ。その到着まで持ちこたえる。そのための基本方針は変わらぬ。分散隊形で各・・・うっ!」


 突然、ロッテルの様子が変になる。

 口元を押さえて、その目が『カッ』と開けられた。

 

「ど、どうされたのですか! ロッテル様!!」


 只ならぬ様子に、ウィルはロッテルに近付こうした。

 しかし、ここでウィルにも変化が・・・

 視界がグニャッと曲がり、そして、胃から不快な何かが込み上げる。

 嘔吐感を覚えて口元を押さえて、そして、床に倒れ込んでしまうウィル。

 

「ど、どうした。ウィル君も!」


 突然倒れたウィルを介抱しようとサルマンが近付く。


「ウェェェェー」


 ここでウィルは嘔吐した。

 そして、その後、同じような症状の者が続出する。

 

バタン、バダン

 

 突然に複数の人が倒れてしまう異常状態。

 まるでその状態を察したように、ここで無情な知らせが・・・

 

「敵襲だ。ボルトロール軍が夜襲を仕掛けてきたぞ!」


 見張りの声がロードの本陣に響く。

 

「こんな時に!」


 ここでのサルマンの声は不安よりも怒りの色が強かった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ、火矢を放ってきたぞ!」


 数千の矢がロードに敷かれているエクセリア軍の本陣へ襲いかかってくる。

 魔術師の放つ火球の魔法よりも火矢の方がコストは低く、かつ、矢が放てる者ならば誰でもできる攻撃だ。

 だから軍隊でも弓矢部隊が火矢を使って攻撃してくる。

 火矢は延焼・・・つまり、火事を起こして人々を混乱させるのに持ってこいの攻撃手段である。

 こうして、エクセリア軍の布製の天蓋はたちまち炎に包まれた。

 

「うわぁぁぁ、燃えたぞ。早く火を消せ!」

「消火だ、消火・・・いや、それよりも敵の火矢を止めるのが先決!」


 現場は混乱で右往左往。

 そして、そのエクセリア軍の本陣に向けてボルトロールの歩兵部隊が迫ってきた。

 まるで今まで鬱憤を晴らすように、大部隊で攻めてきたのだ。

 その隊長を担う人物はエクセリア軍の本陣を目にして下品に笑う。

 今日の昼まではエクセリア軍の遊撃部隊の各個撃破攻撃に散々悩まれていた彼ら。

 ストレスの溜まる戦場であったが、それも今日までの話。

 彼らの持つ秘密兵器にてエクセリア軍に大被害を与えたのだから、今日のボルトロール軍は調子に乗っていた。

 だから、こんな思い切った戦法も許されたのだ。

 

「グフフフ。今日で決めてやるぞ。勝利は俺の物だ!」


 そう言い部下の歩兵へ突撃を命じる。

 その部下達は隊長の命令を受けて、一斉に槍を構えた。

 あとは、大声を挙げて突撃するだけ。

 その命令を今か今かと待つ彼らだったが・・・

 しかし、ここで敵からの反撃があった。

 

 空に大きな火球がひとつ現れる。

 それはボルトロール軍の放つ火矢ではない。

 その大きさが桁違いに違うのだ。

 そして、その火炎の下を見ると、ひとりの女性が立っていた。

 その女性と距離はあったが、それでも彼女がひどく怒っているのが何故か理解できた。

 その怒りは彼女の頭上に燃える火球へ反映される。

 

ボワッ!


 火球の大きさが二倍以上に膨れて、それを見た歩兵部隊隊長の額から汗・・・

 火球の輻射熱だけではなく、冷えて乾いた汗・・・それは恐怖の汗。

 そして、その女は拡声魔法を使う。

 

「よくも夜襲なんて! お陰で夕食が食べられなかったじゃない!!」


 その怒りに対して、彼女は相手に弁明など求めていない。

 彼女が欲しているのは決して謝罪の言葉では無く、死による謝罪。

 

「ヤツクビノリュウーーーッ!」


 こうして死の宣告が発せられた。

 歩兵部隊の隊長は撤退を決断するが、それが実行される前に『炎の悪魔』の怒りがボルトロール軍の頭上に舞い落ちるのであった・・・

 

 

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