第五話 英雄の到着
ゴルト歴一〇二三年九月十四日。
ここはエクセリア国の首都エクリセン。
ボルトロール王国より宣戦布告を受けてから二週間が経過し、既に両軍の衝突が東の『境の平原』で始まっている。
それは首都エクリセンの住民も良く解っており、ラゼット砦が早々に陥落してしまった事実も噂として広まっていた。
市井の人々は難攻不落の要塞として過去より続くラゼット砦が陥落した事に、大きな驚きと不安を感じており、エクセリアの勝利を信じていた者も「本当に大丈夫だろうか」と不安の言葉を口にする日々。
しかし、そんなエクセリア国の首都エクリセンに朗報が走る。
「英雄が帰ってきた!」
クリステ解放で重要な役割を果たした英雄ウィル・ブレッタが戻ってきたのだ。
ウィルはこのエクセリア国で最も有名な存在。
彼の姿を見たと言う入国審査の衛視からの情報は、あっと言うに首都エクセリンの人々に広まる。
そして、当の本人は首都エクリセンに入って、大歓迎される中、早々にエクセリア国の国王の前へ姿を現した。
「おお、ウィル君。よく戻ってきてくれたね」
国王のライオネル・エリオスは彼の姿を見るなり本気でそう喜び歓迎の意を示す。
そして、ここは応接の間。
一応、国の体裁を保つために玉座が設えられた謁見の間が存在しているのだが、ライオネルがそこを使う事は滅多に無い。
応接の間の方が互いの距離が近く、気兼ねない会話ができるとして国王がここを重用しているのは元々商人気質であるライオネルらしい。
そして、ライオネルの隣には王妃のエレイナが座っている。
エレイナも自分の戦友としてクリステ解放に携わったウィルが助けに戻ってきてくれた事を頼もしく思う。
そのライオネル、エレイナと机を介して対面に座るのが、ウィル・ブレッタとレヴィッタ・ロイズであった。
レヴィッタは終始俯き姿で英雄達が介しているこの現場に自分が居る自体が場違いである感満載だったのは言うまでもない。
「しかし、あのウィル君が自分の彼女をここに連れてくるとは。驚きました」
エレイナはそう述べ、本気で驚いている。
エレイナの中で『ウィル・ブレッタ』という人物は色恋沙汰と程遠い存在であると思っていたからだ。
自分の内情に興味を向けられていると解ったウィルは普段の彼らしくなく少しだけ身の上話を始める。
「彼女はレヴィッタ・ロイズさんです。戦勝記念式典で知り合った女性で弟の彼女の先輩に当たる女性です。帝都魔術師協会に勤めていて、そこで受付として働いていました」
「どこかで見たような・・・あら? アナタ、もしかして、戦勝記念式典でウィル君のエスコート役をしていた女性ですよね?」
記憶力の良いエレイナはここでレヴィッタの顔を思い出せた。
これにレヴィッタは頷き、自分がウィルのエスコート役だったのを認める。
「そ、そうです。私はレヴィッタ・ロイズと申します。この度は帝王様より『エクセリア国の役に立て』と言われまして、ウィルさんと一緒にここへ来ました」
緊張気味にそう答えるレヴィッタに、ライオネルは友好的な笑みで返した。
「それは有り難いです。現在も知ってのとおり、我が国はボルトロール王国と交戦状態にあります。主戦場はこの首都エクリセンより東の『境の平原』となっていますが、後方支援を行うこの首都エクリセンもバタバタしており、人手が足りずに現場は火の車ですよ。アナタのような優秀な人材が来てくれて助かります」
「え、私はそれほど優秀じゃ・・・」
謙遜する――いや、遠慮に近い――言葉を返すレヴィッタだが、ここに彼女に追い打ちをかけたのはエレイナである。
「ウィル君の弟の彼女と言えば、それはハルさんの事ですよね。その先輩としているならば、レヴィッタさんは『アストロ魔法女学院』の卒業生と言う事になります。帝国一の魔法学校を卒業されていて、それでいてエリートが多く集まる帝都魔術師協会にお勤めされているなんて・・・これは期待できますね。アナタ」
「そうだな。おっと、レヴィッタさん、それほど緊張しなくても大丈夫ですよ。しっかりとフォローは入れますから、我らの後方支援部隊を助けてください」
ライオネルは緊張のあまり青ざめているようにも見えるレヴィッタにそんなフォローするのを忘れない。
人の心情がよく解る彼らしい行動である。
「困った事があればなんでも私達に言ってください。それと現場では頼りになる人物を紹介しておきましょう・・・おっと、来たようだ」
ここで来客を知らせるベルが鳴り、ライオネルはその人物を応接室の中へ招き入れる。
その人物は扉が開けられた直後に慌てて入ってくる。
走って来たのか、息が荒く、顔も真っ赤。
そして、開口一番、こんな事を発した。
「ライオネル国王! ウィルさんが戻ってきたって本当ですかっ!!」
国王や王妃、来客者の居るこの場で、遠慮なく不躾な事を聞く小柄な女性・・・それはアリス・マイヤーであった。
「アリスさん、どうぞ」
王妃エレイナ自ら淹れたお茶を口にして、幾らか落ち着きを取り戻したアリス。
彼女がこの応接室に入り、ウィル・ブレッタの顔を見つけた直後、感極まって彼の元に飛んで、抱き着いた。
ウィルもアリスとの再会を喜び、彼女を優しく抱擁したが、そこには愛情よりも親愛の情が大きい。
彼にとってアリスとは、このクリステの乱で助けた大勢の女性のひとりである。
そして、アリスはここでこの場に王と王妃が居たのを思い出す。
意を正そうとして抱擁を解き、そして、ウィルの隣に女性がひとり座っているのに気付く。
嫌な予感がして「この女性は誰?」とウィルに聞いてみれば、ウィルからは・・・
「彼女の名前はレヴィッタ・ロイズさん。私の彼女だ」
「え!? か、彼女!」
ウィルから聞いた言葉に大きな衝撃を受けるアリス・・・
そして、現在へと至る。
「・・・それで、現在の戦況ですが、大規模な戦闘は初戦だけで、それ以降は小康状態が続いています」
そんな会話がライオネルとウィルの間で話し合われるが、アリスの耳にはほとんど入ってこなかった。
現在、アリスが気にしているのはウィルの隣に座る女性。
この女性はライオネルとウィルとの会話には一切入らず、ただ黙ってそこに座って聞くだけを貫いている。
彫刻のように綺麗で、美しい容姿。
もし、彼女が英雄ウィル・ブレッタの彼女であると言われれば、何も事情を知らない他人は相応しい女性だと判断するに違いない。
しかし、自分は認められなかった。
自分がウィル・ブレッタの事をこんなにも想っているのに。
こんなに愛しているのに・・・
だから、ウィル・ブレッタの隣に座るのは、私である、とアリスは思っていた。
なのに・・・
「・・・で、あるから、アリスさん、よろしく頼みますね?」
「へ?」
突然、自分に会話が振られて、変な声を出してしまうアリス。
そんな反応に、話が正しく伝わらなかったと思ったライオネルは、もう一度同じ話をする。
「もう一度言いましょう。このレヴィッタさんはこれから後方支援業務に協力して貰います。彼女はアストロ魔法女学院を卒業して、帝都魔術師協会に勤めている優秀な人ですが、それでもここエクリセンは初めての土地。いろいろと困る事も出てくるでしょう。だから、そこはアリスさんが助けてあげてください。アリスさん、よろしく頼みますね?」
再びライオネルにからお願いをされるアリス。
「・・・」
しかし、その言葉には反応がない。
その姿を見たライオネルはいつも意気揚々と応える彼女にしては珍しいと感じたが、ここでウィルからもアリスに言葉が掛けられる。
「アリスさん。レヴィッタさんは私にとってかけ替えの無い人だ。戦地に来てこんなお願いをするのも変な話なのだが、彼女の事をよろしく頼む」
ウィルから屈託のない笑顔でそんなお願いをされたアリスは複雑な心境である。
しかし、彼女は最終的にウィルのお願いを利く事にした。
「・・・解りました。ウィルさん。レヴィッタさんの事は私に任せてください」
その答えに満足するウィル。
彼は席から立ち上がり、背の低いアリスの頭を撫でて態度でお礼を伝えた。
「ありがとう、アリスさん。よしろく頼むよ」
「わ、わわわっ! ウィルさん」
アリスの顔は真っ赤に染まった。
ウィルからの思い掛けのないスキンシップに心が高揚してしまったのだ。
そんな自分の姿を他人に見せたくないと思うアリス。
少なくとも、ウィルの彼女とされているレヴィッタや国王、王妃の前では見せたくない。
だから、彼女は慌てる。
「そ、それでは、早速現場に行きましょう、レヴィッタさん。ウィルさんはこれから忙しくなるので邪魔をしてはなりません」
「ええっ!?」
突然に腕を引かれて驚くレヴィッタだが、アリスの誘いを否定もできない。
レヴィッタ達がこの地に来たのはエクセリア国を支援するためである。
ウィルは戦いで勝利へ導くために最前戦へ赴くだろうし、レヴィッタは後方支援としてこのエクリセンで働かなくてはならないのだ。
アリスやライオネルから、こうして欲しい、ああして欲しい、と言われれば、余程の事が無い限り従わなくてはならないと思っていた。
だから、アリスから手を引かれるのを拒否できない。
こうして、アリスに手を引かれるまま、この応接室から去ろうとするレヴィッタだが、その間もライオネルとウィルの会話が続けられる。
「そうそう、アストロと言えば、最前戦のロッテルさんから面白い話を聞きまして」
「ロッテル様から?」
「ええ、この前に来た手紙には『アストロ出身の知人と会った』と書いてあって・・・」
その先の会話はレヴィッタに聞こえなかった。
彼女も「アストロ出身」と言う言葉に少し興味は沸いたが、それよりも強く引っ張るアリスに引かれて応接室を出てしまったからだ。
こうしてレヴィッタはウィルと別行動する事になる。
この会談が終わってから、ライオネルは自分の妻のエレイナとこんな会話をする。
「そう言えば、昼のアリスさんの様子が少しオカシかったのだけど・・・」
「アナタ・・・人の心を分析するのは得意なのに、女性の心となると全く鈍いのですねぇ~」
「残念な視線を私に送るのをやめて欲しいものだが・・・アリスさんは一体どうしたものかな? エレイナのこの言葉でなんとなく予想もできてきたが・・・」
「ウフフ、素敵な事なので、アナタには教えませんよ」
「意地悪は女性也か・・・あ、痛い! こら、抓るな!」
「ウフフフ・・・」
そんな楽しい会話のふたりは自分達しかいないベッドの中でしていたのは言うまでもない・・・