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第九話 アクトのザルツ冒険譚

 日曜日の今日、アクト・ブレッタは帝都ザルツの街中を歩く。

 本日、ハルのところにはレヴィッタという旧知の先輩が遊びに来る予定となっていたため、自ら席を外したのだ。


「たまには女同士で話もしたいだろう」


 アクトがそう言ったのは彼女と『心の共有』を果たしているからだ。

 この魔法により、ハルが現在、何を望んでいるかを正しく把握する事ができる。

 早速、ふたりの間には秘密にすることは不可能だ。

 勿論、そのままリリアリアの館に居続けたとしてもハルは不快には思わないだろうが、偶には違う日常もいいだろうという事で、アクトは自らひとりで館から出て、街へ繰り出す事にした。

 アクトとしても帝都ザルツは初めて来たところでもあり、この機会にひとりでいろいろな場所を巡ってみようと考える。

 自分達の住む帝都東部の地域は閑静な住宅街となっているが、そこから帝都北部にある貴族街を抜けて、更にその北側には小高い丘が連なっている。

 そこは『ザルツの丘』と呼ばれる場所で、この帝都ザルツが一望できる観光名所となっている。

 そこからは帝都の街並みが全て見渡せるのだ。

 そんな眺望を求めてそこへと登ってみると、日曜日という事もあり多くの観光客で賑わっていたが、夕暮れ時には恋人達が多く集まる場所だとも聞いていた。

 見事な景色を眺めたアクトは、今度、ハルと来てみようと心に刻む。

 そして、次にそこから帝都西部の海に面した港湾地域を目指す事にする。

 エストリア帝国の首都である帝都ザルツはゴルト大陸の経済の源だ。

 そのザルツの港湾には数多くの船が停泊しており、ここからゴルト大陸の各地、そして、海外諸国とも取引しているらしい。

 多くの行き来している人と物資を見てアクトはそんな事を思い出した。

 港湾近くの手軽な店で遅い昼を取り、次にそこから少し南に下ったところにある歓楽街を目指す事にする。

 人が多く、治安は少し悪いらしいが、この歓楽街はエストリア帝国で最大の規模であり、活気に満ち溢れていた。

 日曜日の午後なので余暇を楽しむ人も多いのだろう。

 ここへ来たならば、と家主のリリアリアより買ってくるよう頼まれていたチーズ屋を探す事にする。

 少しの時間をかけて目的のチーズ屋を探し出して、目的としていたチーズの詰め合わせを買うアクト。

 これは今日の夜に食べるかも知れない食材であった。

 本日はハルの先輩魔術師であるレヴィッタが遊びに来る事となっていたが、彼女の事はリリアリアとセイシルも知っていると言っていた。

 ハルさえも失念していた事であったが、リリアリアは退官する前の最後の職としてアストロ魔法女学院の学長でもあったので、年代を考えるとレヴィッタとは一年ほどその時期が重なっている。

 セイシルは「特に可愛がっていた生徒と会えるのが楽しみだ」といつも無表情の彼女らしくない笑みを浮かべていたのが印象的であった。

 酒宴を設けると言っていたので、お土産としてケーキの類も一緒に買うアクト。

 冷蔵用の魔法が付与された保存箱に入れて貰い、それなりの金額の支払いをするアクト。

 一般人にとっては高級品であったが、アクトも貴族の端くれであり、しかもラフレスタ解放の一件でかなりの報奨金を貰っていた。

 この程度の支出は全然痛くないのだ。

 自分が持つ魔力抵抗体質の力でうっかり保存箱の魔法を飛ばしてしまわないよう慎重に持ち、有名なチーズ屋を後にした。

 懐から懐中時計を取り出して時刻を確認すると、夕暮れよりもまだ時間があった。

 予め伝えていた帰宅時間を考えると、あと二時間ほど時間を潰さなくてはならない。

 そんな事を考えながら繁華街を歩き回り、ふと目を止めた。


「演劇か・・・」


 アクトからそんな呟きが漏れたのはとても賑わっている演劇小屋を目にしたからだ。


「お、そこの若いお兄さん。ひとつ、観て行ってはどうだい?」


 自分よりも若そうな客引き男性にそんな声を掛けられた。


「この演劇は帝都で今一番人気だよ。役者もお勧めの・・・」


 いろいろとこの演劇のアピールをする客引きの男性だが、アクトの意識はそこに書かれているタイトルに向いていた。


「ラフレスタ英雄達・・・」


 ジルジオ・レイクランド著(ペンネーム;ジル)の『ラフレスタ英雄譚』が発端となり、現在の帝都ザルツ、いや、エストリア帝国中がこの話で持ちきりなのだ。

 解放運動としてはラフレスタの他にもクリステで同様の事が起っていた筈なのだが、特にラフレスタは短い時間で決着がついた事と、黒幕とも言える獅子の尾傭兵団の幹部達を一網打尽に成敗できた事が大きく評価されていた。

 いや、より正確に言うと、『獅子の尾傭兵団の悪の幹部達をアクト・ブレッタと言う若い英傑がひとりで葬った』という話が誇張されて、非常に一般ウケが良いらしいのだ。

 当事者であるアクトにしてみれば、ただ運が良かっただけであり、真の立役者は自分ではなく『白魔女』のハルだと思っているので大いに遠慮したい気持ちが強い。


「それで、お兄さんどうだい? ひとり三〇〇〇クロル。今はちょうど入れ替えの時間なので、これを逃すとあと二時間待たなくてはならないよ!」


 この客引きの男性の口調から予想すると、一回の演劇は二時間だと解る。


(どうせ、あと二時間アテもなくこの街を彷徨のだったら、一緒か・・・)


 アクトはそう思い、この演劇を観る事にした。

 フィクションとは言え、自分達がどう表現されているのか、少しだけ興味があったりする。


「わかった。観よう」


 アクトはそう言い金貨三枚を男に渡した。


「ありがとうよ」


 客引き男性はそう言ってアクトを演劇小屋の中へと案内する。

 

 

 

 

 

 演劇小屋の中は薄暗く、そして、観客は超満員。

 『ラフレスタの英雄譚』が市井の人々からどれほど人気なのかが良く解る光景である。

 そうしている間に、演劇は開演を迎える。


 舞台はラフレスタの高等学校の授業風景から始まった。

 授業を受けているのは主人公役であるアクト・ブレッタの青年。

 現実世界よりも男前で長身の男性役者だった。

 そして、それに纏わり付くように現れたのはサラ・プラダムとエリザベス・ケルト役の女性役者。

 現実ではこの二人が同じ授業を受ける筈ないのだが、これの方が話は面白いのだろう。

 互いに競うようにアクト青年から気を引こうとしていた。

 ありし日々を思い出して、アクトは少しだけ笑みを浮かべてしまう。

 当時、そんな彼女達とのやりとりに多少の鬱陶しさを覚えていたアクトだったりしたが、彼女達が嫌いだった訳ではない。

 そして、今、思うとこのような日常がとても昔の事のようにも思える。

 それ程までに、現在の自分とこの頃の自分には決定的な大きな違いができたてしまったのだろうとアクトは感慨に浸る。

 その違いが一体何なのかは詳しくは解らなかったが・・・

 そして、場面は進み、劇中のアクトは「街の治安を守るため、警備隊に協力しよう」と言い始めた。

 正規感の強い選抜生徒達は率先してアクトに続くが、サラとエリザベスは自分の事をアクトに売り込み、結果的に仲間行動を乱すような事へつながって行く。


(ここは真実とは違うけどなぁ・・・)


 明らかに彼女達の品位を落とすような描写だが、ここは最後に悪役となってしまう彼女達の物語としての伏線なのだろうと思う。

 そして、この頃に選抜生徒の片隅にハル役と思われる女性役者が混ざり始めた。

 度の強そうな分厚い眼鏡をかけた彼女はこの劇中でもそれほど目立たず、最後までその名前が語られる事はなかったが、アクトはその女性の行動を一挙手一投足常に注目してしまい、自分でも・・・これはもう病気だな・・・なんて思ってしまった。

 そんな選抜生徒達だが、ここで遂に『白魔女』役の女性が登場した。

 銀糸の長い髪の仮面美女が登場する場面は観客からも一際大きな歓声が起きる。

 観客の一部に熱狂的な彼女の愛好者がいるようだが、それも納得できた。

 美しくて流れるような長い髪を持ち、仮面に開けられた目の穴から覗くエメラルドグリーンの瞳は『白魔女』役に最も適した美女であるとアクトも思ったからだ。

 スラッと伸びた細身の長身で、それでいて女性らしいメリハリのある身体も持ち、魅力的な女性である事を理解させられた。

 ただし、本物の白魔女を知るアクトからして『決定的に違う』と思ってしまったのはその井出達だ。

 演じている彼女は自身の持つその大きな乳房を強調するかのように、胸の谷間を露わにする白いローブの衣装を纏っていたが、それはアクトとしても思うところがあり、思わず不満を口にしてしまう。


「随分と下品な姿だ・・・」


 それは小さい呟きだったが、それでも隣の男性に睨まれる事になった。


「兄ちゃん、何を言ってんだ!」

「す、すみません」


 アクトは楽しんで観ている観客に水を差してしまった事を素直に詫びた。

 申し訳ないと詫びるアクトの姿に、隣の観客からは「しょうがねぇ奴だ」と言われてしまう。


「まぁ、シーラさんの魅力を理解するのはお前のような青二才には難しいのかも知れないけどなぁ~」


 男は解ればいいんだ的な顔をして、その後、アクトに対して『シーラ』なる女優が如何に素晴らしいのかを解説し始める。

 アクトは適当に相槌を打っていたが、その話があまりに長く続いてしまい、苛立った別の客から注意されて、ようやく男の話が終わった。

 そんな男の解説が終わったところで、劇の場面は進んでしまったようで、どうやらラフレスタの乱が始まり、解放に向けての戦いに臨むところまで来てしまったようだ。

 劇中のジュリオ皇子は初めから悪役として登場し、その甘い言葉でサラとエリザベスを自分の配下へ誘う事に成功していた。

 彼女達の心を獅子の尾傭兵団より提供された魔法薬と魔仮面の力で支配して、アクト達にぶつけて、互いに殺させようと仕向けてきたのだ。

 その事を察知した白魔女が正義側のアクト達を助けるために対抗するのだが、そこに現れたのが最悪の敵、ギエフとフェルメニカだった。

 彼らの卑劣な罠に嵌った白魔女が身体の自由を奪われて犯されそうとしていた。

 それを寸でのところでアクトが間に合う。

 ギエフとフェルメニカをやっとの事で倒したアクトは瀕死の白魔女を助けようとする。

 罠によって毒を受けて苦しむ白魔女にアクトが口付けをすることで、魔力抵抗体質の力が発揮されて、白魔女の体内を犯していた毒を無力化する事に成功した。

 その場面は魔法の光と音による演出効果も相まり観客達・・・特に女性客がうっとりとしている。

 アクトとしてはなんだか自分の事をその他大勢から観られているような感覚に陥ってしまい、恥ずかしくなるが、ここで視線を泳がせていると、斜め前に座っていた女性の顔に視線が止まった。


(あれっ? ミールさん・・・来ていたんだ)


 見知った顔の存在に気付くアクト。

 他の女性と同じように彷彿とした表情をしているのか・・・と思い興味本位でその様子を観察してみれば、彼女は全然違っていた。

 右を親指の爪を噛み、劇中の俳優達をひたすらと睨んでいた。

 その視線の先が誰に向けられているかまでは解らなかったが、彼女はまるで親の仇でも睨むかのように厳しい視線を投げかけている。

 普段のボーッとしたミールからは想像できない姿。


(演劇を観る時のミールさんの癖なのだろうか・・・)


 適当にそんなことを考えるアクトだが、こうしている間にも演劇は進む。

 いよいよ最後の敵である黒幕ヴィシュミネとの戦いになった。

 解放同盟のアクト達に敵わないと見たヴィシュミネは最後の手段として自分の正体を明かした。

 それは地獄の魔界から来た魔王の姿であり、圧倒的な力を以って最期の足掻きをする。

 これに対してアクトは白魔女から授かった魔剣『エクリプス』で対抗する。

 白魔女と協力して戦い、やっとことで魔王ヴィシュミネを倒した勇者アクト。

 そして、ラフレスタに平和が訪れた。

 白魔女は勝利したアクトを祝福し、彼と一夜を共にすると、そこで自分の正体は『女神である』と明かす。

 「このまま地上に残ってくれ」と懇願するアクトを袖にして、白魔女の女神は本来の自分の住む天界へ帰っていきました。

 めでたし、めでたし。

 

 拍手大喝采で迎える演劇のフィナーレ。

 事実とは違い、かなり美化されたところもあり、時系列や登場する人物も指摘したいところが多々にあるが、劇作としては面白く話がまとめられており、役者の演技も素晴らしく、アクトは素直に「面白かった」と思えた。

 客席の観客を見渡すと、ほぼ全員が喜んでおり、特に若い男女は眼を輝かせている。

 興業としては大成功なのだろう。

 最後に再び幕が上がり、出演した役者が総揃いで終劇の挨拶を行う。

 その中でやはり一番人気は白魔女役の美人女優シーラである。

 シーラ自身もその事が解っているようで、彼女は舞台から飛び降りて、観客席の通路を歩き愛想をふり撒いていた。


「シーラさんは劇が終わると、気に入った観客に白魔女の仮面をプレゼントしてくれるのさ」


 先程この女優の素晴らしさを解説してくれた男性客はアクトに再び話しかけてきた。


「それ目当てで俺みたいに何度も劇を見に来る奴も多いんだぜ!」


 なるほど、とアクトは思う。

 これは美人女優を使った、あざとい劇団側の戦略だと冷静に分析する。

 この脇の男性も「次は俺のところに来ないかなぁ~」と妄想に浸っているように、男の下心を上手く利用した商売なのだ。

 そうしているうちにシーラはこちら側に近付いてきて、ピタリとその動きを止めた。


「えっ?」


 まさかと思っていた先程の男性は口をあんぐりと開けて、自分に仮面を貰えるチャンスが巡ってきた事が信じられないようであった。

 シーラは優しく微笑み、その仮面を差出す。

 脇の男性はまるで王様から授かり物を貰うように恭しく両手で受け取ろうとする。

 しかし、その仮面は彼の手をスルリと通り過ぎて・・・そして、それはアクトの手へと収まってしまった。


「えーーーっ!!!」


 脇の男性の悲痛な叫びと共に、ここで多くの注目がアクトに集まるが、この時、斜め前に座っていたミールがアクトと初めて目が合う。


「えっ? アークさん??」


 何が起こったか理解できないミールを他所にアクトは短くこう告げた。


「えっと・・・・こんにちは、ミールさん」

 

 

 

 

 

 

「私の後ろにいたなんて、驚いちゃいました」

「すみません。僕も気が付いたのが演劇の途中だったもので、声を掛け辛くて・・・」


 ハハハと笑うアクト達は既に演劇場を後にして、繁華街を東に進んでいた。

 偶然の出会いを果たしたふたりは、その後、帰路に就くために同じ道を歩く。

 ミールは帝都大学近くの共同住宅に住んでいたし、アクトは帝都東側のエルライン川の近くであるため、帝都西側にある繁華街から帰るのならば同じ方向だ。


「それにミールさん、すごい顔をしていたので、劇を楽しんでないのかな? なんて思っていたのですよ」

「そ、そんなことないですよ。きっと真剣に劇を観ていたので、きっと顔が強張っちゃったんですよ。ハハハ」


 ミールはバツ悪そうに笑う。

 アクトもこれ以上深く触れてはいけない話題だと直感して、それ以上の追求を止める事にする。


「それにしても、ミールさんが演劇を見ていたのが意外でした」

「わ、私だって時々は気分転換したくなりますよ。あまりお金ないですけど・・・ね」


 ミールの懐事情があまりに良くない事はこの前の新人歓迎会で聞いていた。

 あの劇だって一回観るのに三千クロルだ。

 食費にして一日分以上の金額であり、生活を切り詰めているミールにしては奮発したのだろう。

 一応、アクトもアークという名前で研究補助員の立場を装っているため、あまりお金を持っていない事にしている。


「アークさんだって、見ていたじゃないですか・・・私だって偶には息抜きしたいですよ」

「あはは・・・そうですね」


 適当に話を合わせるアクト。

 そんな感じで和やかに会話が進むが、ふと、ミールが立ち止まった。


「アークさん、こっちの道を使いましょう。こっちの方が近いですよ」


 ミールが案内したのは裏路地だ。

 彼女の話によれば、そのまま大通りを進むよりもこちらの方が早いのだと言う。

 未だに帝都ザルツの土地勘がないアクトとしては、街の案内は彼女に任せていたし、そして、気になる事もあり、これはちょうどいいと思う。

 治安のあまり良くない繁華街では人通りの少ない路地というものは犯罪者にとって格好の活動場所であったりするものだ。

 今回もアクト達をつけ狙っている集団にとって、ここで格好のチャンスが来た、と考えたのは言うまでもない。

 こうして、路地に入った直後に険呑な雰囲気を出す集団がアクト達を取り囲む。

 ある意味で荒事には慣れていたアクトは、やはりここで来たか、と思っただけである。

 実はあの演劇小屋を出てからすぐに自分達がつけられている事をアクトは解っていた。

 無駄な争いを避けるためにも、相手を撒くことも一瞬考えたが・・・彼らから感じられた気配からこの集団の力量がある一定のレベルに達していない事も看破していた。

 こうして、アクトはこの集団の対処として、逃げるのとは別の方法を選んだ、ただそれだけである。

 この集団がアクト達を取り囲んだ直後にリーダ格の男性が前に進み出てきた。


「良いところの坊ちゃんのようだな」


 この男が注目したのはアクトが持つチーズ屋の大きなバッグだった。

 それはこの帝都ザルツでも名の知れた銘店であり、それなりの高級品を扱う店だ。

 そこでこれほどに大量の買い物ができるのは『金持ちだ』だと単純に思ったらしい。


「そんな奴が自分の彼女と劇を観にきているくせに、主演のシーラさんから白仮面を貰うなんて赦せねぇ」


 その言動から、この男性もあの演劇を観ていて、シーラとか言う女優の熱烈なファンのひとりなのだろうとアクトは予想する。

 因みに、現在、この怒気を放つ男性は先程の公演でアクトの隣にいた愛嬌のある中年男性とは別の男である。

 アクトは自分の彼女という訳では無いが、いちいち否定するのも面倒になり、そのミールを自分の後ろへ隠す。


「赦さないと、どうなるんだ?」


 アクトは明らかに相手を挑発する。


「ああん? これを見てもビビんないのか?」


 男は腰に刺した二本の剣を抜く。

 ひとつは銀色に輝く剣、もう一本は黒い刀身の剣。


「これは最近買った魔剣エクリプスのレプリカよ。兄ちゃんも知っているだろ? 腰に二本の剣を差したラフレスタ・スタイルを!」


 男の言葉に合わせるように、囲んだ男達も全員が腰に刺したふたつの剣を抜く。

 その姿にアクトは若干頭の痛くなる思いだ。

 ラフレスタ・スタイル・・・

 これが最近この帝都ザルツ―――いや、アクトが知らないだけで、実は帝国全土の剣術士に拡がっていたりする―――で流行っている装備の通称名だった。

 ラフレスタで英雄になったアクト・ブレッタのことを真似して、黒色と銀色の両剣刺しを使うのだ。

 それを、どこの誰が勘違いしたのか、『二刀流』だと思った輩がいたらしい。

 今回の劇でもそうだったが、黒い『魔剣エクリプス』と普通の剣の両方を使い、最後の敵を倒していた。

 そんな間違った解釈が独り歩きしている。


(そもそも『魔剣エクリプス』が普通の街の武器屋なんかで売っていて堪るもんか!)


 ハルがどれほど苦労して作った魔剣かを知るアクトとしては、その事だけが少々苛立ちを覚えてしまう。


「シーラさんから貰った白仮面と、その高級チーズを寄越しやがれ。そうすれば、二、三発殴るだけで赦してやるぜっ!」

「そうか?」


 アクトはそんなことを口にした直後、凄まじい速さで自分の腰から銀色の剣だけを抜剣する。

 

 キンッ、キキン、キキキキキーン

 

 アクトが剣を抜いた直後、誰の目にも止まらぬ素早さで甲高い音が十二回響いて、そして、自分の鞘に銀色の剣を静かに戻す。


「え?」


 一体何が起こったのかを理解できない男達。

 そして、ミールが目を丸くする。

 男達の持つ剣の全てが、持ち手の部分―――なんと、(つば)より先の刀身の部分ではなく、握っている手と(つば)の間である!―――から斬られて、(つば)ごとゆっくりと地面に落ちる。


「何だ!!! ひ、ひぃーーーーっ」


 自分達の剣が真っ二つになった事を今さらながらに驚愕し、暴漢達は慌てて逃げてしまう。

 そんな男達が見えなくなったところでアクトはミールへと向き直り、「さぁ、行きましょう」と何事も無かったように応える。

 このクールなアクトの姿にミールは只々驚いていた。


「アークさんって・・・凄い!」


 ミールにはアクトの太刀が全く見えなかったし、そもそも、片手にお土産らしきバッグを持ったままだったので、まだまだ余裕があるのだろうと感じる。


「自分も剣術士の端くれ。あの程度の事はできて当然です」


 アクトはそう謙遜するが、ミールは今までこんなことのできる剣術士なんて見た事が無い。

 その後、アクトに興味を持ったミールから何処でその剣を学んだのか?とか、ラフレスタではどんな活躍をしたのか?とか、いろいろな質問が飛び交うが、アクトはそれをいちいちはぐらかす。

 こうして帝都大学付近までミールを送り届けたアクトは多少に精神的な疲れを覚えたが、別れたその後、乗合馬車へと乗り、リリアリアの屋敷にまで戻って来た。


 帝都に来てもうそろそろ三箇月が過ぎようとしている。

 ある程度住み慣れてきた母屋の門を開け自分が帰った事を伝えると、真っ先に現れたのはハルの学生時代の先輩であるレヴィッタという美人女性だった。


「キャーーッ! オスが帰って来たでぇ~。ハルちゃん専用のオスやぁ~!」


 アルコールで完全に出来上がった魔術師協会の美人職員は聞き慣れない愉快なユレイニ方言でアクトの帰還を歓迎してきた。

 何だか、この美人女性の残念な側面を見たような気になるアクトであったが、そこに酔払い魔女の仲間達が現れ、そのまま拉致される事となる。

 こうして酒宴に連れ込まれたアクトがお土産で買ってきたチーズとケーキは瞬く間に魔女達の胃袋に収まるのであった。

 その酒の席でアクトは時間つぶしに観た演劇の事を伝え、その主演女優から貰った白仮面の話をすれば、酒が回って調子の良いレヴィッタにその仮面を奪われ、彼女がそれを自ら装着して白魔女の真似をする始末。

 当事者であるアクトとハルはこれを見て若干引いてしまうが、リリアリアとセイシルには大いに受けていた。

 こうして、結局、魔女達の饗宴に巻き込まれてしまうアクトであったりする・・・

 多少に精神的な疲労を負うアクトだが、饗宴がお開きになり、多少ほろ酔いのハルから「アーク、ありがとう。今日は楽しかったわ」と労いの言葉を貰った(アクト)は、こんな疲労など吹っ飛んでしまうのであった。

 


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