願い事と懺悔、陽だまりの神社
「どうして神社にお参りするの?」
「神社にいる神様に、自分やみんなの安全をお願いする為よ」
「神様は、お願い事を叶えてくれるの?」
「そうよ。でも悪いことをする人には罰を与えるの。だから、いい子にしてなくちゃだめよ」
「罰って?」
「不幸が訪れるの。家が火事になっちゃったり、交通事故にあっちゃったりね」
「神様って怖いんだね...」
「いいえ。神様は悪い人に、もう二度としないって反省をさせる為にやってるのよ。悪い人を増やさない為にもね」
「じゃあ、ぼくは悪い人?神様に罰を与えられる?」
「どうして?」
「この前、お母さんに片付けなさいって怒られたから...」
「ふふ、それくらいなら大丈夫よ。ちゃんとお参りしてごめんなさいって言っといてね」
「うんわかった!...お願い事もしていい?」
「いいよ。でもいい子にしてないと叶わないよ?」
「じゃあぼくいい子でいる!帰ったらお片付けしなきゃ...!」
「うん、それがいいよ。神様にお願い、叶えて貰わなくちゃね───────」
◇◆◇
大きな鏡を覗き込む。
たくさんの人がわたしの神社にやってくる。
可愛らしい男の子とその母の笑い声が聞こえてくる。
たくさんの人の願い事が聞こえてくる。
たくさんの人の懺悔が聞こえてくる。
青い衣の裾を掴み、その声をひたすらに聞いていた。
黒い前髪で目元を隠しながら聞いていた。
<受験に受かりますように>
<お父さんとお母さんが無事に旅行から帰って来れますように>
<子供が無事産まれて来れますように>
<戦争なんて起こりませんように>
<世界中の人が幸せになれますように>
無数の声が鼓膜を震わせる。
老若男女、数問わず。
毎日延々と繰り返される願い事。
<母さんが大切にしてたコップを割っちゃいました>
<友達と喧嘩してしまいました>
<失敗して部長に怒られちゃいました>
<人を殺したいと思ってしまいました>
<人の車にぶつかってしまいました>
止まらない懺悔の数々。
どうでもいいものも聞き捨てならないものも全部全部余すことなく伝わる。
その全てに、耳を塞ぎたい。
目を逸らしたい。
考えないでいたい。
でもわたしは、それができない。
この神社の主である以上、聞くしかない。
───────聞くことしかできない。
神様が願いを叶える?
悪い人に罰を与える?
誰がそんなことを言った?
誰がそんなことを決めた?
神にそんな力はないと、どうして気づかない?
神はあくまで「創造主」。
この世界を創っただけの存在。
大地を産み、海を作り、植物を生やし、生き物を生成した。
この世界を、この宇宙を創っただけ。ただの気まぐれで無から有を生み出しただけ。
それ以降の責任は一切とってない。
この世界の支配者が人間になった以上、干渉はほぼ不可能だ。
罰を与えるというのは、子供騙しの抑止にすぎない。
願いを叶えるのも、善行を後押ししているだけ。
どうしてそれを信じて、願うのか。
どうしてそれを信じて、懺悔するのか。
「ごめん...」
わたしの喉から漏れる一声。わたしが謝ってどうということはないけれど。
もし、この声が聞こえているならば、これ以上わたしを困らせないでくれ。
わたしには何もできない。あなたの為に祈らないで。
無理なんだ。許すのはわたしじゃない。叶えるのはわたしじゃない。
わたしをアテにしないで。ごめんなさい。
助けたいんだ。本当は、願いも懺悔も受け止めて、救ってあげたいんだ。
でもできないんだ。わたしは力不足で、あなたたちの世界に首を突っ込むことはできない。
こんなわたしを
許してくれ。
<人間たちの願いや懺悔を聞いているのに、何もできないで見ていました>
<わたしが、彼らの助けになれますように>
願わくば、彼らの信じる神が、この世を見ていてほしい。
そして、彼らの望む『幸せな世界』を。