16話 絶対絶滅
本日、2話連続投稿。
2話目です。
俺は急いでアレクセイさんの後を追った。
散々蹴られはしたが、トドメを刺されなかったのでアッシュはまだ生きている。
この手で引導を渡そうかとも思ったけど、瀕死でも俺には倒せそうに無かったし、何より人を殺すという覚悟が持てなかった。
城の中もヤバそうなので少し迷ったが、アルマスに促された事もあり、俺はアレクセイさんの後を追う事にした。
──城の中に入ると、俺もアルマスも信じられない光景に二人同時に言葉を失う。
侵入者が天井をブチ抜いたので、上には大きな穴が空いており、そこら辺には瓦礫が散乱している。
また、天井が壊されてしまった為、エントランスを明るく彩っていた照明やシャンデリアも一緒に壊されてしまっており、その所為でこの場所全体が薄暗くなっていた。
それは先程までの印象とは打って変わり、まるで廃墟の様に見えてしまう程だ。
だが、俺たちが息を飲んだのはその所為では無かった。
最初戸惑ったので少し出遅れはしたものの、アレクセイさんに遅れたのは十秒程度。
にも関わらず、到着までの僅かな時間で戦いは終わってしまっていた。
そして、恐らくこの残状を引き起こしたと思われる人物は、薄暗い瓦礫の中を一人ポツンと立ち尽くして居る。
「──今日は何かと遊び疲れたからのう。悪いが最初から全力でやらせてもらったのじゃ」
真っ白な長髪に赤い眼をした女は、こちらに気付くと楽しそうに語り出した。
そして彼女の足元には血を流して倒れるアレクセイさんが居り、少し離れた所には腕の捥がれたハルートの姿があった。
「マ、マスター……アレはちょっと、シャレにならないですよ……」
「だろうな、俺たち死んだんじゃねーの?」
この言葉を聞いてアルマスは驚いた様に孝志を見た。
「怖くないのですか?」
「ちょっと怖い。けど、正直言って透明人間に追いかけられた時の方が今の百倍怖かったぞ」
「嘘でしょ?一体どんな神経してるんですか?いえ、そう言えばテレサとか言う魔王に対してもそうでしたね…」
と言っても、死ぬかも知れないと言ったのは本音だけど。
一応、策が無い事はない。
あの強そうな敵を倒せるかも知れない手段は、たった今、ひとつだけ思い浮かんだ。
だけどその為には協力者が必要となる。
誰かにあの女を抑えて貰う必要が有るんだけど……
アレクセイさんもハルートも戦闘不能で、アルマスには恐らくあの女を足止めする事なんて出来ないだろう。
どうしたもんかな~……
しかし、悩む孝志を待ってくれるはずも無く、白髮の女はゆっくりと口を開いた。
「ククッ、お主……なんか可笑しい雰囲気を纏っておるが、う~む、それにしては弱そうじゃのう~……ん?と言うか幾ら何でも弱過ぎぬか?妾が今まで出会った勇者の中で文句無くダントツの弱さじゃぞ?」
「え?そこまでなの?」
マジで凹むんだが?
俺が落ち込んでると、おかしな喋り方の女は不思議そうな表情でこちら見ていた。
「その割に妾の【威圧感】のスキルは全く効いてないようじゃ……益々不思議な男よのう……隣の女を見てみい?」
「ん?」
その言葉に従ってアルマスの方を見る。
おお?!コイツすげぇ汗かいてんじゃねーか!
「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫です……圧に当てられてキツイですが、彼女に比べたら大した事はありません……」
確かに……テレサの時は気絶していたもんな。
俺が二人で話をしていると、女の方がこちらに近付いて来る足音が聞こえて来た。
「妾の名前はフェイルノート。お前たちの間では悪魔、邪神と呼ばれて居るぞ?」
「悪魔に邪神…!では貴方が…」
今度は別の意味で顔色が悪くなるアルマス。
そう言えば、さっき悪魔を封印しにおばあちゃんが出向いたとか言ってたっけ?
………………まさかコイツ。
「おい!のじゃ女!おばあちゃんはどうした!まさか殺したのかっ!?」
それを聞いてフェイルノートに少し動揺が走った。
「おおう?!のじゃ女とはなんじゃ!?しかも弱い癖になんと強そうな物言いなのじゃ……少しキュンとしたぞよ?」
なんでやねん。
これ以上、変な奴に好かれるのは御免だぞ?
「良いから、質問に答えてくれないか?」
「わ、分かったわいっ──お主のおばあちゃん?が何者かは分からぬが、今日は誰も殺して居らんぞ?寧ろ黒星続きで恥じておるわいっ!あっはははは!」
「ポジティブだな」
「ククッ、戦闘以外の取り柄と言えば前向きさじゃからのう」
敵のはずだが、割と楽しく会話が出来てるな。
これは……もしかしたら平和的に解決するんじゃないのか?
と期待を抱くが、次に放たれた彼女の一言で、そんな甘えた考えは打ち砕かれる事となった。
「──問答はここまでじゃ。あまり楽しく会話すると情が移って殺し難くなってしまうわ」
そう言うと、フェイルノートの表情は和やかなモノから殺意の篭った険しいモノとなり、ゆっくりと孝志に向かって歩み始めた。
「どうしても俺を殺したいのか?」
「残念だがそうじゃ。妾は勇者を殺す者……その為に生み出された魔人なのじゃ。長い年月眠らされて、破壊的衝動こそ落ち着いたが、勇者に対する殺意はまだ残っておるのじゃ」
そしてフェイルノートは更に孝志の側へ近付いて行くが、その足にしがみ付く人物が現れる。
──それは戦闘不能になった筈のアレクセイだった。
フェイルノートにしがみ付いたアレクセイは悲痛な顔で懇願する。
「ま、待ってちょうだい……その子だけは、殺さないで……その子に会えば……弘子が幸せになれるかも知れないのよ……私達ではどうやっても救えなかった心の傷を……本当の家族の孝志ちゃんなら癒せるかも知れないの……だから……その子は見逃してあげて……」
「…………」
「アレクセイさん……」
俺もアルマスも、アレクセイさんの行動に心打たれた。
アルマスに至っては口元を抑えながら涙を流す。
自分は死にかけなのに、真っ先に俺とおばあちゃんの事を気にしてくれて居る……本当におばあちゃんの事が好きなんだな。
それなのに心の中でオカマとか、二丁目とか、ど変態エルフとか、散々罵ってごめんなさい…
孝志は深く反省するのだった。
そして意外な事に、フェイルノートもアレクセイの行動には心動かされた様で、しがみ付くのを足蹴にしたりせず、しゃがみ込んで優しく語りかけていた。
「……すまぬ。その願いは聞き入れる訳にはいかんのじゃ……許せ。だが、一つ約束しよう。あの者は苦しませず、楽に殺してやろう」
そう告げたフェイルノートは、アレクセイの額に指を当てると睡眠魔法で静かに眠らせた。
その後、気合いを入れるため自身の頬を数回叩くと、再び孝志の方を向いた。
「自分が勇者である事を恨んでくれ。それと、和解の為にその首がどうしても必要なのじゃ」
人の首を使って誰と和解しようとしてんの?
まぁ今はそんな事を気にしている場合では無いな。
アレクセイさんの想いを無駄にしない為にも、此処は何としても生き残っておばあちゃんに会わなくちゃな!
俺は逃げながら戦う覚悟を決めた。
そして腰に掛けてある収納袋の中から【煙幕玉】を一つ取り出し、その場に投げつけた。
するとその玉から煙が噴き出し、エントランスホールを余す事なく真っ白に覆い尽くす。
「小癪な──じゃが残念だったのう?妾にしてみれば、こんな煙幕なんの役にも立たんぞ?」
目眩しだけでは不十分な事くらい、何と無く解ってるよ。
続いて収納袋の中から液体の入った小瓶を二つ取り出し、その内の一つをアルマスに投げ渡した。
「【気配遮断の秘薬】だ!直ぐに飲めっ!」
「わかりました!」
俺も言った後で即座に液体を飲み、アルマスと同時に中身を空にした。
「………………ぬぅ?気配を消しおったか?」
フェイルノートが見失っている隙に、俺とアルマスは少し離れた所にある柱の陰に移動するのだった。
──────────
先ほど飲んだ気配遮断の秘薬は、使用者の能力が低いと効果が高まる性能だ。
今はチョッピリだけだが、一応弱いカテゴリーに入る俺が飲む事で、不本意ながらかなりの効果を発揮している様だ。
なので、のじゃ女は俺を探せないでいる。
それより百歩譲って俺は良いけど、アルマスも同じくらい気配が消えるってどう言う事だ?
俺に比べるとかなり強い筈だけどな……
後で問い質す事にしよう。
俺は先ほど思い付いた作戦を成功させる為、その内容をアルマスの耳元で囁いた。
「……ぁ……ぅん……はっ……」
「……なんつーエロい声出してんだ?」
若干イラッとしながら孝志が指摘すると、アルマスは恍惚した表情で孝志を見上げる。
「だって……耳元で囁くから……吐息に興奮して、つい」
「ブチ殺すぞ?」
孝志の中に割とガチ目の殺意が湧く。
「あっ、割と本気で怒ってますね?ごめんなさい」
「場を読めよ?いつ殺されてもおかしくない状況だからな?」
どうしようも無いなコイツは。
いや、少し緊張がほぐれたのは有り難い。
でもいつか絶対泣かす。
「けど、マスターの考えた手段を実行するにしても、あの悪魔の隙を狙わなくてなりませんよ?」
未だ興奮が冷め切らないのか、アルマスは頬を赤らめたまま作戦について言及する。
「そうなんだよなぁ~」
俺が考えた作戦を実行するためには、まず、パーフェクトヴァリアブルでフェイルノートと名乗った吸血鬼もどきを円状に囲い込む必要がある。
要はアッシュにやったのと同じ事をする訳だが、挑発に乗って油断してくれるタイプには見えないんだよな。
少しはヤンキーの単純……もとい、純粋さを見習って欲しいものだ。
──そして次第に煙幕が晴れて行き、こちらからフェイルノートの姿を視認できる様になって来た。
視界が晴れてもやはりフェイルノートは此方を察知する事が出来ないみたいで、周囲を注意深く目で探って居る。
マジで気付いて無いな。
これなら本当に行けるかもしれない…!
それにどうやらあの女、アレクセイさん達を巻き込まない事に徹底しているみたいで、魔法を使って周りを滅茶苦茶にする様な事はしなさそうだ。
思った通り、さっきので情に絆されてやがる。
だとすると、今から俺たちを探す為にそこらにある柱の陰を一箇所ずつ見て行く筈だ。
そうやってウロチョロしている隙に、のじゃ女目掛けてバリアを発動する……よしっ!これなら行ける!
俺は柱の陰でフェイルノートの様子を伺いながら、彼女が行動するのを待つ事にした。
しばらく何かを考え込み大人しくして居たが、何かを決心した様な仕草を見せると、そのまま宙に浮かび始めた。
どうやら空中から俺たちの事を探すみたいだ。
もちろん、空中の相手でもバリアで包める事は事前にアルマスから確認済み。
なので空を飛んでるからと言って、特に何か問題がある訳でも無いのだが……
辺りを見渡していたフェイルノートだったが、何を思ったのか突然こちらの方を向き、そのまま俺たちの元へと飛んで来るのだった。
あっ、やば…!
そして、俺は突っ込んで来たフェイルノートとバッチリ目が合ってしまう。
「おお!一本ずつ柱をしらみつぶしに見ていくつもりじゃったが、一発で見付けてしもうたわい!お主運が無いのう!ククククッッ!」
「み、見つかってしまいましたね……」
「うっそおおぉぉ~~!!!??」
俺は理不尽な展開に思わず叫び声を上げていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
~フェイルノート視点~
「ククッ、煙玉とは……随分と古典的な目眩しよな。こんなもの払い除けるのは簡単じゃが──」
そう呟いたところでフェイルノートは近くに倒れて居るアレクセイの姿を見た。
「それをすると巻き込むのう。そんな事になれば此奴ら死んでしまう、か……しかし」
これもあの勇者の作戦の内か。
彼奴、さっきこのエルフとのやり取りを見て、妾がこの者に手を掛ける事が無いと悟りおったな。
それに気配を隠蔽する秘薬で存在を消しておるみたいじゃしのう。
確かに能力こそ他に比べて低いが、精神はこれまで戦って来たどの勇者よりも強い。
こういう者が本当の意味で強者と言うんじゃろうな。
キョロキョロと辺りを見渡すが、やはり完全に消息を絶った二人を発見する事は出来なかった。
何処かの物陰に隠れてるのは明らかなので、周囲を広範囲に巻き込む魔法を使えば簡単に煙幕を払えるが、アレクセイやハルートを巻き込んでしまう為その方法は取れない。
「それにしてもあの勇者……必死とは言え妾の情を利用した手段を取るとは……ククッ、どちらが悪魔か解らないのう」
そもそも、あのやり取りに関わらず、実はフェイルノートに勇者以外を手に掛けるつもりは無かった。
アリアンの様に将来的に脅威と成り得る存在は例外だが、それ以外はウィンターに頼まれでもしない限り余程の状況じゃない限り見逃すつもりで居る。
今戦ったアレクセイも戦闘力的には神化したアリアンに近いモノが有ったが、年齢的な限界に達している様で成長性は感じられ無かった。
むしろ、老いの影響でこれからは能力が衰え続ける一方だと、フェイルノートは判断を降していた。
それ故に殺す必要性を感じなかったのだ。
「──襲って来ないのを考えると作戦でも立てて居るのか?……うむ、そんな暇を与えるなど普段なら決して許しはせんが、妾を出し抜いた褒美に見逃してやろう──じっくり策を練ると良い、まぁ無駄じゃろうがのう」
取り敢えず、未だ視界を阻害している煙幕が晴れるまでは大人しくする事にした。
──それから数分ほど経った頃、煙幕が晴れ、辺りの様子がハッキリ見渡せる様になった。
このエントランスには上へ続く幅広い大きな階段の他には、城を支える柱と、花瓶などを飾る小さな置場が在るくらいだ。
故に身を隠せる場合と言えば柱位しかない。
柱は数にして十二本。
煙幕の効果が無い城の外や階段の上は、千里眼を使って監視していたので、この場所に二人が留まって居るのは明らかだった。
少し考えた後、フェイルノートはその場に浮き上がり、地上からの奇襲に備えて空中から探す事にする。
う~む……どこから探そうかのう~
少し悩んだが、適当に目を付けた柱へフェイルノートは向かう事にした。
ここから特に何かを感じた訳では無い……本当に適当に選んだ柱なのだが……
──あっ、なんか居た。
まさか、一発で見つけてしまうとは思わなんだ……妾としてもビックリじゃぞ?
勇者の男と目がばっちり合ったが、変な叫び声を上げながら何とも言えない表情をしておったわ。
あの顔を見る限り、妾が自分を探し回ってる内に隙を突いて何かをやろうとしていたな?
ククッ、運の無い男じゃのう。
少し同情しながらも、遠慮無くフェイルノートは勇者の前に降り立った。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
~孝志視点~
「なんか悪いのう?」
「ほんとにな!」
地上に降りたフェイルノートは警戒しながら此方に近づいて来る。
はぁ~……やっぱりめちゃくちゃ警戒されてるな。
このタイミングでバリアで覆い囲もうとしても、簡単に避けられるだろうけど……もうやるしか無いか。
それに、こいつには危険察知とかティファレトの加護とかも通じないだろうな…
思い付いた作戦は崩壊するも、孝志は何とか冷静さを保ち、バリアを発動する様にアルマスへ指示を送ろうとした。
──しかし、この窮地は意外な人物の介入により脱する事となった。
『イビルス・サンダー』
その人物が呪文を唱えると、フェイルノートの周囲を覆い尽くす様に魔方陣が展開された。
そしてそこから赤黒い稲妻の様な閃光が、フェイルノート目掛けて一斉に放たれる。
その一つ一つが、かなり威力の高そうな攻撃だが、フェイルノートはこれを自身の爪で簡単に弾き返す。
それでも覆い尽くした魔方陣からは立て続けに稲妻が放たれて行く。
この隙を突いて、孝志とアルマスは声のした方に向かって一目散に駆け出した。
「──オーティスさんっ!マジで信じられないくらい最高のタイミングなんですけど!」
そう……なんと現れたのはラクスール王国最強の魔法使い、オーティス・アルカナだった。
どうやらこのオーティス、開きっぱなしのエントランスの入り口から現れたようだ。
「……すまない……お前が転移したり急に反応が消えたりして面倒だから、移動しながら転移魔法を覚えて駆け付けたんだが……状況が全く理解出来てない……え?今どんな状況だ?我に解りやすく説明求む」
彼は額に手を当てると言う芝居掛かった仕草をしながら孝志に状況の説明を求めた。
「時間がないので簡単に説明します!アイツが敵です!時間を稼いで下さい!」
そう言って孝志はフェイルノートを指差す。
「……うむ……かなり簡潔過ぎる説明だが、状況は理解出来た……今の様に、あの者を足止めすれば良いのだな?……我にしてみればいとも容易い事だ……」
オーティスは手に持っている杖をカッコつけて振り回すと、それをフェイルノートに向けて構えた。
「我が名はオーティス……王国最強にして歴史に名を残す魔法使い……油断するなら一瞬で消し炭だぞ?……覚悟して来るが良い……」
いつも誤字報告ありがとうございます。




