5話 おばあちゃん
更新遅れてごめんなさい。
今から6話 連続投稿します。
一気に投稿する理由は、この6話はまとめて見たほうが楽しめると思いました。
少し長くなりますが、是非、読んでください!
「ウフフ、初めましてぇ~……いや~ん♡可愛くてしかたないんですけどぉ~やだもぉ~」
「……はは」
思わず喉の奥から乾いた笑いを漏らす孝志。
恐らく今、彼の精神には強力なデバフが掛かっている事だろう。
彼は恐怖のあまり、アレクセイの隣に立っていたアルマスを引っ張って自分のすぐ近くに立たせた。
それから彼女の後ろに引っ付くようにして隠れる。
「……もしかしてアレクセイさんの隣に私が居たので嫉妬しましたか?心配しなくても私は孝志一筋ですよ?」
「もう何でも良いから俺のすぐ側に居て!お願い!オカマ怖いのぉ!」
オカマから身を護って欲しいあまり、いつもの様に簡単にプライドを棄ててアルマスに縋り付く勇者こと松本孝志。
孝志にとってオカマは未知の生物であり、一対一での対面に大きな恐怖を感じていた。
故に、間にアルマスを挟もうと考えている。
そして孝志はこれが情け無い行為であると何だかんだ自分でも気付いてる。
なので、こんな事したらアルマスに情け無い男だと思われるだろうな……と考えては居るが、それでも怖いものは怖かった。
──だが、こんな事でアルマスの孝志へ対する好感度が下がる訳もなく、むしろ頼られる事はアルマスの想いに火を付けるだけ。
何故なら普段まったく甘えて来ない孝志がベタベタくっ付いて助けを求めてくれているので、もうアルマスはウハウハであった。
油断すると顔に出てしまい逆に自分の孝志からの好感度が落ちそうなので、アルマスは先程から気合を入れて持ち堪えている。
「そんなに怖がらなくても良いのにぃ~。ねぇ~アルマスゥ~?」
「ウヘ~ェ?」
「……あんた、なんてダラシない顔してるのよ?」
否、全然持ち堪えて居なかった。
アルマスはデヘデヘの表情を浮かべているが、アレクセイにビビってアルマスの後ろに隠れている孝志からはその表情は見えない。
……運の良い女である。
「……ま、冗談はこれくらいにしましょう。アルマス。孝志ちゃんに話す事があるのでしょ?」
「!!………そ、そうでした……マスター、ちょっと席に座って話ましょう。大事な話です」
アルマスは目の前のソファーに座る様に促す。
孝志としても大事な話がいくつも有ったので、いつまでも怯えて居てはダメだと気を落ち着かせて、アルマスに言われた通りにソファーに座った。
そして孝志の隣にアルマスが腰掛け、ガラスの小さなテーブルを挟んだ向かい側にアレクセイが座った。
「ひどぉ~い~!私も孝志ちゃんの隣が良かった~!や~も~!」
このソファーは二人が座れるギリギリのスペースしか無くて良かったと、孝志はこのとき心から思った。
────────
オカマ怖いオカマ怖いオカマ怖い!
何というか、二人きりになったら襲われるかも知れない恐怖を感じる。
隣を見ると、アルマスはキリッとした表情で気を引き締めている……俺と同じく怯えてるんだろうか?
お前は女だから大丈夫だと思うぞ?
「じゃ、少し真面目な話をしましょうか?」
「はい。わかりました」
手をパンっと鳴らし真顔で本題を切り出したオカ……アレクセイさんに俺も真剣な面持ちで受け答えする。
すると、アレクセイさんは懐に手を入れ、何か紙のような物を取り出して俺に手渡して来た………そう、手・渡・し・て・き・た・!
……俺は恐る恐る手を伸ばしてその紙を受け取った、が──
受け取ろうとした瞬間、アレクセイさんの手が俺の指に《故意》に触れた。
「あらやだぁ~♡触っちゃったわ~!う~れ~し~い~!」
「………わはは」
誰か助けて~アルマスゥ~
そう思い隣を見ると、アルマスは真剣な表情で俺が受け取った紙を覗き見ていた。
もう真実なんて知らなくて良いから、帰ろうかな……俺は本気でそう考え始める。
だが、セクハラ紛いで手渡された紙を見て、俺は言葉を失った。
──その紙の正体はある人物を写した写真だった。
写真には水着を着た女性が大きな鏡を前にキメ顔でポーズを取っていた。
そして、その写真に映された人物の顔を見て俺は死にたくなった。
水着を着た女性の写真を渡されてラッキーとか、そんな感情なんか湧かない。
なんせ、写真に写って居た女性の正体は……………若かりし頃のウチのお母さんだった。
「…………」
俺は天を向いて顔を覆い隠した。
水着姿で鏡にキメ顔をする母親の写真を見せられた気持ちなど誰にもわかるまい。
なんでこの世界に母さんの写真が有るのか疑問では有ったが、今はそれどころでは無い。
隣のアルマスは、俺が机に置いた写真を見て『こんな写真いつのまに撮ってたの?』と言っていた。
俺が深刻なダメージに悶えていると、アレクセイさんは予想だにして無かった言葉を口にした。
「これ、孝志ちゃんの【おばあちゃん】の写真よ」
「……え?」
アレクセイさんの言葉を聞いて俺の意識は覚醒する。
「おばあちゃん?」
「そう。貴方の祖母、松本弘子本人よ」
「……マジで?」
俺は写真を手に持ち眺めて居たアルマスから、それを強引に奪い取り改めて写真を見た。
──確かにうちのお母さんにそっくりだけど、所々に似ていない部分が有った。
おばあちゃん……母に似てるって事は俺が産まれるずっと前に行方不明になったと聞いている母方の祖母だろう。
そして、何でこんな痛い写真撮らせてるの?
いやいや!そんなしょうもない推測より、何でおばあちゃんの写真がこんな所に?顔だって見た事無いのに。
──いや、まさか……おばあちゃんが行方不明になった原因って……
俺は最悪の想像をしてしまった。
「──もしかしておばあちゃんも、俺みたいに無理矢理に転移させられて来たとか?」
俺が恐る恐る尋ねる。すると、アルマスは顔を伏せ、正面のアレクセイが問いに答えてくれた。
「──ええ、そうよ。貴方の祖母、松本弘子は400年前……貴方の世界では大体40年程前にこの世界に勇者として呼び出された者よ」
「……嘘だ」
信じられ無い事実を突き付けられて動揺してしまう。おばあちゃんは旦那と娘を捨てて出て行ったんじゃ無かったのかよ。
そんな俺にアルマスは更に衝撃の事実を重ねる。
「……私が以前に仕えていたマスター……それが貴方の祖母、松本弘子です」
……いや、まだおばあちゃんの事で頭整理できてないんだけど?畳み掛けるの辞めてくれます?
俺はしばらく考え込んだ後、思い浮かんだ事の中から、どうしても知っておかなくてならないと思った事をいくつか聴いてみる事にした。
「──いろいろ聴きたい事が有るんだけど、まずは一つ目、良いですか?」
「ええ、構わないわ。なんでも答えるから言って頂戴。ヒロポンの孫ですもの。私の家族同然よ!」
ヒロポン?しかも勝手に家族にされてるんだが?
家族だとアレクセイさんの役割は姉になるのか?それとも兄になるのか?……いや、オカマでしょ。
って、一人でふざけてる場合じゃないな……俺は最初にどうしても確認したかった事を確認する事にした。
「…………おばあちゃん、何で水着でポーズ決めてるんですか?」
「──え?これだけ説明聞いて、真っ先に聞くのがそれ?」
余程予想の範囲から外れた質問だったのだろう……アレクセイさんは鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。
「……っぷ……はは、ふふふ」
と思ったら今度は隣のアルマスが我慢出来ずに笑いを吹き出してしまうのだった。
「……ふふ……アレクセイさん……ま、マスターは……ふふふ……こういう性格なので」
「もぉう♡空気読めないわねぇ~、でもそこが可愛い~」
「あっ、アレクセイも解りますか?可愛いですよね?」
「うん。なんかアホの子ほど可愛がりたくなっちゃうわよねぇ!」
途端にアルマスは立ち上がりアレクセイに手を差し出す。
「アレクセイさん」
それを見て、今度はアレクセイも立ち上がり、差し出されたアルマスの手を両手で握り締めた。
「「ここに孝志を愛でる会の結成です(ね♡)!」」
……愛でられる対象の俺を無視して、ここに新たな組織が開設されるのだった。
クソどもがしね。
───────
「ごめ~ん、孝志ちゃん拗ねないで~!」
「マスターごめんなさい、ふざけ過ぎました。ふふ」
背中をさすりながら半笑いで慰めて来るアルマスの手を、孝志は手厳しく払い除けた。
「貴様らと馴れ合うつもりはない!ポンコツとオカマ野郎がっ!」
「あらぁ~オカマ野郎だなんてぇ!急に口悪くなったじゃないのぉ~」
「ふふ。マスターが心を許した証です」
「……ウフフ。それが孝志ちゃんの本性なのね?さっきみたいに取り繕った感じなんかより、今が全然良いわよぉ~」
「マスターって、初対面の方には猫を被りますからね」
……言いたい放題じゃねーか。
アルマスは兎も角、アレクセイさんにはそこまで心許したつもりは無いぞ?
……ていうかいい加減話を進めて欲しいんだけど?
「それで?おばあちゃんは何で水着でポーズ決めてたの?」
「「え?そこまだ拘る?」」
二人は同時に同じ言葉を口にする。
「いや、孫としてはすげぇ気になるんだよ!ばあちゃんがどんな心境でそんな写真を撮らせたかを」
つーか、何百年前に撮った写真にしては凄い綺麗な写りだよな。
この世界は何百年も前からとんでもない画像技術があるんだ……少し感心してしまう。
「実は私も……その年頃の弘子とはずっと一緒でしたが、そんな写真見た事無いですよ?」
アルマスさえも疑問に思った写真らしい。
「まぁ、なんというか……その……もう白状しちゃう!この写真は盗撮ぅ~!なんか楽しそうに水着を着てはしゃいでいたから、思わず撮っちゃったわけ!」
盗撮って……オカマな上に犯罪者かよ。恐ろしいなこのド変態エルフ。
「くっ!こんな面白い写真があるなら、どうして見せてくれなかったんですか!?」
アルマスは、スクープを逃した記者の様に、悔しさを滲ませてアレクセイさんを問い詰める。
「いや、普通に考えて無理でしょ」
「どうしてですか!?」
「それはあんた──」
「あの、もう水着の話は良いので、違うこと聞いても良いでしょうか?」
「わかりました。では詳しい話はまた後日」
「やだこわい!……それで孝志ちゃん。他に聴きたい事はとは何かしら?」
──ここからが本番だ。
正直、さっきの質問は場を和ませる為に冗談半分で聞いた事に過ぎない。
予想以上に和み過ぎたのはムカツクけど。
「おばあちゃんは、この世界でどんな風に生きてましたか?」
「ぁ……」
アルマスの動きが止まり、明るい雰囲気がサーッと消えて行く。
せっかく良い雰囲気を作ったのに、意味は無かったみたいだな……
それに、この感じを察するに、俺の予想通りの悪い答えが返って来そうだ。
そして、アレクセイさんが俺の疑問に答えてくれた。
「──当時、弘子は四人で呼び出されたの。因みに弘子だけが四人の中で浮いてたらしいわ。なにせ弘子だけが成人していて旦那さんに子供も居たんですもの……そして他の三人は学生。あまり仲が良くなかったらしかったわね」
アレクセイさんは一度溜め息を吐いてから言葉を続けた。
「それに、弘子はすぐに元の世界に戻して欲しいと当時の愚王にしつこく迫った──他の三人は乗り気だった様で、ますます彼らとの溝は深まっていったわ……加えて愚王もいつまで経っても協力的にならない弘子を疎ましく思って彼女を無理矢理魔王討伐に向かわせたわ……それも単独でね」
ここら辺の話になると、アレクセイさんの物言いにも怒気が含まれ始める。当時のおばあちゃんの状況を思い出したのかも知れない。
そしてアルマスが話に加わって来た。
「私が弘子と出会ったのは、彼女が王国を追い出された後でしたので……もしその時に私が居れば、もう少し何とかなったかも知れません」
「おいちょっと待て!居なかったのか?国側におばあちゃんの味方をしてくれる人は?」
俺の問い掛けにアルマスは黙って首を振る。
「……勇者達にも嫌われてましたからね。ずっと一人で行動していたらしいですよ?でも、出会った時は割り切って考えてましたから『食事の時気まずかったー』って冗談も言ってましたし」
そうか……居なかったのか……俺の場合は居てくれたのに……
ブローノ王子やユリウスさん。
それにダイアナさん、オーティスさん、怖いけどアリアンさんも命を助けてくれたし、マリア王女も何だかんだ心許せる人。
加えて、一緒に転移して来た穂花ちゃんだって俺を慕ってくれている。
それにアルマスだって側に居てくれたのに、おばあちゃんが王国に居た時は、そのアルマスさえ居なかったのか……
俺って一体どれだけ恵まれてるんだろう。
アレクセイさんは話を再開する。
「ま、弘子はこれで逃げ出しても良かったんだけど、流石に頭に来たらしくてね?奴らを見返す為に真剣に魔王討伐に取り組んで、三人の勇者がモタモタしている間に魔王を倒したのよ?それで褒美に古城を貰って結界を張り引き篭もったってわけ!」
「愚王もまさか弘子が功績を上げるとは思って無かったようで、すぐ弘子と和解する為に、この古城に使者を送り込んで来たんですけど……」
ここでアルマスとアレクセイさんは互いに顔を見合わせた。
「鬱陶しかったから全部アルマスと私で追い返したわ~♡もう何百回追い返したかわからないくらい!……虫が良いのよ、散々蔑んでおきながら功績をあげたら帰って来いだなんて……それでずっと追い返していたらその内、国を救った英雄の弘子に愚王が行った仕打ちが国中に広がって、愚王は呆気なく失脚したそうよ!やったわねぇ!」
ここでようやく嬉しそうな表情を見せるアレクセイさん。
どんな感じで失脚して行ったのかはわからないが、実に滑稽な落ち方だったのかも知れない。
「因みに三人の勇者達も、実は遊び呆けていた事がバレて、ろくな目に合わなかったらしいわ……全く!弘子の爪の垢でも飲ませてやりたかったわよ」
話を最後まで聞いて、俺は考えを大きく改める事となった。
正直、おばあちゃんの事は嫌いだった……この話を聞くまでは。
なんせ、何も言わずに出て行ったきり、帰って来なかったと聞かされていたからだ。
出て行ったのはお母さんが幼い頃だから、俺は顔を見たことすら無い。思い出すら無い相手。
だから母さんを捨てた祖母をよく思って無かった。
むしろお母さんもお爺さんも全く恨んでない事を不思議に思ってたくらいだ。
それは妹の弘子も同じ様に思っていた筈。
……だってこんなにも苦労していたなんて思いもしなかった。
ごめんな、おばあちゃん、勝手に恨んで……
ホントは一人でずっと頑張って来たんだな……
──いや、一人じゃないか。
俺は立ち上がってアルマスとアレクセイさんを交互に見た……そしてそれぞれに対して頭を下げた。
「──おばあちゃんとずっと一緒に居てくれて、ありがとう。最近まで恨んでいた俺が言えた義理じゃないけどさ」
「「…………」」
二人は孝志の言葉に感極まって涙を流した。
アルマスもアレクセイも弘子と一緒に居たのは使命感からでは無く、彼女が好きだったから一緒に居たに過ぎない。
だが、弘子の孫から貰った感謝の一言には来るものが有ったようだ。
二人はひとしきり泣いた後、泣いた事に対する恥ずかしさからはにかんだ笑顔を見せるのだった。
孝志はと言うと、意図していなかった事とは言え、大の大人二人を言葉巧みに泣かせる事が出来たので、少し優越感に浸るのだった。
──そして二人は落ち着きを取り戻すと、今度はアルマスから俺に対して話があるようで此方に体を向けて姿勢を正した。
恐らく、自分の事について話をしてくれるのだろう。
「ではマスター……次は私についての話です。マスターにとっては不快な内容かもしれませんが……」
──俺は『不快になるかも知れない』と言われたことで、警戒心を強める事にした。
おばあちゃんの話みたいな、悲しい話にならなければ良いんだけど……
っていうか、辛い目に合ってきたのにおばあちゃんは、本当にどんな心境で水着でポーズ決めてたんだよ……
──今度は冗談では無く本気で気になる孝志だった。




