6話 獣人国への旅立ち
本日2話目の投稿です。
波乱のパーティーを終えてから1時間程が経過し、時刻は午後9時。
俺は現在、穂花ちゃんと一緒にとある部屋の前に来ていた。理由はブローノ王子からの呼び出しである。
そしてこの部屋は昨日ブローノ王子と顔合わせした場所。
どうやら明日にでも俺たちに依頼しなくてはならない事があるみたいだ。
詳細はわからないが、俺は橘が奴隷少女を披露した事が原因ではないかと推測する。
──俺は部屋をノックした。
すると、昨日と同じ気品ある初老のメイドさんが扉を開けてブローノ王子の前に案内してくれる。
ブローノ王子から座るように促されると、俺と穂花ちゃんは来客用のソファーに腰を落とした。
「突然呼び出して本当にすまない。だが、どうしても明日を迎える前に二人のどちらかに頼みたい事が出来たんだ」
ブローノ王子は深刻そうな顔で語る。
俺と穂花ちゃんは只ならぬ事情を察して姿勢を更に正した。
「先程、橘雄星が披露した奴隷が獣人であった事で、かなりの問題になりそうなんだ」
やはりその事だったか。
あれ以降は本当に最悪な雰囲気だったからな……ぶっちゃけ王様の締めの挨拶とか聞かずに帰ってしまう獣人の方が多い程だ。
「獣人の方たちからの殺気が凄かったですけど、あれって同胞を人間の奴隷にされたから……という訳では無いですよね?」
獣人奴隷を頭が弱そうな橘が簡単に買えてしまうのだから、獣人を人間が買うことを禁止されてるという事は無いだろう。
もっと根本的な良からぬ理由がある様に思える。
「うむ、それを今から説明しようと思っていた所さ。……では最初にこの世界で昔、獣人と人族の間で何があったのかを話すよ?」
ブローノ王子は事情が解るように、この世界の歴史の黒い部分を掻い摘んで話してくれた。
──昔の話らしいが、人族が獣人を奴隷の様に取り扱っていた時代があったそうだ。
今の扱いは完全に人間と同じになっているが、その時代は獣人と言うだけで産まれながら奴隷として使われていたそうだ。
そんな歴史が有ったからこそ、獣人達は勇者が同胞を奴隷にした事に強い憤りを顕にしているらしい。
橘は恐らく、初めて見る獣人が珍しいと言ったくだらない理由で奴隷として買ったと思うが、結果は国を巻き込んだ大問題に発展している。
流石に今回に関しては売り付けた奴隷商人に責任が有ると思うんだけど、橘だしアイツが悪いって事でいいか、うん。
因みに売り付けた奴隷商人はこの僅かな時間で特定しており、既に拘束もしているとの事だ。
そして奴隷商人側も橘が勇者だと知らず、ただの金持ちボンボンだと思っていたらしい。
それでも事が事なので、今は牢屋にぶち込んでいるらしい。商人側も責任を感じて大人しく従ってる様だ。
良い人じゃんか……奴隷商人の癖に……
「それで謝罪するのと、此方側の誠意を見せる為にブローノ王子と、僕か穂花ちゃんのどちらかが獣人国へと向かう訳ですね?」
俺はたったいま聞かされた獣人国へ向かう目的を口に出して確認した。
王族の代表としてブローノ王子が行くらしいが勇者の代表は誰にお願いするか悩んでるみたいだ。
ただし、俺か穂花ちゃんの二択らしいが……
「それに関しては本当にすまないと思う。君たちはまったくの無関係なんだから……けど、他の勇者達には到底頼めないんだ」
ここに俺と穂花ちゃん二人しか居ないので察しているが、あの三人の誰かに任せる事は出来ないと判断したのだろう。俺も正解だと思います。
多分、いや間違いなくだが中岸と奥本のどちらが行く事になっても、あの二人なら橘を一緒に連れて行こうとするだろう。
「そういう事でしたら自分にお任せ下さい」
俺は迷う事なく立候補した。
別に強制された話では無いが、聞かされた状況が状況だけに断るという選択肢など選べるはずもない。何よりブローノ王子からの頼みでもあるので無碍にする訳にもいかない。
……それにいずれは魔王討伐に行くとはいえ、出来るだけ穂花ちゃんに危険な事はさせたくないって思いもあるし……本人が望むなら別だけど。
しかし、孝志の想いが伝わったかの様なタイミングで、穂花は恐る恐る手を挙げてある事を提案した。
「あの……二人一緒じゃダメですかね?」
「……いいのか?」
ブローノ王子は気を使ってどちらか一人と言っていたが、本音は二人一緒に来て欲しいだろう。
勇者の数は出来るだけ多い方が獣人国の印象も良くなる筈だから。
それでも残りの三人に声を掛けないのは、それを踏まえた上でも外交の場にアイツら連れて行くと邪魔にしかならないと考え至ったからだろう。
「はい。一人だと騎士さんが一緒でも怖いですけど、孝志さんと一緒なら怖くないです」
嬉しいこと言うじゃないか…
危険な事はさせたく無いが、自分から行きたいと言っている気持ちを踏みにじる事は出来ない。
それに、穂花ちゃんは橘の事を嫌いと言っていたし、出来れば遠ざかりたいのかも。
先ほど穂花ちゃんにこの事をカミングアウトされるまでは、なんで俺と一緒に居てくれるのか解らなかったが、今ならハッキリと解る。
穂花ちゃんは橘が嫌いなので一緒に居たくなく、顔見知り程度の俺に頼らざるを得なかったんだろう。
友達の兄として信頼されてんだ、きっと。
そうかっ!俺は頼られていたのか…!だとしたらこれまで以上に穂花ちゃんと一緒にいる時は引き締めないとな!
……穂花ちゃんから『また変な勘違いしてる』と言いたげな視線を向けられるが今度は大丈夫!安心して俺を頼って頂戴ねっ!
「自分も橘さんが来てくれるなら心強いです」
「………本当にありがとう……来たばかりでこの世界の事をろくに知らない君達をこれ程までに頼ってしまう事を許して欲しい」
感極まったブローノ王子は立ち上がり、俺たち二人に深々と頭を下げる。
……ブローノ王子は凄い人なのは間違いないのだが、少し王子にしては腰が低過ぎる気がする。現代日本人みたいな性格に近いんじゃないだろうか?
俺と穂花ちゃんも立ち上がり、ブローノ王子と同じように頭を下げた。
──────────
ブローノ王子の依頼を引き受けた後、今度は護衛の話へと移る。勇者とは言え、今の俺達には戦闘能力が殆ど無いので足を引っ張る様で心苦しいが、仕方ない。
「君たち二人と僕を護衛してくれる者だが、実は大勢で押し掛ける訳には行かなくてね……人数はそんなに用意する訳にはいかないんだ」
それもそうだろう。ただでさえ今から向かう場所では険悪な空気となるだろうに、そんな所に大人数で行けば……大袈裟かも知れないが戦争を仕掛けに来たと思われるかも知れない。
「だが安心して欲しい。護衛には我が軍最強の騎士と最強の魔導師を用意している」
やはりそうだろう。騎士はユリウスさんで間違いないと思う。あれだけ自分から最強アピールしてたし。
そして魔導師は…………え?嫌な予感……
俺と穂花ちゃんは「まさかね」と互いに顔を見合わせる。なんか最近どこかで王国最強の魔法使いさんを紹介された覚えがあるんだよな。……てかもうぶっちゃけあの人で確定だわ!
「騎士の方は二人共知ってると思うがユリウス・ギアート……孝志は結構、普段よく話してるんじゃないか?」
「はい……パーティーのエスコートも何故かあの方が行う予定でした」
「はは、それは見てみたかったかも……でも同性の場合はエスコートというより、護衛での付き添いの意味が大きいからエスコートなんて言わないよ」
「ですが、ユリウスさんはエスコートと言ってましたよ?」
「それは……ふふっ、彼の意地悪だろうね」
「──貴重な……情報提供……ありがとうございます……ブローノ王子…!」
あの親父あとで問い詰めてやる…!
何がエスコートだよ!ただの護衛なら最初からそう言えよ!しょうもない冗談言いやがって……いつも嘘や冗談ばかり言ってる俺も人のこと言えない気もするが。
「そしてもう一名の魔術師の方がオーティス・アルカナと言う人物だが、彼のことは知っているかな?」
「……はい」
残念ながら知ってます…
俺が力弱く『はい』と返事をすると、隣に座っている穂花ちゃんは遠い目をする。
そしてそれを見たブローノ王子は、既に彼と俺達が顔を合わせした事を察した様で、微笑みを浮かべた。
「確かに彼は変わり者だが、ああ見えて人間性は素晴らしいよ。そして魔法に関してはラクスール王国内において右に出る者はいない、最強の魔法使いで間違いない」
あの人の凄さは何と無く分かるんだけど『変わり者』の部分のマイナス要素が余りに大き過ぎやしませんか?
いや、あまり我儘を言ってる場合じゃないな。
それにユリウスさんも来てくれるし、あの人が代わりにオーティスさんと遊んでくれるだろう。
これでパーティーの件はチャラだ、良かったなユリウスさん、俺に許されるぜ?
──そして獣人国へは俺と、ブローノ王子、穂花ちゃん、ユリウスさん、オーティスさんの5人……非公式だがアルマスを入れた6人で行くことになった。
「──それでは、明日の午前9時に迎えを出す。それまで短い時間だがゆっくりしてくれ」
だいたい今から12時間後か……まだ寝る時間には早いが、明日に備えて今日は早めに寝るとしよう。
「わかりました、では失礼します」
「私も失礼します」
俺と穂花ちゃんは礼儀正しく挨拶をして部屋を出ようとするが、出る直前にブローノ王子に引き止められた。
「あ、それとこれを受け取ってくれ……冒険に必要な物だ」
俺と穂花ちゃんはそれぞれ別の道具を受け取る。
見た目ではどういう効果があるか俺のも穂花ちゃんのもわからない。
「「これは何ですか?」」
「ああ、これはだな───」
──受け取った道具の説明を聞いた俺と穂花ちゃんは、それを大事に仕舞い込んだ。
───────
ブローノ王子と別れてから少し歩き、今は大きな声をあげてもブローノ王子の部屋まで届かない場所まで移動して居る。
すると、穂花ちゃんが元気いっぱいにこんな事を言い出した。
「孝志さん!冒険ですよ!楽しみですね!」
悪いけど俺ってインドアだから、冒険するより部屋に引きこもって居たい……穂花ちゃんノリ悪くてごめんね……?
「若いっていいな~」
俺はボソッと、冗談交じりでそんな言葉を返した。
「孝志さん産まれてからまだ17年と4ヶ月と19日しか経ってないですよね?!全然若いじゃないですか!」
「それもそうか……え?俺の産まれに詳し過ぎない?」
穂花ちゃんの凄まじい記憶力に俺は驚かされるばかりだ。けど日にちまで言い当てられると流石に怖いよ?
──俺は穂花ちゃんを部屋まで送り届けた後、明日からの事について少し考えてみた。
俺は帰り際にブローノ王子に頂いた魔法のアイテム【収納ボックス】を取り出す。
一見、ただの布袋にしか見えないが何でもあらゆる物質や食料をこの中に入れると、その物質は縮小され重さも無くなるという。
因みに、生物なんかを入れることは出来ないそうだ。
直ぐに寝るつもりだったが、良い物を貰ったし、寝る前に必要な物を個人的に用意しておくか…
俺は部屋には帰らずに、違う場所へ向かう事に決めた。
──明日、俺は獣人国へ向かう。
ブローノ王子から獣人国の話を聞いて、俺は直ぐに今朝見た夢を思い出した。
しかも、その通りに事が進んで行くもんだから少し鳥肌も立った。
確かミカエル大草原にある洞窟に向えと言ってたっけ?
行きは急がなくてはならないので無理だと思うが、帰りにブローノ王子かユリウスさんにお願いして連れて行って貰おうかな?
それにしても初の冒険の旅が謝罪目的とか……いや、この感じが何とも俺らしい。




