5話 問題を起こす為に転移した男
誤字報告ありがとうございます!
実は予約投稿に失敗しました。
本日はその分も投稿しますので、3話連続で投稿します。
20時に残りの2話を同時投稿しますのでよろしくお願いします。
ご迷惑お掛けしてすいませんでした。
──橘が入って来たのを見るや否や、国王が一番にヤツの元に駆け付ける。
そして真っ先に国王が来てくれたおかげで、そこで起きていた騒めきがだいぶ収まった様だ。
「おお!よく来たな雄星!随分遅いから今日はもう来ないと思ったぞ!」
「それは悪かったよ、とても大切な用事があったからね」
初めは何だかんだで周囲の人達は橘達のことを歓迎していたのだが、橘がまったく悪びれもせずにそんな事を言うので歓迎のムードなど周囲から消え失せる。
「……ほぉう?主役の勇者が、その歓迎パーティーよりも重要な用事とな?」
王様は遠回しに嫌味を込めて言っている様だが、残念な事に橘には通用しない。
橘はよっぽど神経が図太いのか、王様の威圧感がまったく効いてないみたいだ。召喚の時もそうだが、橘のこういう所はある意味一流なんだよな。
「実は買い物をしていてね。勇者が自分に必要な物を買いに行くんだから、こんなパーティーなんかよりずっと大事だろ?」
「……う…む…」
王様は橘の思うままな言動に言葉が詰まってる様だ。橘との意思疎通の取れなさに次の言葉が思い浮かばないのだろう。
はっきり言って橘が相手だとなまじ賢い人ほどコミニュケーションが取りづらくなる。
こちらがどれだけ深く考えて発言しても、橘は悉くこちらの考えの下を行くのでレベルを合わせなければならない。
しかも王様なんて地位に居ると普段から優秀な人との関わりが多いだろうし余計に大変そうだ。
──そして見兼ねたブローノ王子が、人混みを不快感を与えずに掻き分けて橘の前に出てきた。
残念だがブローノ王子のカリスマ性も、この男には通用しないだろう。
本当にブローノ王子には申し訳ないが迷惑を掛けてしまう未来しか見えない。
「これは橘雄星殿。初めましてになるが、私がこの国の第一王子ブローノ・ラクスールと申します。これから貴方や他の勇者の方々に大変世話になると思うがどうか宜しく頼む」
ブローノ王子は笑顔を作り、握手を求めて橘に手を差し出した。その笑顔は俺や穂花ちゃんに対して見せた自然な笑みではなく、文字通り作り笑顔だ。口調もより一層硬くしている。
……多分、作り笑顔なのは橘が嫌いだからとか苦手だからでは無くて、橘の返しがまったく読めないので警戒し過ぎによる作り笑いだろう。
……そして有ろう事か橘は未だに差し出されたブローノ王子の手を握ろうとはしない。
俺が内心で腹を立てるがブローノ王子にしてもどうしたもんかと苦笑いしている。
……そんな中、橘はブローノ王子に対してとんでもない事を言いだした。
「ん~~……君が第一王子か……なんかパッとしないな君」
「……ははは、それはすまないね」
ブローノ王子は困った顔で軽くいなす。
側から見ていてもムカつくんだが……周囲の注目があるときは自重しろよ。ブローノ王子は凄い人だぞ?
──だが当然、橘の発言で怒りを抱いたのは俺だけでは無い。今の発言は例え勇者であっても不敬過ぎた。
「なんだその口の聞き方は!?王子に対して無礼だぞ!」
誰とも分からない貴族の一人が橘を指差して強い口調で言い放った。そしてこれを皮切りに、沈黙に水を掛けられたかのごとく至る所から橘へ非難の声が殺到する。
「買い物でパーティーに遅れるとはどう言う事だ!」
「しかもこんなパーティーと言っていたな?!このパーティーを開催するのに我々が幾ら投資したと思ってるんだ!」
「遅れて来てごめんなさいの一言も言えないのか!」
もう完全に四面楚歌、正論の嵐である。
橘の後ろに控えて居た三人のメイドも、一人を残して既に姿を消して居た。
そして二人居た女騎士の一人に至っては、橘がブローノ王子を侮辱した瞬間に橘を一睨みしてから側を離れて行ってしまう。ブローノ王子に特別な感情か尊敬を抱いているのだろうか?……なら初めから橘なんかに付くんじゃないよ。
──と言うか、そもそも王族を馬鹿にした態度をとった橘の側に残ったらそれだけで不敬罪じゃないか?
橘と後ろの二人は残念ながら勇者なので罰せられないかも知れないが、他の人達はそうじゃない。
残った緋色長髪のメイドと青髪の女騎士さんは馬鹿なんじゃないのか?
「そうですわ!お兄様を愚弄するなど、腹切ってお詫びなさい!」
……なんかこの国の王女様が野次に混じってるけど良いのか?しかもヤバい日本語をまた披露してるし。
あの王女、呆れる程ブラコンだから流石に黙って無いとは思ってたけど、王族が野次馬に混じんなよ。
「な、なんだコイツ等は!」
もともとメンタルの強くない橘は、浴びせられたバッシングに大きく動揺する。
あのメンタルでこれだけ調子に乗れるんだから、今まで余程好き勝手に生きてきたんだろうな。
そして中岸と奥本……そして残ったメイドさんも同じ様に慌てているのだが、青髪の女騎士さんの方は何の反応も示さず動向を見守っている。
そして今だに周囲から誹謗中傷の声が橘に浴びせられているが、それを止めたのは被害を受けたブローノ王子であった。
ブローノ王子がパンパンッと手を二回ほど叩く。
「みんな……すまないが静かにして欲しい……このパーティーにはちゃんとした勇者が居るんだよ?」
ブローノ王子が一言そう言えば、当然の様に辺りは静まり返った。
そして俺と穂花ちゃんの近くに居た何人かの人達は、俺達を見て申し訳無さそうに頭を下げる。
頭を下げないで欲しい。寧ろ動揺する橘が見れたのでありがとうございます。
「買い物と言ってたけど、何を買ったんだい?」
ブローノ王子が場を落ち着かせて何気ない会話を再開した。橘の性格はだいたい解ってるだろうが、それでも勇者である橘に気さくな口調で話し掛ける。
マリア王女ならブチギレてそうだな。
そしてブローノ王子の質問に対して橘は、その質問を待ってましたと言わんばかりに表情を綻ばせた。
「…では紹介しよう、彼女が俺が買ってきた物だ」
──そして橘が会場の入り口の方に合図を送ると、一人の少女がパーティー会場の中へと恐る恐る入って来るのが見えた。
少女の年齢は多分、穂花ちゃんと同じくらいだろうか?日本で言うなら中学生くらいになるだろう。少し人混みが死角となって見えにくいが、その位の年齢の筈だ。
……だがそれはいい。俺が見えてる範囲でヤバイと思ったのは彼女の格好だった。
彼女は古代のギリシャ人が着ていた様な、ぼろぼろのキトンを身に付けており、装飾品などは一切付けていなかった。
その姿はまさしく奴隷であり、それも買ったばかりの者をそのまま連れて来ましたと言った感じだ。
中でも一番ヤバかったのは、奴隷の少女が入室して数秒の静寂が訪れた後、周囲に集まっている貴族や騎士達の一部から絶対零度の敵意が橘に向けられたこと。
そしてその一部と言うのが、所々に散らばってる獣人達。人族の方々は気まずそうに下を向いている。
俺は何事かと思い、奴隷の少女が良く見える所まで移動し、少女を確認した。
そこで俺はある事に気付いた……そしてそれに気付いた瞬間、何となく事情を悟り、深い溜息をつく。
……橘が連れて来た奴隷が獣人だったのだ──
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
~マリア視点~
「では紹介しよう、彼女が俺が買ってきた物だ」
──橘雄星が【物】扱いして招き入れた人物を見た瞬間、私は目眩で倒れそうになってしまった。
目を覆いたくなる様な現実とは間違いなくこの事だろう。
……橘雄星は奴隷を買っていた。それは良い。
いや、体裁的にも良くないし、わざわざパーティー会場で披露するものでもない。
良くは無いのだが奴隷が人間だったのなら、まだそれは良いで済まされた。
加えて人間が獣人を奴隷にする事は度々あるので、それを獣人に見せびらかしたりしなければ問題は起きない。
そう、問題……大問題なのは橘雄星という【勇者に選ばれた者】が獣人の奴隷を買ってきたという事。
──今でこそ完全に消え去った歴史だが、以前、我々人族が獣人を奴隷の様に取り扱っていた恥ずべき時代が有った。
今でこそ人間と同じ扱いなので、この時代で奴隷に落ちる獣人は貧困に苦しみ家族の為に自らを売る者、犯罪を犯して奴隷に堕とされる者となっている。
だが、その時代の獣人は産まれた時から奴隷として使われていた。
それから長い時間の流れと共に、獣人達の反逆や入れ替わった当時の王の偉業により無くなった。
獣人国という一つの国を作り上げる事で、人間と獣人達の間で渦巻いていた争いの歴史に終止符を打つ事が叶った。
そんな歴史が有るからこそ人間の勇者が獣人の奴隷を買い、それを大勢の前で披露する事が大問題となってしまうのだ。
せめてこの様な公の場で披露されなければ……
大昔に召喚した勇者の中にも大きな問題を起こした者が居ると聞いていたけど、もう昔の話には出来ないわね……
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
~ブローノ視点~
獣人奴隷を披露した事で周囲から凄まじいまでの殺気を浴びた橘雄星は、逃げる様にこの会場から立ち去った。……本当に彼はどこまで醜態を晒せば良いのだろうか。
要は獣人奴隷という爆弾を、獣人達の視線で爆発させに来ただけとしか思えない。
それにしても彼に付き添っていたメイドは確かミレーヌと言ったか?素性は知らないが後で調べてみる事にしよう。
そして女騎士の方はリーシャ・フランツと言ってこちらは少し厄介な事になるかも知れない。何しろ彼女は侯爵令嬢。
そして彼女の父、ゾルダム・フランツ侯爵は王族である我々に真っ向から対立している立場の人間だ。しかもそれのトップに君臨している男。
リーシャ・フランツを使って橘雄星に裏で接触してくる可能性が高い。
橘雄星なら簡単に取り込まれるだろう。
──だが今はこの問題より優先すべきがある。
一刻も早く、我々王族の誰かと騒動の発端である勇者が獣人国へと謝罪に向かわなければならなくなったという事だ。
この会場には数人の貴族獣人に、大勢の獣人騎士が集まっている。
これだけの人数を口止めするなど不可能だ。間違いなく獣人国の王に勇者が獣人を奴隷にしたという話が伝わるはずだ。
出来るだけ早急に対処しなくては、折角長い年月を掛けて築いた信頼関係が大きく崩れてしまう。
──だが獣人国側からすれば勇者一人の失態は勇者全員の失態と捉えるだろうが、この場合はこれが利点となる。それは連れて行くのが橘雄星で無くても良いと言う事になるからだ。
正直、彼を連れて行くなどあり得ない。
騒動の発端ではあるが、あんな人物を連れて行けばその場で宣戦布告されかねない。別の誰かに頼むべきだろう。
中岸由梨と奥本美咲も、まともそうに見えないから除外しよう……そうなると必然的に二人に絞られる。
松本孝志か……橘穂花のどちらか。
だがこの二人は今回の件にまったくの無関係だから頼み辛いところがある。それにその者には獣人の王にもマイナスな印象を与えてしまう事になる。
……それでもやはり獣人国へ向かう勇者の代表は、この二人のどちらかに頼むしかない。
完全に尻拭いをさせてしまう事になるが、もう彼と彼女に縋り付くしか手はないだろう。
だがもちろん、それ相応の礼はするつもりだ。
そして王族の代表は誰が行くべきかだが、これを決めるのは簡単な事だ。
国王として父が直接出向くのは流石に控えるべきだろう。
そしてシャルロッテは当然不可能として、ネリーなど橘雄星と同じ理由で行かせる訳にはいかない。
マリアという手もあるが、ここは王子である俺が行くのが適切で最適だろう。
自分自身もそれに一切不満はない。
……そしてこの話は今日にでも獣人国の王に伝わると考えた方が良い。
ならば向かうのは出来るだけ早い方が誠意が伝わる。明日の朝にでも行くべきだろう。
はぁ~……仕事が山ほどあると言うのに……本当に橘雄星はとんでもない事をしてくれたものだ。
しかし、今回の件は事前に教えていなかった我々側の責任の方が遥かに大きい。
彼は獣人国と我が国との事情を知らなかったのだから、橘雄星だけを責めるのは筋違いだ。
……でも愚痴を言わせてもらえるなら、これだけの好待遇を受けているのに、まさか奴隷を買いに行くとは思わなかったよ。
──明日からの事を思い、ブローノは頭を痛ませるのだった……
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「……実に面白くないパーティーだ……僕はもう帰るよ」
橘は猫耳の獣人奴隷を見せびらかした事で悍ましい程の敵意を向けられると、直ぐに耐えられなくなりちっぽけな捨て台詞を残して逃げる様に立ち去った。
そして他の女性達も慌てて橘の後を追う。
中岸も奥本も、今のみっともない橘の姿を見て何とも思わないのだろうか?
……それと穂花ちゃんはどうするんだろうか?俺は彼女の動向が気になり視線を向けた。
目が合った穂花ちゃんは可愛くウインクをするが、俺の視線の意味に気が付いたらしく、怒った表情を見せ始めた。
……ど、どうして怒った感じなの?
「あの、一つ言っておきたい事があるんですけど……良いですか?」
あらたまってどうしたんだろう?
俺は不思議に思いながら、彼女の言葉に返事を返す。
「どうしたの?穂花ちゃん?」
彼女は一呼吸置いてから衝撃的な事を話し出した。
「……私、兄のこと好きじゃありませんよ?」
「………え?!マジで!?」
あ、素で変な声が出ちゃったわ……てか本当に言ってるの?俺は思わず目を見開いて穂花ちゃんを見つめてしまう。それくらい衝撃的だった。
「はい、マジです。というか嫌いです……それも死ぬほど」
「……そ、そうだったのか……本当に勘違いしてたよ…………え!?死ぬほどなの!?」
更なる衝撃の事実だ。好きじゃないどころか嫌いだったなんて……しかも死ぬ程嫌いとかヤバくね?
多分、言い出した時の表情を見る限り冗談では無いだろう。多分ツンデレとかではない。
そうか、橘のこと好きじゃなかったのか……ちょっと嬉しい。
「ううぅ……やっぱ勘違いしてましたね……ずっと同じ所に居た私も悪いですけど……そもそも兄妹を好きになる訳無いじゃないですか…」
彼女は肩を大きく落として項垂れる。
嬉しいとか思ってる場合じゃなくて、俺って最悪な勘違いしてたんだな。
穂花ちゃんも俺に対してそう思ったらしく、唸りながら俺に非難の視線をぶつける。何気にこの子に非難の目を向けられるのは初めてだ。
「ほんとごめんね……」
「……解ってくれたのなら良いですけど~……えへへ~」
最初は肩を落として穂花ちゃんたが、途中から心のもやもやがやっと解かれたかの様に、清々しい顔色を見せ始めた。
「ほんとあの人って、クソ以下ですよね!」
「そこまで言っちゃう!?」
「橘穂花があの男を嫌いなんて、意外だったわね」
「マリア王女、居ましたのね……」
「居ましたのよ」
いつから居ましたの?
てか穂花ちゃん、ちょっと怒った顔してるし!勘違いしてた事は謝るから許して!嫌われたくない!
そしてクソ以下って……お下品だよ穂花ちゃん……
──「(むぅ~~マリア王女様と仲よさそう~~!)」
もちろん穂花は全く別の事に怒っていたのだが、孝志なんかに解る訳がない。




