5話 視えない敵と頼れるもの
少し敵の目線も合わせた話です。
よろしくおねがいします。
──俺は外出許可を貰い、今は城の入り口を守る門番と話をしている。
日中立ちっぱなしの仕事お疲れ様です。
「では勇者様、くれぐれも今お教えした場所へは近付かない様に……ではお気をつけて」
「はい、では行って参ります」
俺は礼儀正しく頭を下げた。
自分で言うのも何だが、ユリウスさんが相手の時がおかしいだけで基本俺は礼儀正しい男なのである。
「先程お出かけになられた勇者方も、貴方様の様に礼儀正しければ良かったのですがね」
「……すいません」
なんか身内の恥みたいになってるんですけど?
全然身内じゃないのに!普通に嫌いな奴らなのに!
……俺は何とも言えない気持ちのまま、門を出る事になった。
──このまま町へ向かうつもりだったのだが、俺はある事を試してみたくなった。
なので町へは向かわずに、まずは別の場所へと向かう事にした。
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~???視点~
俺は勇者が城の外へ出る姿を見て、思わず笑みをこぼしていた。
──俺の名前はザイス=ヴァン。
コウモリ族であり、身体中が青紫色で背中にはコウモリ翼が生えている。いかにも魔族と言った風貌だ。
現在、主人からとある命令を受けてこのラクスール王国の城の前に立っている。
主人から受けた命令とはラクスール王国で召喚された勇者の偵察を行う事だ。
俺は魔王軍で最強の十人により結成された組織【十魔衆】のメンバーの一人。序列九位。
この序列というのは単純に戦闘能力の高い順で並んでおり、俺は十魔衆で九番目の強さだから序列九位。
そして何故、こんな風貌の俺が城の前に立っているにも関わらず、誰も騒ぎ立てないかと言うと、俺は【透明化】のスキルと【気配消失】スキルを兼用し、完全に他者には感知されない状態となっている。
俺にしか扱えない【ユニークスキル】と言うものだ。
そして、十魔衆がそれぞれこのユニークスキルを所持している。
ただ、城の中への侵入は、城全体に魔族除け最上級の魔法が掛かっており入る事が出来ない。
なので城の付近に潜伏し勇者が出て来るのを待っている。
どうやって勇者と判断するのかと言うと……俺は勇者を判別できる特殊スキルを取得しており、それを使って勇者だと見抜いている。
そして主人から受けた命はもう一つあり、その内容は可能で有れば暗殺せよとの事。
俺は多少強引でも偵察だけでなく、この暗殺を決行するつもりだ。
……何故なら、そうした方が主人が喜ぶからだ。
因みに、俺の言う主人とはあんな醜い魔王では断じてない。
今回、我々を支配する魔王は力こそ圧倒的に最強なのだが、いかんせん醜く過ぎる。顔を見た瞬間に気を失ってしまう程だ。
なので、殆どの者が出来るだけ魔王の顔を見ないように心掛けている。
しかし、何を思ったのか序列十位のダークエルフの女が魔王の顔をガン見し気を失ったと聴く。
何を思ったのか知らないが、実に愚かな話だ。
──醜いだけなら、顔を合わせなければ我慢出来ないこともないのだが、魔王は全くと言って良いほど人間に殺意や敵対心を抱いて居ない。
数日前なんかは、このラクスール王国の最大戦力の2人を簡単に追い詰める程の力をみせながら、最後は命を奪わずに見逃すと言う暴挙に出た。
これが何かの作戦なら解るが、あの魔王の場合は単なる情なのだから始末が悪い。
魔族なのに、まるで人間の様な甘い考え方なのだ。
その無駄な甘さと醜い容姿が相まって、これでは誰も付いて来ないだろう。忠誠は上辺だけのものだ。
にも関わらず誰一人として反逆しないのは、単に魔王が強すぎるのだ。
例え魔王以外の魔族、魔物の全てで挑んだとしても、まったく勝ち目がないからみんな従順に従っているに過ぎない。
でなければ誰があんな醜い女などっ!!
……話を戻すとしよう。
先ほども勇者が出て来たのだが、その時は三人一緒になっていたので流石に手出し出来なかった。
3人まとめてでも始末するべきか?……とも思ったが、ここは慎重になるべきだと判断し手を出さなかった。
それに、もしかしたらもっと大きなチャンスが巡って来るかも知れない……そう思った。
そして案の定、数時間後にたった1人で出てきた勇者が居た。待って正解だったな。
さっきの3人にしてもそうだが、今まで直接乗り込んで来た魔族が居ない故に油断しているのだろう。
護衛も付けてなく、全くの無防備。
しかもこの勇者に限っては、町へは向かわずに人気のない草原を目指して歩いて行く。
ククッ、まるで殺してくれと言っているようなものじゃないか!このチャンス逃す手はない!
──俺は迷わずこの黒髪の勇者の後を追った。
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今日は町を適当にぶらぶらして楽しみを見つける予定だったのだが、まずはどうしても城の外でやっておきたい事があったので、直接町へは向かわず町外れの草原へと向かった。
そして城と町からも十分離れた所で、俺は例のアレを呼び出す事にした。
周りには人気がまったく無く、彼方まで見渡せるような草原が広がっている。
景色を楽しめる人なら心奪われそうな光景だが、俺にはそんな感性は無いのでむしろ広すぎて落ち着かない。
大草原に、岩場が多少集まった箇所があったので、俺はそこを陣取る事にした。
──そして今日やって置きたかった事とは、アルマスというスキルの能力を実際に使ってみる事だ。
「アルマス、ちょっと良いか?」
俺が名前を呼びと、すぐさま水色の長い髪を揺らしながら、例のアンドロイドもどきが目の前に現れる。
見た目だけは本当に満点。
「わぁ!呼んでくれたの?……マスター大好き!ちゅっ♡」
「俺もだよ!ちゅっ♡」
呼び出した問題児は、開口一番にかまして来たので俺も負けじとやり返す。
それにより、互いに投げキッスを交わす事となった。
満更でも無い表情のアルマスだったが、唐突に真顔になると俺に要件を聞いてくる。
「……で?急に呼び出してなに?」
「お前、クスリでもやってんの?」
いくらなんでも感情の落差が激し過ぎるだろ。
だが、言い争ってもめんどくさいと判断し、これ以上突っ込まず要件を伝える。
「実はスキルを試したいんだけど、ちょっと協力してくれるか?」
「お任せあれ、マイマスター」
「お前、能力の事になると真面目になるよな」
「はい、マスターとは格が違いますので」
「もしかして俺のこと下に見てる?」
「まずはパーフェクト・ヴァリアブルの有用性や汎用性について説明したいと思います」
──チッ、無視しやがって……しかし、もう突っ込まないぞ。一回突っ込んだら面倒くさくなるからなコイツ。
「では、まずは実際にパーフェクト・ヴァリアブルを使用してご覧に入れましょう。マスター、どちらに放つか指示を下さい」
俺は周囲を見渡してみるが、草原と岩以外は何もないので、とりあえずは目の前の何も無いところにバリアを出現させるようアルマスへ指示する。
「アルマス、この位置に頼む」
「了解です、マイマスター……パーフェクト・ヴァリアブル!」
アルマスがそう唱えると、音も無くスッとした感じで、目の前に大きなガラス張りの壁が出現した。
「おおっ!何の音も無く出てくるんだな」
「バリアの感じはどうですか?マイマスター」
俺は試しに叩いてみる……おおっ!見た目はガラスなのに鉄を叩いたみたいな感触だな!
そして実際には鉄よりずっと硬いのだろう。
「めっちゃすげぇ」
「そうですか」
どうでも良いようにアルマスは後ろを向くが、見えない様にガッツポーズとって喜んでるのが丸見えだからな?
「ふぉほん、それは良かったです……それに伸縮自在で、しかも形も好きに変えられます。例えば、外観だけになりますが、バリアで家なんかも作れますよ?5分という制限時間がありますが」
凄いなそれは。
それに、この能力には防御以外にも使い道がありそうだ。思ったよりも汎用性が高い。
これが第1能力で、更にもう2つ別の能力があるなんて……マジでアルマス様様で楽な思いが出来るのかも知れない。
「では次に伸縮効力について説明しますね」
「真面目モードのアルマスさん、素敵だわ!」
俺はアルマスの能力の高さにテンションが上がり、つい調子に乗るのだった。
「ふざけないで聞いて下さい!」
「あ、ごめん」
……ほんとごめん。
「まったく、子供じゃないんですよ?」
腹立つなコイツ!素直に謝ってんだろ!
いつもは真っ先にふざけるのは自分の癖に…!
そして今のは俺が悪いだけに、注意されても何も言い返せないのがほんと辛い。
そう言えば授業中、こんな風に調子に乗ってよく先生に怒られてたっけ?
この世界に来てもあんま変わんないな、俺。
……よしっ!──感傷に浸るのはそこそこに、俺は気を取り直てアルマスの説明をしっかり聞く。
「伸縮については汎用性バツグン。最小では10㎝以下にもできますよ」
「意味無さそうだなそんなに短いと……それで最大は?」
「13kmです」
「なん…だと…」
「冗談です」
「何で嘘吐くの?きっきまでの真面目さはどうした?」
「いえ、自分を大きく見せようと」
俺みたいな事を言うな!こいつ変なところで俺にそっくりなんだけど……唐突に冗談かますとことか。
自分観てるみたいで恥ずかしいわっ!
「もうそういうのはイイから、正直に答えてくれる?」
「へーい」
「真面目に返事してくれない?」
「はいっっ!!!!」
「うおっ!?うるせぇぞ!誰も大声で喋れとは言ってないんだよ!」
俺は耳を塞ぎながら抗議する。
ある意味アリアンさん以上の攻略難易度だぞ、このポンコツスキル女。恐怖感が無いだけマシだが。
「あまりふざけても埒が明きません、そろそろ真面目に話しませんか?」
「俺のセリフなんだけど?」
…。いや、こっちが諦めて仕切り直さないと一生話が進まなそうだわ……これ以上は何も言わないでおこう。
「それで、実際は最大で50mです」
50mか……。
十分凄いのに、13kmとか最初に言っちゃうからショボく聞こえますよアルマスさん?
だがこれを言って挑発しても面倒くさい事になるのは明らかなので、俺はスキルについての質問を続ける事にした。
「それじゃ──」
そして、アルマスに声を掛けようと言葉を発した時だった──
身の毛もよだつ様な殺気と共に、自分の脳内に得体の知れない音声が鳴り響いた。
【後ろ後ろ後ろ後ろ後ろ!!!逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!】
「ッッ!!??」
突然の機械的な音声に、俺は大きくビクつく。
そして咄嗟に後ろを振り返った。
──しかし、何もない。
だが、後ろからは尋常じゃない程の悪寒を感じる。
間違いなくこの場に留まってはダメだと本能的に察してしまった。
「アルマス……ちょっとこの場を離れようか?」
「あん?急に……っ!!」
恐らく未だ鳴り止まない音声と後ろから感じる殺気のせいで、俺は青ざめた表情をしていたのだろう。
アルマスが慌てた様子で駆け寄って来た。
「マ、マスター?大丈夫?具合が悪かったのね……気が付かなくてごめんね?もう訓練は終わりです。肩を貸すので直ぐに城へ帰りましょう」
余裕など微塵もない様子をアルマスが見せる。
こんな表情も出来るんだな。
「いや、具合が悪いと言うより、頭に変な音声が響いてきて……それが逃げろって」
俺の簡単な説明を聞いたアルマスは、それだけで全てを察した様に頷く。
「では恐らくは危険察知のスキルが発動しているのでしょう。話は辞めてすぐにこの場を離れますよマスター」
アルマスは何の躊躇もなく俺の肩に手を回すと、支える様な姿勢になった。
女性に抱かれてるみたいで恥ずかしい気もしたが、今はそんなことを気にしてる余裕などない。
「今回ばかりは人目を気にする場合では有りません。私は表に出たまま共に行動しますのでご容赦ください」
「……助かる」
正直、こんな状況でひとりになるのは怖かったので、一緒に居てくれるなら有難い。
俺は直ぐにアルマスとこの場を離れた。
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~ザイス視点~
どうやら気付かれてしまったみたいだな……
俺は警戒しながら足早にこの場を離れて行くターゲットを見て溜息を漏らした。
本来ならとっくにこの勇者を始末している所だったのだが、手に掛けようと投擲用ダガーを取り出した瞬間、奴の背後から謎の女が出現した。
なんの前触れも無く、唐突にだ。
転移魔法かとも思ったが、それにしては魔力が一切関知できなかった事はどうにもおかしい。
一体、何者なんだこの女は?人族にしては身体の所々におかしな装飾が施されている。
一瞬、バレたから呼び出したのかとヒヤヒヤしたが、どうやら偶々だったみたいだ……運のいい奴め。
しかしこの女、少し厄介だな。
なんせいきなり現れた事もそうだが、透明な壁を作り出す魔法を使っていた。あんな魔法は見た事がない。
しかも転移?の時と同じ様に、魔力は一切感知出来なかった。ますます侮れん。
何やらその魔法について話しているので、詳しく会話を聞こうと近付いた時、勇者が振り返ってきた。
青ざめた表情から察するに、俺の存在に気付いたと見て間違いはない筈だ。
目の焦点が合っていないので正確な位置は掴めていないのだろうが、俺の存在には確実に気付いている。
……完全にしくじったな。
遠距離で仕留めるつもりが、近付き過ぎたか。
恐らく……いや、間違いなく危険察知のスキルを所有していたのだろう。
一度気付かれたら脅威が去るまでずっと警報が鳴り止まないスキルだ……少し厄介かも知れん。
なんせ危険察知のスキルは、俺にとって天敵と言えるスキルなのである。
まさかピンポイントでこの勇者が所有しているとは思いもしなかった。
──警戒しながら去って行く2人の姿を俺は見つめている。
城へ帰るなら多少のリスクを負ってでも此処で攻撃を仕掛ける所だが、どうやら町へ向かうみたいだな。
ならもう少し泳がせてみるか。
ザイスは孝志とアルマスの後を追った。
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草原を抜け、今は街の中を足早に歩いている。
周囲には目新しい建物が沢山並んでいるのだが、その風景を楽しんでいる余裕が今の俺には無い。
「まだ声は聞こえて居ますか?」
アルマスは俺に寄り添いながら、今の状況を確認して来た。
【後ろ後ろ後ろ後ろ!!!付いて来てる付いて来てる付いて来てる!!】
音声は衰える事なく鳴り響いている。
ノイローゼになりそうだ。本当にうるさい。
うるさ過ぎてムカつく。
「聞こえてる!うるせぇんだよこれ!」
俺は思わず怒った様な口振りでアルマスの問い掛けに返してしまった。
まためんどくさいやり取りが始まるのか、と思ったが、全くその様なことは無かった。
「落ち着いて下さい、マスター。どれだけうるさくても、それは間違いなく私と同じで貴方を守る為のモノです。絶対に怒りを向けてはいけません」
彼女は気遣うように優しく口調でそんな事を口にした。
いつもなら八つ当たりじみた俺の返答に、絶対にウザい返しをして来たであろう。
だが今のアルマスは肩を貸しながら、俺の背中を撫でて宥めの言葉を掛けてくれる。
アルマスとは出会ってまだ半日だが、先程から今までの態度が全て演技とでも言う様な落ち着き。
今までとのギャップの所為もあって、かなり頼もしく見えてしまう。
気配がするのは後ろからなので、移動しながらアルマスもしつこく振り返って居たが、全く人の気配は無い。
だが、着いて来ているのは間違いない……それは感覚と鳴り止まない音声で確信出来てしまう。
「それより、城へ戻った方が良かったのでは?町ですと味方など居ませんよ?」
「わかんないけど、この声が絶対に城へは向かうなって……」
「では正しい判断です、その声に従って下さい」
───────
俺とアルマスはそれ以降は無言になり、町の中を歩き続けている。
場所は商店街かどこかだろうか?
こちらも見たことない様な建物の作りだが、残念ながら此処でも眺めている余裕はない。
観光楽しみにしていたのに……
風景には興味は無いけど、別世界のお店などは観て周りたかった。
そして、見えない敵に追い掛けられるってこんなに怖いんだな。
なんせ自分にはアレを見破る手段がない。
それが一生付きまとわれるんじゃないのか、という疑心暗鬼を引き起こしてしまうのだ。
そして俺に肩を貸しながらも、アルマスは尋常ではない程しつこく背後を振り返り続けていた。
未だ相手から攻撃が仕掛けられて来ないのは、アルマスのおかげかも知れない。
そんなことを思いながら歩いていると、商店街を少し抜けある服屋の前に差し掛かる。
丁度、人が出て来るタイミングだったのだが、ぶつかりそうになった訳でも無かったので、特にその人物を気にすることは無かった。
歩みは変わらず急ぎ足で進み続ける。
──だが、向こうは違うみたいで、俺の存在が気になっているらしく、俺の横顔を見つめている様だった。
前を向いている俺は、横顔に視線を送るその人物の顔が見えないので相手が誰なのか、その性別すら解らない。
なんだよ、と思いながらも俺は気になってしまい、徐に視線を感じる方へ顔を向ける。
──その人物を確認し、相手が何者なのか理解した俺は、心の底から安堵してしまった。
……そう、服屋から出てきた人物の正体は──
「おう!孝志じゃないか!こんなとこで会うなんて奇遇だな!」
「……ぁあ……!アリアンさんっ!」
──俺にとって天敵と言える人物が、救世主としてそこに立っていたからだ。
豪運スキル炸裂




