1話 勇者召喚、二人の王女
超大幅な手直しを加えました。
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~王女視点~
──世界の六割を占めるラクスール王国。
そんな大国が異世界から勇者を呼び寄せていた。
呼び出されたのは松本孝志、橘雄星、橘穂花、中岸由梨、奥本美咲……計5名。
転移魔法陣より現れた勇者達を見て、この場に居る者達は一斉に息を呑んだ。
原因は主に橘雄星。
その整った容姿に彼らを囲う女性騎士のみならず、男性騎士でさえ皆驚きを隠せない様子だ。
──そんな中、この場に居合わせているラクスール王国の第二王女マリア・ラクスールは橘雄星の容姿に惑わされる事はなく、目の前で繰り広げられている光景を申し訳なさそうに見詰めている。
(本当に彼らには申し訳ないことをしてしまったわ)
そう心で呟きながら、マリアは玉座に腰を下ろしている国王・ゼクス・ラクスールを怪訝な瞳で見詰めた。
無論、ゼクスは第二王女マリアの実父。
暴走し、マリアの進言をも無視し、強引に勇者召喚を行なってしまった……我儘な国王なのだ。
一方で、自分の隣に立っているのが姉であり第一王女・ネリー・ラクスール。
彼女は退屈そうに現れた五人の異世界人を見てる。
仕方なく立ち会っている感じがマリアにまで伝わって来るほど、勇者達に興味が無いようだ。
そこに情は一切垣間見れなかった。
そんな姉を見てマリアは少し肩を落とすも、いつものネリーだと諦める。
そのほかは沢山の騎士が勇者達を囲っている……しかし、これは失礼だとマリアは思っていた。
武器を持った騎士に囲まれ、威圧され……さぞ恐ろしい思いをしているだろうと。
実際に橘達4人は怯えた様子で立ち尽くしている。
(……ん?アレは……?)
ただし、若干一名、例外が存在した。
四人から少し離れたところに立っていた転移勇者には怯えた様子がなく、大人しく周囲を窺っている。
いち早く異常事態に適応しようかと……そんな非凡なる精神がマリアには感じ取れた。
(……すごいわね……しかも顔立ちの整った男性勇者が怖がる様子を見てニヤニヤしてるし……なんというか、掴み所のない男性だわ)
それがマリア・ラクスールが初めてみた松本孝志の印象である。未だ名前すら知らない孝志をマリアは注意深く観察する事にした。
「……ね、ねぇ、マリア……あの男、凄くカッコよくない?あのレベルは中々お目に掛かれないわよ?」
今頃になって橘雄星を認知するネリー第一王女。
ほんとに勇者に興味がなかったんだろう。
話し掛けられたマリアも呆れ果てた様子だ。
普段から必要もないのに、イケメン男性騎士を大勢雇い、自らの親衛隊としている。
そんな姉なのだ……マリアはネリーに期待など全くしていない。
「お姉様……彼らの心情を考えれば、そんなことを言ってる場合ではありません」
「ふん……相変わらず良い子ちゃんね。わたしなんかとは言うことが違うわね?」
「……お姉様は、ここ数年まともに勉学や職務に励んでないと耳にして居ます」
「……勉学なんて私には必要ないわ」
「……そうですね」
──全く努力しようとしないから、私との差は開くばかり……そんな姉だから私は大嫌いよ。
もはやネリーと話す事は無かった。
勇者達は騎士から事情を聞いている……その間にマリアは今一度、状況を確認する事にした。
国王ゼクスの近くに王国最強騎士で【剣帝】と言われるユリウス・ギアード、王国No.2の実力を誇る【剣聖】アリアン・ルクレツィアが護衛として立っていた。
そしてお察しの通り、マリアは父であるゼクス・ラクスールと姉のネリー・ラクスールを嫌っている。
もちろん家族全てが嫌いなのではない。
兄である第一王子ブローノ・ラクスールはとても19歳とは思えないほど知性的で、外交でも才能を遺憾なく発揮している。
妹の第三王女シャルロッテ・ラクスールに至っては年が離れているのもあって、マリアにとっては目に入れても痛くないほど可愛い。真面目で素直な7歳の女の子。
……ただ姉のネリーはシャルロッテの可愛らしさに嫉妬してなのか、シャルロッテにかなり冷たい……というより近寄ろうとすらしないのだ。
(改めて……ほんとに困ったお姉様だわ──とりあえず騎士からの説明が終わったようね。勇者達と父の会話に集中しましょう)
──会話の内容によれば、顔の整った男性勇者の名前は橘雄星。
黒髪長髪の美女が中岸由梨。
金髪でショートボブな子が奥本美咲。
三人とも17歳で同級生のようね。
そして少し年の離れた少女が橘穂花。年齢14歳。
亜麻色の髪で小柄な女の子……橘雄星の妹さんね。
兄の雄星に外観的な美しさで及ばないものの、こちらもかなりの美少女。
──そして4人組とは離れた場所に居るのが松本孝志。
彼もそこそこ整った容姿なのに、彼と彼女等のせいで霞んで見えてしまっている。年齢は17歳。
会話は橘雄星が中心に行なっているんだけど……松本孝志は自己紹介以外で一言を喋らない。推してるんだからもっと声を聞かせて欲しいわね。
まぁ様子見に徹してるだけでしょうけど。
女性陣だと中岸由梨と奥本美咲が偶に会話に入ってくるけれど、橘穂花はあまり喋らない。
ただ松本孝志と違ってオドオドしているみたい……可哀想に、かなり引っ込み思案な子ね。
「成る程ね……僕たちにはその魔王を倒す、高貴なる力が宿ってると言う訳なんだな」
あ、タメ口腹たつ。
なんか変な言い回しもムカつくし、高貴なる力とか解釈の仕方も鼻に付く。
ネリーはずっと目を輝かせながら橘雄星を見てるけど、ルックスが良ければそれで良いのかしら?
明らかにマトモじゃないと思うんですけどね?
……いえ、ダメよ私。
彼らは被害者なのだから、そんな風に思っちゃダメ……ふぅ〜……こんな事でイラつくなんて……我ながら心が狭い。お姉様の事を悪く言えないわ。
「……ん?」
四人の勇者達が何やら始めたみたい。
嫌な予感しかしないのだけど……?
「……雄星、私、怖い」
「大丈夫だよ、由梨、僕がみんなを守るからね」
「雄星……」
雄星は由梨の手を握る。
「全く……2人の世界を作っちゃって」
と奥本美咲が言えば──
「そうだよ!2人とも!こんなところでイチャイチャしないで!」
と妹の橘穂花が顔を赤く染め上げて言う。
「こら、穂花ちゃんも嫉妬して怒っちゃダメよ」
「ちょ、ちょっと……!」
「……あはは、穂花ちゃんってばっ!」
「はは、まったく」
え?なんかヤバい奴ら呼び出してない?
後方の松本孝志も小馬鹿にした視線を四人へ送っている様だけど……私もおんなじ気分だわ。
──こいつら……じゃなかった、失敬。
勇者達が乳繰り合ってる様子を存分に見せ付けられた私は、父に話を再開するように促す。
「……お父様」
「……うむ、わかっておる」
咳払いをして気を落ち着かせるお父様。
幻滅している様子だけど解ってるのかしら?
あらゆる忠告を無視して召喚を実行したのはお父様自身なのに、……彼らを不快に思う権利はないのよ?
「……ん?──きゃ!?」
フッと隣から怒気を感じたので目をやると、ネリーお姉様が凄い顔をしてる……思わず素っ頓狂な声を上げてしまったわ。
マリアの声は国王とネリーには聴こえてなかった。
でもユリウスとアリアンの耳にはしっかりと聞こえたらしいわね。
王国トップ2の実力は伊達ではないのだ。
ゼクス国王の近くに控えて居た両者は、同時にマリアへと目線を向けた。
「………?」
「……ふっ」
くっ!恥ずかしい……!!特にユリウスッ!!笑う事ないじゃないっ!!
「……なにをあの四人……不愉快だわっ!」
どうやら激昂の理由は、橘雄星が女性と戯れてたのが原因みたいね。
まぁ、初対面でかなり気に入っていたみたいだし、そんな男がイチャイチャしてたらムカつくわね。
我儘なお姉様だから尚更許せないのでしょう。
──そして、マリアが姉の形相に驚いてる間もゼクスと雄星は話を続けていたらしい。
マリアは気を取り直し二人の話に耳を傾ける。
「ところで魔王討伐にはいつ向えば良いんだ?流石にトレーニングもせずに行くのは嫌なんだが」
……どうやら召喚の目的も騎士から聞いたようね。
だけど、今すぐに行けだなんて、そんな無茶苦茶なことは流石に言わないから安心して欲しい。
この世界に慣れるだけの時間と、戦闘訓練は当然受けて貰うつもりでいる。本人達が望めばだけどね。
実際に勇者達に訓練をつけるユリウスが言うに──
『もともと異世界の勇者は成長度が桁違いで、数ヶ月しっかり鍛錬すれば相当強くなるでしょう』
と話していたわ。
だから魔王討伐は数ヶ月後になると思う。
細かい事は明日再び話し合う事に決まり、謁見は終わりに差し掛かる……勇者達を囲っている騎士達にも安堵の表情が見受けられ始めた。
そんな中、雄星から待ったが掛けられる。
「ちょっと待ってくれるかい?」
皆が一斉に橘雄星を見た。
マリア、孝志の脳裏に過ぎる……コイツ絶対に余計な事を言うつもりだろう、と。
「トレーニングの指導はユリウスではなく是非彼女にお願いしたい。確か……アリアン嬢だったかな?赤髪がとっても綺麗だね」
などと、とんでもない事を言い出した。
指導者として割り当てられたラクスール王国が最強騎士ユリウス……まさかの首である。
これを聞いたユリウスは苦笑い。
そして新たに勇者自ら指名されたアリアンはというと──
「……ああん?」
血走った目で雄星を睨め付けていた。
そう、アリアンはユリウスを心から尊敬している。
何故なら彼女はユリウスの一番弟子で、それ以上に親しい間柄でもある。
これは15年も前の話だが、アリアンがまだ10歳だった頃。
アリアンは当時18歳のユリウスに剣の才能を認められ、それまで孤児だった自分を引っ張り上げて貰った経緯を持つ。
それにユリウスが自分を家族の様に可愛がってくれるので、アリアンは彼を心から尊敬している……いやもう崇拝に近い程に。
そんなユリウスを侮辱されたアリアンは、射殺さんばかりに雄星を睨みつけている。
だがここは流石の雄星クオリティ。
睨みつけてるアリアンが自分を見つめてると勘違いしたのだろう。アリアンに向け、爽やかな顔でウインクをかましたのだ。
「……ぁ」
アリアンの手が一瞬、腰にぶら下げてある剣に触れた。この世に一つしか存在しない特別仕様の聖剣。
清らかなるその聖剣は今此処で橘雄星の血により汚れるとマリアは固唾を飲んだ。
「……………ふぅ〜」
しかし、目を強く瞑りアリアンは何とか耐え忍んだ。
後にアリアンはこの時の心境をマリアに──
『あの時、積もり積もった殺意が爆発して腰に掛けた剣であのカスを斬ろうとしたんです。ですが直前で尊敬する今は亡き王妃や、愛する義妹達の顔が思い浮かび何とか踏み止まる事が出来た』
と深妙な顔持ちで語ったという。
──それ以降は殺伐とした空気のなか話は進んでゆき、結局、勇者の願いと言うのも有ってアリアンが戦闘術を指南する事になった。
……そして今度こそ話がまとまったなと思った矢先。
このタイミングで、大人しく見に徹していた松本孝志が一歩前に踏み出して言葉を発した。
これにはマリアも驚いていた。
孝志が殺伐としたこの状況で口を挟むとは思いもして無かったからだ。
(意外ね……最後まで様子見に徹すると思っていたんだけど……何かしら?)
「申し訳ありません、個人的にお伺いしたい事が有るのですがこの後、少しお時間頂けないでしょうか?」
敬語で腰を折って話す孝志。
それを見て国王ゼクスは嬉しそうに頷いた。
失いかけてた威厳が再び蘇ったのである。
「うむっ!うむうむっ!うむーーー!!もちろん構わないぞ!?──おっと!ただ私は勇者選定の書類の作成の為に席を外す。相手がここに居る第一王女ネリーと第二王女マリアに代わるが良いかのう?」
孝志は態度の悪いネリーを観て苦虫を噛んだ顔になったが、隣で礼儀正しく佇むマリアを見て少し安心した表情を浮かべた。
そんな孝志を見てマリアの表情も和らいだ。
自分が認められたみたいで嬉しかったらしい。
「感謝致します国王陛下──それから差し出がましい様ですが、自分はユリウスさんに指導をお願い致したいのですが」
「うむっ!私もそれが良いと思うぞっ!ユリウスッ、任せたぞ?」
「……えぇ」
感心するゼクスと嫌がるユリウス。
既に橘達は居ないが、むしろ彼が居なくなるのを待ってましたと言わんばかりに、先を見据えた中身のある会話を積極的に孝志は行なっている。
──話が終わり、マリアは立ち去る松本孝志の後ろ姿をジッと眺めた。
五人の中で一人だけ爪弾きにされていると言うのに、孝志には悲壮感などが一切感じない。その無駄に堂々とした姿にマリア第二王女は感心していた。
(これから対談するのが少し楽しみだわ)