42話 老賢者の正体
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オーティス、アダム、フェイルノートの三人が目的地に到着したのはアレから僅か数分後。
目的の神殿は獣人国の郊外に建てられており、あの場所からだと馬車で数日は掛かってしまう位遠い。
なので当然、これほど早く到着した理由はオーティスが転移魔法を使用したからである。
転移魔法は一度使用すると1日近いインターバルを有するシロモノ。
オーティスは数時間前に使ってるので、本来ならば残り十時間以上経過しなければ再使用は出来ない。
だが今回は魔神具ロード・オブ・パラディンの効果で無理やり魔法を発動した。
肉体への負荷を完全に無視した魔法行使……その所為で魔力の大部分を持って行かれたが、緊急事態なので仕方ないとオーティスは割り切った。
因みに、魔法使いにとって魔力が枯渇するのは本当に怖い現象らしい。
──そして、問題なのは此処から先だ。
目的の神殿【カリオストロ】に到着したのは良いが、露骨に歓迎されていないのだ。
今もオーティス達は門前で待たされており、中には入れて貰えない状況なのである。
ただ、これでも待遇の良い方だ。
普通ならとっくに追い返されている。
それ程までに老賢者とは気難しい御人。
今回そうされないのは訪れたオーティスが王国三大戦力だからか、それとも別の要因か。
どちらにせよオーティスは入り口で待つしかない。
また、神殿と言ってもそれほど広くはないが、個人所有地としては計り知れない広さはある。
──そんな建物中央の祭壇で、教卓を挟みながら老人と若い男性が話をしていた。
老人の方が目的の【老賢者】で、若い男性の方は彼が育てている弟子。人間嫌いとオーティスが称する通り、その弟子には耳が生えており彼が獣人だと外見で分かる。
一方の老賢者は普通の人。
そんな老賢者はなぜ同族の人間を嫌うのか……?
その理由は彼と親しい者以外には不明である。
「──タカユキさま……如何されますか?」
そんな二人の話している内容は、もちろん訪れて来たオーティスに関してだ。広い空間に会話を反響させながら二人は話をしている。
「……王国三大戦力か。死ぬ前に一度は会いたいと思っていたが──それで?彼はなんと要求しているんだ?」
老賢者がそう問うと、弟子の獣人男性は言い辛そうに、師の顔色を伺いながら恐る恐る話し始めた。
「それが生き返らせて欲しい人間が居ると──」
タカユキと呼ばれた老人は……オーティスの訪れた要件を耳にした瞬間に祭壇の机を強く叩いた。
それを驚いた表情で見詰める弟子。
この弟子にとって普段は優しく温厚なのが師匠……いや、この弟子のみならず獣人には優しい人だが、相手が人間となれば人が変わる。
「すまない、取り乱した……」
「い、いえっ!」
人間に散々利用されて来た老人にしか分からない、そんな苦悩がある。
──この老人は異世界からの転移者である。
数十年前、向こうの世界にて病死しており、その際に勇者召喚とは違った方法でこの世界に転移していた。
30代とかなり若くに亡くなっている。
孝志達と違って肉体が死んでいるので、この世界の【魔素】が無ければ生きられない。
つまり向こうの世界に帰れないのではなく、この男性の場合は帰る訳にいかないのだ。
もはや転移したというよりも、この世界限定で生き返ったと言った方が正確だろう。
その生き返ったという現象によるものなのか……死者を蘇らせる魔法をスキルとして授かっていた。
それも自身の寿命と引き換えに可能とする固有魔法。
ただ、蘇生魔法となれば誰しもが欲しがる……タカユキの寿命など一切気にもしないで。
彼は寿命を支払い利用されるだけ利用されて来たが、隙を付いて獣人国に逃げ込んで居た。
獣人達は生に固執する事のないカラッとした種族。
それ故に人間から単純だと馬鹿にされる事も有るが、そのお陰でタカユキは安心して暮らせて居るのだ。
今年で齢70歳。
しかし、彼は人間達に利用されて随分と寿命を失った。その所為で彼にあまり余生は残されて居ない。
だと言うのに再び魔法を使えと言う──オーティスが事情と代償を知らぬとはいえ、タカユキには到底許せるものではなかった。
「──王国三大戦力だから話して良いと思ったが……ライドルフ、追い返せっ!」
「はっ!……しかし」
「ん?なんだ?」
弟子のライドルフは言い淀み顔を伏せる。
どうやら伝え難い話がある様子だ。
ただそれに対してタカユキは急かしたりはせず、ライドルフが口を開くまで待った。
タカユキと呼ばれる老人は慌ただしいのを嫌う。先程はラクスール王国からの身勝手な願いに激昂したが、常に落ち着き払っているのが老賢者の常なのである。
そして少しの間を開け、弟子は徐に口を開いた。
「それが、会えばタカユキ様は必ず助けると……そう話しておりました」
「ほぉ?俺が人間を助けるだと?たわけ話だな……あちらさん随分と大きく出るじゃないか」
「私も最初はそう思いました……しかし──」
「…………む?」
おかしいと老人は感じた。
弟子の表情が険しい……何か助けるかも知れない要素があるように見える。
自分の人嫌いを知っている筈なのに何故?……と、タカユキはそう思わずに居られなかった。
「言いたい事があるんだろう?言ってみろ」
しかし、流石に自分が助けるなんて無いだろうと考え直した。もう残された寿命は残り僅かだ……それを削ってまで人間を助けるなど有り得ない。
唯一、助けたいと思う人物がラクスール王国に居るが、その者の生死は魔法により解るので今回連れて来たのはその者ではない。
だからこそライドルフの表情が理解出来なかった。
「それが……生き返らせて欲しいという人間が……その……師匠が大事に持っている写真の方々、その御一人と余りにもソックリで──」
「写真?もしかしてアレか?向こうの世界での家族写真の事か?」
そんな馬鹿なとタカユキは声を荒げようとした。
自分が唯一持っている、向こうの世界で家族と過ごした痕跡…… この世界に飛ばされた時、大事に握り締めていた掛け替えの無い宝物の写真だ。
「あ、コレは彼を魔法で写した映像ですっ!」
「う、うむ」
ライドルフが映写魔法で録っていたらしく、その映像をタカユキは身体を震わせながら確認し──そして大きな声を上げる。
「………ぬぉ!?」
グッと、映像に顔を近付ける。
声を上げた後も、タカユキは映像をまだまだじっくりと念入りに観察する。食い入るように眺め続け、次第にある確証を得た老賢者の目からは薄ら涙が零れ落ちた。写真に映し出された者を特定し、タカユキは心底驚くと同時に今まで味わった事のない幸福感に満ち溢れる。
「憑依系の魔法で何者かが肉体に宿り、そのお陰で動いてはいる様ですが、本人は亡くなってるらしいですね……どうされま──」
「過ぐに連れて来いっ!!丁重に連れて来いっ!!割れ物を扱う様に!包み込むように連れて来いっ!!」
──老賢者は砂糖が大量に入ったコーヒーを飲み干し、急いで準備に取り掛かった。
土曜日投稿がたまにズレて申し訳ないです。
ただ、日曜日までには投稿するので宜しくお願いします。