40話 孝志の死後
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~オーティス視点~
綺麗な布の上に安置されてる孝志。
彼の周りには黙って佇むアリアンと、孝志をなんとかしようと試みるオーティス──そしてずっと喚き続ける橘雄星の三人が居た。
他の者達の姿はない。
アルマスと穂花は心がぽっきりと折れて塞ぎ込み、それ以外の者達は二人のケアに明け暮れている。
「あんた、宮殿魔法使いだろ!?何とかしてくれ!頼むよ……この通りだ」
「すまない……蘇生は不可能だ……それに宮殿魔法使いではなく宮廷魔法使いだ」
頭を下げ祈願する橘雄星に賢者オーティスは応えてやる事が出来ない。ただ当然、不可能と言う前に出来る限りの手を尽くしている。
何度も回復魔法を放った。
幾つもの道具を使った。
しかし、孝志の身体が綺麗になるだけで目を覚ます気配がまるでない。
「【オールレイド】──やはりダメか」
死んだ人間を蘇らせる術はない。
例えオーティスでもそれは不可能だ。
どんな重症に陥っても、この世界の魔法ならば余程でない限り簡単に治せる。
しかし、死んでしまえば話は別……心臓を貫かれ、孝志は既に絶命していた。
死んでしまっては、いかにオーティスとてどうする事も出来ない。死者に対しては優秀な魔法使いも無能となってしまうのだ。
「孝志……!お前が死んだら俺は何を目標に生きて行けばいいんだ……!」
「…………」
先程から我に悲観する男──橘雄星。
意外であった……まさか、この男が孝志の死に此処まで動揺を見せるとはな。
此奴はてっきり孝志が嫌いなのだと思っていたが、それは勘違いであったようだ。我には分からぬが素直になれない関係性だったのであろう。
「勇者橘雄星……彼はまだ良い──問題なのはアルマス嬢と橘穂花の二人であるな」
あの二人は孝志が道具袋に用意していたポーションを孝志に全部使った。それでも目を覚さない孝志に向かってずっと泣きながら呼び掛けてた……それも喉から血が出るほど必死に。
しばらくすると泣き疲れ大人しくなった──と思ったら両者唐突に孝志の前で命を絶とうする。
慌てて止めたが少しでも出遅れていれば間に合わなかっただろう。それくらい二人に躊躇がなかった。
そして『孝志の居ない世界で生きても意味がない』と、その後も暴れ回っていた。
今は鎮静剤を打ち、精神状態を整える魔法【キュアレス】で落ち着かせれはいるものの、常に誰かが見張ってなくては危ない状況である。
孝志が二人にとってどれだけ大きな存在だったのか、それがヒシヒシと伝わってくる。
孝志を殺した人物が誰かを突き止めるより、自害して一刻も早く彼の元へ旅立とうとする姿は、狂気というよりも美しくあった。
誰かをあれ程まで想うなど我には到底出来ない。
そしてアリアン嬢も。
見方によっては彼女もアルマス嬢と橘穂花と同じくらい精神が消耗している。
「……………」
「アリアン嬢」
「……………」
「ふぅー」
ずっと孝志の前に立っているのだ。
無表情だから感情が読み取れないが、かなりキテると分かる。ハッキリ言ってしまうと怖い。
怖いがそうも言って居れず、肩を揺らして呼び掛ける。そうする事で初めて反応を見せてくれた。
「アリアン嬢……少し休むと良い」
「………ああ……そうしよう……」
「そう気に病むな。我々は白い姫君と交戦中だったのだ……残念だがどうする事も出来なかった」
「……それは違う。近くに居て守ってやれなかったんだ。それに、我らが隙を突いて挑んでなければ孝志が死ぬ事も無かった筈だ。ユリウス不在を狙った不意打ちが最悪な結果を招いてしまった」
「それは結果論もいいとこであろう?」
アレだけ完璧に行われた暗殺だ。我らが奇襲を仕掛けずとも何らかの形で仕掛けていた筈である。
我にアリアン……それにフェイルノートとユリウスまで居た。強者たる我らに気配を察知されずに行う暗殺など防ぎようがないのだ。
仮に孝志が命を狙われてると警戒してたなら、どうにか防げたかも知れない。
しかし、今回は孝志が誰かに命を狙われてるとは考えもしてなかった。これでは警戒する筈もなく防ぎようがない。
ユリウスが必死に辺りを索敵しているが、何処にも気配など無く、やはり犯人は見つからない状況なのである。
「……それに、フェイルノートにも遅れをとった。二度目だというのに結局勝てなかったんだ」
「それはそうだが」
これもアリアンが気落ちする理由の一つだろう。
孝志の死に比べれば小さな事であるが、実はあの後フェイルノートを相手に大苦戦を強いられてしまった。
確かに最初は良かった。
こちらの魔法とアリアン嬢の『神化』で完全なる優位に立ち抑え込むことが出来ていた。
しかし、不死の力の前に決定打が打てず、結局は魔力切れとアリアン嬢の『神化』の解除で追い詰められてしまったのだ。
どれだけ戦力で勝っていても、体力がある以上は長期戦となれば勝ち目などない。加えて魔神具ロード・オブ・パラディンは使用すると魔力を大幅に吸われてしまう。
白の姫君フェイルノート嬢が【勇者にしか殺せない】という事実を甘く見ていたようだ。
「孝志も死なせて、戦いにも負けた。私はなんの為に存在しているんだ……勝つ事も出来ずに守る事も出来ない。騎士失格だっ……こんな私に王国三大戦力を名乗る資格なんてない……!」
そう言い、アリアンは腰に掛けていた聖剣を抜き、地面に突き刺した。
その聖剣を置いたまま離れた所にある簡易テントへと消えてゆく。
孝志が襲撃されたのは森林の中だが、そこから誰も動く事が出来ずに、結局ここを一時的な拠点とする事にした。
いつのまにか橘雄星も居なくなっており、孝志の側にはオーティスのみが残されている。
「…………孝志」
「今にも起き上がって来そうだな」
オーティスが一人になった所で、離れた場所で三人の様子を見ていたユリウスがやって来た。
アリアンが離れるのを待っていたらしい。
今回に限ってはアリアンを恐れていた訳でなく、精神が不安定のアリアンの近くに自分が行き、変な刺激を与えたくなかったようだ。
「……やっぱり見つからなかった」
「そうか」
孝志を殺した犯人……やはりダメだったか。
「ふん……まさか此奴が死ぬとはな」
フェイルノートも一緒に探していたらしく、孝志の側で座り込み今は頬を撫でている。
悲しそうな表情を見る限り、彼女にも思うところがある様だ。かつて殺しあった関係だというのに……やはり孝志は興味深い男だ。
もうそんな彼と二度と話せないのが……本当に、本当に残念で仕方ない。
「あの二人はどうした?」
ユリウスの問うあの二人とはアルマス嬢と勇者穂花の事だろう。アルマスの自害を止めたのは我だが、穂花を止めたのがユリウスだ。
それもあってかユリウスは二人を相当気に掛けている。
「今はマリア王女と十魔衆が様子を観ている。少しでも目を離せば危ない状況に変わりなし。如何ともし難いな」
「そうか……」
──それから三人無言のまま孝志の側に居た。
彼をテントに移動してあげたいが、アルマスと穂花を刺激する訳にもいかない。
どうしたものかと立ち尽くすが、其処へアレクセイが姿を表した。
アレクセイは弘子と通信魔法で話していた。随分長いこと話していたが、結局孝志が死んだ事を言い出せず、大怪我をしたと嘘を付いてしまった。
400年経ち、奇跡の再会を果たした孫と、こんな形で別れたことになったなど言い出せる筈もなく……アレクセイは最後まで言い出せなかった。
「……私は見つけ出すわよ」
「アレクセイ殿?」
「孝志ちゃんを殺した者を見つけ出して、必ず殺してやるわ。泣こうが喚こうが許さない……見つけ出して必ず殺してやる……!」
「……うむ」
彼は激昂し、怒るタイプらしい。
アルマスは絶望で身動き取れなかったが、アレクセイはその逆……殺した相手に復讐心を抱いている。
それがオーティス達には意外だった。
普段冷静な彼らしくない。
しかし、彼らは知らないだろう。
弘子がどれほど喜んで居たのか……これから孫との生活をどれほど楽しみにしていたのか。
身近でその様子を観ていたアレクセイには到底許せるモノではないのだ。
「………復讐するなとは言わない」
「ユリウス?」
「俺は手を貸すぞ?」
「あら良いのかしら?王国三大戦力でしょう?」
「関係ねぇーよ。孝志を助けられなかったのは俺の責任だ。俺がアルマスと穂花と戦っていたからだ──それに、三大戦力はもう辞める……どのみち、今の俺に居場所なんて無いさ」
「ユリウス……我が友よ……そこまでの覚悟とは……では我も手を貸そう……」
「オーティス……良いのか?」
「妾も手伝うぞ。此奴を殺した者は我も許す事が出来んのじゃっ!」
「じゃあ……四人で行こうか」
「そうであるな……」
四人は大きく頷くのであった。
「──君たち、もう良い加減にしたまえ」
「「「「…………んん??」」」」
孝志の肉体に憑依したアダムはムクリと起き上がり、復讐に燃える四人を見兼ねてそう告げるのだった。
次回も土曜日の20:です。