7話 地獄のロイヤルシスターズ
「…………」
「……今日はお姉様のお好きな料理を用意して頂きましたの」
「そ、そう?まぁわざわざ私が来てやったのですから、と、当然よね?ほほほほ」
「はい!……これからも、こうしてお誘いしても宜しいでしょうか?」
「え!?あ、ど、どうかしらね?わ、私の気分次第よ!」
「そうですか!では明日も一緒にお昼を頂きましょう!」
「……別に……いいけど……」
「…………」
聞いてたのとなんか話が違うぞ。
酷い姉だと俺に愚痴ってた癖に……どう見ても明らかに仲良し姉妹じゃねーか。マリア王女は終始ニコニコしてるし、ネリー王女は話し掛けられる度に顔を赤くして喜んでるし……そしてネリーさんよ……チラチラこっち見て来るのなんなの?
──豪華なテーブルには食欲をそそる料理が並べられており、それを孝志と王女達が囲っていた。決められた分量が個人に用意されてるのではなく、大皿に盛られた料理を自分の食べたい分だけ取り皿に分ける形式だ。バイキングに近い。
ラクスール家は、家族同士で昼食を食べる場合のみ、この様な食事の取り方をする。
因みに、ディナーは家族が揃って行うのでコース形式だが、朝と昼はネリーとシャルロッテ以外は忙しいので、基本は各々で食事を取ることが多い。
また、もしもの場合に備え、ネリーの後ろには苦労人のイケメン騎士・ルード、マリアの後ろにはライラ、孝志の後ろにはケイトが控えている……そして──
「ネリーおねぇさまと、マリアおねぇさまと……それと、たかしさまともいっしょに食事をいただけるなんて、シャルロッテうれしいです!」
満面の笑みを浮かべるシャルロッテの後ろには、こちらも苦労人なモニクが立っていた。
そう……この場には王国の三姉妹が集結しているのだ……常人なら大喜び間違いなしだが、孝志は厄介そうに愛想笑いを振り撒く。
「松本孝志!!」
「え!?は、はい!!」
──ネリーから声を掛けられ孝志は驚く。
声が煩いと内心悪態付きながら彼女を観ると、顔を真っ赤に染めながら一つの料理を勧めてきた。
「こ、これ……美味しくないから、た、食べないで……」
「え?どっちですか?美味しくない物を差し出した挙句、食べないでとはどういう事です?」
「う、煩くないわね!良いから喋って食べないで!!」
「????????」
なに言ってんだコイツ?情緒不安定なんてレベルじゃねーぞ……なんかやってるだろ絶対。
それにしても予想以上だなこの王女。今の言葉どう解釈すれば良いのか……
「タカシさま、ネリーおねぇさまは、食べてほしいみたいですよ?」
──え?今のがそう言う意味なの?
シャルちゃん王女よくアレで分かったな。
まぁそういう事なら頂くとするか。
「じゃあ……遠慮なく頂きます……」
「ふ、ふんッ!」
「ふふ、お姉様の好物だけど、孝志様の口には……どうかしら?」
うむ……肉を甘辛く炒めた料理……王宮だけあって良い肉を使ってるのか、肉だというのにアイスを食してるのかと錯覚する程の蕩けた食感。また、絡めた特性ソースは辛みと甘味が絶妙にマッチしておりライスとの相性も抜群だ。加えて皿への盛り付けも鮮やかで特製ソースが十分に絡まったお肉が光り輝き視覚的にも好印象。向こうの世界では生涯口にする事が出来なかったと断言できるこの味わいは、何も素材が良いからというだけではなく料理人の桁外れの技量の功績も十二分に発揮されている。そんな素晴らしき料理人も味付けの一つと言い切れるだろう。
まぁ、わかりやすく言うなら──
「うめぇ!」
「そ、そうでしょう!!」
感想を聞いて嬉しそうに笑うネリー王女。そしてシャルちゃん王女が隣で俺の顔をマジマジと見つめてる。
因みに、マリア王女とネリー王女は対面に座っていて、後から【偶然】やって来たシャルちゃん王女は、何故か俺の隣に座って居た。マリア王女が呼んでも俺の隣が良いと聞かず、腹黒王女に睨まれる始末……ただでさえロリコン容疑が掛けられてるのに、これ以上あらぬ疑惑を掛けられたくないんだけども……まぁ無理に向こうに行かせるのも可哀想だし、いいか。
それは兎も角、俺が美味しそうに食べたのを良い事に、ネリー王女は更にオススメを食べさせようとして来る。
「こ、これも食べないで!!」
「食べろって事ですね……?わかりましたよ……」
「じゃ、じゃあコレも!」
「いやもう、僕のタイミングで食べさせてくれませんか?」
「……そ、そう……」
そんな悲しそうに俯かないでくれる?俺が悪いみたいな感じになるから……ほら案の定、腹黒王女が睨んでくるし。
「孝志様……それとお姉様、人前でそういった甘いやり取りは如何なモノかと思います……やめて下さい」
何に対して怒ってるの?
「……はん、つけ上がるんじゃ無いわよマリア。しばらく大人しくしてたから良い気になってるのではなくて……?」
目を釣り上げ、今度はネリーがマリアを睨む。
──そうだ……さっきまでが異常なだけで、この相手を威圧する姿こそ俺の知るネリー王女だ。
飯が不味くなるから、喧嘩とかマジで辞めてよ?
「お姉様」
「……なによ?」
「お、お近くに座っても宜しいでしょうか?」
「「なんでそうなるの!?」」
あ、ネリー王女とおんなじ事言っちゃったよ。
でも意味が分からん……現にネリー王女も……ん?
不思議がってると思いきや、顔を真っ赤にして口をパクつかせてやがる。
しかもマリア王女に指を指して何か言おうとしてるが、身体がぷるぷる震えて声を出せない様子だ。
それだけではない、額から変な汗も流れてるぞあの長女。
「よいしょっと……」
──マリアは返事も聞かず、座ってる椅子をネリーの隣にくっ付け、自らの身体もピッタリとネリーに密着させる。
それを目の当たりにしていた孝志はもちろん、シャルロッテやそれぞれの後ろに控えていた者達まで、その信じられない光景に口をあんぐりと開け放心した。
「え?え?な、なな、きょ、許可してにゃいわよ!?」
「ほら、お姉様……あ~ん」
(もうお姉様の威圧なんて通用しないわよ。本心を聞かせて貰ったから……昨日、お姉様が見せた優しさは、決して忘れたりしないわ)
「や、やめ……!!……んぐっ!?……んぐぐ……お、美味しいわ……って、離れにゃさい!!」
「うふふ……」
(ほら、差し出したら食べてくれる……今まで怯えていた私の方がおかしかったのよ……だって思い返せば、お姉様が家族に暴力を振るった事なんて無かったじゃない)
「うぅ……こんな筈では……」
──信じられない二人のやり取りを見せられた孝志は、思わず後ろのケイトに話し掛けた。
「ケイトさん……あの人知ってる王女ですか?」
「いいえ、知らない王女っす」
「良かった……俺だけがおかしいのかと思ったよ」
「天変地異の前触れっすよ」
「あの……本当に起こりそうなこと言うの辞めて?」
それ程の衝撃だ。
ぶっちゃけネリー王女の印象が随分変わった、それもだいぶ良い方に。偶に言語が可笑しいけど、今の彼女となら仲良くなれそうな気がする。
また告白して来たら付き合ってやらない事もないぜ?いやでも王族面倒くさいから嫌だ。やっぱりごめんね。
てかずっとイチャイチャしてるよ……しかも割と強引に迫られても、乱暴に押し退けたりしないんだな……逆にマリア王女の方がヤバイんじゃないの?
あ、もう諦めたみたいだな。
光の失った目でされるがままになってる。さっきの威厳は何処へ行ったのやら。
「諦めたみたいっすね、孝志様」
「そうですね」
「今までは凄く苦手でしたけど、自分ネリー様の事を誤解してたかも知れないっすよ」
「確かに……あ、ケイトさん、あの二人今度は腕を組んでますよ」
「おお!ネリー様、飲んでた水を口から噴き出してるっす!テーブルマナー0点っす!」
「貴方達!!さっきから解説してないで、この子なんとかしなさいーーッッ!!」
「「マリア王女ヤメマショウヨー」」
「なんで棒読み!?助ける気有りますのーーッ!?」
──孝志とケイトは『無理です』と答えたかったが、怒られそうだったので口にしなかった。
無論この二人に限らず、マリアの後ろに控えていたライラと、シャルロッテの後ろに居たモニクも言葉を失っている。
ただ、ルードは妹と仲良くしてる主人を観て嬉しそうに笑っていた。
……因みにシャルロッテは、仲睦まじい姉二人の様子を羨ましそうに見つめていた。
──────────
「はぁ……はぁ……はぁ……」
結局、食べ終わるまで解放されなかったネリー王女。御飯を食べるだけで息切れするとか……でも事情を知ってるから可哀想としか言いようがない。
それとは対局に、第二王女マリア・ラクスール(17)は満足そうにしている……実に恐るべし。
だがしかし……今の俺の状況も、ネリー王女を馬鹿に出来なかったりする……何故なら──
「えへへ~」
「…………なるほど」
王女二人のイチャイチャを見届けてる最中に、いつの間にかシャルちゃんが俺の太ももの上に座っていた。人を椅子代わりにするとかマナー違反どころの話じゃない。
いつもの冗談じゃなくて、王族の教育マジでどうなってるの?お父さんとブローノ王子が不在だからって好き放題するんじゃねーよ。
「たかしさま、とてもあたたかいです」
「それはよかった……でもおりてくれる?ボクあしがいたいよ」
「えぇ~?でもおねぇさま2人だけずるいですもん」
「シャルロッテ、孝志様はロリコンだから気を付けて、性的な目で見てるわよ」
──マリアの忠告を聞いて一瞬ビクッとしたシャルロッテ。それを見て孝志の表情が強張る。
「止めろや!!てかその噂お願いだから広めないでね?俺ぜんぜん歳上でもイケるから!アリアンさんとか皮だけならめっちゃタイプだから!」
「皮だけって、失礼な……だったらアリアンと付き合えば?」
「お、おお、恐ろしいこと言うなよ!?あの人、薬やってるレベルに頭おかしいからな!?DVとかも普通にされそうだし!!」
「いや流石に言い過ぎでしょ」
言い過ぎどころか相当控えめに言ってんぞ……?
あとシャルちゃん、ロリコンと聞いて大人しくなるの止めて、全然違うから。
「──はぁはぁ……そう言えば、マリアに惑わされて大事な事を忘れてましたわ」
「どうしました?ネリーお姉様?」
「今日、聖王国から使者が来る予定よ」
「「「「「えええ!??」」」」」
「……ん?」
なんか俺とシャルちゃん以外の反応が鋭いな。初めて聞く国名だけど……聖王国って、そんなに警戒する国なのか?
「それでお姉様……いつ頃お越しになるのですか?」
「今から二十分後よ。今はアリアンが対応してるみたいだけど、この後直ぐに行くつもりよ」
「二十分後!?嘘ですよね!?」
顔を青くするマリア王女。
俺でもネリー王女がヤバイ事を言ってるのが解る。食事して直ぐに客人への対応って……普通の家庭でも中々ないぞ?
「お姉様!どうしてそんな事を勝手に!?」
「はん!決まってるじゃない!!私が長女だからよ!!お父様とブローノが不在な時、国のトップは私よ!!オーホホホホ!!」
──『お姉様のこういう所は本当に直して欲しい』マリアは心からそう思った。しかし、ぐずぐずしてる時間などない。
他国から使者……それも聖王国の使者を迎えるというのに、厚遇なしだと著しく王国の評判を貶める事となる。
マリアは急いで行動を開始した。
ライラとケイトの二人は慌てた様子で部屋出て行き、マリアとルードに関しては、半ば強引にネリーを食堂から連れてそのまま出て行ってしまった──なんと、この間1分弱。
故に、食堂には必然的に孝志とシャルロッテ……それと彼女の従者モニクの三人だけが取り残された事になる。
「……とりあえずシャルロッテ王女……膝から降りてくれます?」
「…………」
「………ん?」
膝に座ったまま顔を上げ、至近距離で俺の顔をみつめて来るシャルちゃん王女……いつものニコニコした表情とは少し違う。7歳児とは思えない程真剣な眼差しだ。
「たかしさま……ロリコンってほんと?」
「違うわ!」




