プロローグ 〜魔王領の現状〜
暖かい感想をありがとうございます。
正直、復帰する時の1話目は本当に緊張したのですが、労いや応援のコメントが多くて本当に嬉しかったです。
これからも宜しくお願いします。
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孝志がカルマを撃退した翌る日。魔王軍は混乱状態に陥っていた。
それもその筈。
魔王テレサが居なくなったのに、それでカルマまで倒されてしまったとあっては、魔王領の者達も人間側に攻め込まれるのを覚悟しなくてはならない。
現状、一番強いと言われてるユリウスも所詮は人族で、彼の強さを目の当たりにした四天王以外からすれば、素性も知れず能力も未知数だ。
とてもじゃないが信用できる者ではない。
……それともう一つ。魔王領は経済難に悩まされている。それはひとえに領土経営に長けた者が居ないのが原因であった。
人間同様、魔族にも向き不向きがあり、軍略・戦略に優れたアルベルトも領土や資金を使った政策は得意分野ではなく、ずっと手を加えられずにいた。
故に、貧困差は激しく、力のない者は今日の食にすら有り付けぬほどの貧困生活に追い詰められているのだ。
──しかし、そこへ救世主が突如として現れる。
その人物こそ、ユリウスが穂花と一緒に誘拐してきたブローノ・ラクスールである。
「──オスガルス地区に回していた資金は、バンレモ地区へ回して下さい。人口差があまりに違い過ぎる場合は、平等に振り分ける必要はありません」
「しかし、それだとオスガルスの人達に怒られてしまいますよ……!」
「怒られるのも仕事の内です。そんな考え方ではいつまで経っても魔王領の民達は救われませんよ?」
眼鏡をかけたコウモリ族の男性とブローノは話し合いを繰り広げていた。いやもう話し合いと言うより、一方的にブローノが指示してる。
場所は会議室のような構造の空間で、ブローノとコウモリ男以外にも数人ほどの魔族が椅子に座りながらブローノの話を真剣に聞いている。
ブローノは王族という事で、魔王領の財務管理者から頼まれ、それについての指導と改善点を教えていた。
最初はブローノも、他所から来た自分が口出しするのは抵抗があると断ったが、あまりにも杜撰な現状に痺れを切らし、こうして手解きをしているのだ。
因みに、軍事には一切助言を行っていない。ブローノはあくまでも魔王領の民を救う為に動いている。
「──ブローノ殿…!ありがとうございます…!誰も教えてくれる者が居なかったから、今までどうしようも無かったのですが……これからは多くの民を救えます……!あなたのお陰です!感謝を……!」
「いえ。あなた方は大変歯痒い思いをして来られたようだ。敵側の自分に頼み込んでまで領土の民達を救おうとする皆さんの思い、分かって貰えると良いですね」
「ブ、ブローノ王子……!」
「ブローノ殿」
「す、素敵だわ~」
コウモリ族の男とブローノが握手を交わすと、周りに居た他の者達も椅子から立ち上がりブローノを褒め称える。
「いえ──では、私は先程帰ってきたユリウスと話を着けなければなりませんので、ここで失礼します」
ブローノは何度も頭を下げる魔族達に合わせるように、自分もそうしながら部屋を出た。
(……魔族と面と向かって話をするのは初めてだったけど……こんなにも打ち解ける事が出来るなんて……私も随分と狭い世界に居たのだな)
今回の出来事は、ブローノにとっても決して無駄な事ではない。お陰で彼は魔族達に対する悪いイメージを改める事が出来たのだから。
──ブローノが廊下を歩いてると、バッタリ、ある魔族の少女と出会した。相手は元十魔衆にして現四天王・ネネコ=サンダルソン。背の小さい犬型の獣人少女だ。
ネネコはブローノに近付くと、わざとらしく甘えた声で擦り寄って行く。
「にゃにゃん♪これはこれは王子様にゃん。こんなところで何をしてるにゃん?スパイにゃんか?」
しつこいようだが犬型の獣人である。
「神に誓ってそのような真似はしていないと断言しよう。もし今の言葉が偽りなら命を差し出そう」
「そ、そこまでしなくていいにゃ!!(真面目か!!コイツおもんないにゃ!!……でも逆に真面目過ぎて信用出来るにゃ……面白くないけど)」
確かにブローノの常軌を逸した真面目さは、時としてマイナス方向にはたらく事も多い。
しかし、魔族達はブローノのような裏表のない真っ直ぐな人物には好感を持つ。何故なら自分達がそうだからだ。
非道な者も確かに多く、アッシュみたいなヤンキーもまた多い。だが血みどろな派閥争いや、同族同士で大規模な戦争を繰り広げる人間側とは違って、魔族達は基本的に真っ直ぐな連中なのだ。
……良くも悪くもではあるが。
「そう言えば……あの話、考え直してくれたかにゃん?」
「はぁ、それは流石にダメだと、丁重に断った筈ですが?」
「ふふん♪ちょっとくらい別にいいにゃん!ね、ほんのちょっとだけ、先っちょだけ……ね?にゃん?」
そう言うと、ネネコは更に甘えるような熱っぽい表情でブローノに迫った。それを観てブローノは後ずさる。
「よせ来るな!それ以上はいけない!」
「今はユリウスも忙しそうにしてるにゃん。誰も助けは来ないにゃよ~?」
「やめろ!私の髪に触るんじゃない!」
「ケチくさいにも程があるにゃ。減るもんじゃないし──王子様のブロンドの綺麗な髪……一度で良いから愛てみたかったにゃ~……ふふん♪」
「私の髪は由緒正しき──」
「いやそう言うの良いから」
ネネコは有無言わさずブローノを押し倒す。抵抗など無意味、力でブローノが四天王に勝てる訳がないのだ。
「くっ!なんと乱暴な……!──だが私は屈しない!どんな目に遭おうとも、決して心までは屈しないぞ!」
「………(やっぱりコイツ、基本アホにゃ……真っ直ぐなアホにゃ……)」
別に髪を触られるだけで大した事をされる訳ではないが、ブローノは目を瞑り覚悟を決める。
すると、ブローノを押し倒しているネネコへ向かって、複数人の魔族が飛び掛かって行く。
彼らこそ、先程までブローノに手解きを受け、打ち解けた魔族達だ。実力では手も足も出ないのにも関わらず、彼らはブローノを助ける為にネネコに立ち向かうのだ。
……もちろん全員躱されるが。
「ブローノ殿っ!先程の恩を返しに来ました!!」
「やめるんだっ!私の事は良いから、君達が犠牲になる必要なんてないぞ!!」
「何を言ってるんですか!……私達、友達でしょ?」
「友達……そう言えば、職務で忙しかったり、暇な時はマリアとばかり遊んでいたから、友達なんてこれまで出来たことが無かったな……」
「(ぼっちだったの?)」
「(ぼっちだったんだ)」
「(ぼっちだったのね)」
「(ぼっちだったんだにゃ)」
衝撃の事実に言葉を失う一同。
この沈黙破り、一番最初に言葉を発したのはネネコだ。
「……わ、私が悪かったにゃ……もう悪ふざけはやめるにゃ」
「解って貰えたなら有難い。こちらも拒絶して済まなかったよ。でも、やはりこの髪は私だけではなく、王家としての誇りでもあるのです。無闇やたらと他人に触られたくないんですよ」
「わ、かったにゃ……(正直もうめんどくせぇにゃ)」
精神消耗したネネコはそのまま立ち去ろうとする。しかし、それをブローノが呼び止めた。
そして自らの右手を差し出した……恐らくは、和解の握手を求めているのだろう。
「は、はは……(は、はは……)」
渋い顔をしながらネネコが仕方なく、ブローノとの握手に応える……すると、その様子を見ていた魔族達から拍手喝采が巻き起こる。
「「「バンザーイ!!!ネネコ様!!ブローノ殿!!バンザーイ!!バンザーイ!!!」」」
「き、君たち……ネネコ氏、私達も続こう!!──バンザーイ!!バンザーイ!!」
「………ばんざーいばんざーい」
(コイツら全員、正真正銘のアホにゃ)
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~穂花視点~
「はぁ~……孝志さん……はぁぁぁ~……」
窓の外を眺めながら大きな溜息を吐くのは橘穂花14歳。出会った瞬間から孝志に恋をし、それを抉らせストーカーとなった純情な乙女である。
「ああぁ~えっと……橘穂花、あまり溜息を吐くと幸せが逃げてしまうぞ?」
「もう逃げてますけど、なにか?」
「……たしかにのう」
穂花に正論を言われてバツが悪そうなのは、年齢不詳の邪神フェイルノート。穂花の狂気的な孝志語りの被害を受けてる事が多い。また、その役割を押し付けるユリウスを若干恨む。
「フェ、フェイルノートさん……!!変に話し掛けると、また例のふざけた話を聞かされてしまいますよ……!!」
怯えながらフェイルノートに話し掛けるのはウインター。年齢は若い。いじめられっ子。
主人なので、何だかんだフェイルノートも彼を信頼している。
三人とも全く違った思惑で魔王城に居るのだが、無理矢理連れて来られた穂花は、孝志と会えない現状が死ぬほど不満のようだ。
「ウェイターさん、例のふざけた話って何ですか?………まさか有り得ないと思いますけど、孝志さんの──」
「ち、違います!!孝志さんの話は実に良いですっ!!……あと、僕はウインターです。ははは……!!」
「ふふ」
孝志の話を褒められて、穂花はニッコリと笑う。
「どの話が良かったですか?」
「……え?」
「良い話だと思ったんですよね?……特に、どの辺が良かったですか?」
「……えぇと……」
「まさか……適当に誤魔化した……だけ?」
ガラリと空気が変わる。
普段、兄に絡まれても、嫌な事を言われても笑ってやり過ごす穂花だが、こと孝志の話題だとそれを許さない……可憐な乙女は修羅へと変わる。
そんな穂花から放たれる殺気にウインターは怯え、フェイルノートは内心ウインターを馬鹿者だと呆れながら距離を空けて様子を伺う。
「ウィンナーさん……?」
「ウウウ、ウインターです、はいぃ……」
絶対絶命のピンチ。
ウインターは踏まなくても良い地雷を、自らの余計な一言で踏みまくり、徐々に逃げ道を塞がれて行く。
救いなのは孝志以外の男を苦手としている穂花と距離がある事位だろう。
「……死んだなウインター……短い付き合いだったのじゃ。南無三」
「おいいいぃぃ!!!フェイルノート!!!」
「ドサクサ紛れに誰を呼び捨てにしとるんじゃ。妾が引導を渡すぞ」
「返答次第では私が引導を渡します」
「ご、ごわいぃ……狂人に挟まれて怖いよぉ~……ううううぇぇん……」
「「誰が狂人やねん」」
ウインターは追い詰められる。
しかし、ここで救世主現れる。
「……なに揉めてんだ、お前ら」
やって来たのはユリウスだ。
彼を見つけたウインターは、鼻水を垂らしながらユリウスの綺麗に洗濯したばかりの服に抱き着いた。
「ユリウスさんっ!!だ、助けてッッ!!」
「ちょっ、お前、汚ねぇっ!!」
──鼻水付いたじゃねぇかよ……ばっちぃ。
でも俺まで怒ったら可哀想だし、許してやるか。
「……ユリウスさん、その人を引き渡して下さい。その人、孝志さんを馬鹿にした疑惑が掛けられてます」
「え?お前、橘穂花の前で孝志バカにしたのか?命知らずにも限度があるぞ?お前ヤバくね?」
「うぇぇん、そんな事してないですよぉ~……引き渡さないでぇ~……」
──な、なんか、流石に気の毒だな。
あの孝志狂いの前で孝志を侮辱したのは大悪手だけど、泣いてるし、今回は助けてやるか……ただ、俺も橘穂花は普通に怖いんだけどな……しやーないかぁ。
「因みにユリウスよ。ウインター、お主の事を三十路童貞と言っておちょくっておったぞ?」
「橘穂花、俺のレーヴァテイン貸そうか?切れ味バツグンだぞ?」
「言うわけないでしょぉ!!!エモノを渡そうとしないでぇぇ!!!」
「因みに、俺が童貞なのはモテないからじゃないぞ?仕事と剣帝の役割で忙しかったからさ。あとアリアンも邪魔して来たし俺に言い寄る女も沢山居るからな実際。あとオーティスも童貞だからな?後はアリアンも未通だからな?これで如何に王国三大戦力が忙しいのか解ってしまうだろ?」
「ユリウスさん、喋りすぎですよ。しかもアリアンさんと魔法使いの人を売るなんて最低です……それに未通って……何で知ってるんですか……ドン引きです」
「そうじゃそうじゃ。今のお主は、スイッチが入った時の穂花なみに喋っておるぞ」
「……ん?」
「あ、いや、松本孝志をバカにした訳じゃないぞ?!!信じて欲しいのじゃッッ!!!」
「……なら良いですけど」
「え!?僕の時は信じてくれなかったのに!?」
「待てお前ら、ウインターは本当に俺の事を三十路童貞と言ったのか?そこは重要なところだからそれだけは教えてっ!」
──意味不明な口論は、なんと、これから30分以上も続いた。
最終章ではありません。
話が長くなったので途中で切ります。次話はこの話の続きとなります。ちゃんと話が進むので宜しくお願いします。




