回想・ユリウスの焦り
予告した通り今回はユリウスの話です。
思ったより長くなりそうなので、話を2話に分けました。
宜しくお願いします。
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~ユリウス視点~
「──終わったみたいだな……」
城の屋根から俺は最後まで成り行きを見守った。
少し前までルナリアも一緒だったんだけど、遠くに居たアリアンの姿を目にしたら慌てて帰りやがった。
いったいアリアンとの間に何が有ったんだ?十魔衆と剣聖の接点なんて思い浮かばないんだが……まぁアリアンの事だ、深く考えないでおこう。
そしてルナリアが帰った後も、俺は念の為、一人で王国に残る事にした。
留まった理由は、相当パワーアップしたカルマを警戒しての事だったが……孝志の奴め、上手くカルマを追い払う事が出来たようだな。
お陰で死傷者も無く、建造物の被害も王城だけに済んで本当に良かった。これは被害を最小限で抑える事が出来たと言っても過言ではない。
城の復旧費用なら俺がこれまで稼いだ財産で充分に補えるだろう。
その財産はマリア王女の私室に置いたし、あの子ならきっと上手くやり繰りしてくれる筈だ……
「マリア王女と一緒にアニメを観る約束は……流石に守れそうに無いか……」
俺にだけ教えてくれたマリア王女の隠れた趣味。
それに付き合う約束をして居たんだけど、叶わぬ内にゼクス王の計画は実行されてしまった。
王族の中で一番懐いてくれたのがマリア王女だった。
なので変装が看破された時は驚いたけど、同時に嬉しくもあったのは此処だけの話。
そしてそんな王女を裏切った報いは、全てを終わらせた後できっちり受けるつもりだ。
ただ一つ、孝志の見せた力が気になった。
アレは孝志のスキルでもなければ、アイツの身体能力という感じでも無さそうに思える。
どんな仕掛けか正直見当もつかないけど、やっぱり孝志は只者ではないようだな。
──そんな事を考えながら、ユリウスは城の天辺から国中を見渡した。
恐らく見納めになるだろうからと、城から見える景色をその目にしっかりと焼き付ける。
この国は彼にとっての始まりの地──ユリウスは夕暮れの空を見上げながら、昔の自分を思い出していた。
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──今から15年前の話……ある時、ユリウスは岐路に立たされていた。
18歳のユリウスは、当時まだ10歳と幼かったアリアンを連れ、とある依頼を引き受けていた。
冒険者としてまだ無銘だったが、腕が立つと評判のユリウスは、なんと国王ゼクスから直々に依頼を任されていたのだ。
依頼の内容は深淵の森にて出没すると噂されている『邪竜』の調査だ。
噂の真偽を確かめる依頼なので、単なる調査で簡単そうに見える……けど、もし噂が本当なら命を落としかねない危険な任務。
また本当に見つけた場合、その場で倒すのが一番手取り早いが、国王からは危険と感じたら問答無用で逃げ出せと忠告を受けている。
それに事実として、この時のユリウスでは邪竜と戦っても勝つのは難しいとされていた。
──だが本当にそれで良いのかと、この時のユリウスは自身の実力に大きな憤りを感じていた。
その原因なのが最近仲間になったアリアンだ。
彼女は剣を覚え始めてまだ一週間しか経ってないというのに、何年も修練を積んできたユリウスよりも遥か高みに登り詰めていた。
もはやユリウスが戦った所で、アリアンには手も足も出ないだろう。
才を見抜き、少女に剣を教えたのは己自身──しかし、ユリウスがその事を後悔してしまう程アリアンの実力は桁外れに大きかった。
「──ユリウス~!ワイバーンがいっぱい居たからやっつけよ~えへへ~」
少女時代のアリアンは長めの赤髪をピンクのリボンで結び、可憐で無邪気なポニーテールの可愛らしい女の子だった──今の狂女とは似ても似つかない。
そんな少女が成果を上げ、嬉しそうに笑いながらユリウスに話しかけている。
「……………」
「………ぁ……ぅ」
頭を撫でて欲しそうに側へ寄ってきたアリアンを、ユリウスは一瞥するだけで無視する。
アットホームな関係性など微塵も感じられない。
実はこの時、アリアンの狩ったワイバーンの数は十三匹にも及んだ。それに比べユリウスは彼女と同じ時間を費やしたというのに、たったの一匹しか仕留める事が出来ずにいた。
無論、ワイバーンを単独で倒せる人間なんてこの世に数える程しか存在しない。
普通にクエストを熟す他の冒険者達から観ると、ユリウスも十二分に化け物だったが、アリアンの実力はそれを遥かに上回っている。
それに加え、この頃のユリウスは若かった所為もあってか、アリアンの実力には嫉妬心を抱いており、少女を認める事が出来なくなっていた。
だが考えてみればそう思ってしまうのも無理はない。
ユリウスの数年に及ぶ血の滲む様な努力が、たった一週間の見習いにあっさりと追い抜かれてしまったのだから……
「…………」
「…………」
二人は無言で森を歩いていく。
この時の二人の関係は決して良いものでは無かったのである。アリアンが一方的にユリウスに懐いてるだけの実に寂しい関係だった。
──森の中をどんどん奥へと進んで行き、周囲から陽当たりが徐々に失われてゆく。
辺りは既に真っ暗──だが、これは陽が沈んだ暗さではない……恐怖心を煽るようなこの森独特の暗さだ。
二人が奥へ向かって歩いてると、何か得体の知れない気配を感じ取る事が出来た……なのでそこからは息を殺し、ゆっくり進む事にした。
……そして更に歩くと、木々の生い茂らない森の中央部へと辿り着く。
これまで通ってきた森道とは違い、森の中だというのに草原のような広々とした見晴らしの良い空間だ。
すると、辺りを見渡すまでも無く、二人は直ぐにそれを見つける事が出来た。
「……ッ!………居た」
「……わぁ……大きいね」
二人はそれが邪竜だと一目で確信する事が出来た。
巨大な図体で、背中に黒翼を生やしており、何より竜の放つ気配が恐ろしいもので、その禍々しさから邪竜だという事は一目瞭然だ。
間違いなく、今までにユリウスが戦ってきた魔物よりも圧倒的に強い存在……それを目の当たりにし、ユリウスは思わず息を飲んだ。
だが、直ぐにある異変に気付いた。
「眠っているのか……?」
寝息を立てて眠り耽る邪竜。
本来なら直ぐにでも逃げ出すべきだが、ユリウスはそれとは違う事を考えていた。
完全に油断している今なら……と、あろう事かユリウスはこの場で邪竜の討伐を目論んだのだ。
「ユリウス、帰って報告しましょうよ」
踵を返し立ち去ろうとするアリアン。
邪竜の存在を報告して任務完了となる。
子供の頃のアリアンは今と違って無意味な戦いを望まない性格で、依頼さえ熟せばそれで良いと考えているのだ。
しかし、それではユリウスの考えとは真逆である……ユリウスは邪竜に勘づかれない様に、小声でアリアンを呼び止めた。
「待て」
「……ユリウス?」
呼び止められたアリアンは首をコテンと傾げた。
この場に留まる理由が解らない。何か意図があるのかとアリアンは少し考えてしまった。
しかし次の瞬間、ユリウスはとんでもない事を言い出したのだ。
「……ここで倒してしまうぞ」
「……え?え、え?」
子供のアリアンですら動揺する始末だ。
ユリウスの言ってる事が信じられず、アリアンは目を見開き硬直している──だが、直ぐ我に返って必死でユリウスの説得を試みた。
子供のアリアンは大人版と違って考え方が合理的だった。
それにユリウスに拾われるほんの数日前まで孤児だった事もあってか、自己主張も控えめの大人しい性格で、成長したらあんな風になるとは誰も想像出来ないだろう。
しかし、そんな少女の説得にユリウスは一切耳を貸す事はなかった。
──と言うのも、ユリウスは焦りを感じていたのだ。
歳も若く、加えてこの時のユリウスは家名を持って無かった……その所為で実力が有るのに周囲からは認めて貰えず、未だに無銘などと不名誉な呼び名で呼ばれている。
だからこそ此処で邪竜を仕留め、周りに自分を認めさせたかったのだ。
しかも運の良い事に、今回の任務が国王から直々に与えられたもので、力を示す良い機会だともユリウスは考えている。
仮に邪竜が起きていたのなら、流石に別の機会を待ったが、立て続けの幸運に恵まれてか、目標の邪竜は深い眠りに付いている。
このチャンス、逃す手は無かった。
「ユリウス……帰りましょ?ね?……ね?」
「……うるさい……だったら一人で帰れ」
「……ううんやだ!……ユリウスと一緒が良い!」
「………好きにしろ」
アリアンに服の袖を摘まれるが、ユリウスは冷静さを欠かす事なく、目の前の邪竜に全神経を集中させる。
この頃のユリウスはプライドが高く、自分よりも強い癖に甘えてくるアリアンを疎ましく感じていた。
後に、成長したアリアンから散々文句を言われる事となるが、この時のユリウスは非常に取っ付き難くく、かなり面倒な性格だったのである……ユリウスにとっても黒歴史だ。
──ユリウスと共闘する決断をしたアリアンは、二人で作戦を立てる事にした。
その作戦は、ユリウスが邪竜の背後から敵の首を穿ち、それで仕留め切れない場合はアリアンが死角から邪竜の急所を切り裂くという単純なものだ。
というよりユリウスは魔法を使えたが、邪竜に通用する程の威力は無い為、結果的に力押しとなってしまったのだ。
「……ふぅ~」
「……行くぞ?」
これより、邪竜へ奇襲を仕掛ける──!
ユリウスにも、腹を括ったアリアンにも迷いなんて存在しなかった──!
………
………
しかし、数分後──
この邪竜に立ち向かう決断を下した事を、ユリウスは一生後悔する事になるのだった……
青年時代のユリウスとアリアンで別作品が作れそう(笑)




