32話 激闘の結末
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
~カルマ視点~
《じいじい……僕の禁呪ってどうしてあんなに最悪なの?》
それは幼い日の記憶。
実の祖父である明王と交わした言葉を、僕は今でも鮮明に覚えている。
──僕と爺やは世にも珍しい【悪魔族】と呼ばれる種族だ。能力的に恵まれた種族で、修羅族以上に戦闘特化した種族となっている。
だが、容姿が大きな欠点だった。
悪魔族は生まれつき、真っ黒で巨大な羽根に加えて、全身にマダラ模様の醜い刺青が施されている。
更には鋭く尖った目付きで相手を威圧し、恐怖に陥れる……そんな恐ろしい民族だ。
それがカッコいいと言う変わり者も居る様だが、そんなのは極稀にしか居ず、少なくとも僕は出逢った事がない。
──そんな種族に生まれながら、僕と爺やの容姿は至って普通だった。
理由としては強い力を誇る悪魔族の中でも、更に群を抜いて強い者達はその醜い見た目を自在にコントロールする事が出来るのだ。
原理は解らないけど、そういうものらしい。
……しかし、僕の場合は少し他と違った。
爺やは姿を自在に変える事が出来るが、僕には出来なかったんだ……ずっと普通の容姿のままでしか居られない。
でも醜い怪物にならなくて済むならそれで問題ないと、僕はそう思っていた──
──そんな時だ。
僕にそのスキルが発現したのは……
【ブラックデビル・ダークサイド(悪魔化)】
自身の肉体を変容させる。
悪魔族特有の姿に戻る代わりに、全ステータスを爆発的に上昇させる事が出来る。特に速度の上がり幅は凄まじく、音速を超えたスピードを身に付ける事が可能。
──なんて素晴らしい能力だろう。
このスキルを使い熟せば、僕は更なる高みへと駆け上がる事が出来るんだ……!!
しかし喜びも束の間、直ぐにこのスキルは禁呪であると判明した。
禁呪にはどれも大きなデメリットがある。
それは人によって様々だが、僕の場合取り返しの付かないモノだった。
【ブラックデビル・ダークサイド(悪魔化)】
※追記※
デメリットとして、一度発動すれば二度と元の姿に戻る事は出来ない。
──目を疑った……ぬか喜びとはこの事だ。
冗談じゃない…!!
一度でも使えば醜い怪物として生涯過ごす羽目になるなんて…!!
同族を嫌悪する様で悪いと思う。
けど普通の容姿に慣れた自分が、今更彼らと同じ立場の見た目で生涯過ごすなんて耐えられる訳がない。
こんなモノ、一生涯使う事は無いだろう……僕はそう思って居たんだ。
……だがそんなスキルを、僕は……俺はたった今、発動した──もう、後戻りは出来ない。
テレサにも使わなかった禁呪を俺は今破ったのだ。
けど仕方ない。
テレサと違って、この最強の勇者は説得に応じる甘い男とは到底思えないからな……さっきから話も全然通じないし。
だから使うしかなかったんだ……勝つ為に、このスキルを。
でも後悔はない。
勝った後の事は別に考えればいい。
俺は今どうしても勝たなければならないんだ。
それに物事は前向きに考えてしまおう。
醜くなっても、あの魔王テレサに比べたら俺の姿なんて遥かにマシだろう。
あの女はもう醜いとか言う次元ではない。言葉では言い表せない恐ろしい何かだ。それでいて喋り方だけは可愛らしいから更に身の毛が逆立つ。
だから大丈夫……あの化け物を知っている魔王軍なら、この恐ろしい姿にも早く慣れてくれる筈だ。
──変身が完了した僕の姿が人々の前に露わとなる。
小物な人間連中は慌てふためき、アッシュやアルベルトも驚いた顔で僕を観ている。
そうだ、もっと怯えろ……そして慄くがいい……!
魔族からも忌み嫌われる種族のお出ましだ…ッ!!
ハハハハハッッッ!!
クハハハハッッッ!!
………
………
なのに何故なんだ?おかしいだろ?
あの勇者は、なんで今の俺を観ても平然としている?
この姿が恐ろしくないのか……?
醜くないのか……?
嫌悪を抱かないのか……?
逃げ出そうと思わないのか……?
………なるほど、この男だけは……本当に、俺の考えが通じる奴では無いみたいだ。
ふっ、やはり変身して正解だったぞ。
奴の余裕綽々な態度を観て、改めて禁呪を使わなければ勝てなかったと確信した。
ならば様子見も出し惜しみも一切なしだ……最初からトップギアで行かせて貰う……!!
全身全霊を込めて貴様に挑戦するッッ!!!
「では行くぞ……」
俺は地面を力強く蹴り、全速力で奴の後ろへ回り込む。
それは、いつもと変わらない力加減だったのに──
──だが信じられない……驚く程に身体が軽いのだ!
まるで自分の身体では無いみたいだぞ!?
此処までの速度が出せるとは……何度も言うが信じられない。
それに風が心地良い……音速を超えたスピードとは実にイイモノだな……ああ、まるで風を支配下に置いた気分だ。
変身した事で足りない物が埋まったと感じるのは……険悪しててもやはり俺も根っからの悪魔族なんだな。
そして……ふっ──やはり思った通り、奴は俺のスピードに全く付いて来れないようだな。
勇者は俺がさっきまで居た場所を見つめている。
あれだけ強かった男が、俺に背後を取られた事にも気が付いて居ない。
まさか、これ程とは……
流石に想像を超えた強さだ。
最強の勇者が弱く見えるぞ。
──ふふ、ハッキリ言おう。
今の俺はあの魔王テレサより間違いなく強くなっている。変なプライドに拘らず、さっさと禁呪を使って殺しておけば良かった、そうすれば苦労する事も無かったんだ。
そうだ!いい事を思い付いた!
この勇者を殺したら、テレサ=アウシューレンを探し出して殺してしまおう!
フハハッッ!!あの女には今まで散々煮湯を飲まされて来たんだ!!この国を滅した後で、真っ先に始末しに行くとしよう!!
心で高笑いしながら勇者目掛けて剣を突き刺した。
既に俺が攻撃モーションに入っているというのに、奴はそれにすら気付いていない。
更に剣が進み、もう少しで矛先が勇者に触れる。
だがそれでも気付く様子はない。
こんなに差が付くとは……もしかしたら本当は弱かったんじゃ無いのか、と勘繰ってしまう程に勇者の全てが鈍く感じる。
今更反撃に転じても絶対に間に合いはしないさ。
もはや勇者はどう足掻いてもこの剣を躱す事なんて出来やしない。
間違いなく勝ったっ!!
──カルマはニヤリと笑い、勝利を確信した──
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「あいつ……」
変身したカルマが目の前に現れた。
身体は大きくなり、黒い翼が生えている。
目付きも鋭く尖り、身体中には呪咀のような模様が浮かび上がっていた。
観るからに悪魔だ……見た目かなり強そう。
いや、そんな事よりもアイツ──
──めちゃくちゃカッコ良くなってるじゃないか。
ずるい、俺もあんな感じにカッコいい変身、一度で良いからしてみたいぜ。
「では行くぞ……」
「え?」
何かを喋ったと思いきや、カルマは俺の目の前から姿を消した。
いったい何処に消えたんだろう?
「──ふぼぉぉっ!!?」
「うおっ!?なんだ?」
背後から間抜けな声がした。
何事かと思い振り返ると、変身したカルマが地面に転がっている姿がそこにはあった。
恐らく、今の変な声もコイツなんだろう。
「なにをやってるの?」
「………え?あれ?え?今どうやって?」
俺以上に困惑するカルマ。
という事は転がって遊んでたんじゃなくて、テレサが助けてくれたのかな……?
「(テレサ、何かした?)」
『あ、うん。剣が当たりそうだったから、反撃しといたよ』
「ありがとう」
なるほどな、急に消えたと思ったら、俺の背後に回り込んでた訳か……酷い奴だ許せない。
なんて事を考えてたら、またカルマが消えてしまった──
「ぐぎゃっっ!?」
──と思ったら直後に俺の真隣で悲鳴を上げ、今度は真上へと飛ばされていった。
それにより天井が崩壊し、瓦礫が無数に落ちて来る。
俺に当たりそうな瓦礫はテレサが全部弾いてくれてるが、確か地面には負傷した兵士が沢山いた筈だぞ…!?
「やばい、テレ──」
「主人様!!そこら辺に散らばっていた人間どもは全部回収致しました!!思う存分戦って下さい!!」
「おお!ありがとうアルベルトッ!!」
「当然の役目でございますっ!」
もうアルベルトめっちゃ好き。
オーティスさんといい、魔法使いって何で皆あんなに優秀な人達ばかりなの?
アルベルト……俺の部下してて大丈夫か?
だが安心も束の間──天井を突き破って行ったカルマが直ぐに舞い戻って来る。そして羽根をはためかせながら、俺から数メートル離れた場所へと降り立った。
「──し、信じられない……今の俺を此処まで追い詰めるなんて」
俺の力じゃないけど、折角だしイキっとくか。
「なぁ~に、悪くない動きだったぞ?ただ、俺が上回ってただけの事だ」
「……くっ!ふざけん──ぐばぁッ!?」
恐らく俺に襲い掛かろうとしたのだろう。
それをテレサが許さず反撃した為、カルマは衝撃波で吹き飛ばされて行った。
今度は手加減した様で、壁にクレーターを造ってめり込む程度に済んでいるが…………カルマは何度テレサの攻撃を受けたんだろうか?
まだ無事とかめちゃくちゃタフな奴だな。
「はぁはぁ……信じられない。今の俺は、魔王テレサを遥かに上回る力を手に入れた言うのに……」
「そ、そうなのか?」
『……えぇ~』
ごめん、今攻撃してるのテレサなんだわ。
てかテレサつよくない?
こんなに強いとは思って無かったんだけど?
カルマの方もかなり強くなったんだろうけど、テレサには勝てなかったみたいだな。
にしても本当に強そうな見た目に変身してるよなぁ~……
「(テレサ、カルマさっきよりだいぶ強くなってんじゃないか?)」
『え?いや、変わってないと思うけど?』
「(……え?マジ?いやでも、流石にちょっとは変わってるでしょ?)」
『う~ん……僕からしたら元々がう○こだったから、ちょっと良くなっても所詮はう○こじゃない?だからあまり違いとか解んないや』
「(いやもう例えが下品ッ)」
あまりの言い方に孝志が注意しようと試みるも、カルマがそれよりも早く行動を開始した。
今度は空中へと舞い上がり、そのまま上空から仕掛けて来るらしい。
「……最強の勇者よ……俺は君を尊敬する──だが此処からが本当の戦いだ。俺は自分の全てをお前にぶつける!!どうか俺の挑戦状を受け取って欲しいっ!!」
叫び声を上げながら、カルマは猛スピードで攻撃を開始する。
カルマは魔法で幾度も攻撃を仕掛ける──だがそれはテレサの衝撃波に打ち消され、全て不発に終わった。
ならば、と……今度は近付いて攻撃を試みるが、度々放たれる衝撃波で前に進む事ができなかった。
周りの人々はアッシュとアルベルトに守られて大丈夫だが、このフロアはもう原形を留めておらず、高級なシャンデリアは既に綺麗さっぱり消滅しており、辺りは瓦礫に埋れていた。
ギャラリー達は激戦に目が釘付けだったが、マリアはそれと同じ位この後の修理費の心配もしていた。
そんな彼女の心配を嘲笑うかの様に、戦いは激しさを増しゆく。
──なんて凄まじい破壊力なんだ!
一撃一撃が重く、相殺するのがやっと──
だがこれだけの衝撃波だ、恐らく、勇者も全力で放っている筈に違いない。
ならば突破してヤツの懐に潜り込む事が出来れば、近接戦闘を得意としている俺にも勝機がある──!!
俺は絶え間なく放たれ続ける攻撃を避けながら突破口を探した。
俺は必ず勝利してみせる!!
『……そ~っと…そ~っと……ふぅ~……』
「大丈夫?もしかしてキツイ?」
『うん、だいぶきついよ」
「無理しないでね?」
『これ以上弱い攻撃なんて出来ないから、力を抑えるのが難しいよ』
「……それあんまりじゃない?」
そう言えばう○こ呼ばわりしてたもんな。
でも向こうは必死だから少し同情してしまう。
しかもドヤ顔で自分の事をテレサより強いとか言ってたし……今戦ってるのがその魔王テレサとも知らず。
「グガアアァァァッッッ!!!!!!」
「──!!?」
『わぉ』
耳を覆いたくなる咆哮を合図に、カルマが頭上から孝志目掛けて突進を仕掛けた……恐らく、捨て身の特攻だろう。
カルマは近づければ勝機があるものと考えていた。
だからこそ、まだ体力が残っているうちに勝負に打って出たのだ。
一方の孝志は全部テレサ任せなのでする事がない。
カルマのスピードに孝志は付いて行けないので、手を翳す動作すら省いてテレサに衝撃波を撃って貰っていたのだ。
だから突っ込んで来たカルマも徒手で迎え撃つのだが、側から観ればノーモーションで凄まじい攻撃を放つ怪物にしか見えないだろう。
『孝志……ちょっと大きいの行くよ?』
「……あ、お願いします」
一際大きな轟音と共に、孝志から今までとは比較にならない程の攻撃がカルマに放たれる。
カルマが真上にいた事も幸いし、被害は天井だけで済まされたが、それでも天井は穴が空くどころか綺麗に消滅してしまった。
直撃のカルマは消滅こそ免れたものの、ぼろぼろの姿で上から落ちて来た。
辛うじて息はあるが間違いなく戦闘不能である。
「……ば……化け物……」
──かくして、カルマの野望は阻止された。
ただ、王国滅亡の危機こそ免れたものの、これから財政面で苦しむかも知れないとマリアは胃を痛めるのだった。
次話は大晦日ですが明後日投稿します。
予定のある人が多いと思いますが、時間がある時に読んで頂けると嬉しいです。
投稿時間は20時以降です。
今年最後となりますが、宜しくお願いします。