9・5話 アリアンとお見舞い
追加エピソードです
「──いま、私の名前を呼んだか?」
「………え?」
凛とした美しい声は、ユリウスさんの足下に縋り付く俺の背後から鳴り響く──そして、俺の全身を稲妻の如く駆け巡る。
「……ぁ……あぁ……」
悪寒を感じた。
しかし、無視する方がヤバそうだ……なので恐る恐る背後を振り返った。
するとそこに立っていたは──
「こうして話をするのは初めてだな孝志。私はアリアン・ルクレツィアだ。先程、そこら辺を歩いていた偉そうな奴に、今日からお前の訓練を指導する事になったと知らされた。なので挨拶に訪れたのだが…………一つ聞いてもいいか?」
え……?
『一つ聞いてもいいか?』の前にあった間が怖い……存在も怖いのに間も怖い。
どうして?なんでこんなに怖い人がこの世に存在するの?絶対良い子を演じよう、絶対に怒らせないように気を付けるもん。
「聞きたい事とは何でしょう?なんなりとお聞き下さいませ、アリアン様」
我ながら完璧な礼儀作法だ。
これなら不快に思わせる事もない筈──
「聞き間違いかも知れないが──いま、私の悪口を言ってなかったか?」
「…………」
……ふっ、まさかこんなに早く死ぬとはな。
母さんは元気だろうか?
お爺ちゃんも若い頃お婆ちゃんを失ったのに再婚もせず愛を貫いている。
妹の弘子も心配だ……でもアイツ、ケチャップ駄目にしたからなぁ。
「何故黙っている……?本当の事が知りたいんだ。私は陰口が最も嫌いだ──それとも沈黙を肯定と取るべきか?んん?」
遺言を残してる場合じゃない……!!
なんとか生き残れるように頑張らないと……!!
「いえ……ユリウスさんと談笑しておりました。ア、アア、アリアンについては剣術の素晴らしさを話してただだだ、だけですっ!」
「………」
再び間が生まれる。
その間アリアンはジッと孝志の顔を見つめている。
孝志は生きた心地がしなかった。
彼女が放つ恐怖の前では、その美しさなどオマケでしかない。孝志はただただ恐怖で心臓を高鳴らせていた。
「──そうか、信じよう……ふっ、面白い男だ。私ほどの美女に見詰められているのに、鼻の下を伸ばさないとはなっ!」
「……あはは」
怖いから伸びないだけだし。
でもなんか助かった、ありがとう俺の鼻の下。
「ただ覚えて置いてくれ……私には絶対に許せない事が一つだけある」
「……なんでしょうか?」
「さっきも言った様に陰口……そして裏切り、卑怯、嘘吐き……そういう輩が私は大嫌いなんだ」
あぁぁっ!?4つ言った!!
一つだけって言ったのに4つ言った!!自分自身が嘘つきだっ!!でもスルーしよう!恐ろしいから!!
「そうなんですね!」
「……ここは一つじゃないくて4つ言った事を嘘吐きと笑うところなんだが?」
え?めんどくさっ!
「あははは」
「ふふふふ」
攻略難易度が高過ぎる。
ただ話してるだけなのに、いつ斬られてもおかしくない狂気がアリアンさんには有る。
「好きな食べ物はなんだっ!」
「甘いものですっ!」
「そうかっ!私は甘いものが苦手だっ!」
「そうですか!ごめんなさい!」
「何故謝るんだっ!」
勢いで乗り切ろうかと思ったけど……も、もう心労の限界だ……あっ!そうだっ!ユリウスオジサンに助けて貰おうっ!
「ユリウ──え?居なぁい……」
音もなく消えてるんだが……つーか見捨てられた?アリアンさんとユリウスさんは身内の筈なのにどうして?
ダイアナさんも、ユリウスさんが来た辺りから居なくなってるし……詰みじゃね?
「御飯を食い終わってるな?──折角だから城を案内してやろう」
あ、やっぱり詰んでた。
アリアンさんと二人で探索とか……道中で五回くらい斬られそう。
「趣味はなんだ!?」
「ゲームですっ!」
「私はああいう娯楽は好かんっ!」
「ごめんなさいっ!!」
「だから何故謝る!?」
怖いからです……なんて言えない。
今の状況からどうやって逃れよう?
このままだと地獄巡り確定だ……あっ、そうだっ!アレを使おうっ!
「これから橘くんのお見舞いに行くんですよっ!」
「何ぃ?──むう……そうか」
流石のアリアンも橘のところに付き合うのは嫌らしい。
その理由はもちろん、手の甲にキスされたことを根に持っているからだ。
孝志は【橘雄星半殺し事件】について、少し勘違いをしているが、アレでもアリアンにしては寛大な処置だ。
橘が勇者でなければ既に殺されている。
そしてアリアンは少し迷ったが、よっぽど雄星の事が嫌いらしく、珍しい事に大人しく引き下がった。
因みに、孝志が雄星と交流を持つことに対して文句を言うつもりはない。
「では案内は別の日にしようか」
「はいっ!!!!」
「……なんでそんなに良い返事なんだ?もしかして私に案内されるのは嫌か?」
──はいっ!
「いいえっ!そんなこと有りません!!」
「……だよなっ!──じゃあ、後で」
「はいっ!アリアンさんお気を付けてー!!」
「はははっ!可愛い奴めっ!」
「……………ふぅ〜」
──悪夢は去って行った。
孝志の中では九死に一生……産まれて初めて橘雄星に感謝した。
だが、こんなもの所詮その場凌ぎに過ぎず、これからしばらく彼女と訓練なのだ……孝志はこれからの事に心底頭を悩ませた。
「取り敢えず、橘の見舞いに行くか……」
マジで嫌だけど行ってないのがバレると怖い。
殺されるよりは橘と話をする方が幾らかマシだ。
──戻ってきたダイアナの案内で、孝志は橘が療養中の病室へと向かう。
そして橘の居る病室の前へ到着する。
とても憂鬱だけど、アリアンさんに殺されさくないから仕方なく来ているだけだ……橘の事なんてこれっぽっちも心配していない。割とマジで。
──ノックをして数秒後、中から女性が姿を現した。
彼女は橘雄星のハーレムメンバー・奥本美咲。
金髪でギャルっぽい見た目が特徴的な色白美少女。
ただ彼女は孝志を見た瞬間、表情を顰める。
孝志に対して思う所でもあるのか……馬鹿にした目で睨み付けた。
「……なに?わざわざ来ないでくれる?」
「………見舞いに来たんだけど」
あぶね……手が出そうになった。
この女は、向こうの世界に居る時からやたら喧嘩売って来るんだよな。
橘や中岸さんみたいに無関心なら良いのに……コイツと接点なんか何も無い筈だが。
「見舞いにとか、いらないし帰ったら?」
いちいち話しをすんのも面倒くさい。
これ以上この女と話なんてしたくないし、もう帰ろう。一応、こうして訪ねたんだ……アリアンさんも許してくれるよね。
「じゃあもう帰るわ──因みに、橘もそういう風に思ってると考えていいんだな?」
「はっ、当たり前じゃん。わざわざ確認するまでもないんだけど?一人で居れば?ボッチがお似合いじゃん」
「そうか。でもお前も橘に媚びてるのが似合ってるぞ?馬鹿っぽい見た目通りだな」
「……っち!」
怒りに身を任せ、美咲は乱暴に部屋の扉を閉める。
言い合いで孝志に勝てる訳がないのだ。
橘一行をあまり良く思ってない孝志……その中でも奥本美咲へ対する嫌悪感が一番大きい。
キッカケは不明だが、向こうの世界でも奥本美咲と顔を合わせるとこんな会話になってしまうのだ。
「……やっぱりギャルとヤンキーはみんなクソだわ」
彼女の所為で孝志はギャルやヤンキーに対し、かなりエゲツない偏見を持ってしまっている。
「……そんなことより、俺って周りからボッチだと思われてる?」
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〜橘雄星視点〜
「美咲、誰か来てたみたいだが……誰が来てたんだ?」
「ん?……ああ、松本だよ」
「な、なにっ!?」
雄星はベッドから跳ね起きた。
離れた所でオヤツを食べていた穂花も、孝志の来訪を聞き、口の中のスナック菓子を喉に詰まらせる。
「穂花ちゃん……大丈夫?」
そんな様子を見ていた中岸由梨が水を穂花に差し出す。礼を言いながらそれを受け取り飲み干すと、穂花は身だしなみを整えるために急いで洗面所へと向かった。
後に続こうと雄星もベッドの上から降りようとする。
(まさか本当に来てくれるとは、夢でも見てるのか……まずいっ!後ろ髪が跳ねているっ!急いで直さないとっ!)※雄星※
(まさか孝志さんの方から来てくれるなんて……油断してたよぉっ!早く髪をセットしないとっ!)※穂花※
「──でも安心してっ!ウザいから追い返したよっ!」
奥本美咲はさも当たり前の様に話す。
ただし、それを聞いた橘兄妹の中で何かがピシャリと砕けた。
「「……はぁっ???」」
穂花と雄星は互いに声をはもらせる。
そして洗面所から帰って来た穂花と、ベッドに腰掛けていた雄星は憎しみに満ちた目で美咲を睨み付けた。
視線を浴びてる当の本人は気付かない……
だがこの瞬間、奥本美咲は橘兄妹から大きな恨みを買ってしまったのである。
(美咲……顔が良いから手元に置いてたのに……俺が嫌われたらどうするんだっ!クソッ!)※雄星※
(美咲さんのゴミカス)※穂花※
あまりの怒りに声が出せない二人。
そんな二人よりも先に、もう一人のハーレムメンバー・中岸由梨が、少し怒った表情で美咲に声を掛ける。
「それは流石に酷いんじゃないかな?」
「……え?良いじゃんあいつウザいし」
「第一、追い返したら雄星が怒るよ?」
「なんで……?雄星は松本のこと嫌ってんじゃん。いつも悪口ばっかり言ってるし」
(文句は言ってるけど、美咲と違って悪口は言ってないんだけどなぁ〜……)
由梨は昨日の訓練で孝志を睨み付けた経緯がある。
しかし、それは橘雄星が普段から孝志の話ばかりしてる嫉妬心から来るもの。
加えて、昨日は可愛がってる穂花まで奪われそうになったのだ……思わず妬んでしまったのである。
ただ、あの後すぐに由梨本人も『あの態度は無かった』と……その行いを心から反省していた。
向こうの世界の孝志に由梨は案外好感を持っていた……なので、どうにかして謝りたいと思っていただけに、美咲の行動に少し苛立ちを覚える。
そんな中、少し落ち着きを取り戻した雄星がため息混じりに言葉を発する。
「……なんて言って追い出したんだ?」
「雄星が会いたくないから帰れって」
「……俺が会いたくないと思ってるって……そう言ったのか?」
「うんっ!」
全く悪びれる事なく美咲はそう答えた。
もはや返す言葉もない。
まだうまく歩けない雄星はグッと怒りを呑み込み、穂花は孝志の後を追って部屋から飛び出して行った。
(……コイツ……絶対に何処かで斬り捨ててやるっ!)
雄星はそう心に誓った。