人をイラつかせるプロ 〜橘雄星視点〜
うざい回ですが、すいません。
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~橘雄星視点~
──俺はコーヒーブレイクを嗜みながら、午後の優雅なひと時を満喫している。
マリア王女に逢いに宮殿からわざわざ王宮にまで足を運んだというのに、彼女に会う事は出来なかった。
それに心なしか人が少ない気がする……まぁいい、たまたまだろう。
そしてもちろん、コーヒーにはたっぷり砂糖を入れ、俺の好みの甘さを醸し出す。
向こうの世界では味わえないレベルの高級感溢れるコーヒーは非常に美味なのだが……しばらく悪い出来事が立て続けに起こっているので気分は全く優れない。
そんなイライラを抑えながら、近くで佇む歳を食ったメイドに俺は尋ねた。
「──それで?……松本と穂花はいつになったら帰って来るんだい?」
由梨とミレーヌは、リーシャに連れられて何処かへ行ってしまった。
俺から離れるなんていい度胸だと思ったが、一人になりたい気分だから丁度良い。
しかし、世話する人間が居なくなってしまったのは確かだ。
仕方なくそこら辺に居たメイドを捕まえて世話を頼んでいるのだが……このメイドが本当に使い物にならない。
「──再三申し上げている通りでございます、橘様。孝志様と穂花様は戻って来るのに後数日は掛かると」
そう、何度訪ねても否定するのだ、この俺を。
何とかしようと言う気持ちが彼女には一切ない。
「──何を言ってるんだい?勇者である僕が、今直ぐに帰って来て欲しいと言ってるんだよ?だったら何とかするのがメイドの勤めじゃないのかい?」
「いえ、私はそうは思いません……それよりもコーヒーが空ですね。少々お待ち下さい、新しいものをお入れします」
「──あ……ちっ」
メイドは空っぽのカップにコーヒーを注いだ。
否定された事や、話を遮られた事に腹は立ったが、話してもイライラするだけの相手だし、これ以上は何も言わないとするか。
だが名前は覚えておこう。
確かダイアナと言ったか?松本に仕えている奴だ。
あの男に支えているメイドってだけでも気に食わないのに、それだけで飽き足らず、俺の望む事を全然言ってくれないメイドの存在なんて、とてもじゃないが容認出来ない。後で国王に言い付けて叱ってもらうかな?
──雄星はそんな事を考えながら、コーヒーが注がれたカップを受け取った。
その後でダイアナは後ろへ二歩ほど下がる。
(孝志様や穂花様は、貴方の為に獣人国へ向かわれたのですよ?それなのに……酷いお方だ)
口に出しては言わない、嫌悪する訳でもない。
ただダイアナは何も知らずに、ずっと孝志の悪口を言い続ける雄星が可哀想で仕方なかった。
もし、孝志が獣人国へ出向いた経緯が自分の所為だと知ったら、橘雄星はどう思うのか?
別段なんとも思わないかも知れない。
それでも……やはり本当の事は話した方が良いとダイアナは考えている。
何も教えなければ孝志と穂花も報われないし、何より橘雄星という男の為にならない。
しかし、かん口令が敷かれた以上、メイドが余計な口を滑らす訳にはいかなかった。
ダイアナはその事がもどかしくて仕方なかった。
「ところでメイドさん。松本は砂糖をどのくらい入れてるんだい?」
「え……?はぁ……9個程ですが……?」
「そうか……相変わらず味の解る男だ──なら僕のには10個入れてくれるかな?」
「はい……」
多糖で張り合って何になるのか、ダイアナには微塵も理解できなかった。
寧ろ少ない方が健康面では勝ちとさえ思える。
再び雄星の側へと近付き、ダイアナが言われた通り10個の角砂糖を入れると、そのコーヒーを雄星は優雅に啜る。
とてもじゃないがこんなモノ、ダイアナには飲めない。
しかし、孝志にせよ雄星にせよ飲み物で遊んでいる訳ではないので変わった味覚だと解釈する。
「……おいしい」
「そうでございますか」
「……ところで」
「はい、なんでございましょうか?」
「松本にはいつ会える?」
「…………」
──人をイラつかせるプロでしょうか?
言葉遣いは気にしませんが、橘様はいったい何度同じことを聞けば気が済むのかしらね?
……いえ、いけませんね、こんな事で腹を立てては……私もまだまだ未熟者です。
それに橘様も、そんなに会いたいのであれば普段から一緒に行動なされば良いものを。
あんな真面目で心優しい子を爪弾きにしておいて、何を今更……
再び繰り返された質問をどう返そうか悩むダイアナ。
──しかし、予期せぬ事態でその悩みは払拭される事となる。
「──婆さまッッ!!!」
何代前の勇者により【喫茶店風】な内装の施された雄星の寛ぐこの部屋。
その扉をダイアナの孫娘、エミリアが勢いよく開け放ったのだ。
「ッッ!!……エミリア!?」
普段礼儀正しく、気遣いの出来る孫娘のただ事では無い剣幕に、ダイアナは驚き彼女へと駆け寄った。
「エミリア、どうしたのです?」
「実は……ゔぇ……」
雄星がこの空間に存在している事に気が付き、思わず顔を顰めるエミリア。
加えて目もあってしまったので、変な声まで出てしまった。
……それでも怯んでいる場合では無いので、エミリアは直ぐに気を持ち直し、ダイアナに事情を説明する。
彼女は王国で今何が起こっているのかを祖母に話す。
また、王宮内部にも魔族が侵入している事も話した。
それを聴いたダイアナの表情はみるみる強張ってゆく。
雄星に捕まっていた所為で、大事な情報がダイアナにまで周って来なかったのだ。
「──エミリア、直ぐに動きますよ?」
「はい、婆さま!!」
かなり出遅れてしまったが、王宮内に残った人達の避難対応をしようとダイアナは動き出した。
しっかしまぁ、実に困った事が起こる。
エミリアはだいぶ慌てていたので、今の話を結構な声のボリュームで話してしまった。
それにより、なんと残念な事に、魔族並みに厄介な男に、今の会話が全部──聞かれていたのだ。
「──まぁそう慌てるな。魔族が侵入した程度、別に困った話では無いだろう?」
「いえ……橘様」
「……急いでるのにぃ……」
ドアから出ようとしていた二人は、勇者に呼び止められてしまったので、やむをえず後ろを振り返る。
無視しようにも相手が勇者である以上、特にダイアナはどうしても彼らを奉仕する立場的に無視は出来ない。
なのでエミリアもダイアナに付き合う形で雄星の方を、仕方なく向いた。
「──君達二人は、なにかとっても大事なことを忘れて居る様だね」
「その……急いでますので──と言うより、橘様も避難して下さい。今から案内するので……さぁ一緒に──」
「その必要は無いと言ってるんだ──僕が誰なのか、君達、よもや忘れた訳ではないだろうな?」
「「…………」」
え、まさか……と。
二人の中でものすごい嫌な予感が生まれた。
そして非常に残念なことに、その嫌な予感は速攻で的中する結果になった。
「──魔族如き、勇者である僕が蹴散らしてやろう……さぁメイド、その魔族の居場所にこの僕を案内するんだ」
「いえ、ですが此処まで侵入出来るような魔族は恐らく相当な手練れの筈です。訓練もろくに行っていない橘様ではとても……」
「なんだその言い方は?まるで僕が普段サボっているみたいじゃないかっ」
「……すいません」
「──ッ」
ダイアナは子供が言う事だからと目くじら立てずに謝る。
ただエミリアの方はサボってる癖にと苛立った。
こういうところが孝志との違いだとエミリアは思う。
にも関わらず孝志と雄星が勇者として一括りにされがちなのがエミリアには納得出来ない。
こんな我儘で自分勝手な男と、努力家で真面目な松本孝志が一緒である訳がないのだ。
そして雄星の勢いは止まらない。
「──じゃあ僕の力を見せてやるとするか……やれやれまったく」
「「………………」」
意気揚々と立ち上がった雄星。
やれやれと口にし、尚且つ、仕草でもオーバーにやれやれ感を出している。
加えて首をコキコキならし、用意万全といった感じだ……万全になることは何一つしてないと言うのに。
──やる気に満ち溢れているのは結構。
だがそんな自信満々な勇者を見ても、二人は不安にしか思わなかった。
まともな人間なら、コイツがまた何かやらかすんじゃないか?……と心の底から不安になるというもの。
なので当然、ダイアナは雄星を魔族の元へ案内するつもりは微塵もない。
なんであれ子供を死なせる訳にはいかないからだ。
──ダイアナは魔族の元へ案内する【ふり】をしながら、雄星を城の外へ誘導する事にした。雄星程度ならこれで十二分に騙せる。
後は……
……途中で敵と出食わさない事を祈るだけだ。
次話も明後日の20〜22時に投稿します。




