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第7話 集う者たち

「……というわけなんです」


ルルは言えない部分を省いて事情を説明した。具体的にはマーブル先生が勘違いして女子更衣室に連れてきてしまったところからである。

 ルルたちはすでに教室に入り、用意されていた8つの席から適当な椅子に座っていた。他のクラスメイトはまだ来ていない。

 セリカとフィンの二人は説明を黙って聞いていたが、話が終わると口をそろえて言う。


『いや、それはおかしい』

 

 ちょっとした事情で学校での常識が分からないことも伝えたのだが、二人とも訝しむばかりである。

「まず、女子制服が用意されていたことがおかしいし、男なのに女子更衣室に入ることもおかしいし、黙って着替えて入学式に出ることもおかしい」

「だから、それは混乱していて……」

「そのくせ、割と似合っているのもおかしいし、可愛いのもおかしいし、何より女のあたしよりも先にナンパされるってどういうこと!?」

 セリカが責め立てるようにルルの肩を揺さぶる。

「それは、知らないよ! 僕だって困惑してるんだよ」

「困惑してるのはオレの方だよっ! 最悪だ、学園生活初日に男を口説くなんて……」

 フィンはショックで項垂れている。

「『正直、タイプ』なんでしょう」

「うるせえ、からかうな」

 セリカがジト目でフィンを見る。どうも女性として尊厳を傷つけられたようで、八つ当たりである。

「とにかく、ルル。お前は着替えろ。心に毒だ」

「でも服は女子更衣室に……今から取りに行ったら時間が」

 それに女子更衣室に入ることが異常だと気付いた今、また入るのは気が引けた。

「お前、クラスメイトと女装して挨拶するつもりか。時間はいいから被害者が出る前に――」

 フィンが言いかけた時、教室の扉がガラガラと開いた。

 三人で扉の方を見ると、女子生徒二人と男子生徒一人が入ってくる。AAクラスは他の学科棟とは別れているので、教室へ向かうときに合流したのだろう。


「あら、皆さん、こんにちは。お早いですね」


 教室に入ってきた三人の一人、栗色の髪をした女の子が恭しく挨拶した。どこか上品な佇まいである。


「ルル、おまえがボサッとしている間に来ちまったじゃ……」

 ふいにフィンが言葉を止めて、挨拶してきた少女をまじまじと見つめる。

「か、可憐だ……」

 フィンはポツリと漏らした。

 確かにお世辞抜きで綺麗な女の子だとルルも感じた。

「フィン、まさかあなた……」

「正直、タイプだぜ……」

「……」

 セリカが頭を抱える。これからの長い学園生活を思っての事だろう。

「オレ、フィン・レギノールって言います。フィンって呼んでください」

「フィンさん、ですね。よろしくお願いいたします。(わたくし)、リタ・ブルローズと申します。仲良くしていただけるととても嬉しいですわ」

「こ、こちらこそ、仲良くしてもらえると凄くうれしいです」

 リタが微笑みながら言うと、フィンが照れるように笑う。

 フィンの挨拶を皮切りにみんながそれぞれ挨拶を始めた。


「あの……わたし、サナ・メンシスって言います。よろしくお願いします」

 リタの後ろで少し不安げにしていたもう一人の女の子、サナが挨拶する。ルルと同じくらい小柄な少女である。


「レオン・ヴェントスだ。西方の地、コルヌ平原から参った。よろしく頼む」

 最後の男子生徒は褐色の肌に金髪で、少し独特な雰囲気を醸し出している。そして控えめに言って美男子だった。


「ヴェントス……?」

 ルルは聞き覚えのある名前に反応してしまう。

「ん?」

「いや、何でもないよ」

 ルルは少し慌てながら、誤魔化した。普通の学園生活を送ると決めた以上、思い出す必要ない名前だった。

 ルルたちが挨拶すると、フィンはルルが男であることを説明する。

「みんな、騙されるなよ。こいつ男だからな。女装しているだけで男だからな」

 フィンは特にレオンのほうに向かって言う。被害者を抑えたいらしい。当のレオンは驚いた顔を見せつつも『事情は人それぞれだからな……』と複雑な顔をした。

「まあ、ルルさんは女装の趣味がおありで。とっても似合っていますわ」

 何故かリタはうれしそうに食い付く。

「いや、ブルローズさん、これは成り行きで」

「私のことはリタとお呼びください。私もルルさんとお呼びしていますし」

「えっと、リタさん。勘違いしないでほしいんですけど、ちょっとした手違いがあって着ているだけで、特にそういった趣味があるわけではないんですよ」

 フィンが話に説得力がない、とつぶやいたが、リタは信じてくれたようである。

「……そうなんですか、残念です」

 ただどういうわけか肩を落としてしまう。


 その後、みんなで談笑しあい、一通りの挨拶を済ませた後、フィンはおもむろに呟く。

「これでリタちゃんに、サナちゃんに、セリカ、ルル、レオン、オレで6人。AAクラスは8人だからあと2人だな」


 そろそろ新学期最初のホームルームが始まる時間なのだが、あと2人来ていないのは少し妙だった。欠席だろうか、とルルは思う。

「この教室、ちょっと空気がこもっていますね。喚起しちゃいますね」

 話しているうちに少し暑くなったのか、サナが窓を開けることを提案した。特に断る理由はないので、サナは近くの窓を開けに行く。

「よいしょっ」

 鍵を開け、窓をスライドさせて開く。すると籠っていた空気が薄れ、春の気持ちの良い風が頬を伝った――


「良いタイミングだっ、ぬぅんっ!」

 

――奇妙な掛け声とともに。


 どしん、と謎の人物が窓枠に着地する。

「きゃああっ!」

 サナが叫び声をあげて、尻もちをつく。どうやら腰を抜かしたらしい。

 無理もない。AAクラスの教室は3階である。その教室の窓に突然、人が飛び乗ってくれば誰でも驚く。

 しかも飛び乗ってきたのは女子生徒で、優雅にポニーテールを揺らめかした。

「おっと、驚かせてすまない。急いでいたが、廊下を走るわけにもいかず、かと言って入学日早々、遅刻するなどユースティア家の恥。まさにナイスタイミングで窓を開けてくれたよ……ありがとう」

 女子生徒は窓の格子から飛び降りると、尻もちをついているサナに手を伸ばして引き上げる。

 あまりのことにサナたちは目を白黒させた。

 さっきの跳躍、間違いなく魔闘術(マギアアーツ)だろう。セリカの写真を取った時と同じく、跳躍力を強化したのだ。窓枠への着地にブレがなかったことから、相当の腕前だとルルは感じた。

「うむ、自己紹介をする必要がありそうだな」

 誰の返事も待たず、女子生徒は自信に満ち溢れた表情で話す。


「私の名前はジャンヌ・ユースティア。正義を掲げる大陸最強のユースティア流、その本家の末子だ。私自身はまだ修行中の身だが、この学園で更なる高みへ登れるよう研鑽(けんさん)していくつもりだ。みんなよろしくお願いする」


「おい、ユースティア流ってまさか」

 フィンが指をさして驚く。みんなもその異名は知っているようだ。

「せ、正義の最強変人剣客集団……」

「む? 気のせいか、妙な言葉が混じっていた気がするぞ」

 ジャンヌが訝しむ。フィンが動揺するのも無理はない。ユースティア流の珍妙な武勇伝はフォルテナ王国では有名な話だった。

 曰く、幼少期から鍛練のため虎と戦っている、とか。

 曰く、戦った相手の全身の骨が砕けていた、とか。

 曰く、人助けだと言って山賊のアジトに単身乗り込み、山ごとアジトを吹き飛ばした、とか。


「いきなり窓から入ってくるとは、やっぱユースティア流ってのはやばい奴らだな……」

「ほお、それはまさか我らユースティア一門を馬鹿にしているのか?」

 フィンが不用意に発した言葉にジャンヌが睨む。

「い、いや、そんなことは……」

「どうやらその表情、ユースティア流の素晴らしさを理解できていないと見える。今日の放課後、小一時間ほど時間をもらおうか。みっちり、ユースティア流の何たるかをたたき込んでやろう」

「げっ、けっこう、結構です。分かってますから!ユースティア流の素晴らしさは……」

「ならば、小一時間ほど共に語り合おうではないか、ユースティア流の素晴らしさを!」

「た、助けてくれ!」

 どうしようもなくなったのかフィンが助けを求めてくる。


 とりあえず暴走し始めているジャンヌを止めるべく、ルルは話を逸らすことにした。

「そういえば、ジャンヌは何で遅刻しそうになってたの? 講堂からは確かにちょっと遠いけど、道に迷ってたの?」

「いや、もともと父上の伝手で、この学園には一度来ていてな。教室の場所も知っていたのだが、どうやらこの学園は広く、道に迷う生徒も多くてな。ちょっと道案内をしていたらここまで遅れてしまったというわけだ」

「新入生なのに、道案内してたんだ……」

「困っている人を見過ごすわけにはいかないだろう?」

 当然だと言う立ち振舞いでいい放つ。

 新入生の仕事ではない気もしたが、どうやら世話好きなのかもしれない。

「君の名前はなんと言うのだ?」

 ジャンヌはルルの身体をチラリと見る。

「ルル・ラナンクルス、だけど」

「なるほど……これは中々、良い稽古ができそうだ。ルル、同じ女子同士仲良くしてくれると助かる」

「よろしく……男だけど」

「む?」

 ジャンヌもみんなと似たようなリアクションをとる。

 ルルはジャンヌが言った事が気になった。稽古というのはひょっとしたら、ルルが魔闘術を使えることを見抜いたのかもしれない。しかし、だとしたら男であることも見抜いてほしかった。願望を込めた眼差しをジャンヌに送るも、怪訝な顔をしながら固まっている。


「は~い、みんな席に着いて」


 そしてジャンヌにみんなの視線が集まる中、明るい声と共に二十代半ばと思われる女性が入ってきた。服装から見て彼女がこのAAクラスの教師なのだろうと、ルルは思った。


「よし、全員揃って……ないじゃん。いや~、八人しかいないのに入学そうそう遅刻する奴がいるなんて、前途多難だね、あっはっは」


 本当に教師なのか少し不安なほど、あっけらかんとした女性だった。

 ルルたちは黙って成り行きを見守る。

「まあ、いっか、そのうち来るでしょ。まずは自己紹介から始めちゃいますか」

 女性教師はチョークをくるっと一回転させると、黒板に大きく名前を書いていく。

「私の名前は、マイア・ロードベル。呼ぶときはマイア先生でいいわ。年齢は秘密、結婚はしてないわ。私を口説きたいときは上質なバッグかワインを用意すること、いいわねっ」

 チョークを置くと、ルルたちに向けて軽くウインクする。


(生徒に酒とバッグを貢がせるのかよ)

 フィンが心のなかでつっこんだ。


 『なるほど、これが名門学園の教師と言うものなのか』と変に常識を刷り込まれていくルルを他所に、とんでもないところに入ってしまったと思う5人であった(ジャンヌは除く)。

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