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第4話 セリカ・アウルシェル

「あたしの名前はセリカ・アウルシェル。同級生なんだし、セリカって呼んでね」


 手当てを終えた女子生徒――セリカは、朗らかな声で自己紹介した。写真も無事取り戻すことが出来て、安堵している様子である。写真はもう飛ばされないように鞄の中にしまっていた。


「僕はルル・ラナンクルス。僕もルルって呼んでくれると嬉しいかな」

 ルルも簡潔に挨拶した。


「よろしく――って、ボク? ま、まさかのボクっ娘……初めて見た」

 驚いた様子のセリカ。『女の子』としては珍しい言葉遣いだったためである。

「な、何か、変かな?」

「ううん、いいと思うよ! よく見るとちょっとボーイッシュだし。個性的だけど、うん、似合ってる」

 セリカは自分で言って自分で納得している。当然、男の子であるルルには意味が分からない。

「それでルルちゃん」

 セリカは何かを訊きたそうに言う。だが、ルルは呼び方が引っかかった。

「……『ちゃん』はつけなくてもいいかな。ほ、ほら、子供っぽいし」

 ルルは背も小さいため、よく子供扱いをされていた。

 しかし、初対面の同級生に子供扱いされるとは少しショックであった。実際はルルを女の子だと勘違いしている事が理由である。

「そうかなぁ、別にそんなに気にすることはないと思うけど。でも、まあいいや、じゃあこれからはルルって呼ぶね? それでルル、さっきのすごいジャンプのことなんだけど、聞いても大丈夫かな?」

 どうやらセリカは写真を取った時の跳躍が気になっている様子である。

「……ジャンプっていうと、『魔闘術(マギアアーツ)』のことかな」


魔闘術(マギアアーツ)』。その起源は千年以上前だと言われる魔力を用いた格闘技術の事である。『魔闘術(マギアアーツ)』を用いれば、体内で生成される魔力のみで戦闘に必要な身体強化――皮膚の硬化、筋組織の増加、神経伝達速度の高速化など――を行い、常人の数倍の戦闘能力を得ることができる。戦において銃砲が一般的に使われるようになるまで主戦力として扱われてきたが、50年前の魔力革命以降めっきりと使用されなくなってしまった。

 

「へ~、つまり昔流行った格闘技みたいなものなんだ」

「格闘技って言うにはちょっと物騒すぎるかもね。殺し合いの技術だから」

 ちなみに『魔闘術(マギアアーツ)』が衰退した理由としては純粋に会得が困難であったためである。体内で繊細な魔力のコントロールが必要であり、もし仮に魔力の制御を怠れば筋組織や神経系に深いダメージを与え、最悪の場合死に至る。そんなものより、誰でも簡単に使える『魔術装置(マギアデバイス)』の方が、兵器として運用されるのは自明の理だった。


「ん? じゃあルルはどこでそんな技術を?」

「えーっと、父親が軍の所属でね、幼いころ、色々と教えてもらったんだ」

 嘘だった。ルルの技術は純粋に殺し合いの中で育てられたものである。

「そっか、お父さんにかぁ。ねぇ、ルル。あたしでも魔闘術を覚えられるかな」

「練習すればできると思うけど……最低でも4,5年はかかるって言われてるからなぁ」

「それじゃあ卒業まで練習しても駄目かぁ、がっかり」

「あははは……」

 一昔前の戦闘技術なので、一般生活ではあまり役に立たないのだが。

「そっかぁ……あたしじゃ無理そうか。ねぇ、ルルのお父さんって今、どこで働いているの? この近くだったりするのかな」

「えっ?」

「ほら、本場の軍人の魔闘術とかちょっと見てみたくなっちゃって」

「あ、うん……えっと、父さんは東のテルミナ配属だから、ちょっと会うのは難しいかな」

「そっか、駄目かぁ」

 セリカはまた残念そうな声を上げた。

 ルルは父親のことを知らないし、軍にいる話もデタラメである。この話を掘り下げるのは危険だと思い、別の話に変える事にする。

 父親といえば先ほどの写真の事が気になっていた。


「そういえばさっきの写真に写ってた人はセリカの両親?」


 木の枝に引っかかっていた写真には男性と女性が一人ずつ、小さな女の子を真ん中に添えて微笑んでいる様子が映っていた。

 ルルとセリカの間を一瞬、風が吹き抜ける。

「うん、そう……私の家族が映った、たった一枚の写真」

 少し間をおいて、セリカは俯きながら言った。

「たった一枚?」

 言うか、言うまいか逡巡したのだろう、再びセリカは少し間を取った。だが、ルルの顔を見て口を開く。

「あたしが子供のころに家が火事で焼けちゃってね、お父さんもお母さんも……他の写真も全部なくなっちゃったんだ」

「……」

 ルルは重い話に踏み込んでしまったと思った。家族のいないルルでは慰めの言葉は思いつかない。

 ルルはどう言うべきか悩んでいると、セリカはルルの前で手を左右に振る。

「やだなぁ、別に昔の話だって。今はもう乗り越えてるからそんな辛気臭い顔しなくて大丈夫よ。ただ、この話をしたのはあの写真はそれだけ大切なもので、それを取ってくれたあなたにはとても感謝しているってことを伝えたかったってだけ。おーけー?」

「お、オーケー」

 ルルは反射的に答える。少し誤魔化しているような気がした。


「でも、魔闘術ねぇ。確かにこうして役立ってるから便利そうだけど……よくよく考えてみると、ルルのお父さん、かなりスパルタな人よね」

 セリカは場の雰囲気を変えるためか、少し大げさに声を上げながら、話を魔闘術に戻した。

「え、なんで?」

「だって特殊な訓練が必要で、軍専用の技なんでしょ? 普通『女の子』に教えたりしないと思うけど」

 セリカはさり気なく言ったが、ルルには聞き流せない言葉が混じっていた。


「『女の子』って、誰のこと?」


「ルルに決まってるじゃない。ひょっとしてボクっ娘だし、男の子として育てられてきた、とか? まさかね、あはは」

 セリカが笑っている姿を見てようやくルルも察し始める。

 ひょっとするとセリカは自分の事を女の子だと思っているのではないだろうか。

 そういえばセリカは明らかに女子で、普通の女子制服を着ている。

 ルルの額から汗がにじみ出てきた。

「セリカ、一つ確認したい事があるんだけど」

「ん、なに?」

「この学校って男子生徒が女子制服を着る習慣があったりする?」

「……え??」

 質問の意図が分からず、セリカは少しの間フリーズする。

「ないけど……なぜ、そんなこと訊くの?」

 戸惑いつつ、答えるセリカ。答えを聞いたルルは、なぜかセリカよりも戸惑っている。

「い、いや、ないならいいんだ、ないなら……」

 やはり男女逆転制服などという奇天烈な文化はフォルテナ王立学園には存在しなかった。

 現状、ルルは男子生徒なのに女子の制服を着ている変質者である。


「……ばれるわけにはいかない」


 ルルは小声でつぶやく。

 少なくとも入学式が終わるまでは隠し通すことに決めた。

 入学式の後、生徒は割り当てられたクラスの教室へ行き、簡単なホームルームをして解散となる。

 セリカとはここで別れる事になるだろう。そして教室に行く移動時間に元の服に着替えてホームルームを受けよう、と考える。

 制服を着てないので目立つだろうが、女子制服よりはましである。学校側の手違いで用意できていないのだからルルに非はない。

「ルル、顔色が悪そうだけど大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。大丈夫だから講堂へ行こう。入学式ももう始まるしさ」

「?」

 ルルはセリカの手を引っ張って入学式へと向かう。

 若干、スカートの動きやすさに慣れ始めている自分に、嫌気がさしながら――。

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