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第3話 始まりの春

 一つここで知っておかなけれならないことがある。


 ルルはこれまでの人生で一度も学園生活、および教育機関というものに関わってこなかった。ルルにとっての学園生活内の常識とは全て外聞から取り入れたイメージに過ぎない。

 付け加えるとルルの交友関係は非常に狭く、そして異質であり、その外聞が正しいと言える根拠は存在しない。

 つまり、何か非常識な事態に出くわした場合、疑うべきは他人ではなくルル自身なのだ。


――フォルテナ王立学園の男子生徒は入学式に女子制服を着る習慣がある。


 ルルは真剣にその事実を考えていた。

 ……単純に性別を間違えたという事はないだろうか。

 ルルは中性的な顔立ちをしており、何度か『女みたいだ』と揶揄われたことがある。

 しかし、入学する際に男女を間違えたりするだろうか。

 いくら女の子のような顔立ちでも書類上なら間違えたりはしないはずだ。

 書類の作成は全て宰相が執り行ってくれた。宰相やフォルテナ王立学園が、性別を間違えるようなミスを犯すとは考えにくい。

 また、こうして制服が用意されている以上、マーブル先生が一人で勘違いして女子更衣室に連れて来たとは考えられない。

 つまり、信じられないことだがフォルテナ王立学園には、あるいは全ての学園の入学式では女装する習慣があるという事なのだ。

 ルルは結論付けた。


――そうなのだろうか?


 フォルテナ王立学園校門前。

 ルルと別れたサルトワール宰相とミューゼス、クレメンス学園長が入学式を執り行う行動へと移動していた。

「そういえばミューゼス。ルル君の名前が本名のまま入学手続きをしていたが、大丈夫か。例の組織に狙われる可能性を考慮すると名前を変えた方が良かったのではないか?」

 あの組織が本気になれば名前を変えるどころか、顔を変えても探し出せるだろうが、何も対策をしないというのは心もとない。宰相は今更ながらに質問をした。ミューゼスはその辺りのことはきちんと考えて動ける男である。

「ラナンクルス様たっての強い希望でしたから。名前は変えたくないと」

 ルルが名前を変更することに強く反発していたことは宰相も知っていた。

「では情報対策は一切してないのか?」

「いえ、焼け石に水、程度の対策はいたしました」

「ほう、どのような?」

「書類上、女子生徒で登録させて頂きました。別の学科に所属する」

 完全な偽造だが問題はない。宰相の力は司法を十分に抑えられる。

「なるほど、男子生徒で探しても『書類上』は、発見できないというわけか」

「はい。この学園や行政機関で管理する情報は男女で分けられていますので。効果は薄いかもしれませんが、名簿上からラナンクルス様を見つけるのは困難になったはずです」

「なるほど……。オウディオ、このことは知っていたのか?」

 知らないはずはないが、念のため学園長に確認を取った。

「ええ、事がことですので私と一部の人間しか知りませんが。もちろん、制服などは男子生徒のものを取り寄せております」

 しかし、クレメンス学園長は知らなかった。取り寄せる際に有能な部下によって『間違い』が正され、書類通り女子生徒の制服が届いたことに。さらに届けられた女子生徒の制服と中性的なルルの顔立ちにマーブル先生は勘違いをしてしまっていることに。

「はっはっは、それは良かった。まさか女学生として青春を謳歌することになっては堪らんからな」



「き、着替えました……」

 ルルは困惑ながらも着替えを済ませた。恥ずかしくて目を伏せる。

 今までズボンしか履いてこなかった人間にはスカートが何とも頼りない。太腿の辺りの風通しが良すぎて激しい違和感になるのだ。

 胸の部分もゆとりがあるのかスース―している。

「あら、とても良く似合っていますわ。そんなに恥ずかしがることは有りません。胸を張りなさい」

 無茶を言わないでください、と内心大声で叫んだ。

 昔、ステラが女装したら似合いそうと言って、スカートを押し付けてきた時のことを思い出す。まさか本当にそんな日が来るとは夢にも思わなかった。

「あの、本当にこれで入学式に出るんですか……?」

「……? フォルテナ王立学園の生徒として制服で式典に出るのは当り前ですわ」

「だ、男子生徒も?」

「もちろんです。男子生徒も制服を着るに決まっているでしょう。さっ、妙な事を言っていないで講堂へと向かいますわよ」

 男子生徒も全員『この』制服を着るらしい。

 この学園では男装、女装でも流行っているのだろうか。

 いや、マーブル先生の言い方によると一般常識として存在しているらしい。

 無知は罪である。こんな当たり前に女装する習慣があるのなら、ステラの言う事を聞いて少しでも慣れておいた方が良かった、とルルは完全に誤解した。

 

 再びマーブル先生に連れられてルルは講堂へと到着する。

 どこぞのコンサートホールのような大きな講堂である。入口は大昔に造られた凱旋門に酷似しており、創設者の拘りが強く感じられる。講堂の入り口には既に多くの生徒が集まっており、立派な外観の門を前にあちこちで興奮の声を上げていた。ルルの視線は自然に男子生徒へと向かう。

「マーブル先生、男子が普通の制服を着ていますよ」

「……先ほどから制服を気にしていらっしゃいますわね。もしかして当校の制服はお気に召さなかったのかしら?」

「いえ、そんなことは」

 服装のデザインに関しては文句はない。あまり言いたくはないが、鏡で自分の制服姿を見て似合っているし、可愛いと言えないこともない。

 しかし、どういうことなのだろう。女装する生徒と普通の男子制服を着る生徒がいるというのは。ひょっとすると男女問わず顔で制服を決めていたり、あるいは完全なランダムで男女の制服を分けられるといったことをしているのかもしれない。ルルは思案する。

――そもそも女装するにしても女子更衣室では着替えないだろう、といったことは混乱したルルの頭では思いつかなかった。

「では、入学式の準備もありますので失礼いたしますわ。何か不便な事があれば迷わず相談しに来てください」

「あ、はい……」

 マーブル先生は講堂の裏手に周っていく。彼女も忙しそうなため、制服の件は一端置いておくことにした。



 ふぅ……、とルルは深呼吸をした。

 そして辺りを見渡す。

「来たんだよね……」

 ここにいるのは『普通』の学生たち。これから始まるのは一般的な学園生活である。

「来た……僕でも、やっと普通の人間になれたんだ」

 女装した生徒が普通かどうかはともかくとして。

 ルルにとって学園生活を謳歌することは重要な意味を持つことだった。


「……ん?」


 ふと、とある女子生徒がルルの目に留まる。桜の木の下でじっと上を見上げている。正確には桜の木の枝を見ているといった方が正しいのかもしれない。入学式がもう始まろうとしているが、その女子生徒は真剣に枝を見続けていた。

 彼女の髪の色が、桜と同じピンク色だからであろうか。

 枝葉の隙間からこぼれる木漏れ日を浴びた彼女は、とても綺麗に見えた。

「何を見ているの?」

「わッ!」

 ルルは気が付くと声をかけていた。脅かすつもりはなかったが、集中していたせいか彼女は軽い叫び声を上げる。

「ごめん、驚かせちゃった?」

 ルルは少しだけばつの悪そうな顔をしながら「あははは」と無邪気に笑った。女子生徒はルルの無害そうな笑顔と『制服』を見て、少しだけ安堵する。

「ずっと桜の木を眺めているから気になっちゃって。もうすぐ式も始まりそうだしさ」

 ルルがそういうと女子生徒は木の枝と枝の間を指さした。そこでルルもようやく気付いた。

 一枚の写真が木の上の方で引っかかっている。

「あの写真、眺めていたら風で飛ばされちゃって。誰かを呼びに行こうと思ったんだけど……ほら。また風で飛びそうなのよね」

 確かに今にでも飛んでしまいそうなほど、写真は枝と枝の間ではためいている。目を離せないわけである。

「大切な写真なの?」

 女子生徒は見るからに真剣な面持ちである。

「うん、とても大切な写真だから……絶対になくしたくないの」

「そっか……」

 それなら確実に取ってあげることが『正しい選択』のはずである。

「あの、申し訳ないけど、用務員の人に言って梯子を貸してくれるよう頼んでくれないかな。あたし、見張ってないと不安で……」


「その必要はないよ」


 助けを呼んでいる間に風で飛ばされる可能性があるなら、今ここで取った方が確実である。ルルはそう判断した。

 集中……するまでもなく、自然体で脹脛(ふくらはぎ)に魔力を集める。そして、折り重なる桜の木の枝葉に当たらないように写真を確保できるルートを探した。

「え? あ、あの……」

「よし、ここなら」

 女子生徒は困惑していたが、ルルは気にも留めず、その場で屈むような姿勢をとった。立ち幅跳びのような、斜め上に飛び跳ねる姿勢である。

「せーのっ!」

 ルルは脹脛に貯めた魔力を筋組織へと変換し、一気に跳躍する。

 跳躍距離も問題なし。ちょうど写真が挟まっている枝の所で最高点に達した。


「ええーーっ!」

 素っ頓狂な声が木の下で聞こえた。目の前の人間が身長の3倍以上飛び跳ねたのである。

 現在の、一般的なフォルテナ王国民としては当然の反応であった。


 ルルは枝の間に挟まっていた写真を素早く取ると重力に任せて落下する。すぐに地面へと到達するが、ルルは膝関節を巧みに使って衝撃を殺し、ピタっと軽やかな着地を決めた。魔術と体術の合わせ技『魔闘術(マギアアーツ)』が使えるルルにとっては朝飯前の技術である。

「なっ、なっ……」

「はい、これ」 

 口をパクパクとさせている彼女に写真を渡す。

 写真には笑顔の男性と女性、そしてその真ん中には小さな女の子が映っている。まさに幸せな家族、そのものを映した写真だった。

「あ、あなたいったい……」

 女子生徒は何者なの、と言いかけてその言葉を飲み込んだ。

 写真を差し出された手を見て……枝を引っ掛け、切り傷が出来ている手を見て……そんなことよりもまず言うべき言葉があると気付いたからだ。


「……ありがとう」


 女子生徒は大切そうに渡された写真を握る。そして気付いたように自分の鞄を取り出した。

「ちょっと待ってて。あたし、ガーゼを持っているから」

「いいよ、これくらい。大した傷じゃないし」

 ルルは手の甲の傷を確認する。実際ルルにとっては気にならない程度の傷である。

「いいから、これくらいはさせて。お礼にはならないかもしれないけど」

 『あたしの所為で怪我をさせちゃったからね』とルルの手を引っ張り、ちょっとだけ強引に手当てをする女子生徒。


 ルルは少し、照れたような笑顔で返した。

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