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第10話 ルームメイト


「それじゃここでお別れね」


 あれから来た道を折り返し、ルルとセリカは男子寮と女子寮の分かれ道に到着した。帰り道では何やら顔見知りだった宰相との関係についてセリカに延々と訊かれることになったが、父親が知り合いだったという体で、何とか誤魔化した。

 ありがとう、架空の父よ。ルルは手を合わせて感謝する。

「うん、また明日」

 セリカが手を振りながら女子寮へ向かっていく。

「ルル、ちゃんと男子制服を着るのよ~」

「分かってるよ!」

 ルルは声を大にして返答し、男子寮へと向かった。


 フォルテナ学園男子寮は学園内の最北東に位置する4階建ての建物である。老朽化の問題で近年建て直したらしく、最新建築技術である鋳鉄を用いたシンプルながらも高級感あふれる外観をしている。

 ルルが寮の見た目に感嘆していると初老の寮監がルルを出迎えてくれた。すでに制服の事情は伝わっているらしく、『とんだ手違いと勘違いがあったものよのう』と、寮監は歯を見せて笑っていた。ルルは寮生活について一通りの説明を聞くと、自分の部屋へと進む。寮内も外観と同じくシンプルだが、天井が少し高く、開放感のある作りになっていた。

「ここかな」

 ルルが自分の部屋へ到着するとネームプレートに二つの名前が書いてあることに気づいた。

 ルル・ラナンクルスとフィン・レギノール。どうやらフィンと同室になったようだ。


「よっ、お帰り。まさか一緒の部屋になるとはな」


 フィンはベットの上で横になって、くつろいでいた。部屋は想像以上に広く、間取りや雰囲気は寮というよりはホテルに近かった。高価そうな机と椅子が二つずつ備え付けられていた。

「すげえ、部屋だろ。まるで王城の客間に案内されたかと思ったぜ」

「それは言い過ぎだと思うけど、確かにすごい豪華な部屋だね。椅子の座り心地も良さそうだよ」

 ルルは手で椅子を触り。座り心地を確かめた。

「ま、ルームメイト同士仲良くやってこうぜ」

 フィンは屈託のない笑みを浮かべる。まだ会って1日だが随分と仲良くなった気がした。フィンの人柄のおかげだろうか。

 そんなことを思っていると、フィンはルルの姿をまじまじと見ながら呟いた。

「しっかし、ルルは本当に女装が似合っているな。くぅ、見た目だけなら、女の子と二人のドキドキ同居生活なのに。くそっ」


 ルルは真顔になった。


「フィン。一緒に生活するにあたって、念のためだけど一応約束して欲しいんだ」


「おう、共同生活だから色々あるよな。ただ、寝言といびきは勘弁な」

「その、いくら女の子に見えるからって……夜、ベットで襲ってこないでね」

 直後、フィンのチョップが頭に直撃した。



「それで早速のデートはどうだったよ」

 仕切り直して、フィンがからかうように言う。

 デートというのはさっきのセリカとのことだろう。

「……失敗だったよ。まさか尾行がバレて背後をとられるなんて…おかげで重要な部分は隠されてしまったかな」

「なんの話だよ…」

 もちろんデートの話である。

 ルルは少し考えたが、一応ロスのことをフィンに話しておくことにした。

 フィンはルルの話をウンウンとしばらく聞いた後答えた。


「ま、オレたちには関係ない話だな」


「え?」

 フィンのあっさりした返答にルルは戸惑った。

「ひょっとしたらテロリストが紛れ込んでるかもしれないんだよ?」

「ないない、オレもそいつらの話は聞いたことあるが、狙われているのはあくまで軍部や国家中枢の人間。若い芽を積むっていうのもあるが、そもそも狙う気があるなら、とっくの昔にやってるって」

 確かにアルビニアの亡霊が子供を襲うとか、そういう話は聞いたことがなかった。ロスは気掛かりだが、フィンの言っていることは正しい。

「まあ、正直言って学園に入ってきたテロリストをやっつけて、一気にモテモテの人気者になりたいお前の気持ちは分かる」

 そんな気持ちはない、とルルは怪訝な顔でフィンを見る。

「だけどな、そういう対処は王国軍の仕事だろ? 何であれオレたちには関係ない話さ」

「……そっか、関係ない話、か」

 宰相が何やらコソコソ話していたため、無駄に気を張っているのかもしれない。何より問題があってもフォルテナ王国軍が解決してくれるはずだ、とルルは自分を安心させる。しかし、念のためロスの事情は訊いておいたほうが良さそうだ。

 それからルルは殆ど着替えだけの荷物をまとめて、背伸びをしながら椅子に座った。

「そういえば、レオンもこの寮なんだっけ?」

 ルルはふと思い出したように訊いた。

「ああ、そうなんだがちょっと心配なんだよな」

「心配……?」

「だって、レオンのやつ、ロスと同室なんだぜ? 違う部屋にした方がいいんじゃないかって提案したんだが、断られちまった。『例え問題があったとしても自分でまずは解決したい』ってさ。あいつも変わっているよ」

 レオンも魔闘術を使える。仮に喧嘩になったとしても一方的にやられることはないだろう。

「まあ、何かあった時は力になってやろうぜ。あのユースティア流をけしかけてやれば、少しは大人しくなりそうだしな」

 チャンスがあったらお返しに腹に一発喰らわせてやるぜ、とフィンは拳を突き出した。

「それはそれとして、レオンの奴、どう思う」

「どうって?」

「顔だよ、顔。かなりイケメンじゃないか? 俺はリタちゃんがとられないか心配なんだよ。くぅ、コルヌ民族は美男美女が多いって噂は本当のようだな」

 確かにコルヌ民族美男美女説の真偽はともかくとして、ルルから見てもレオンは美男子だった。


「……コルヌ民族、か」


 コルヌ民族というのはフォルテナ王国西方の地コルヌ平原に住む民族の総称である。ここにはグランディス帝国と接しているコルヌの大樹海も存在し、中に入って無事に出られるのはコルヌ民族だけだと言われている。ちなみに、グランディス帝国とフォルテナ王国は現在休戦中であるが、戦時中はこの樹海が天然の要塞となってグランディス帝国の侵攻を抑えていたらしい。


「……レオンは他に何か言ってなかったかな?例えば家族の事とか」


「え、家族? ……そういえば家出中の兄を探しているとか、言っていたな。何か知っているのか?」

「……、いや何でもないよ」

 ルルはやはりか、と内心とため息をついた。恐らくサルワトール宰相が仕組んだのだろう。

「おいおい、明らかに何かを知っている顔をしている」

「いや、大したことじゃないんだ。フィンは気にしなくて大丈夫。レオンには折を見て伝えておくからさ」

「お、おう。何か訳ありっぽいな。今は聞かないけどよ、ひと段落したらちゃんと話してくれよ。駆け落ち話なら参考にしたい」

「フィンじゃ参考にはならないと思うけど」

「それはどういうことかな、ルル君。ひょっとして俺には相手ができないと言っているのかな?」

「違う、違うから、頭をぐりぐりするのはやめてっ」

 ルルはこめかみに攻撃してくるフィンから脱するべく、ロスの一撃を受けたフィンのお腹を軽くこずく。フィンは奇声をあげつつ悶絶し、それ以上の追及はしてこなかった。

 

◆ ◆ ◆


 日が落ちてから大分時間が経った。

 レオンは男子寮の玄関前に静かに立っていた。

 辺りにもう人気がない。

 当然と言えば当然だろう、何しろ寮の門限を過ぎている。

 レオンは管理人さんに頼み、寮の前でいつまでも帰ってこないルームメイトを待たせてもらっていた。


「そこまで不機嫌そうな顔をする必要はないはずだ」


 待つこと数刻、ようやく待ち人が登場した。

 月明かりの中、暗がりでもわかる厄介そうな顔でレオンを睨んでいる。


「なぜ、ここで待っている」

 ロスが、口を開いた。


「まだ挨拶が済んでいない。これから共同生活になるというのに、碌に会話すらしていないままというのは、コルヌの礼儀に反する」

 ロスは面倒くさそうにため息をつく。


「別に寝て起きるだけの部屋だ。共同生活でなければ、礼儀など必要ない。気に食わなければ、部屋を変えてもらえ。まあ……どのみちこの学園に長居するつもりはないが」

「事情は知らないが部屋を変えるつもりはない。そして、コルヌの民としての礼儀も違えるつもりはない。俺の名はレオン・ヴェントス。よろしく頼む」


「フン……」


 手を差し出したレオンに対して、ロスは無視して素通りで通ろうとするが、レオンが体で道を塞ぎ、ロスを通さない。


「お前も昼間の奴みたいに痛い目がみたいか?」

「人を殴らなければ挨拶もできないのか?」


 ロスはレオンを睨みつける。だが、レオンは顔色一つ変えずに毅然とした顔でロスを見ていた。

「……ちっ」

 ロスは軽く舌打ちした後、レオンの手を軽く触る。そして、素早く引っ込める。

 はた目からは、レオンの手を小突いたようにしか見えなかったが、ロスなりの握手であった。

「……あまり馴れ馴れしくするな。そして用がないなら俺に近づくな」

「分かった。用があるなら近づいていいのだな」

 ロスはため息をつき、レオンを置いて寮のエントランスへと向かう。


「レオン、これだけは忠告しておく。不用意に俺に近づくな。不幸になるのはお前の方だからな」


「どういう意味だ」


「そのままの意味だよ」


 ロスは自分の顔が見えないよう背中を向けていたが、エントランスに置いてある鏡から、力なく笑うその姿をレオンは見逃さなかった。

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