プロローグ
血。
首から溢れ出る赤い液体は、ルルの顔に、手に、脚にかかった。腐敗臭が鼻を刺激する。ルルは月明かりに照らせた薄暗い広場の真ん中に立っていた。
違和感と嫌悪感が脳内を揺さぶる。
――僕はなぜここにいる?
ルルの目の前で黒い影が蠢く。5、6人の影だ。ルルは両手に武器を持っていることに気付く。鷲の両翼が刻印された双剣だ。『仕事』の際は常に持っていた得物である。
――そうだ。僕はこいつらを殺しに来たんだ。
黒い影はルルを見つけたのか、一斉に襲い掛かる。
影の正体は分からない。ここがどこかも分からない。だが、どうでもいい。
ルルは襲い掛かろうと無様にも伸びてきた手を斬り落とす。
「ギャアアアァァァァァッ!」
黒い影は甲高い咆哮をあげた。人間のものとは思えない。ルルは構わず、影の頸動脈を狙い、剣を振りぬく。
影の首が飛んだ。
黒い影の断面から鮮血が噴き出る。
血液特有の鉄のような臭いがルルをさらに駆り立てる。
……一人じゃ足りない。
ルルの速さに影たちはついてゆけない。右手が吸い寄せられるように得物の首を狙う。
二つ目の首が飛んだ。
止まらず、左手の剣で三つ目の首を斬り落とす。
影たちから流れ出る血が灰色の床を覆っていく。
「――はは」
四人目は、両手の剣を交差させ、心臓を中心に四つの部位に切り分けた。
「――あははは」
五人目の影は背を向けて逃げ出した。必死に足を動かすが、途中でもつれて前のめりに倒れ込んでしまう。
「あーあ、ちゃんと逃げなきゃ」
影は振り返る。そこにはルルがいる。
ゴトリ、と五つ目の首が床に転がった。
「……」
ルルは辺りを見渡すが、黒い影はもういない。
代わりに違う人影を月明かりの中から見つけた。
この血塗れの海の中で一際、輝く存在。
鮮血よりも綺麗な赤髪、力強さを秘めた紅玉の瞳。
この血と腐臭に満ちた世界でも彼女は美しい。
仲間のステラである。
「ステラ、そっちは終わった?」
そう問いかけるルルに、ステラは悲しそうな顔でかぶりを振った。
「……いいえ、まだよ」
ステラが見つめる方向には再び、黒い影が湧いていた。
――殺さなくては。
黒い影に向かおうとするルルに、ステラは手を握って引き留める。
温かく優しい感触がルルに伝わる。
「大丈夫だよ、ステラは僕が守るから」
ルルは安心させるためにそういったが、ステラは再びかぶりを振った。
「違うの、そうじゃないの」
ステラの瞳に一筋の涙が伝う。
突然の出来事にルルは狼狽した。
「なぜ泣いているんだい?」
ステラは首を横に振り続ける。ステラの真意はルルには分からなかった。
そうこうしているうちに黒い影がこちらに迫る。
「とりあえず、全部終わったらゆっくり話そう」
影の方に構えをとり、向き直る。
今度は10人。
――すぐに決着をつけてやる。
ルルは意気込む。
相手の一人に狙いをつけると、脚に力を集中させる。
一足飛びで相手の懐に入り、胴を二つに切り裂くつもりだった。
しかし、その前に身体の中心で奇妙な音が鳴った。
「……え?」
ズブッ、と朱色の剣がルルの心臓から突き出る。
剣の刀身を伝うようにして紅の液体がこぼれ落ちた。
ルルの血である。
「……ステ、ラ?」
驚愕するルルを無視し、ステラは剣を引き抜く。黒い影たちと同じように大量の血が噴き出る。
「――ぐっ、がッ」
業火に焼かれたような痛みがルルを襲う。
同時に身体の芯から力が抜けていく。
「……さよなら」
ステラの声が聞こえる。
ルルは必死に振り向こうと手を動かす。
だが、その手は空を掴み、意識が塗りつぶされいてく。
――やがて暗闇が訪れた。