◆ある典礼局職員の呟きと、ことの顛末◆
いつもの如く急な思いつきで書いたので、
お暇な時にでも生暖かい目で読んで下さると嬉しいです(*´ω`*)
最近何やら仕事が多いと思ったら、どこの家ももう年末の舞踏会に向けての支度に忙しいようだ。
この時期になると私の職場は行事進行の段取りや、古い儀礼様式の練習にかり出されるのだが……中でも一気に増えるのが書類仕事である。これがまた実に面倒であり、自分も身を置く貴族社会の歪さを突きつけられるのだ。
この時期最も増える書類であり、職場内で急激に夫婦仲が良くなる理由。
それは――……婚約破棄申請の書類である。
私が勤める職場は【典礼局】といい、私はその局内に勤める一典礼官だ。ここに勤める人員のほぼ全員が長く続いた貴族家や、王室に連なる貴族家が務めることが多い。故に事務方とはいえ皆それなりに家格が高く、時には大臣や宰相よりも重きを置かれる職だ。
【典礼局】と言われても馴染みが薄いだろうが、私達の仕事は意外と多岐にわたり、王室に仕えて儀礼や王宮内でのしきたり、手順、その他諸々の行事を確認したり差配する部署だ。
他にも婚姻届や出生届も同じ部署で行われ、常ならばどこそこの家に見目のよろしかった平民との間に隠し子がいて、教会や市井にほったらかしにしておいた子供が美しく成長していた場合などは、その連中が政治的な駒にする為にしゃあしゃあと“認知をする”という書類を届け出に来る。
しかしながら勿論こちらも人間だ。あんまりあからさま過ぎるゲスな届け出に認証印は捺さない。例えそれが我等の仕事であろうとも、そこには暗黙のルールがあるのだ。
その弊害か、うちの職場は極端に結婚願望の低い連中が多い。結婚に明るい感情を持ち合わせることが出来ないからだ。
今は特にこの時期に多くなる、家格の高い家同士での婚約破棄申請に追われていた。しかし実のところ、最近の若い貴族連中にはこの職の存在を知らない者も少なくない。
通常貴族間の婚約破棄は、どちらかの家に婚約不履行となる実例が発生した場合、両家当主が話合いを設け、両家連名の書状を作る。そしてそれを家格の高い家が典礼局に持ち込み、我等のトップである典礼尚書様が国王に届け、国王が認めた場合のみ認印を捺された書類が戻ってくる。
その書類を確認した後に典礼局が印を捺してようやく婚約破棄が受理されるという流れなのだ。
けれど先にも述べたように、最近ではその手順をすっ飛ばして、年末に開かれる王家主催の大舞踏会で突然『貴方とは婚約を破棄させてもらう!!』などとやらかす若い貴族が出てくる。当人達は真実の愛とやらを見つけたと騒いでいるから、破棄される相手のことなど全く考えていない。
大勢の目に晒されて破棄された相手には落ち度がなくとも、次の婚約者探しは難しくなる。そして私や職場の者も勿論貴族なのでその場に居合わせるものだから、泣き崩れる様はとても気の毒で見ていられない。
そういう時にはいつも“何で申請に来なかったんだ!?”と相手の男なり、時には稀だが女にも言いたくなる。こんな悲劇があっていいものか? 申請一つすれば回避出来ることなのに。
ちなみに婚約破棄を高らかに叫んだ方には、後日国王から“何やらかしてる?”というお叱りが両家に届き、当人達だけでなく、家を巻き込んでの大騒ぎになる。
そこでもう一度言う。
書類を提出しなさい。
絶対にしなさい。
――とはいえ、我等の部署ではこの日が一番婚約率が跳ね上がるのも事実。
それというのも、泣き崩れる相手が気の毒で、時には気丈に振る舞う様がいじらしくて、その場で恋に落ちるお目出度い連中もいるからだ。
あの涙を止めてやりたい。
笑うとどんな風なのだろうかと。
実に拗らせた結婚不適合者の集まりらしい理由だ。
私は手許に残った最後の書類にサインをし、分厚い書類束をトントンと揃えて首を回す。ゴキゴキと不健康になる肩や背中の痛みに呻きながら席を立ち、同僚達に仕事上がりを伝えて帰路につく。
私が玄関ドアを開けて使用人達に帰宅を告げるよりも早く、窓から外を見て私の帰りを待ち構えていたのだろう妻が自らドアを開けて「お帰りなさい、あなた」と優しい労いの微笑みを浮かべて出迎えてくれる。
その額に「ただいま」の言葉と共に口付けを落とせば、幸せそうに目を細める妻がとても愛しい。
――だから例えば、こんな風に。
婚約破棄をされて泣き崩れた彼女を初めて見かけた時、恋に落ちた馬鹿な男は、こんなに素敵な笑顔を腕の中に抱く幸せを手に入れたのだ。