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30.First Epilogue - Red & Blue

一章完結。二章執筆は未定。

 夜空に花火が弾けている。色とりどりの大輪が暗い空を埋めて彩り、鮮やかな景色を描き出している。

 その下で、二人の男女が精彩なる空に反した凄惨なる血まみれの容態を晒しながら、この結末を噛みしめるように黙している。片方は地に倒れ、もう片方は膝をつきながらもなんとか倒れることだけは防いでいる。

 それはつまり勝者と敗者の明暗がはっきりと分かれたということだ。互角の殴り合いに興じていた二人も、例えどれだけ実力が拮抗していたとしてもずっと戦い続けていれば必ずこうなる。どちらかが倒れ、敗者となることは避けられない。どれだけ楽しくても、いつまでもこの時を過ごしたいと願っても、それだけは必ずやってくるのだ。

 だからこそ二人の表情は、勝者としての喜びも、敗者としての惨めさも、そのどちらも感じさせない。

 勝った者が地を見下ろして、負けた者が天を見上げていた。


「…………俺の、勝ちだな」


「ああ……お前の勝ちだよ」


 地を見るのはカガリ。

 天を仰ぐのはアゲハ。

 その結果だけが、そこにあった。


「悔しい、な。思っていたよりもずっと。勝てないってのは、こんなに重くのしかかってくるものなのか」


「そりゃあそうだろ。勝てなかったんだから」


 今まで敗北したことはなかった。あの牢獄での競争も、相手をした者はすべて叩き潰してきたし、あの二人に対してもあの時出し抜いてやったのだから負けてはいない。すべての戦いに勝利してきた自信はあるし、それこそが自分の無敗を証明しこの男の最強を証明することになる。だから自分は負けるわけにはいかなかったのだと今なら信じられるから、今までの戦いすべてに意味はあったのだ。

 そう、敗北はない。勝利しかなかった。けれど、一番勝ちたかった戦いで、一番勝ちたかった相手にだけは……この男にだけは、敗北してしまった。

 それが何より悔しいと思うからこそ、自分がこんなにもこの戦いに真剣だったことを自覚できて嬉しくもある。もう灰色はない、私の世界はこんなにも輝いているのだと、色彩(そら)を見ながらそう思う。


「なんかちょっぴり、清々しい、な」


 今まで自分を縛っていた鎖が消えていくのも感じる。――どうやら、あの眼鏡女は無事今まで生きていて、博爵(ドクトル)も倒してくれたらしい。奴が死んだから、この身は自由になれたのだろう。こっそりと、あの煩そうな女に鍵を渡した甲斐もあった。どうやら賭けには勝てたようで、あの煩そうな女が最後に役立ったようだ。

 これで自分は黒龍(ヘイロン)にも博爵にも勝てたことになる。つまりアゲハが勝てなかったのは、正真正銘ただ一人だけ。


「それでいい」


 私にとって最強の敵は、この男だけなのだから。他の奴らは全員、私に負ければいい。

 それを誇りにして逝こう。後悔は……ちょっとだけしか、ない。この男に勝てなかったことくらいしか。


「……殺せよ」


 お前が勝ったのだから。自分は殺されても仕方のないことをしてきたし、誰かに殺されるなら、殺すのはお前以外にあり得ない。

 そういう意味を込めて、言ったのだが。


「なんでこの俺が、おまえの言うことなんかを聞かなくっちゃあならない。嫌だね」


 そうだった。こいつはそういう性格だった。

 アゲハの言うことを、カガリはすげなく却下する。彼が他人の言うことをまともに聞くわけはなかった。


「それに、まだ(・・)だからな」


「……?」


 まだとは、いったい何のことだろうか。もう二人の決着はついたのだから、これ以上何があるというのだろう。


「まだ決着はついてない。……もう一戦、あと一回。もう一度戦って、俺たちの決着をつける」


「――――」


「それが俺たちの、本当の決着だ。もう一度、俺たちは戦わなくっちゃあならない。……なぜだかそんな気がするからな」


 この勝敗で決着とすればいいものを、まだ戦いは終わっていないとカガリは言った。またさらに強くなって、お互いに最初から全力で戦おう。今度こそ、それを本当の戦いにしよう。

 次は勝てないかもしれないとか、そんなことはもちろん考えていないのだろう。次も勝つという決定と共に、彼は宿敵との最終戦を目指している。馬鹿だが、そんな馬鹿に付き合う馬鹿がここにいるのだから仕方ない。

 男も女も関係なく、彼らは変わらず宿敵で。


「いいぞ、やろう。次は、私が勝つ」


「言ってろ。何度やっても勝つのは俺だ」


 言い訳のようになるから言わなかったが、実は私も、もう一度戦わなければならない気がしていた。という本音を隠しながら、アゲハは微笑を浮かべる。……なぜそんな気がしたのかは、やっぱりわからないのだけれど。


「次に私と戦うまで、誰にも負けるな。……もし私以外に負けて殺されでもしたら、その時は絶対に殺してやるぞ……アホカガリ」


「誰に言ってやがるタコ、俺が負けるわけねえだろ。誰にも、神にも、そして何よりお前にだけは。だから今はそこで寝てろ、バカアゲハ」


 今更名前で呼び合うのが照れ臭くて、思わず阿保だの馬鹿だの頭に付けてしまう二人を、天上の星々が淡い光で照らし見守っていた。

 ようやく呼び合えた名前を胸に刻みながら、二人はそこで笑い合っていた。








***



 ――それは、もはや誰の記憶にも残っていない、遠い遠い記憶。

 いかなる記録にも残されておらず、その場にいた誰の頭にも、そして何より当事者たちにすら残っていない遠い記憶。

 どこかのいつかであったかもしれない、そんな記憶。


「……ぐ……ぁ……」


 男の子が一人、倒されていた。どうしてこうなったのかはわからない。記憶も記録も残っていないのだから、戦いの理由なんていう些末な情報など、ここに記されるわけはない。

 けれど少年が誰かと戦っていたという事実だけはあり、そして彼と戦っていたのは……彼と同じ少年ではなく、一人の少女だった。


「……しつこいな、いい加減に立ち上がるのを辞めたらどうだ。その方が楽になれるぞ」


 齢十にも満たぬ少年少女。彼らはなぜ殴り合っていたのだろうか。

 だがその理由はどうあれ、立っているのは少女であり、倒れているのは少年だった。勝敗は誰が見ても明らかであり、彼らの決着はすでについていた。けれど少年はあきらめきれず、這いつくばりながら立ち上がろうとしているのだ。


「負け、ない……絶対、負けてたまるか」


「理解できない。負けたところで死ぬわけでもないだろうに、どうしてそこまで無理をする」


 少女には目の前の少年がわからなかった。そうして無理に立ち上がれば、それこそ体を壊しかねない。後のことを考えれば、そちらの方が無様だろう。

 男の意地はくだらんなと蔑みながら、少女は少年を見下して(・・・・)いた。

 けれど、地に倒れる彼は言う。それこそが愚かなのだと、その考えを否定する。子供だろうが大人だろうが、誰にも、誰にも。


「生きるとか死ぬとか、そんなものは大した問題じゃない……譲れないのは、一つだけだ」


 誰にも自分を見下させない(・・・・・・)


「他人に見下されるのを許すということは、自分のことがそいつ以下なんだって認めるってことだ。王様だろうが大臣だろうが、馬鹿で弱けりゃこの俺以下だろ。それなのに立場とかどうとかで見下させたら、馬鹿以下の俺は何になる? お前の方が強くたって、それを許したらこの先ずっと俺がお前に屈服したっていう事実は消えなくなるんだ。許せないだろ、そんなのは」


 だから嫌だ、見下させない。意地とか男とか、関係ないだろ。

 高みを目指し続けるということが、生きるということならば。自分は誰かを見上げるのではなく、ただ前を向いて生きていきたい。


「……もしそれが理由で死んだらどうするんだ?」


「馬鹿を言うな。勝つってことは生きるってことで、そりゃ死なないってことだろう」


 ゆっくりと確実に、彼の体が持ち上がり始める。


「私たちの状況を見て、よくもそんなことが言えるな」


「いつか絶対ぶっ壊せばいいだろうが」


 少女は自分の視界が壊れてしまったような気がした。


「勝ち続けてどうする。何の意味がある」


「意味がなきゃ勝っちゃいけないのか?」


 ずっと今まで見えなかったものが、今初めて見えたような気がしたから。

 何度叩き潰しても諦めない少年の顔が、今ようやく見えた。


「どうしてそこまで意地になる」


「お前が俺を、弱いと思っているからだ。お前が俺をここまで叩き潰してくれたからだ」


 最後の問いは短く、シンプル。それ故に、その答えは少女の耳に突き刺さる。


「……そんなお前が、どこの誰とも知れないクソ野郎どもの力をちょっと見たくらいで諦めかけてるってことが、一番許せないからだ!」


 氷のような少女の視界に、初めて映った"色"は。

 自分が今まで少年を見下していたことでも、こんな場所にいつまでも閉じ込められていることでもなく。そんな自分が誰かの見下す眼差しに屈服しかけていることが許せないと叫んでいる、諦めを知らぬ少年の顔だった。


「何をお前はこの俺に勝とうとしてるくせに、この俺に黙って他の奴らに負けようとしてんだふざけてんじゃねえよぶち殺すぞ……!!」


 それは少女にとって、それほど圧倒的な衝撃だったのだ。自我が芽生えた時から幸福と呼べるようなものを何一つ味わったこともないために少々スレている彼女にとって、世界とは適当に、なあなあで生きていくものでしかなかった。年齢一桁の少女が何をと思うかもしれないが、結論を出すのが早すぎるとは誰にも言えまい。結論とは体験から生まれ、そして彼女はすでに体験してしまっているのだから。

 そういう理由から意思が薄いと言える少女の前に現れたのは、彼女と同年齢にも関わらず強すぎる意思を持つ少年。彼の意思に中てられて、彼女の中に芽生え始めたものとは何だったのだろうか。


「すべての勝利は、俺のものだ。俺の勝利は、どこの誰にも渡さない」


 少年は立ち上がった。足は震え、視線は頼りなく、体は今にも倒れそうなありさまだが、それでも立ち上がったのだ。

 そして少女の目を、正面から確りと睨み付ける。

 負けは死じゃなくても、屈辱は許せることじゃない。ここで死ななくても、ここで立たねば生きていけないことだってあるだろう。


「――――――――ったら……」


 その目を見て、少女は何を思ったのだろうか。知らず知らずのうちに開いてしまった口を、しかし止めようとは思わないまま。彼女はいつの間にか、彼を正面から見つめていた。


「だったらもう一度私と戦え」


 生まれて初めて上げた叫び声だった。目の前の男に戦えと叫んでいる自分の声を聞きながら、彼女は自分の心が立ち上がっていくのを感じていた。


「もう一度私と、この私と戦って、それを決着にしろ! 強くなって戦って、この私を倒してみろ! これ以上殴られたらお前は死ぬ、だったら生きて殴り返して……私を後悔させてみろよ!! あの時は見下してすまなかったと、言わせてみせればいいだろう……!」


 だから、ここで死ぬのは許さない。

 死ぬのが大した問題じゃない? 馬鹿を言うな。大した問題だろうが。死ねばもう二度と、戦うチャンスさえやって来ないのだから。

 この勝負は私の勝ちで、そして私はまだ誰にも負けていない。お前の勝利は、今は私が持っていく――そして誰にも渡さない。だから強くなってもう一度、戦いそして決着を……。


「……」


 ぽてりと、少年は足に込めていた力を抜いて再び倒れた。

 少女はもう自分を見下していない。だったらここは敗者らしく潔く、天を仰いで負けを認めることにしよう。次は勝って、どうだ見たかと言ってやるため。


「いいぜ、やろう。次はぜってー俺が勝つ」


「言ってろ。私の勝ちだ、次も変わりなくな」


 最初の戦い、勝ったのは少女。だから次は――二回戦。

 互いの名も知らぬ彼らは、次の戦いを約束しながらそこで別れた。


「次に俺と戦うまで、誰にも負けるんじゃねえぞ。もしこの俺以外に負けやがったら、絶対に許さないからな」


「誰にものを言っている。私が負けるわけがない。誰にも、どこのどいつにも、何よりお前に勝つために。だから今は、そこで寝てろ」


 それは失われた記憶。……消されてしまった二人の記憶。いつかのどこかで、あったかもしれない会話の記録。


 もう二度と思い出されることもない――少女にとって、黄金の記憶となるはずだった二人の出会いだった。































大体アリアが悪い。

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