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14.殺人魔術

 男は大きく息を吐き出したかった。あいつらとの契約があるとはいえ、もう一度このやかましい女に関わらなければならないのかと思うと気分が疲れる思いだったからだ。


「ふっふっふ……あーっはっはっはっは!!」


 目の前で高笑いをしている女。正義の味方を名乗る不審者。


「私が華麗に大・参・上!! 悪の匂いに誘われて、やってきましたノコノコと。けれど罠にかかった、つもりはないわ! 私の生き様(いきざま)、正義に准ずる私様(わたしざま)! 死に様(しにざま)なしの正義様(せいぎざま)!! 無駄死に犬死にありません、ハイエナ吠えても私は泣かぬ。私はヒーロー、胸に(いだ)くは正義の使命! この道一つの一本道。花道! 我が道! 二つとない道、私道(わたしみち)! 咲かせて見せます、桜並木の正義道(せいぎみち)!! 舞い散る花びらその身に背負い、やって来たるわ通りすがりの正義の味方。そう! 私の名前は――」


「黙れ長えよ」


 昨日ぶりの再会だったが、もちろん再会を喜ぶような関係ではない。というか喜びたくもない。悪を嫌う女にとっても、そして男にとっても。

 早く殺して、さっさとおさらばしたい相手だった。

 この場で対峙しているのは、カガリを殺し損ねた殺人鬼の男。そして、フリーのヒーローを名乗る兎角の二人だった。


「せっかち、駆け足、逸り足。急かしたいのはわかるけど、まずは落ち着き呼吸して、そっと準備を整えましょう。私がまだ、名乗ってないわ!」


「昨日すでに名乗ってるだろうが……!」


 契約。片眼鏡を付けた男を介した、アイバイザーを付けた男との契約。


――「殺したイカ? 見返したイカ? 自分を虐げてきた奴ラニ、もっともっと復讐したいノカ? 大いに結構! 存分に果たすとイイ。君ニ、力を教えてあげヨウ」


――「たダシ、一つだけ条件がアル。一つダケ、約束をしてもラウ。何、命を差し出せとかそんな無理な注文をする気はなイヨ」


――「簡単な約束サ。して欲しいノハ、殺人。君の好きなことサ。こちらの指定した時に、指定した相手を殺してもラウ。君でも殺せるくらいの相手しか指定しないカラ、そこは安心しテヨ」


――「受諾すルカ? よろシイ! こレデ、代価と対価は結ばレタ。君に、魔術を教えヨウ――」


 契約内容は簡単だった。殺しだ。

 願ってもないことだった。奴が見せてくれたような力が、もしも自分にも宿るなら、もっともっと多くの人間を殺せる。

 俺を見て見ぬふりをして、虐げてきた地上の猿どもを今度はこちらが虐殺できる。

 そのためならば、多少は無茶な願いでも聞いてやるつもりだった。そして、その願いというのが今回のことだ。

 この街の、それも特定の位置で殺しを連続して行うこと。

 そして最後の締めに、この女を殺すことだ。この女を殺すのだけは、こちらの指定した位置で行わせてもらうが……。

 そして男はこの場所で女を待ち伏せ、いいやわざと"領域"を使っておびき寄せ、こうして一対一の状況を作り出したのだ。出したのだが、昨日もそうだったが何なのだこの女は。

 どうして楽しい殺しの場でこんなうんざりしなければならないのか。すべてこの女のせいだろう。ならば殺すべきだそうしよう。


「わかってないわね、無粋な殿方。ヒーローに名乗りはつきものなのよ! 毎回毎回名乗るヒーローなんて、この世にいっぱいいるでしょう!」


「知らんわそんなもん」


 そもそも殺す相手の名前なんて知ったところで、何の意味があるのかと男は思っている。


「言っても無駄だと思うけど、初めに一つ聞いておく。――降伏して平伏(ひれふ)しなさい。そうすれば、寛大な心で許してあげなくもなくもなくも……なくもないわ!」


「はっ、ヤなこった」


 男の返答に、兎角は予想できていたのだろう。特に驚くようなこともなく、でしょうねと頷き。


「反省とか後悔だとか、そんな高尚な精神活動ができるようならそもそも悪党なんかになってないものね。己の行動省みて? 後になって悔いるから? どうか許してくださいと? ――ちゃんちゃらおかしい間違いだらけ! 笑止千万・片腹痛快!! そんな反省あり得ない、そんな後悔あるわけない! 誰も気づいて、いないのかしら。どうして誰もわからない。許すことは優しさかしら、それは正しさなのかしら、いいえ、そんなわけはない。――許されるわけないじゃない、悪党め」


 灰久森 兎角は正義の味方。彼女は悪を否定する者。

 ゆえに彼女は許さない。悪のすべてを否定して、その命を断ち切るために。


「奪われた命、失われた尊厳。それらが戻ることは決してないの、省みようが悔いようが一つきりのものが戻ることは永遠にない。それを償うというのなら、方法なんて一つしかないでしょう。もう二度としないから、許してくれって? 悪党が、どの口で言う」


 許すわけがないだろう。許されるわけないだろう。


「反省や後悔ができる人間はね、そもそも悪党なんかに堕ちたりしないの。それができないから、お前たちは簡単に悪へと転がるのよ」


「そして俺は、許しを乞う気はねえ」


「だからあなたはここで死ぬのよ」


 言葉を交わしながら、互いの手にはナイフと短剣。相手を殺す、刃物が一振り。

 鈍い銀を手に持って、二人の魔術師は互いに睨み合っている。


(この男の魔術は、昨日のを見た限りだと高速移動か瞬間移動? もしそうなら単純なだけに厄介ね。でも、付け入る隙がないわけでもない。勝機は十分、こちらにあるわ)


(まだこいつは俺の魔術が何なのか、その正体にまでは感づいていないはずだ。その隙を突く。初撃だ、長引かせずに最初の一撃で殺す)


 二人は同時に前方へと駆け出した。

 ジッとしているわけにもいかない。二人とも、目の前の相手を早く片付けたい気持ちは一致していたのだから。

 敵の刃を躱し、すれ違いざまに己の刃を突き立てるために。


(まずは近づいて様子を見る)


(近づきあったところで殺す!)


 魔力が高まる。男の中で、魔力が回る。

 魔術を発動するために必要なもの。魔術現象を起こすための消費しなければならないもの。

 常に自己の中で生成される、魔術師の血。

 それが高まるということ。すなわち、それが引き起こさようとしているということ。

 現行世界を支配する科学法則にとっての反物質――魔術。

 その種別は、大別して三つ。

 自分たちのために研究する"継鎖魔術"。学べば誰でも使用が可能な"汎用魔術"。そして、もう一つ。

 自分だけの魔術。

 己の中の願望、渇望、飢餓、思想、感情、哲学、倫理、正義、邪悪、憧憬、衝動、象徴、全自。――己を構成する要素から、一つが選ばれ形となるもの。


 願いを叶えるもの。

 渇きを癒すもの。

 飢えを満たすもの。

 思いを吐き出すもの。

 心を表すもの。

 考えを定義するもの。

 戒めを制するもの。

 正しさを行うもの。

 邪まに暴れるもの。

 憧れを模倣するもの。

 自己を衝き動かすもの。

 司る(かたち)を現実とするもの。


 自分の中の何か、自分の中にある何か強いもの。その強さを、自分だけが操ることができる"力"とする。

 魔力は嘘をつかない。自分の中から生まれるものだから、それが力となるということは、自分にはその属性があるということなのだ。

 ゆえにこそ、戦う魔術師たちはこれこそを最も信頼する。

 自分だけが操れる力。自分だけの力。それは汎用魔術よりもよっぽど扱いやすい武器であり、何よりも強力な兵器であり、魔術師にとっての右腕であるもの。

 すなわち、それこそが"固有魔術"。

 己だけの異能の力。

 今、男の中で眠っていたそれが、解き放たれようとしているのだ。


「"隠り寄れ"――」


 それは自己への絶対命令。

 自己に流れる魔力を使いこなし、"固有魔術"へと姿を変えるための、自分へ命じる起動言語(キーワード)

 これを以って、魔術は外界へと解き放たれる。

 信仰せよ、圧倒せよ。

 お前の魔術で、打ち祓え。命じよ、命ぜよ。お前が何をすべきか命じよ。お前の力の正体を名ぜよ。

 そのために、お前の魔術をここに唱えよ。

 ――其の名は。


「『幽怪乱歩(ゆうかいらんぽ)』」


 そして、魔術が発動された。

 だが、男の発動した魔術の影響で世界がすぐに変化するようなことはなかった。

 駆け出した彼我の距離が縮んでゆく。魔力で強化された彼らの脚力ならば、あと数舜もしないうちに接敵するだろう。

 その数瞬の内で、兎角はしかし、奇妙な違和を覚えていた。


(――?)


 なぜ、この男は魔術を使わないのだ?


(なぜ――?)


 魔術を発動したというのに、使う様子がない。

 わざわざこちらに合わせて走る必要はないだろう。敵の魔術は移動系、単純に強い部類だ。細かい作戦など立てずとも、ただ速さでこちらを圧倒すればいい。

 わざわざ近づいてから魔術を発動するような必要性は、薄いはずだ。

 なぜそうしないのか、いや、できないのか?

 この一瞬で、兎角は迷った。

 まず一撃は様子を見るつもりだったが、ここで最初から自分の魔術を開帳するべきかと。

 一瞬、一瞬迷ったがゆえに、判断もまた一瞬遅れた。


(――違う!?)


 ギリギリのところで敵の刃を躱すつもりだった。が、予定変更。

 兎角は接敵する直前、敵の刃を想定していたよりも大きく躱した。

 その判断が間違いでなかったことは、すぐに証明される。


()っ)


 痛みがわずかに走る。斬られたのだ。――ただし、後ろから(・・・・)

 そして、敵を斬るはずだった自分の短剣は、しかし何も斬ることなく手応えを残さなかった。まるで霞でも斬りつけたかのように、男の体をすり抜けた(・・・・・)


「な!?」


「あ!?」


 驚いたのはどちらだったか、あるいは彼ら二人ともか。

 女は起こった現象に驚き、男はその結果に驚いた。

 位置を入れ替えながらも、すぐに振り向き再び向き合い直す二人。しかし兎角の意識はすでに、目の前の男へは向いていなかった。別の場所、別の敵、それを探っているかのように。

 そして男は焦っていた。一撃で殺すつもりだった。正面から不意を打ち、すべてを終わらせるつもりがいきなりご破算になったから。


(あ、危な……! 騙されるところだった! こいつの魔術、高速移動なんかじゃないじゃない!)


(やばいやばいやばい、さすがに今のはバレちまっただろ糞が!)


 正面からぶつかるつもりだった。先日、この男と会敵していたことが仇となるところだった。だが会敵していたからこそ気づくこともできた。正面からぶつかるつもりがしかし、なぜか兎角は後ろから斬られた。

 どういうことか、もしや似たような魔術なのかと疑った。だがそれでは辻褄が合わないことがある。そしてその疑いは、自分の剣が男をすり抜けたことで霧散した。

 ゆえに理解する。男の魔術、その正体を。


(こいつの魔術、それは――たぶん、虚像の作成(・・・・・)ね)


 高速移動などとは全く異なる力だ。むしろこの男は、ただの一度も高速化などしていないのだ。

 目に見える男の像、これに騙されてはいけない。

 これは偽物(・・)なのだから。


(『幽怪乱歩』のカラクリ、どこまで掴まれたか)


 男の魔術。その能力は"囮となる虚像を作成し、実像である自分を透明化すること"である。

 虚像の動きは完全に独立しているわけではないがある程度本物とは切り離されているために、その誤差で実像の動きがほんの僅かに掴めない。魔力や音すらも乱しているため、目以外の感覚を頼りに実体を探すこともできない。

 この攻防もそう。虚像を囮にしてこっそりと後ろへと近寄っていた男の実像が、兎角を正面(はいご)から不意打ちしようとして、そして失敗したのだ。

 最初にカガリや兎角と相対した時、高速移動のように見えた絡繰りは男の魔術がどんなものであるのかわかってしまえば簡単だ。

 実像を透明化させた後、対敵の傍に虚像を出現させる。あるいは敵の傍に近寄った虚像を消して、同じく傍まで近寄っていた実像が別方向から出現する。そうすればまるで、消えた後に一瞬で別の場所へと移動したかのように相手の目には映ってしまう。

 そうして自分の魔術を、高速化という全く別の魔術に誤認させていただけのことなのだ。

 実像と虚像。曖昧になる二つの境界が、異なる居場所から挟むように獲物を追い詰める。

 それは幽世(かくりよ)からこちらを覗き見る怪異のように、隠れ近寄り人殺す。


 ――殺人魔術『幽怪乱歩』。


(なるほどね、透明化。よし)


(初撃は躱された。さて)


 一撃を交し合い、躱し合った二人の魔術師。

 そして二人は奇しくも、同じタイミングで、同じことを思ったのだった。


((――――ど、どうしよう))

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