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1.お前だけは

 風と共に閃光が走る。吹き荒ぶ風はまるで小型の台風を思わせるほど強烈で、これに晒されたならば人間などたちまち吹き飛ばされ、たやすく地に叩き付けられてしまうだろう。

 その風の発生源は何か。まるで空襲が始まったのかと疑いたくもなるショックの連続は、しかし現実に想像がつくそんな光景よりもなおいっそう目を疑いたくなるものだ。

 現実であるとは思えない、異常なる衝撃の源がそこにはあった。

 それは激突だった。

 それは怪奇だった。

 そこから感じ取ることができる力の波動は、およそ日常的な生活を送るだけでは決して見ることも感じる機会もないだろう桁外れな圧力を放っている。

 むしろ宇宙からの襲撃、すなわち火に包まれる巨石の落下でも目撃すれば、あるいはこのような情動を抱けるのかもしれない。

 比較としてそこまでのものを持ってきてようやくこの心身に走る衝撃に比肩しうるのだと、世に生きる普遍の人々がこれを見ればそう思うのかもしれない。

 それほどまでに、目の前に広がる個と個の激突は圧倒的な迫力を持っていた。

 そして何より、否応なく目に焼き付いてしまう破壊の力は、人の理解を優に超えていた。

 巨大な力と力が何度も何度も激突し、そのたびに爆発にも似た甚大な衝撃が発生する。

 響く爆発音にすらコンクリートが罅割れていくほどの大きな激震が伴い、走り抜ける衝撃はまるで猛獣のごとく界に牙を剥いて止まらない。

 その波は足をつける眼下の地を捲り、そのまま浮かびながら破砕された瓦礫の欠片が、更に粉々となって消えていく。

 巨象が数頭、暴れ狂ってもこうはなるまいというほど景色は一変してしまっている。

 爆発物どころか、銃器の一切すらここでは何も使われていない。だというにもかかわらず、継続的に発生し続けているのはそれらを遥かに上回る力の嵐だ。

 爆弾が爆裂するよりも強く、銃弾が炸裂するよりも鋭く。剣林弾雨の嵐も超える、空間へ亀裂を走らせる暴力の莫大な衝撃量。

 それは()の代わりに破壊の塊が中心に詰め込まれた台風のような、巨大な暴力が具現された景色だった。

 およそ常識的な力ではない。良識の挟める光景ではない。

 人としての常識を全て捨て去った、(いや)、世界から脱却し一般的な観点から遠い場所へと行き去った、異形の法則がそこにある。

 その嵐が、人為的に、しかしただの副産物というおまけとして生み出されているにすぎない現実は、見る者の正気を疑わせるだろう出鱈目さを持っている

 何の抵抗力も持たないただの人間がこれに巻き込まれたならば、影すら残らないに違いない爆発的なエネルギーが無秩序に拡散されている。。

 そう、だからこそ驚くべきことがあるのだ。人為的に生み出されているということはすなわち、ここには人間がいるということだから。

 このエネルギーを生み出す人間がいて、しかも意に介さず無事に存在し続けているという事実が横たわっている。明らかに、異常、どころの騒ぎではないだろう。

 エネルギーの中心には、二つの人影があった。


「オ――ォォオオオオッ!」


「ァァァアアアアッ――!」


 その二人は、衝撃の中心で激しくぶつかり合っていた。

 脇目も振らず、心も散らさず、一目散にまっしぐら。

 明日のことすら知らぬと叫びながら、遮二無二と激突しあう二人の影がそこにはあった。

 彼らは叫ぶ。これだけはどうしても、絶対に譲れないのだと。それだけが、この瞬間のすべてなのだと。

 ――ここだけはどうしても、一歩も退くことはできないのだと全身の力を使いながら、彼らは吼えている。

 今の彼らには摩訶不思議な異法の力が宿っている。

 ただの叫び声ですら地盤を揺らし宙に浮いた塵を消滅させ、この異常極まる現実を引き起こす何かがあるのは間違いなかった。

 そんな二人だが、しかし行っていることはどこまでも原始的で、まったく普通の攻防と応酬。

 ただの、殴り合いだったのだ。

 一撃で鉄塊すら粉微塵に砕く拳を互いに何十、何百とぶつけ合いながら倒れることなく、さらに殴り合っている。

 今の彼らには、誰の言葉も届かない。

 例え家族が止まってくれと乞うたとしても、意識の輪郭にすら触れさせはしない。

 例え恩人が止まれと命じたとしても、知ったことではないのだと戸惑いもなく振り払う。

 例え親友が()めろと頼んだとしても、()めれば殺すと目も向けずに意思力だけで脅しただろう。

 例えばあるいは恋人が、またあるいは子供たちが、そしてあるいは世界中のすべての者が。止まってほしいと彼らに希ったのだとしても、彼らは絶対に止まらない。互いのことしか目に入らない。この決着にしか意味がない。

 自分たち以外すべての存在をどこまでも無視しながら、この殴り合いを止めることは絶対にない。

 彼らはどこまでもどこまでも。どこまでも互いのことしか目に映さずに、前へ前へと進み続ける。

 それは止まることを知らない暴走機関のような、前を向いて走ることしかできない欠陥人間としての有様がそこにはある。

 もはや暴走と言っていい。

 あるいは、早く止めなければどちらかが、もしくは両方が自滅への一途をたどるのかもしれない。

 けれど、きっと彼らはそれでもいい。いいや、そんなことはさせはしない。

 お前を倒すのはこの自分だから、例えお前自身にもお前を倒させなどしない。

 まるで相思相愛の恋人同士であるかのように、相手だけを見つめながら二人は血を流し続ける。

 この瞬間が愛しくて、目の前の敵と戦うのがこんなにもたまらなくて。

 だから彼らは今、こんなにも。世界中を置き去りにしたまま走り続けている。


「は、アハハハハハハ!」


「く、は、クハハハハハ!」


 笑う。笑う。理由は単純、楽しいから。

 楽しくて楽しくて楽しくて仕方がない。

 待ち望んだ“今”がようやくここにあるのだから、楽しいに決まっているだろう。この時を笑わずして、いったい何を楽しめというのか。

 こんなにも心地よい時間があるというなら、もっと早くにやっていればよかったと……そんな後悔すらどうでもよかった。

 張り付いた笑みの中に後ろを向いた感情など、今や一つたりとも存在しない。すべての心が目の前の敵を向いている。


「――ぁあ、死ね。私だけに殺されろ。お前の死を、私以外に見せてくれるな」


 死の独占を願う言葉を紡ぎながら、命を奪うための一撃を入れる。

 私が必ず貴様を殺すと、願うように宣告する。

 お前の死体と成り果てた醜い姿が、私以外の者に晒されるなど我慢がならないのだ。我が身の裸体を世中に暴かれるほうが、まだ恥も辱めも少ないだろうとその人物は断言した。

 ソレにとって、この敵手の存在はそれほどまでに重かった。地球とだって比較にならないほど、太陽の光だって暗く霞んでしまうほど。


「そうなれば、きっと私は耐えられない。――必ずお前の仇を殺し、地獄まで追ってお前を殺す」


 この世の何物をもかき集めたところで、その重さに釣り合わないのだから。だから、お前が自分以外の手で死んだのならば、地獄を滅ぼしてでも必ず殺しに行ってみせると。

 異常なまでの執着心を見せながら、ソレはその瞬間に顔に張り付いていた笑みを消す。

 膨らみすぎた執心は、いともたやすく先ほどまでそれのすべてだった"楽"という感情を超えてしまう。

 今にも濡れそうな瞳から漂う情熱は、病んだ女の愛欲にも似ていて。

 しかしその全身から漂うものは殺意の二文字。

 伸ばした四本の指で行う貫手突きが、真っすぐ敵手の顔面を貫き潰すために迫り狂う。

 だが食らえば間違いなく顔が柘榴と散るだろう一撃を目前にしても、当然敵は何も焦らない。

 煌りと光る指の先端がどれほどの貫通力を持っていたとしても、恐れる必要はないとばかりに表情一つ変えず。ソレの手首を打って叩き落しながら、彼は自分を睨んでいる。


「喚くな、誰が死ぬか」


 その言葉を受けて、何か思うところがあったのだろう。

 ここで、彼の顔からも笑みが消失する。逆鱗に触れられたでもなく、反感を買ったわけでもなく。

 けれど、許せないことはあるのだ。譲れない線を踏み越えられたということ。男にとって、その言葉は何よりも重い侮辱として、いとも容易く堪忍袋の緒を引き千切った。

 そうだ、そんな言葉が口から出るということそのものが、自分を見縊っている何よりの証明。

 こいつは自分のスイッチを押した。ゆえに、ただ事実を事実として事実のみを叩きつけるため、彼は怒りで拳を振るう。


「俺が殺されるわけがないだろう。ほかの誰にも、そして何よりお前にも。俺を誰だと思ってやがる」


 例えば、他の誰かに、殺されるとして。

 そう思ったこと。自分のことを「他の誰かに殺されるかもしれない」と一瞬でも考えたということ。

 それはつまり、自分がどこぞの馬の骨に倒されるかもしれない程度の、男なのだと、目の前のこいつは自分をそう見縊った(・・・・)ということではないか。


「ああ、お前、この期に及んで何をうだうだ……」


 沸々と湧き上がるその感情は何だろうか。怒りか、殺意か、憐憫か。それともそれらが混ざり合った、どれともつかぬ排斥感情であるのか。

 確かなのは、こいつを必ず、この手で、完膚なく、完全に、誰の目からでも明らかに見えるよう叩き潰したいという、決意のみ。

 その決意は、目の前の敵もきっと共有しているだろう。そのことは、確と伝わることだった。

 決意と怒りが綯交ぜになり、より純化して彼のさらなる覚醒を促す。

 火山のごとく、心のボルテージは一から十へと一気に動き。


「この俺を舐めてんじゃねえぞコラァァ!」


「ハハハ――誰が? 誰を? ……お前こそ」


 吠えた啖呵に、しかしこちらも底冷えのするような声で迎え撃つ。

 どちらも退かず、お前を倒すのは自分なのだと心の底から叫びあう。


「私を舐めているだろう、素人野郎。

 互角に戦えるからと、調子に乗るなよ。最後に勝つのはこの私、殺されるのはお前だと決まっているんだよ」


 そのまま食らえば臓腑の損傷は避けられないだろう拳を防ぎながら、譲れぬ矜持を振り絞る。 


「俺がお前に殺される? 寝言は死んで生まれなおしてから言えや。逆だろう。俺が、お前を倒すんだよ鈍間」


「冗談がきついのはどっちだ素人。私が殺す、お前を殺す。決定事項だ、理解は要らんが阿呆を晒すな」


 譲れないものは一つだけ。そう、たった一つだけなのだ。

 その一つさえ手に入るなら、他には何もいらないと。この命さえ惜しくはないと言わんばかりに本気でぶつかり合う二人の姿は、一瞬を輝く閃光のよう。

 殺意をも通り抜いた純粋な戦意は、等しく心中から迸って大輪の火花すら散らしながら、彼らの狭間でぶつかり合う。

 流れ星と化して、彼らは激突を繰り返すのだ。


「俺の、勝ちだ――!」


「勝つのは、私だッ!」


完結目指して頑張りたい。

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