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終章 三話  開戦を告げる風

「いってらっしゃい。無理はしないようにしてくださいね」


「はい、行ってきます」


深夜。私たちは犯人の野望を阻止すべく学校へと向かう。


「花さん。結界の管理と咲夜のこと・・よろしくお願いします」


隣には橘さん。今回は正面きっての戦闘ということで普段よりも重装備になっている。


「任せてください。ですが、範囲が広い分通常よりも脆いことは忘れないように」


・・今回の結界は通常よりも大きめに張ってもらうようにしている。普段よりも広く戦える分、遠距離攻撃が出来るこちらが有利になるはずだ。


「時間だ。行くぞ」


予定時刻まで数分。私たちは決戦の場へと向かう。

・・大丈夫。装備も万全。作戦も考えうる限り最善であろうものを考えた。


何度も頭で作戦内容を繰り返しながら、学校から少し離れた高台で歩みを止める。


「よし。まずはこっちが先制するぞ」


荷物を降ろし、橘さんはすぐさま神器を呼び出す。


「・・来い!「(あずさ)」!」


橘さんの手の中に現れた・・大き目の和弓。無駄な装飾や機能はついておらず、ただただ敵を射抜くことに特化した形状をしている。


「・・風来の陣」


そして、どこからともなく吹いた風が橘さんの周りを漂い始めた。


「・・まだ目立った変化はないが学校周辺を漂う武力が上昇しているな・・ツバキ。あと二・・いや、一分で敵が出てくる。今の内に神器を出しておけ」


周囲の情報を集め、見えない変化を察知する・・それが橘さんの神器能力「風来の陣」。弓兵であり、支援型である橘さんにとって最適な能力だ。


「作戦に変化はありますか」


言われた通りに神器を呼び出しながら、この後の行動を確認する。


「いや、誤算は敵の数だけだ。変更する必要はないだろう」


集めた情報を即座に整理し、最善の策を立案する橘さん。今の彼にはどれほど正確な未来が見えているのだろうか。


「・・来たか」


準備をしつつ待つこと数十秒。学校周辺の至る所で武力を持った存在が現れ始める。

加速度的に増え続ける存在は普段の数を優に超え・・


「・・予想よりもはるかに多いな」


最終的に普段の四倍近くにまで膨れ上がっていた。


「予想の倍ですか・・」


前の戦闘してから半日も経っていないにも関わらずこの数・・かなりの余裕を残していたのか、それとも武力が減っていたとしてもこれほどの数を出せるのか。


「・・だが、まだこちらに気付いていないな。それに巨獣もいない」


けれど、橘さんは驚くことなく冷静に状況を観察している。


「変更はなしだ。予定通り先制するぞ・・装填!」


橘さんは弓を構え、矢を出現させる。


「・・風よ!」


そして、仕者の権能を矢にかけ・・鏃に高密度の風を纏った矢を完成させる。



「風来一陣・・嵐!」



獣の密集地へと一直線に飛んでいく矢。獣も気付いたようだが・・もう遅い。


「「ガァァァ⁉」」


こちらでも視認できるほどの凄まじい風が獣たちを呑みこんでいく。


そして風が治まるころには・・全ての獣が霧散していた。


・・「嵐」は通常の神器使いよりも武力量が少ない橘さんが神器特性、神器能力、仕者の権能、その全てを利用し放つ必殺の一撃。


「はぁ・・はぁ!」


肩で息をする橘さん。武力量が少ないにも関わらずあれほどの攻撃を行ったのだ。無理もない。


「お疲れ様です。少し休んでいてください」


「・・っ。頼む」


ここからは私の役目。橘さんが回復するまでの間、私が壁となり橘さんを守る。


「「・・ハッ・・ハッ」」


・・私たちの存在に気付き接近してくる獣たち。結構な距離があったはずなのだが、その俊敏さからどんどん距離を詰めてくる。


それも出現した全ての獣が多方向から。これほどの数に囲まれるのは不味い。早々に倒さなくては。


「・・炎よ!」


近い獣から順に特大の炎の玉を飛ばしていく。調整は苦手だが今の状況ならば調整を考えず打ち込める!


・・特大の炎は獣をまとめて飲み込み焼いていく。けれど、数が多すぎるせいで少しづつ接近を許してしまう。


「炎よ!・・炎よ!・・・・炎よぉ!」


それでも数を減らすため、炎の玉を飛ばせるだけ飛ばしていく。


「「・・グルル」」


結果、残りの八割近い獣の接近を許してしまった。


「アルム、俺のことは気にせず戦え。こいつらくらいなら今のままでも十分自衛できる」


「・・はい!」


接近してきた獣たちを次々と斬り倒していく。


・・橘さんはああ言ったけれど、この後の行動のために少しでも力を温存してもらいたい。

そう考えた私は神器能力を開放する。


「・・断罪!」


通常では有り得ない距離まで伸びた斬撃が、獣をまとめて斬り裂いていく。


・・私の神器能力「断罪」はあらゆる切断能力の強化。


「切断力」や「切断速度」などがあるが、いま行った強化は「切断範囲」の強化。


これによって攻撃範囲を何倍にも伸ばすことが可能になる。武力の消費も少なくないが、切断範囲の強化のみならすぐに武力が尽きることもない。


「断罪!」


斬撃を飛ばし、捨て身で迫る獣を斬り伏せ、また斬撃を飛ばしていく。


「「・・グルルル」」


・・百は斬ったはずなのだが、まだまだ底が見えない。


「・・断罪!」


けれど、弱音は吐かない。絶対に。


再び気合いを入れ、神器能力で獣たちを切断していく。


「はあ・・はぁっ」


・・あれからどれくらい経ったのだろうか。少しは減ったように見えるのは私の希望的観測だろうか。


「アルム!」


駆け寄ってくる橘さん。どうやら、もう武力も回復したようだ。


「よく頑張ってくれた。あと少しで・・」

「「・・・・グガァァァァァァ!」」


突如出現した力の塊。それも一や二ではない。優に二十は超えている。


恐らく私の武力切れを狙ったのだろう。この現状を打破する方法は橘さんの一撃しかない。それすら代償が大きい。


これはほぼほぼ詰みだろう・・犯人から見れば。


「は・・ははは!」


獣の群れを見て大笑いする橘さん・・そして、ひとしきり笑った後に


「・・・・読み通りだ」

・・邪悪に笑った。


「予想よりも多いか不安だったが・・これくらいなら問題はなさそうだ」


そう。この今の展開・・・・全て橘さんが予見した通りの展開だ。


「さて、せっかく来てくれたんだ。もてなさないとな?」


橘さんは懐から倍近く太い箆をした矢を・・人具を取り出す。


「アルムー。火種」


「・・炎よ!」


鏃にありったけの炎を込める。すると、込めた炎の数倍にも膨れ上がった豪炎が鏃に灯る。


・・これは花さんが製作した仕者の権能を貯蔵し威力を増大させる人具。


橘さんの弱点である武力の少なさを私が補うために制作されたものだ。これならば橘さんが動けなくなることはない。


「名前はそうだな・・・・よし!火焔陣!陽炎!」


放たれる豪炎の矢。炎は膨れ上がり獣たちを悠々と飲み込み焼いていく。


「「グリャァア!」」


巨獣たちもひとたまりもないようで、次々と霧散していく。


・・この攻撃を最初から行わなかったのには理由がある。


一つはこの人具「烈波」は急造で作ってもらったため、全部で三本しかないこと。残り二本・・使う場面は慎重に選ばねばならない。


そして、もう一つは・・敵の憶測を狂わせるためだ。


「いるんだろ?ホオズキとかいうの。こそこそ隠れてないで出て来いよ」


「・・・・そうか、隠れ切れている自信はあったのだがな」


突如、黒い物体が現れたと思うと人の形へと変化する。やはり犯人は近くにいたようだ。


「だろうな。あてずっぽうで言ったし」


橘さんのネタばらしを聞き、更に苦笑する犯人。


「ま、お前の思考はある程度分かってるからな」


「ほう?こうして手合わせたのは始めたのはずなのだがな」


「おいおい、つれないこと言うなよ?毎日のように牽制しあったじゃないか。情報から弱点を模索し、そこに人の心理の緩急を混ぜるお前の戦術はお見通しなんだよ」


「・・そうか。私も貴様の心理をもう少し把握しておくべきだったな」


残念そうともゆかいそうともとれる笑い顔を見せる犯人。この程度の損失、構わないということだろうか?


「まずは見事だと言っておこう。貴様らがここまで迅速に我が眷属を屠るとは思っていなかった。なかなかの手腕だったよ。特に最後の炎は危うく巻き込まれるところだった」


「・・そのまま焼かれていれば良かったのによ」


橘さんの言葉に含まれる明らかな怒気。


「それではつまらんだろう?私も、貴様たちも」


「・・こっちはつまるつまらないで戦ってるわけではないんだよ」


私も同じ気持ちだ。この男の考えに共感は出来ない。


「そうか。まあ、僕が楽しめればそれでいい」


「そうかい、俺はお前との会話に苛ついてきたところだ・・もう黙れ」


私たちは神器を構えた。話し合いができる相手ではない。今回は最初から捕縛を考える。


「ははは!いいぞ。楽しくなってきた」


犯人の合図によって周囲に現れた無数の影。暗いため、


正確な数は把握しきれないが相当な数が存在しているだろう。


「・・さあ、最高の殺戮を始めよう」


気を引き締め、犯人へと突撃を開始した。


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