終章 二話 決戦前の少女、踏み出す一歩
「はい・・失礼します」
私は通話を終える・・会話先は協会。
目的は今夜に迫った犯人との決戦に向けた増援の要請。
けれど・・増援は期待できない。
最も近い協会から神器使いが派遣されることになったが、到着は早くとも明日の朝になるようで、とてもではないが間に合わない。
「どうだ?協会からの支援は?」
「派遣はされるそうですが・・明日の早朝になると」
「・・そうか」
結果を報告すると橘さんは苦い顔をして何かを考えている・・高天ヶ原の返事も良くなかったようだ。
「お待たせしました」
花さんが咲夜さんの部屋から戻ってくる。
「花さん。咲夜の容態は?」
「短時間での肉体酷使と出血による気絶なので寝ていれば良くなるでしょう」
「・・良かった」
少し気持ちが軽くなる。本当に・・本当に良かった。
「ま、あいつのことだから今頃バニーガールの夢でも見てるだろう」
「そうですね。起きたら鍛え直さないと」
お、お二人とも・・これも信頼ゆえなんだろう。
「さて、杞憂も晴れたところで次のことを考えるとしよう・・」
そう、喜んでもいられない。相手が動くまであと半日もないのだから。
花さんは食事の準備のため席を外し、残った私たちは作戦を練り始める。
「アルム、何でもいい。分かったことを全部話してくれ」
「はい・・犯人の・・」
犯人の名前、能力、戦力・・兄さん以外のことを全て話す。
「・・手っ取り早く本人を叩ければいいんだけどな。ツバキ、足のケガはどうだ?」
「戦闘は出来ますが少し鈍くなるかと」
花さんの人具による処置のおかげで血も止まり、傷も癒えたが万全とは言いにくい。
「・・そうなると短期決戦は難しいか」
こちらの戦力は私と橘さんの2人だけ。援軍にも過度な期待は持てない。
犯人の隙を突ければとも思うが、橘さんは弓兵なので前で敵の注意を引き付けるのは難しい。かといって橘さんに狙撃を頼んでも別行動になるのでリスクが高い。
・・強引に実行して失敗すれば全滅は免れない。絶対に負けられない以上リスクは避けなければならない。
「となると・・消耗戦が一番現実的か」
消耗戦。一見こちらが不利なようにも見えるが、犯人も先程の戦闘で獣だけでなく武力を大幅に消費していること。最悪援軍の到着まで待てばいいことも含め、不可能ではない。
だが、作戦の穴も大きい。何故なら・・
「ただこの作戦・・敵が情報以上のものを引っ張ってきた時点で崩壊する」
敵が未だに手を隠し持っているならば、前提から覆されることになるからだ。
・・今の私たちにあれ以上の獣と戦う余裕はない。
「・・いっそのこと降参するか?そうすれば死にはしないだろうしな」
笑いながら提案してくる橘さん。
「橘さん・・そんなこと微塵も思ってもいないですよね」
まだ一週間だがこの人が最初から諦める人ではないことは知っている。なにより・・
「目が笑っていませんよ?」
・・橘さんの瞳には強烈な怒りの炎が灯っている。
「・・そんなに分かりやすいか?俺」
苦笑しながらやれやれと首を横に振る橘さん。
「・・咲夜をあんなにした犯人にもムカつくし、お前たちが苦戦しているにも関わらず大した援護も出来なかった自分にも腹が立つ」
橘さんがここまで怒りを露わにしている・・やはり親友を傷つけられたのが・・
「だが、それ以上にあのバカ!俺がストーカーしていると家族に誤解させやがった!おかげでしこたま怒られたからな。それが一番腹立つ!」
・・そんなことはないようだ・・二人らしいけれど。
「だから、あのバカをぶん殴るためにもさっさとこの事件を片づけないとな」
そう語る橘さんの瞳は決意と闘志で爛々と輝いている。
「ですね・・やるしかありません」
失敗の可能性は高い。不安な点はいくつもある。それでも、私たちは負けられない。
「よし、具体的な内容を詰めていくぞ」
少しでも成功率を上げるため、より念密な作戦を橘さんと練っていく。
「・・・・よし、作戦はこれでいこう。アルム、他に話すことはあるか?」
そして、作戦を練り終わり一度休憩を挟もうとした時に・・私は意を決して話す。
「・・先程はすみませんでした」
深々と頭を下げる。
・・後悔と停滞はもうした。ここからは前に進むための行動をしよう。
「・・頭を上げてくれ」
言われた通りに顔を上げる。そして
「こちらこそ申し訳なかった」
今度は橘さんが深々と頭を下げた。
「そんな。橘さんは何も」
「いや、元はと言えば俺の心ない言葉が原因だ。本当にすまなかった」
「そんな。あれは私にも原因が・・」
「いや、俺がもっと上手く会話を・・」
「「・・・・」」
お互いが顔を見合わせ・・
「「・・ははは!」」
同時に笑う。お互い、同じことを考えていたようだ。
「よし、この話はこれで終わりだ。アルム、改めてよろしく頼む」
「はい。こちらこそ」
これで憂いが一つ消えた。後は一番の憂いを乗り越えるだけだ。
「これで心残りは全て晴れました」
「・・咲夜からは聞けたか?」
「いえ。聞くことは出来ませんでした」
・・咲夜さんについて聞きたいことは山ほどある。けれど。
「でも大丈夫です。例えどんなことを隠していても私は咲夜さんを信じるだけですから」
今度は私が咲夜さんを信じる番だ。
「ほう。お前からそんな言葉が出てくるとはな」
ニヤニヤと意地悪そうな顔になる橘さん。
・・なんだか恥ずかしくなってきた。
「さ、咲夜さんの様子を見てきます!」
「怪我人相手に激しいことは控えろよー」
橘さんの下卑た忠告をあえて無視し、咲夜さんの部屋へと向かう。
「失礼します・・」
起こさないようにゆっくりと扉を開ける。咲夜さんはすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。これならもう心配いらないだろう。
・・咲夜さん。私はあなたに謝りたい。もっとあなたと話したい。あなたを知りたい。
・・もっと私を知って欲しい。
だから、必ず倒してきて帰ってきます。
「行ってきます。また後で」
私は今一度決意を固め、部屋を後にするのだった。




