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終章 一話  雨音に溶ける懺悔

「・・・・」


葉に、岩に、池に。水の弾ける音がどこか遠くで聞こえる。


しっかりしなければと心を震わせても心は揺れず、動かそうと思っても体は動かない。

私は・・何をしているんだろう?


「ム・・アル・・アルム!」


私を必死に呼ぶ声の方へと顔を向ける。


「・・なんでしょうか?」


「なんでしょうかじゃない。そのままだと風邪を引く。早く風呂に入れ」


言うな否や橘さんが私を立たせ、お風呂場へ連れていこうとする。


そうだ。ここは咲夜さんの家だ。咲夜・・さん。


「・・咲夜さんは?」


「・・今はそんなことよりもお前の体調を整えるほうが・・」


・・そんなことよりも?


「・・・・そんなことってなんですか‼」


自分でも驚くほどの大声で橘さんへと怒号を飛ばす。


「橘さんにとって咲夜さんは「そんなもの」と片付けられる存在なんですか⁉傷ついて!真っ青な顔をして!今も苦しんでいる咲夜さんをそんな・・っ⁉」


「・・・・」


橘さんの辛そうな顔を見て私は自分の発言を後悔した。


「す、すみませ・・わ、私」


違う。橘さんが悪いわけではないのに。悪いのは私なのに全部、全部私が・・


「あ、あ、あ、あ」


目の前が真っ暗になる。そうだ。全部。全部私が・・


「アルム⁉アルム‼」

「何事です?」


「・・花さん。これは・・」


「灰君。私がツバキちゃんをお風呂に連れていきます。あなたも休んでください」


「でも!」


「いいから・・あなたも休みなさい」


「・・すみません」


「さ、行きましょうツバキちゃん」


「・・・・」


花さんにお風呂場へと連れて行かれる。

私は何もする気が起きず、花さんになされるまま服を脱がされ、湯船に浸けられる。


「ふう。お風呂が身に沁みますね」

「・・・・」


なぜ花さんは私を気にかけてくれるんだろう。一応の義務感からだろうか。


それとも・・今の私を見て心の中で笑うためだろうか。


「ツバキちゃん。ありがとうございます」


「・・・・え?」


なぜ花さんは感謝を口にしたのだろう?


「咲夜のためにここまで心を痛めてくれて・・本当にありがとうございます」


なぜ、私に頭を下げるんだろう。


「だから・・自分を責めなくていいんです」


なぜ・・花さんは私に怒りを向けないのだろう。


「・・・・私は・・私は!自分のことを優先して!そのせいで咲夜さんを傷つけて!私を信じてくれると言ってくれたのにそれも裏切って!仲間を・・大切な人を鑑みずに過去に追いすがった私が全て悪いんです!」


・・過去に経験した周りからの視線を言い訳に、目の前に現れた兄の情報を言い訳に、私は咲夜さんの信じてほしいという言葉から目を背けた。


・・兄のことは今でも好いている。


私の知らないことを教えてくれたし辛い実験でも励ましてくれた。


でも・・私はそんなことしか覚えていないのだ。


曖昧な記憶と星を見る約束・・それだけが私の持っているもの。


そんなちっぽけなもののために・・いや、そんなものしか持っていないことに気付かれたくなくて私は向けられた言葉から逃げた。


・・そうだ、私は兄を・・兄すら、咲夜さんから目を背けるための道具にしたのだ。


「こんな、こんな最低な私が泣くなんて許されないんです」


・・兄を利用して咲夜さんから目を逸らしたのだ・・こんな私が泣く権利なんてない。


「いいんです」


・・けれど、花さんはこんな私を抱き寄せてくれる。


「いいんですよ。あなたは泣いていいんです」


こんな私に泣くことを許してくれる。


「人は間違えるんです。後悔するんです。けれど、前に進めるんです。泣いて・・また頑張りましょう」


私を・・素直にさせてくれる。


「・・嬉しかったんです」

「はい」


「楽しかったんです」

「はい」


「でも、怖かったんです。自分が空っぽだと気づかれるのが」

「ツバキちゃんは魅力的です」


「咲夜さんと過ごして楽しかったです」

「はい」


「橘さんと過ごして楽しかったです」

「はい」


「・・また、一緒に過ごせるでしょうか」

「絶対に大丈夫です」


「・・咲夜さんのために・・泣いていいんでしょうか」


「もちろんです。泣いて・・また笑顔でお話しましょう?」


「・・ああ・・・・あああぁ!」


・・後悔は消えないし、過去の過ちは無くならない。


けど、今は泣こう・・もう一度、咲夜さんと向き合うために・・笑顔で話せるように。


私が泣き止むまでの間、花さんはずっと頭を撫でてくれていた。


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