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異世界に転生したお兄ちゃんがふがいないので、私も転生します!

作者: ブーブママ

『異世界が君を待っている! 希望を捨てず明日へ!』


 そんなポスターを駅で見ることが多くなった。

 平成の時代なら、うさんくさそうに見られていたんだろうなあと思う。

 でも元号が変わった今、そんなうさんくささを感じる人はまったくいない。

 ほら、今乗ってる電車の液晶にも映ってる。


『異世界転生勇者、またも世界を救う! 魔王へのとどめはカレー!?』


 見出しだけで分かるね。超料理能力を持って転生したマサオさんだ。

 そっかー、ついに世界を救ったのかー、いいなぁ。


『マサオ氏、帰還を選択。記者会見は来月を予定』


 お、戻ってくるんだ。えぇー、女の子全員連れて? すごいなあ。

 ――ぜったい、そのうち刺されると思う。


 ◇ ◇ ◇


 異世界転生。


 概念だけは昔から様々な作品で語られていた。

 死んだけど異世界を救ってよみがえっただの、なんだの。

 けどずうっと、それは証明されてこなかった。

 妄言だと扱われて、帰還者は迫害されてきた。そんな経緯があるから他の帰還者で語る人もいなくなり、誰もが妄想か信心の産物だと思っていた。


 けど、今は違う。


 異世界の存在は実証されている。

 異世界の様子は観察することができる。


 帰還者が持ち帰った技術を元に、転生先の様子を見ることができる機械が発明されて。

 実際にその機械で監視されていた転生者が帰還して。

 異世界のものを現実世界に持ち込むようになって。


 それで、いま異世界転生はごくあたりまえのこととして受け入れられている。

 実在する現象として、小学生だって習うようになっている。


 そして私、花屋敷花梨、中学二年生も受け入れている。


 だってだって、私のお兄ちゃんは――異世界で勇者をやっているから!


 ◇ ◇ ◇


「ただいまぁ!」


 私は玄関に靴を脱ぎ散らかすと、さっそく和室に駆け込んだ。


「こら! 手を洗いなさい!」


 お母さんが言ってるけど、それより先に仏壇を開ける。

 仏壇の中には、大きなモニタのついたPCが入っている。


 モニタをオン。


「おおっ! やってるやってる!」

「カリン! せめて着替えてからにしなさい!」

「ええー、いいとこだよぉ!」


 私のお兄ちゃん、花屋敷庭王(ていおう)は、異世界の勇者だ。

 そして異世界でただいま戦闘の真っ最中だった。


 お兄ちゃんの転生した世界は、オーソドックスなファンタジー系の世界だった。

 ただいまの相手は山のような体の巨人。剣を構えたお兄ちゃんがひよこサイズに見える。


 勝ち目がない? うんうん、そう思う? 思った? 思わないよね!

 そう、お兄ちゃんも転生者の例に漏れず、チート能力を授かっている。

 それもとびきり強力なやつ。〈ラーニング〉! 一度見た能力をコピーできる能力! さいっきょーだね!


 さいっきょー……だと思うんだけど……。


「あぁ……」


 お兄ちゃんは、巨人が振り回した大木にあっさりと弾き飛ばされ、ふっとんでいった。

 なかなか美人さんなパーティーメンバーがあわててお兄ちゃんを回収し、撤退していく。


「はぁ……また負けてる……」


 ――お兄ちゃんは、こんな調子だった。

 チート能力を手にしていながら、なんてふがいない。ふがいなさすぎる。

 こんなんじゃ、ぜんぜん学校で自慢できないよぉ!


 ◇ ◇ ◇


「――で、わたしが愚痴を聞かされるのね」

「こんなの聞かせられるのは、ドンちゃんだけだよ」


 放課後。私は幼馴染の女の子、宙園井菜(そらぞのせいな)ことドンちゃんをラキピに連れ込み、ソフトクリームをがっつきながら愚痴った。


「それもこれも、お兄ちゃんがだらしないのが悪いんだよ!」

「せっかく『勇者枠』での転生なのに、ずいぶん勇者してないわよね」

「素質あると思うのになあ。イケメンだしスケベだしドジだし」

「後半、けなしてない?」

「スケベなのは勇者の証だよ! その――ドジは度をすぎてると思うけど」

「まぁ、何度か『ヴィジョン』を見せてもらったけど――ドジよね、あなたのお兄さん。まぁ、こっちでトラックに跳ねられるぐらいドジだったけど」


 お兄ちゃんは一年前、ちょうど夏の今頃、トラックに跳ねられて転生した。

 女の人とか猫を助けてとかじゃなくて、ふつうに青信号と赤信号を見間違えて。


 あぁ~、これは『一般人枠』待ったなしですな~、とか思ってたんだけど、ヴィジョンに映ったお兄ちゃんはなんと勇者していた。

 お父さんもお母さんも、喜んだ――しばらくは。あの体たらくを見るまでは。


「勇者枠なら課題クリア後、こっちに帰ってくることもできるのに、その兆しも見えないって言うのは」

「うぅぅ……何が悪いんだろう?」

「調子に乗ってラーニングしすぎて、何のスキル使うか判断できてないのよ、たぶん」

「そっかぁ、なるほどなぁ、ドジだなぁ……はぁ……」


 ソフトクームも食べ終わってしまった。はぁ。


「せっかく勇者なのに、かっこわるすぎるよ。文句言えたらいいのに」

「ヴィジョンは一方通行。よっぽど通信状況がよくても、こっちから指示はできないからね」

「はぁー……転生先は問題なく言葉が通じるっていう便利さなのにね……」


 こっちの言葉はどんなに投げかけても通じない。


「こっちと異世界には隔たりがあるんだから、仕方ないわよ」

「あーもー、直接文句言ってやりたい!」


 私は足をじたばたさせて――ふと気づいた。


 直接?


「そうだよ! 直接ならいいじゃん!」

「カリン? ……なんか、変なこと考えてない?」

「じょぶじょぶ、だいじょーぶだよ、超ナイスアイディアだよ!」


 私はドンちゃんに、ニッカリ笑ってそのアイディアを告げた。


「私も転生すればいいんだよ! お兄ちゃんと、同じ世界に!」


 ◇ ◇ ◇


 別の日の図書室。


「ドンちゃん! 調べといてくれた!?」

「静かにしてよ――あと、本気なの?」

「まぁまぁ、まずはできるかどうかだけさ?」


 学習スペースの狭い場所に、ドンちゃんと一緒に座る。

 なんだかんだ言って、ドンちゃんはしっかり調べてくれていた。机の上には異世界転生関連の書籍がたくさんだ。


「じゃあ……とりあえず、転生のおさらいからね」

「ほいきた」

「転生が実証された経緯は、この間授業でやったから省くとして。とにかく、わたしたちは死ぬと異世界に転生する。これまで天国とか地獄とかいう概念で考えられていたけど、実際は異世界で第二の人生がスタートするわけね」

「すごいよねー! 死んでも終わりじゃないんだから!」

「一時期は正しい情報が伝わらなくて、自殺が増加したって話だし、わたしは怖いと思ったけど……今でもどうせ転生するんだからって、無茶な犯罪をする人がいるし」

「そういう人たちって普通の転生ができないんだっけ?」

「そう。カルマシステム。転生先も課題もウルトラハードになるそうね。そして――課題をクリアしない限り、第三の人生はない」


 悪いことはできないってことだ。女神様は見ている!


「で、一般枠の転生と違って、記憶引継ぎ、女神によってチート能力を付与されるのが、勇者枠」

「私のお兄ちゃん!」

「記憶の引継ぎ、これが重要よ。一般枠では記憶は引き継げないから」


 不治の病の被験者とヴィジョンによる何度かの実験で証明されている。

 死んだ後、ヴィジョンに向けてサインを送ってね――と約束して安楽死した被験者は、誰一人としてサインを送ることはなかった。


「カリンがお兄さんを助けに行くとして、まず同じ世界に行けるかどうか? これは可能だと分かってる」

「前世の約束システム、だよね」

「そう。同じ世界に行くという約束をして、あるいは転生者と同じ世界に行きたいと願って転生した場合、同じ異世界に行くことがヴィジョン、帰還者によって実証されているわ」

「ロマンチックだよねー」

「一般枠だと記憶を失っているから、再会したところでロマンスが生まれるかどうかわからないけど」

「ドンちゃん、リアリスト~……」


 ツン、とドンちゃんは冷たく顎をそらす。


「とにかく、カリンがお兄さんと同じ世界に行くことは、前世の約束システムがある以上、可能なわけ」

「文句が言える!」

「はやまらない。問題はさっきも言ったとおり、記憶の引継ぎ。記憶を失っていたら文句言えないでしょう?」

「確かに……」

「で、記憶の引継ぎができるのは勇者枠だけ」

「ならその勇者枠になればいいんだね!」


 ハァ、とドンちゃんは溜め息を吐く。


「なれればね。勇者枠がどれだけレアなのか、あなた分かってる?」

「ええと――?」

「一日に日本で死亡する人は、近年約四千人。異世界からの帰還者は年に二、三人程度。公表されている現在の勇者数は、二十人。非公表の人を含めても、百はいかないでしょうね」

「えーっと、えーっと?」

「ふらっと死んだとして、勇者になる確率は――年に二十人勇者が生まれているとしても……ざっくり七万分の一よ」

「ななまん……うひゃあ」


 パッと計算したドンちゃんにも、うひゃあ。


「えっと、宝くじの何等ぐらい?」

「……ジャンボ宝くじの3等、百万円が当たるぐらいね」

「お兄ちゃん、百万円かぁ」


 すごいような、すごくないような。


「どう? やめる気になった?」

「うーん……でも、完全にランダムで選ばれるわけじゃないんじゃない? ほら、悪い人とか自殺した人はハードモードなんでしょ? なら、勇者を狙う方法だって!」

「小学生の頃の道徳の授業なんかじゃ、いい子にしてれば勇者に転生できるなんて言われたけど」

「言われた言われた」

「本当にそうなのか疑問よね。あなたのお兄さんが勇者なんだから」

「そだね……スケベでドジで評判悪かったよね……イケメンになったのも転生効果だし……」


 私のパンツを盗んでいたこともあったし、いい子とはとてもとても。


「いちおう統計的には、若者が勇者になる割合が多いわ」

「私、若者!」

「あとは血統的に、勇者になりやすい……とかはあるかもね。帰還者の中にそういう話をする人は多いし」

「私、お兄ちゃんの妹!」

「それでも勇者になるかどうかは分からないわよ」

「うう~……でもでも、お兄ちゃんに的確なアドバイスさえできれば、絶対課題クリアできるはずなんだよ! 魔王を倒して! それで課題のご褒美でこっちに連れて帰ってもらえば!」


 課題。転生の女神様から与えられる、異世界でなすべきこと。

 それを叶えた異世界転生勇者は、願いをかなえてもらえる。

 こっちの世界に、異世界のものを持ち帰るのも、その効果によるものだ。


「うーん……あッ! なんかあったような……前世の約束じゃなくて……そう! 前世の記憶システム!」

「あぁ……これね。前世の記憶。勇者が一般転生者に深く接触することで、記憶の引継ぎを果たす」

「そう、それそれ! ハルマサの愛の力!」


 勇者ハルマサが前世の恋人を目覚めさせた話! 映画化もされている。あれはよかった、泣けた。


「いけるじゃん! 勇者に転生すれば問題なし、一般転生でも、兄妹だもん、お兄ちゃんなら私だってわかるよ! それで前世の記憶を呼び起こしてもらえば! 同じ世界には確実にいけるんだし!」

「カリン、大事なこと忘れてるわ。カルマシステムよ」

「え? 私、悪人じゃないよ?」

「どうやって転生するつもりよ? 自殺は悪人と同じで、ハードモードなのよ? あっちの世界でハードって言うなら、雑魚モンスターに転生するかもしれないわよ?」

「う」


 そうだった。

 正直、お兄ちゃんの現状は見てられない。顔がイケメンに転生したチート効果で仲間はいるけれど、能力をまったく使いこなせていない。課題達成前に死んでしまったら、第三の人生はない。

 だから、早く向こうに行ってアドバイスしたい。のだけど。


 転生するには死ななきゃいけない。

 それも自殺以外の方法で。


「……ドンちゃん、なんかこう、不意打ちで殺してくれない?」

「イヤよ、殺人罪じゃない。勇者枠だったら減刑の見込みがあるけど、一般枠ならないし。この年で前科モノになりたくないわ」

「うぅ……」

「それに、殺してくれって依頼は、広義の自殺になるんじゃない?」

「うぅ、そっか……」


 わざとホームから足を踏み出したり、横断歩道を赤で渡ったりしても、ダメかぁ……。

 でもそう考えるとお兄ちゃんは本気で青と赤見間違えたんだね、うわぁ……。


「わかった? 無理だって」

「うぅ……」

「……親友を置いて転生なんかしないでよね」

「ドンちゃぁん……」


 ドンちゃんに泣きつきながら、私は祈った。転生を管理するという女神様に。

 どうかどうか、なんかしょうもない感じに死んじゃったら、うまく転生させてくれますようにと。


 ◇ ◇ ◇


 暗い室内。わずかな精霊の明かりに照らされて浮かび上がるひとつのシルエット。

 それが二つの男女の姿に分かれる。


「いっ……いいんだな?」

「何度も、言わせるな」


 男が今まで触れていた唇を見つめて言うと、女はかすれた声で答えた。


「魔将であった私は、お前に……勇者に倒された」

「おっ、おう……」

「戦う前に言ったとおりだ――好きにしろ」

「じゃあ……」


 再びシルエットがひとつになる。唇と唇が重なり、その端から漏れる甘い鼻声が、室内に反響する。

 やがてそのシルエットは、絹が海のように広がるベッドの上に倒れこんだ。


「ぬ、脱がしていいか?」

「聞くな――ンッ」


 唇がふれあい、お互いに求め合う。

 もどかしげに手足が動き、女のわずかな衣服がすべて剥ぎ取られる。女が顔をそらして待つ間に、男も服を脱ぎ、肌と肌が触れ合い、お互いの体温を感じる。


「アッ――」


 男の手が女の柔らかな双丘に伸び、女が声を漏らして、顔を赤くする。


「――なんだ?」


 その恥らう顔を、男はじっと見ていた。


「――辱める気か。趣味が、悪いぞ」

「いや――こんな近くでよく顔を見る機会がなかったからさ」


 男はゆっくりと女の髪を梳く。その心地よさに、女は少し表情を柔らかくした。


「そんなに、じっと見るな」

「悪い――なんか、懐かしい感じがして」

「……懐かしい? お前とそんな昔に会った覚えはないぞ」

「そうじゃなくて、似てるんだよな――そうか」


 男は思い当たった名前を、何も考えずに口にした。


「妹と似ているんだ。カリン、っていうんだけどさ――」

「カリン」




 記憶が、弾けた。




 ◇ ◇ ◇


 なんか暗い。天井がぼんやり明るい? でもその前に何かいる。


 えーと、これは? 人?


「悪い、今言う話じゃなかったな」


 懐かしい声。頭をなでてくれている。気持ちいいし、安心する。ほっと体の力が抜ける。


「じゃ……いいよな?」

「?」

「いれるぞ」


 人――男の人の姿が動く。何かごそごそと……脚を持ち上げられて……。


「ひゃ!?」


 何か熱いのが!?


 ッ!? あああああ!!


「駄目ェッ!!」

「グハッ!?」


 間一髪だった。


 私が突き飛ばすと、男の人は文字通り吹っ飛んで、床に落ちて、ごろごろと転がった。


「いって……なっ、何するんだよ!?」

「こっちの台詞だよ!」


 怒るのはこっちの方だ!


「いくら妹がかわいいからって、何してくれてんのさ、お兄ちゃん!?」

「は!?」


 シーツを剥ぎ取って、体に巻きつけて。よし。まぬけ顔をさらすお兄ちゃんの元へ。


「カリンだよ! お兄ちゃん!」

「は? え?」

「私、花屋敷カリンだよ! お兄ちゃんの、にわおー兄ちゃんの妹の!」

「え? あ……えええええぇぇっ!? おま、ええ!? カリン? なんで? あッ、転生!? でも、ええ!?」

「そうだよ、妹だよ!」


 私はキッパリと断言した。


「いま、お兄ちゃんが犯そうとしていたのは、実の妹です!」

「や、やめてぇえええええええ!」


 そしてお兄ちゃんはしばらく、頭を抱えて叫びながらごろごろ転がるのだった。

 ……服、着て欲しいなぁ。


 ◇ ◇ ◇


「落ち着いた? お兄ちゃん」

「ああ、まぁ、なぁ」


 お互い服を着て――なんか私のはすっごい面積少ないけど――落ち着いたところで、話を再開した。


「……お前、ホントに妹のカリン?」

「だからそう言ってるじゃん」

「そうだよな……この世界じゃテイオーとしか名乗ってないし……はぁぁ」

「なによう、せっかくの再会なのに、溜め息ばっかり」

「いやだって」


 お兄ちゃんは物悲しげな顔をする。


「せっかく、脱童貞だと思ったのに」

「エッチスケベ」

「お前なー、ここまでクールダウンした俺の努力を褒めて欲しいよ?」

「知らないよ」


 サイテーだサイテー。まったくスケベさは勇者の素質ばっちりなんだから。

 確かに容姿はイケメンになったからドキッとするけどさぁ、中身はお兄ちゃんのままだよね。


「えーと、とにかくお前は妹のカリンな。で……どうやってここに? お前も転生か? 記憶を持ってるってことは――いやでも、今思い出したっていうか、人格が変わったから――前世の記憶?」

「お兄ちゃん、転生詳しいんだね」

「そら男の子なら一度は転生にあこがれるもんさ」

「そうなんだ」


 逃避っていうやつかな?


「ともかく、半分は正解だよ。そう、転生! お兄ちゃんと同じ世界に転生してきたのさ!」

「お、おお……そうなのか。しかし、なんでまた」

「お兄ちゃんがふがいないからだよ!」

「えぇ」

「せっかくラーニングしたスキルもうまく使いこなせてないし! ぽんぽこやられてるし! ヴィジョンで見てるこっちの身にもなってよね、そりゃあもう不安だったんだから!」

「う……すまん。しかしだな、今回はうまくいったんだぞ? お前――じゃない、ええと――とにかく、魔将ランジュを倒すことができたんだからな」

「ランジュが身分を隠している間に積み上げた好感度のおかげじゃん。戦闘もほとんど偶然で」

「うぐっ」


 こちらとらヴィジョンで全部見てるんだからねっ。


「これが唯一の戦果っていうのがねぇ……」

「なんだよ、唯一って」

「唯一は唯一だよ……ああそっか。うん、そうかぁ」

「?」

「いや、タイミングよかったなぁって」

「あ、ああ……そ、そうだな」


 お兄ちゃんはもごもごと口を動かす。


「お、お互いにとっても、よかったよな」

「……ん?」

「いや、その、……兄妹でイタさなくて」

「そーいうんじゃないっ!」


 ゴス! とお兄ちゃんの脳天を殴りつける。この体、攻撃力高い。お兄ちゃんは床にめり込んでいた。


「とにかく、私は転生してきたの! お兄ちゃんがふがいないから、課題がクリアできそうにないから!」

「お前の手なんか借りなくても……」

「ボロ負け続きじゃん。ランジュ以外には」

「うっ……」

「だから妹の私が手伝いにきたんだよ。オッケー? オッケーね」


 聞くまでもない。オッケーにきまってる。


「……手伝いってなんだよ? ランジュの体を乗っ取っただけなら、ふつうにランジュが戦ったほうが頼りになりそうなもんだぞ。お前、運動神経ないし」

「そこは、私のチート能力の出番だよ」

「チート……ってことは、お前、勇者枠なのか!」

「まッ――そんなとこかな!」


 私はニッカリ笑う。


「女神様の説明の通りなら――さっそく使おうかな! じゃあね、お兄ちゃん、また後で」

「あ、後で?」

「そう、後でね。だから――」


 私は全身全霊の力をこめて睨みつけた。


「ランジュにエッチなことしないでよね」

「へ」

「〈スイッチ〉!」


 ◇ ◇ ◇


 戻ってきた世界は――なんかひっくり返っていた。


「どう、観念した!?」

「あ、いたたっ! いたいいたい! ロープロープ!」


 ぎりぎりと腕が締め上げられる。私は何とか床を叩いて降参の意思を告げた。


「やめてよ、痛いよ、ドンちゃん!」

「――カリン?」


 すっ、と拘束が緩む。


「そうだよ。えへへ、ドンちゃん。久しぶり」

「……あなたが錯乱してた時間と数えても、そんな久しぶりでもないんだけど?」

「あはは」


 さすがドンちゃん。鋭い。

 なんとかお互い組み合った状態から離れて、一息をつく。


 ここは――家の仏壇の前。ドンちゃんも私も冬の制服を着ている。

 この時か――お兄ちゃんとランジュのベッドシーンが始まって、気まずい雰囲気になって。


「どういうことか説明してくれる? さっき、自分はランジュだとか言ってたけど?」

「あぁ……入れ替わってたんだよ、中身が!」

「……精神が、異世界の人間と? そんな、異世界じゃないんだからチートなんて」


 ドンちゃんは、じっと私の顔を見る。


「……チートなのね?」

「うん」

「――いつ、転生したというの?」

「ええっと……実は真なる力が目覚めて……」

「チート能力は勇者枠で転生したものにだけ与えられる。そして転生するためには、死ななきゃいけない。でも、カリンは死んでいない」

「ふ、不思議だねぇー!? あはは」


 ドンちゃんは……目をそらさない。許してくれない。


「何らかの制約で言えないの?」

「そういうことは……でもあまり話さないほうがいいって」

「じゃあ、話して」

「う……うん……」

「どこで自殺してきたの? いつ?」

「じ、自殺なんてしてないよぉ!」


 ハードモードなんてまっぴらゴメンだし。


「でも死んだんでしょう?」

「うん……」

「どこで、どうやって」

「……ええと、病院で」


 たぶん、病院だと思う。


「死因は」

「……なんだろう?」

「ちょっと?」

「えっとえっと、老衰って死因?」

「……は?」


 目を丸くするドンちゃんに、私はすべてを話した。


「老衰で病院に担ぎ込まれて、そこで死んだんだよ! それで転生したの! お兄ちゃんがまだ生きている時間の、異世界に!」


 ◇ ◇ ◇


 ドンちゃんに異世界転生を相談してから、私が事故で死ぬことはなかった。

 それから一年と経たない間に、お兄ちゃんは異世界で魔王を倒すことなく死んでしまった。だからもう転生は無意味だった。両親と一緒に泣いて、転後葬をあげて、ヴィジョンを葬儀屋さんに返して、それでうちの異世界は終わり。


 それから時が流れて、私は進学して、就職して、結婚して。

 子供ができて、両親が転生して、孫ができて。

 まあ幸せだったと思う。今となっては記憶もおぼろげだけど。


 けれど、病院で往生した後。そのことは忘れない。

 女神様との対話については。


 ◇ ◇ ◇


「ようこそ、転生の間へ」


 光に包まれた、とか、神聖な、とか、そういう表現が小説や映画でされていた。

 けれど私が女神様と対峙したのは、老後いつも入り込んでいたこたつを挟んでだった。


 女神様、みかん食べるんだ。まあ和美人だから似合うけど。


「すべての人は次の世界へと転生します。さあ、あなたが望む異世界は?」

「さぁて……この世界で十分、満足したからねぇ」


 お、今のは私ね。ほら、おばあちゃんの時だから。


「子供も、孫の顔も見れたし……これ以上生きることは……」

「ではこちらで選んでよいですね? もっとも記憶が消えての転生ですから、自分の選択かわたくしの選択かは、気づくよしもないと思いますが……」

「……あぁ……異世界といえば。ひとつだけ、思い残したことがあるねぇ」

「なんでしょう?」

「私には兄がいてねぇ……」


 老人特有の長ったらしいしゃべりになるので、カットカット!


「……では、今も兄を助けられなかったことを後悔している?」

「そうさね……その頃の私は、大変後悔して……」

「なら、その頃のあなたに聞きましょう」


 たぶんねー、女神様も老人の話に付き合うのがしんどかったんだね。

 ぽむっ、と音がしたかと思うと、私の姿がおばあちゃんから中学生に早がわり!


「うわっ! なにこれすっごい! 若返り!? へぇー!」

「………」


 あ、女神様うるさそう。


「ああ、で、後悔の話ね。そりゃ、肉親だもん。お父さんもお母さんも悲しんだし、私だってね。なまじ勇者に転生するものだから、課題クリアして帰ってくるんじゃないかって希望を持ってたから。私なんて、同じ異世界に行って手伝おうと思ってたぐらい! でも、同じ異世界に行く方法がね――」


 私、腕を見下ろす。若返った腕。


「ねぇねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」

「なんですか」

「例えば恋人がいるじゃない? で、片方が事故でしんじゃうの。そしたらもう一方が、来世でまた会おうって誓って操を立てて生きるの。おじいちゃんになるまで。で死んだら……二人は一緒になるの? 恋愛小説でよくある話だけど」

「運がよければ、なるでしょうね」

「それって、同じ世界には行ったってことだよね」

「ええ」

「同じ、時間に?」

「そうですね」

「じゃあ――同じ異世界に行くとして、時間の指定はできるんだね」


 女神様は微笑む。


「面白い」

「へ?」

「人が寿命を終えるタイミングにはズレがあります。だからといって来世で会うことができなければ不満を感じる。そんな人間に配慮したちょっとした調整ですが――それを利用しようという人間がでてくるとは」

「利用――」

「あなたの兄の運命を変えるつもりでしょう」

「う……うん」

「できますよ。ある意味では――歴史改変でしょうね」

「ほんと!? お兄ちゃんに会いに行って……ああ、でも、これって……」

「そうです。あなたは勇者ではありません」


 女神様は冷たく告げる。


「勇者でない以上、記憶の引継ぎはできない」

「……一般転生でも、会いさえすれば、記憶はよみがえるって……」

「記憶のない一般人が、世界の重要人物たる勇者に接触しようとするでしょうか?」

「う……」


 言われてみればその通りだ。お兄ちゃんが会うような人は、魔族と戦うようなすごい人ばかり。一般人とか、ほとんどヴィジョンで見たことがない。


「ですが、あの世界には一般人でも勇者と出会う可能性が高いものがいます」

「……それって?」

「魔族です。勇者が倒すべき、敵」

「――それに転生させてくれる?」

「ふふ……いいでしょう」


 女神様は、笑う。


「あなたの兄が生きる時代の、一般の魔族に転生させてあげましょう。もちろん、記憶は引き継ぎません。あなたの真の名を兄が呼んだとき、前世の記憶を呼び起こす」

「……ボーナスは、魔族に転生させるってことだけ、かぁ」

「いいえ、これはペナルティ。いわゆるハードモード、ですから」

「うぇ……」


 やっぱり、魔族は生きづらいらしい。


「ですがあなたは本来一般転生をすべき人間。なんの補償もなしにハードモードに落とすことはできません。ですから二つ、補償をさしあげましょう。ひとつは……気概。転生後のあなたは、勇者を倒すことを目標に生きていく」

「それで強くなれば――」

「会えるでしょうね、強大な敵と戦うのが、勇者ですから」

「……もうひとつは」

「チート能力を」

「!?」


 女神様は変わらず微笑む。


「ただし、記憶を取り戻したあとにです。魔族として強くなるのは、自力で努力してもらわないと」

「そっか――それで、能力は?」

「あなたの目的は、兄を助けること――それに見合う能力をさしあげましょう。世界の狭間を、精神体として渡る術を」

「世界の狭間を……?」

「異世界のあなたと、あなたの世界のあなたを、行き来する能力。〈スイッチ〉。それがあなたが目覚めうるチート能力」


 ぐにゃり、と空間が歪む。


「あなたが目的を達することを期待していますよ――勇者の妹さん」

がんばれたら続きます。

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