損な一途な
僕らの始まりは、ささいなネットでの会話。
何気ないやり取りの中で君の悩みを聞いていた。
一緒になって、真剣に悩んで、そのうちにだんだん、気づかないうちに距離が小さくなって。
「一回会ってみない?」
普段奥手で、そんなこと言うはずもない僕が、勇気を出して声をかけた。
ネット上でのやりとりなんて嘘っぱちで、実は男かも知れない、そんな考えもあった。
「じゃあ、**で、会いませんか?」
それは僕からはだいぶ遠い、知らない土地。
でも、僕の返事は決まっているようなものだった。
**にいくと、君はいた。
一目ぼれ、だったのか、今考えると。
「**さんですか?」
「はい。**さん、であってますか?」
なんて、お互いの本当の名前もわからないまま、君と初めて話した。
君の話をたくさん聞いて、僕の話もたくさんして、お互い会うたびに惹かれあっていった気がした。
「あの、**さん、好きです。遠距離になっちゃいますけど、僕と、お付き合いしていただけますか?」
「はい。喜んで。」
あの日の君の笑顔、優しい声、きっと一生忘れない、そんな気がするくらい、深く好きになっていた。
しばらくして大学になると、君は僕の地元の大学に入学してきた。
「これからは、近距離恋愛ですね。」
普段冗談なんていわない君が、おかしそうに笑いながら、一緒に帰るときが、僕の一番の幸せだった。
毎日、一緒に帰って、たまには寄り道なんかもして、どこにでもいるカップルみたいな毎日。
周りからも支えられて、このまま結婚するんじゃないか、なんてうわさもされた。
「**、これ。」
ある日、僕は必死にがんばったバイト代で、おそろいのペアリングを買った。
「いつか、もっと大人になったら、本物を渡します。今は、まだ君を支えてあげられるほど大人じゃないけど、いつかきっと、君を幸せにしてあげられるようにがんばるから、受け取ってもらえませんか?」
結婚前提のお付き合い、なんて言葉を使うのが正しいのかな。
僕は君しか考えられないくらい、愛していた。
おそろいのペアリングをはめて、仲良く恋人つなぎして。
これが僕の最後の恋、もうこれ以上ない、それくらい君が大好きだった。
「私たち、夫婦みたいだね。」
一緒に買い物してるときにふと、君がこぼした言葉。
嬉しくて、ちょっと泣いてしまった、なんて君にはわからなかったかな。
君との出会いから数年、大学も終わりを迎え始める頃、君と一緒にいることが少なくなった。
大学で見かけて声をかけても、まるで僕を避けるようにどこかにいってしまう。
携帯で連絡しようとしても、忙しい、疲れている、そんな返事ばかりになってきた。
すごく心配だった、僕が何か気に触ることをしてしまったのか。
それともほんとに体調が悪いのか。
心が休まることなんてなかった。
でも、君がまだおそろいのペアリングをつけてくれていることが、僕の心配を少し楽にしてくれた。
ある日、君に呼び出された。
嫌な感じがした。
「ごめんなさい、私、出来ちゃったみたいなの。」
お腹を優しく撫でる顔は、嬉しそうな顔ではなかった。
もちろん、僕との、ではないのだから、嬉しそうに出来ないだろう。
「そういうわけなんで、うちの**と別れてもらっていいですか?なんか、なぁなぁだったらしいじゃないですか?今更関係ないでしょ?」
「わかりました。別れます。」
そんなあっさりした言葉が出るよりも早く、僕は振るったこともない力のないこぶしを相手に向けていた。
当然、当たるわけもなく、逆に思いっきり殴られた。
痛い、苦しい、そんなありきたりな感情ではなかった。
「ほら、やるよ、これが大切だったんだろ?」
おそろいのペアリングが、小さな音を立てて、横たわる僕の前に小さく転がった。
君は、笑うでも、泣くでも、何でもない表情で僕を見下ろしていた。
「**くん、ちょっと重いなって。ごめんね。」
小さく、僕の命を絶つかのごとく、そうつぶやくと君たちは僕から離れていった。
しばらく、冷たい地面を、ずっと眺めていた。
視界にうつる、僕の左手と、目の前にあるのは、ただの金属のかけら。
泣くことができなかった。
いろんな感情、思考が入り混じり、自分が生きているのか、それすらもわからなくなるほど。
大学を卒業し、僕は働き始めた。
また、何もない、平凡な日々が続くのだと。
それ以外、考えることを、僕は許されていないのだと。