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逃げたい少女と逃がさない彼

作者: 花雪

主人公の少女はネガティブ寄りです。

 少女はゆっくりと目を開けた。

 少女の紅い瞳は、何の光も映さない。



 少女の前には大きなうねりを見せる黒い川があるのみ。

 分厚い雲が月を隠し、少女に月の光が届くこともない。



 少女は、再び目を閉じた。

 まるで、目に見えるもの全てを拒絶するかのように。



 少女は、静かに上体を傾けた。



 少女の先が尖った耳についた大きな深紅のピアスが揺れる。

 大きな水しぶきがあがった。





 暗い川は一瞬にして少女を呑み込んだ。






********************




 少女は、そっとシーツをめくった。隣の部屋にいる男に気づかれないように。


 白い足をゆっくりと地面に下ろし、静かに立ち上がった。そしてそのままりんごの形をした、可愛らしい窓に忍び寄る。


 少女は、窓をあけ窓枠に足をかけたところで固まった。そこにいるはずではなかった男を見つけたからだ。


「......」


「......」


 数秒間見つめあった後、男は、深くため息をついた。


「......何をしているのです?」


「窓から飛び降りようとしてました」なんて、口が裂けても言えない。少女は「えへへ」と曖昧な笑顔を浮かべつつ、窓枠にかけたままだった足を下げた。


「まさか、そんな、はずはない、とは思いますが、その窓から飛び降りようとしていた、なんて言いませんよね?」


「そ、そんなわけないじゃない」


 少女は男から気まずそうに視線をそらした。


「私は、貴女になんて言いましたか?」


「……」


「な・ん・て・い・い・ま・し・た・か?」


「……ベッドで安静にしていなさい」


 少女は、男の迫力に負け小さな声で言った。


「それで? 貴女は何をしているのです?」


「そ、外の景色をみようと思って!」


「窓枠に足をかけて?」


 少女は自らの敗北を知り、大人しくベッドに戻る。


「はあ、全く……。貴女って娘は」


 しばらくすると少女の部屋のドアが開き、先程の男が真っ赤な林檎を腕にいくつか抱えて入ってきた。


「食事ですよ」


 そう言いながら、腕に抱えた林檎を1個、少女にさしだす。ベッドで不貞寝を始めた少女はその林檎に見向きもしない。


「……いらない」


 すると男は林檎をサイドテーブルに置き、片膝を床につき身を屈めた。そして徐に少女のおでこに自らのそれを重ねる。


「な、何を……っ」


 少女は勢いよく身体を起こし、自らの手をおでこにあてる。羞恥に染まる少女を気にするでもなく男は、淡々と立ち上がる。


「熱はないようですから、食べなさい」


 そう言って再び、林檎を1個少女に差し出す。


「いらない」


「食べなさい」


 しつこい男に少女は苛立ったように林檎ごとその手を払いのける。


「いらないってば!! そんなもの欲しくない!! だって、私が本当に欲しいのは……」


「何が欲しいんです?」


 男に先を促され、少女は自らが何を言いかけていたのかに、はっ、とする。それは決して言ってはならないことだった。少女は自らがどれだけ弱っているのかを知り、溜め息をついた。


「なんでもない。我が儘言ってごめんなさい。林檎を食べるわ」


 少女は男が差し出した林檎を素直に受け取り、口へと運んだ。林檎を咀嚼しながら何となしに、男のエルフ族特有の尖った耳へと目をやる。


「美味しいですか?」


 男の問いに少女は答えない。少女には林檎の味を感じることができないのだ。美味しいのか、不味いのか少女には全く分からない。少女が味を感じられ、美味しいと思えるのはこの世でただひとつ。


 私が欲しいのはこんなものじゃない。こんなものじゃ……。


 決して声に出してはいけないことを心の中で呟く。


「何をぼーっとしているのです?」


「……なんでもない」


 少女は再び林檎をかじる。


 


 やはり林檎の味はしなかった。







********************************







 少女は月を見上げ、月に向かって語りかける。


「私がハーフエルフだって知ったら、あの人どうするかしら?」


 浜辺に倒れていたという少女が男に助けられ、この浜の側にある深い森に囲まれた家に来てから1週間が経つ。男が少女を助けたのは、男が少女を純血のエルフ族だと思っているからだと少女は知っている。エルフ族は同族には親切だが、他の種族に関しては排他的だ。


 少女は父親の顔を知らない。エルフの村に入ることを禁じられた少女と母親は、村から離れたところでひっそりと暮らしていた。


 男だって少女がハーフエルフだと知れば、他のエルフ達のように少女を嫌悪の眼差しでみて、少女をこの家から追い出すだろう。少女は自虐的な笑みを浮かべた。


「こんなことになるくらいなら、あの時死ねばよかったわ。なぜ生き延びてしまったのかしら」


 だが、少女は知っている。少女の命は残り少ないということを。


 少女は、ハーフエルフであると同時にハーフヴァンパイアである。血を飲まなければ生きてはいけない。しかも少女の体は半分エルフ族の血が流れているせいなのか、エルフ族の血しか受けつけないのだ。他の種族の血を飲めば身体が拒否反応を示し高熱に魘される。つまり、少女が生きるためには、男の血をもらうしかない。


 しかし、少女には男から血をもらう気などさらさらない。そんなことをするくらいなら死んだ方がマシとさえ思っているのだった。


 少女が男に拾われた時から真っ赤な林檎しか口にしないのは、からだが血を求めているからだ。このままだと、いずれ本能のままに彼を襲ってしまう。


「もうここにはいられないわね」


 少女は悲しげに目をふせた。家の中は静まり返り、なんの音も聞こえない。男は寝ているのだろう。少女は音をたてないようにゆっくりとりんごの形をした窓を開ける。そして窓枠にさっと足をかけると、そのまま窓から飛び降り、目の前の深い森へ足を踏み入れた。


 夜はヴァンパイアの時間だ。少女の瞳には暗い森が昼間のようにはっきりと見えていた。木の根や枝をひょいひょいと避けながら、少女はあてもなく、男から離れたいという一心でどんどん進む。


 空が白み始めた頃、少女は大きな1本の木を見つけた。木に背中を預け、根元に座り込む。少女にはもう歩く力など残っていなかったのだ。しばらく血を飲んでいない少女の身体は限界を迎えていたのだった。


「お母さん、ごめんね。私は疲れちゃった。もういいよね? もうお母さんのところに行ってもいいよね?」


 少女はそっと目を閉じた。




***********************


「お譲ちゃん! 起きて! お譲ちゃん!」


「……うるさい」


 少女が気だるげに目を開けると、そこには知らない人間の男がいた。


「よかったぁ! 生きてた!」


「……よくないわ」


 何故また生き延びてしまったのだろうと少女はため息をついた。


「ん? なんて言ったんだい?」


 幸いにも、男の耳には少女の呟きは届かなかったようで、少女はなんでもない、と首をふった。


「それにしても、またお譲ちゃんに会えるなんて嬉しいなぁ」


「また?」


 少女にはこの男と会った記憶は全くない。首を軽く傾ける。


「そっかそっか! お譲ちゃんは気を失ってたから知らないか! 浜辺に倒れてたお譲ちゃんを見つけたのは僕なんだよ。ただ、エルフ族なんて彼以外に知らなくてね。どうしていいか分からなくて彼に助けを求めたんだよ」


 彼というのは、おそらく少女がお世話になっていたエルフ族の男のことだろう。


「そうなの。ありがとう」


 そのまま、放っておいてくれればよかったのに。という言葉を飲み込み、少女は頭を下げた。


「いいよいいよ。それよりもずっとお譲ちゃんのことが気になってたんだけど、元気そうで何よりだよ」


 死のうとしている少女を元気そうだと称するその目は節穴なのか、という言葉も飲み込み、当たり障りのない笑みを少女は返した。早くこの会話を終わらせて一人になりたかったのだ。


「そういえば、お譲ちゃんは何故ここに? 近くに彼がいる様子もないし、彼とはぐれて迷ったのかい?」


 少女が力なく首を振ると、男は、分かった、とでも言いたげな顔をした。


「彼と喧嘩して、家出したんだね! 彼は頑固なところがあるからね」


 少女の返事を聞くこともなく男は、なるほどなるほど、と呟いている。そして勢いよく少女の肩を掴んだ。


「それなら早く仲直りしないと! さぁ! 彼のところに戻ろう。僕が彼のところまで送ってあげるからさ」


 その言葉を聞いた途端、少女の中で何かが溢れた。力任せに少女の肩を掴んでいる男の手を剥がす。


「いやよ! 絶対にいや! あの人のところになんて帰らないわっ!!」


 突然大声を出した少女に驚いた男はしばらくポカンとしていたが、やがて「何故?」と首を傾げた。


「何故って……」


 少女は言葉を詰まらせた。その様子を見た男は、顎に手を当て「ふむ」と呟いた。


「何か言いづらい事情があるみたいだね。よし! お兄さんに話してみないかい?」


 そういって男は彼女の横にさっ、と座り込む。40代半ばだと思われる見た目で、自分のことをお兄さんという辺り、男の図々しさが垣間見えている。それでも、少女は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。


「私、純血のエルフじゃないの」


 この言葉を皮切りに少女はぽつりぽつりと自分のことについて語り始めた。


 エルフ族にとって、ヴァンパイア族との子を成した自分の母親は異端で、自分は居てはならない存在であること。


 そのせいで、母は家族に縁を切られて村を追い出され、少女を連れてひっそりと村から離れた場所で暮らし始めたこと。


 エルフ族の血しか飲めない自分は、母親の血を貰って生きていたこと。


 ある日突然、母親が倒れて亡くなってしまったこと。


 自分の命は残り少ないこと。


 そして、耳のピアスを手に取り男に見せた。


「母が息を引き取る間際にくれたものなの。父が残していったものなんだって」


 それを聞いた男は首をかしげた。


「お嬢ちゃんの父親は今?」


 少女は、「分からない」と首を振った。少女は再び手元のピアスに視線を落とす。


「これは紅血石という珍しい石で、飲み込めば血の代わりとなるらしいの。この大きさだと血を飲まずとも数年は保つらしいわ」


 そこで一旦口を閉じて、きゅっとピアスを握りしめる。


「これを飲み込めば、もう少し長生き出来るのは分かってる。でも、これは父の唯一の手がかりで母の形見なの。私はどうしてもこれを飲み込むことは出来なかった」 


 苦しそうに少女がそう言うと、男は痛ましそうな顔した。


「彼にはこの話をしたのかい?」


 少女はゆっくりと首を横に振る。


「何故? 彼の血を貰えれば君はもっと生けていけるんだろう?」


 男が首をかしげた。少女は顔を伏せる。自分がハーフヴァンパイアだと明かすことで、


 ーー彼に自分を騙したのかと謗られるのが怖い。


 ーー彼に他のエルフ達が自分に向けるような目で見られるのが怖い。


 ーーそして何よりも


 

 彼を殺してしまいそうな自分が怖い。



「母が……」


 少女がポツリとそう漏らすと、男は先を促すかのように静かな目で少女を見た。


「母が死んだのは、私が母の血を貰い過ぎたからかもしれないの。母は何も言わなかったから、本当のことは分からない。でも、母は病気とは無縁の人で、いつも元気にクルクル働いていたわ。だから私もそれに甘えていたの」


 少女の瞳から初めて涙が溢れた。


 彼の家で過ごす間、彼以外のエルフ族を見たことがない。この人間と知り合いだというのだから、恐らく彼は普通のエルフ族とは違う。もしかしたら、優しい彼は少女に血を与えてくれるかもしれない。


 でも、少女は思うのだ。


 もし、彼に軽蔑するような目で見られたら?

 

 もし、母のように彼を殺してしまったら?


 母は少女にピアスを託したあと、「命を粗末にしたら怒るから」そう言い残して亡くなった。少女が自分を責めて、母の後を追うのが分かっていたのかもしれない。母は優しくて厳しい人だった。少女が母の言いつけを破ると、外へ閉め出し夜になるまで決して中には入れてくれなかった。少女が母追って自ら命を絶っても、母は喜ばないし、決して少女に会ってはくれないだろう。


 だから少女は生き続けた。


 母のいない家で一人で過ごすのは、寂しくて苦しかった。


 母が死んでからというもの、血の供給が止まった身体はどんどん衰弱していく。身体に力が入らない。近づいていく死に怯えながら生きる毎日。隣で慰めてくれる人もいない。


 苦しくて、苦しくて、心が悲鳴をあげた。


 耐えきれなくなった少女は川へと身を投げた。


 そして目を覚ました時に出会ったのが彼だった。


 彼は見ず知らずの少女を甲斐甲斐しく世話した。せっかく作った食事に全く手をつけない少女が、真っ赤に熟した林檎は口にすると分かると必ず1日に3回林檎を持ってきた。少女の服や身の回りの物を全て揃えた。寂しさに震える少女をそっと抱きしめた。少女に溢れるほどの優しさを与えた。


 孤独に押し潰されそうだった少女は安らぎを覚えるようになった。それと同時に彼を失う恐怖を覚えるようになった。


 彼を失うことが、少女は自らの命を失うことよりも怖かった。


「私は、彼を失いたくない」


 少女がハラハラと涙を流すと、男はそっと少女の頭を撫でた。


「君は彼のことが好きなんだね」


 自分は彼のことが好き。そうかもしれないと少女はどこか他人事のように心の中で頷いた。生まれてはじめて、疎まれ続けた自分が母以外の存在に優しくされたのだ。好きにならない方が不思議である。



 だから、彼に今すぐ会いたいし、もう二度と会いたくない。



 相反する感情が胸の中で渦巻き、ぐちゃぐちゃに乱していく。自分でもどうしたらいいのか分からず、少女は静かに涙を流し続ける。すると突然、少女の頭を静かに撫でていた、男がぴたりとその手を止めて「おや?」とでも言いたげな顔をした。


 少女の目の前の空間がぽっかりと割れた。あまりの驚きに涙が止まった少女の前に、ぽっかり空いた穴から見覚えのあるエルフ族の男が現れる。


「私は、貴女になんて言いましたか?」


 それは彼だった。いつもと同じ小言を述べながら少女の前にしゃがみ込む。そして彼は少女の涙の跡に気づくと、驚いたように息を飲んだ。しかしすぐに眉間に皺を寄せ、少女の横に座っていた男に鋭い目を向ける。


「貴方がこの娘を泣かせたのですか?」


 その絶対零度の声に少女の方がその身体を震わす。しかし、男は気にも止めていない様子でニコニコと笑っている。


「僕であって、僕じゃない感じかなぁ? それじゃあ君も来たことだし、僕はお暇するよ」


 男は立ち上がると「また会おうね」と手をヒラヒラ振りながら歩きはじめた。突然のことに少女は反応も出来ずに遠ざかっていく背を見送った。目の前の彼が小さく舌打ちしたのは気のせいだろうか。男の背中が完全に見えなくなると、彼に強く抱きしめられた。

 

「無事でよかった……っ!!」


 突然のことに少女は目を白黒させる。よく見ると彼の腕が震えていた。少女はおずおずと彼の背中に腕を回す。そして彼の日なたのような温かい匂いを吸い込むと、強烈な飢えが身体を襲った。


「あ」


 少女のヴァンパイアの本能が顔を出す。彼女の瞳が紅く光り、犬歯が鋭く伸びる。


「どうしたのですか!? どこか具合が!?」 


 少女の様子がおかしいことに気づいた彼は、少女の顔を見ようとした。しかし、その為に少女の身体を離そうとしても、少女の身体はびくともしなかった。


「美味しそう……」


 少女は彼のうなじに口を寄せた。そして、本能のままにそこに鋭い牙を突き刺した。彼の血は、甘酸っぱくて美味しかった。


「な、何を……?」


 彼の声に少女は、ハッと正気を取り戻す。紅く光っていた瞳や鋭く伸びた牙が元に戻る。そして、同時に「もう終わった」と絶望した。


「そこに座りなさい」


 ガタガタと震えながら少女は彼から身体を離し、俯いて彼の前に座る。これから何を言われるのかを考えたら、震えが止まらなかった。


「私の顔を見なさい」


 少女はゆるゆると首を振った。声音はいつもと変わらない気がしたけれど、彼の顔を見るのが怖かった。もし、軽蔑するような目で見られていたら少女は一生立ち直れない。ガタガタと震える少女に気づいたのか、彼は「はぁ」ため息をついた。そのため息にまで少女は反応し、ビクッとその肩を震わす。


「まぁ、いいでしょう。どうして私の言いつけを破り、こんなところで泣いていたのですか?」


 予想していたのと違う質問に少女は目を白黒させた。しかし、すぐにその顔をぐしゃりと歪ます。


「そんなことよりも聞くことがあるでしょ?」

 

「例えば?」


 彼は全く心当たりがないとでもいう顔をして、首を傾げる。


「さっきのこととか」


「さっき?」


 少女の中で何かが弾けた。


「さっき! 私は! 貴方の血を飲んだじゃない!」


 彼はそれがどうしたと言わんばかりの表情を浮かべた。その表情に少女は一瞬怯んだが、再び口を開く。


「私はハーフヴァンパイアなのよ!!」


「だから?」 


「だからって……」


 彼の反応に少女は完全に怯む。


「そんなことはどうでもいいです。さっさと私の質問に答えてください」


「どうでもよくない! 私はハーフヴァンパイアで純血のエルフじゃなくて……」


 彼はため息をついた。


「ハーフヴァンパイアだからなんだと言うのです? 貴女には私が、そんな理由で貴女を見捨てるような薄情者に見えるとでも言いたいのですか?」


 彼にゾクッとするような冷たい目で睨まれ、少女は恐怖に後ずさった。


「逃しませんよ?」


 少女の身体がピクリとも動かなくなる。少女が「魔法だ!」と気づいた時には彼は少女を後ろから抱き締めていた。


 エルフ族が純血を至上とするのは他種族よりも圧倒的な魔力量を誇り、魔力の操り方に長けているからである。上級魔法だって、息をするかの如く行使する。今、彼が少女にかけている魔法も上級魔法の1種だった。純血のエルフでない少女には解くことなどできない。


「さぁ、私の質問に答えてください。もう逃げることはできませんよ?」


 彼の口元はニッコリと笑っていたが、目は全く笑っていなかった。逃げ場はないと悟った少女は全てを話した。少女が「貴方を殺してしまうかもしれない」と言うと、彼はそれを鼻で笑った。


 少女から腕を離し、前に回り込んだ彼が「見なさい」と少女が歯をたてたうなじを見せた。そこには少女のつけた傷は残っていなかった。


「なんで……?」


 少女のせいで少女の母の首周りにはたくさんの傷があった。それなのに彼には傷跡が全く残っていない。


「貴女ごときが私に傷を残せるとでも? 私を殺せるとでも? 思い上がりも甚だしい」


 少女が呆気にとられたような顔で彼を見ると、彼はニッコリと笑った。


「だから、貴女は何も心配せずに私の側にいればいい」


 そして彼は少し意地悪な顔をし、少女の耳元に唇を寄せ囁いた。


「だって私のことが好きなのでしょう?」  


 真っ赤になった少女を満足そうに眺めると、彼は立ち上がり少女を横抱きした。それから、少女を連れて帰るべく家に向かって歩き出した。


 

このあと、2人は幸せに暮らしました。たぶん。

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