09
ジョージは宇宙人である。
その前提からして普通ならば事態を飲み込むまでに時間が掛かるだろう。しかし、そこで躓いていては先に進めないと判っているので、もはや許容することに抵抗はないばかりか、むしろ人間ではないほうが、精神面的に優れるので逆に助かっている。
「ボクらには、地球人にはない力がある。君たちからすると、異能。ほら、よくあるだろう。超能力だとか魔法だとか」
言ってしまえば、というよりかはまさにそれらに該当する力で間違っていない、とジョージは至極真面目な口調で言い切った。
ここまでくると、現実の話というよりかは創作物のネタあわせでもしているかのような軽い気持ちになってくるが、わざわざ相手を不快にさせる態度を見せることもないので、顔の緊張感を拭い去ることはしない。
「種によって、能力は均一でいて、それは不変なるものだった。けれども、近年、この不変がいともたやすく崩壊してしまったんだ。君たち地球人という種の発見、それに伴う接触によってね。ボクらは、地球人と接することで、個による劇的な変化を得た。地球人はボクらを新たなる進化の道へ導いてくれたある意味で崇高な存在となってしまったわけだね。何せ、能力の変化だけではなく、個々に差異すらも生み出し、宇宙人の一種内においても多様化をもたらしたんだ」
「個性、ということか?」
「そうだとも! しかし、それだけではなかったんだ」
力説するジョージはまるで自分の好きな作品を自慢し、その知識をひけらかしているように見えた。その容貌は少年のように輝いて見える、とてもではないが真剣な話をしているようには感じられないくらいには楽しそうであった。が、ジョージからすると、この手の話題は喜色を含めなければ進められないほどに好きなものだということは判る。歴史が好きという人間がいるのだから、歴史好きな宇宙人がいたとしても不思議ではない。
「ボクらは確かに影響を受けた。だけれど、それは地球人に言えたことだったんだよ! 宇宙人から君たちに与えてしまったものがある。しかも、それは全員に平等な付与では決してない。もちろん、ボクらへの付与も同じだ。つまり相互にメリットを、それも特定の個体が得てしまったという幸運と、不運を生み出してしまったんだ」
優越と劣等の発生。それによって、さらに個としての変貌が叶った。結果的にそれは争い、闘争へと発展するだろう。しかし、地球人に対しての闘争は有史を紐解けば当たり前の、本能ともいえる行動である。
「人間は未知の力を恐れながらも、興味を蔑ろには出来ない。そして、いつしかその力を使ってみたいと思うようにもなる」
「人類の歴史において、宇宙人から付与された異能が使われたことがある、と」
さも当然のように頷かれた。
「時の権力者たちの多くはこの事実を知っているよ。それにボクらも知っている。そこは共有情報だよ。知られてもあまり困らないし、意図的に流布できないよう誓約を施すことだってボクらには出来る。ただ、接触を避けることはしているし、能力を得た地球人の管理はさせてもらっている。そうしなければ、力の暴走によって多くの犠牲者を出してしまった例だってあるのだからね」
つまりは、異能の力を持った地球人は存在し、それを保護し、適性に力を扱えるように管理することも保安官であるジョージの仕事の一つであることだった。
「君は、高く売れそうだからね。素早く確保できたのはむしろ行幸だったかもしれない」
「高く、売れる?」
「嗚呼、誤解をしてほしくはないが、意図せず言葉に出してしまっただけなんだ。すまない。君たち地球人は感情というものがあるのだろう。だからこそ、高く売れるんだ」
突然のことで、顔がこわばってしまうが、奴隷が売買されることは歴史上散見される事実である。人間も同じように扱われると思えば理解できなくもない。しかし、絶対的能力者である宇宙人のことだ。案外と、地球人は犬や猫と同列に扱われていると見るべきが、宇宙的規模で考えると普通なのかもしれない。
「ボクらはね、本来ならば感情というものがないのだよ」
「感情が、ない?」
ジョージは反応を楽しむかのように笑顔を作った。その顔のどこに感情がない要素があるというのか疑問である。擬似的に感情を作り出しているというのか、はたまた今目の前に居るジョージというアメリカ人風のヒトガタが実のところ本当の身体ではなく、実体は中に小さなジョージ本人が乗り込んで操作しているだとか、あるいは宇宙船からの遠隔操作を行っているなんてスペースファンタジーチックな妄想が捗るようなことを平然と言い切ったのだから、驚くも無理はない。
「ボクらは、得たんだ。人間と接触したことによってね。だが、足りない。本来のものではまだ、ない。到達できていないんだよ。だからこそ宇宙人の多くは不満だし、もっと何かを得ようと必死になってしまっている。地球人と接触して、感情豊かになりたいだとか、もっと別の力や進化を得られるのではないか。それらを研究してみたいと思うようになった。そう思うということじたいが、すでに感情の芽生えであることは、アキ君ならば理解できるだろうけれど、多くの宇宙人は気づかない。」
当たり前ではなかったからだ。感情なんてものが本当に存在しなかったというのならば、そもそも思考回路が酷く原始的な、それこそ本能によってのみ動いていたといえる。宇宙は大自然と捉えるならば、無数の野生の動物が暮らしているようなものだったのか。
「だけど、善悪というものも生まれたことが幸運だった。地球人をほしいままに捕獲するのは間違っていると唱える存在が現れ始め、捕獲者たちと対立するようになった。乱獲は地球人を絶滅に追い込む愚行であると断じたわけだ」
何のことはない。ニュースでも話題に挙がるほどには人間も直面したことが何度もある問題だ。漁獲量の落ちた魚は絶滅の恐れでてきたので漁に制限をかける。そんな類であって、宇宙人とてさすがは人という名を冠するだけ合って、感情を得てしまえば俗物的になったというわけだった。
「乱獲を恐れ、それを取り締まるようになるが、だからといって従わないものだって当然出てきてしまう。いわゆる密猟者という存在でね。進化の停滞という危機的状況に多くの種が直面していた。その中で、地球人はボクらとはまったく違う独自の進化を遂げていたことをまざまざと見せ付けられてしまったという形になるのかな。ボクらが踏み外した進化の未知に、アキ君――君たち地球人は立っているのだよ。それはね、文明的にも身体的にも劣っているにも課かわず、数万年前にボクら宇宙人らが放棄したであろう道なんだ。それほどに偉大な生命体を乱獲から守るには、それなりの力が必要になる。能力ではない。組織としての行動が求められた」
そこで、とジョージは一旦間を置いた。
茶を含み、吐息混じらせて肩の力を一旦抜いた。
「ボクらにも地球の国連に似た団体ができたんだよ。種をまとめ、子を保護し、戦争すらも管理運営していく組織をね。特に戦争は困ったものだよ。主によっては、いつもやりすぎてしまってね。やれ絶滅だ、惑星が破壊されただの、星系が深刻なダメージを負ってしまって、その再生に多分なる労力を消費しなければならないことだってざらにあった。そこで厳格なルールを作り、さらに団体をも発足させたようなものだよ」
「その団体発足に伴い、地球人の調査も同時進行的に行われ、その結果、感情の発露を確認するに至った、ということで間違いはないのか?」
「そうだとも。ボクはね。感動したよ。光洋町の夕日は実にすばらしいとね!!」
話がどこかに飛んでしまったようだが、ジョージの発言を噛み砕くならば、感情はすばらしいものだということを伝えたいということは判る。
「アキ君にもあるだろう。泣いたこと、怒ったこと、感動したこと」
「そりゃ、まぁ」
「すばらしいことだと思わないかね!」
「思うよ。思わない人間はいないはずだ」
「まさに! ボクはね、宇宙人にとって本当に大切なものを手に入れることができたとつくづく感じ入っているんだ。そして、誰もが欲しがる気持ちは良くわかる。特に感情を得てしまった個は、この喜びを共感してほしいと思ったに違いない。それこそ感情の初体験だ。実に神聖なものだとボクは思う。誰だってそうだ。自分の楽しいことを誰かに共有したいし、知識をひけらかして優越に浸りたくもなる」
誰かに話したくてウズウズする子供と一緒だ。だが、感情を初めて得たというのならば、それは子供で間違っていないだろう。誰だって子供の頃は楽しい思い出に溢れているものだ。どんなに辛いことがあっても、小さいけれど楽しかった思い出という光を持っている。
だがね、とジョージは声を落とした。顔色は優れない。落ち込んでいることが良くわかる。やはり、ジョージとて感情を得てから間もないということが伺える。子供は得てして表情に起伏が出やすいものだ。
ひょっとすると、この子供っぽさを隠すために、普段から笑みを浮かべているのかもしれないと思った。
「手段を選ばない輩も当然ながら出てしまった」
地球人と宇宙人の共通点が悪人の発生というのも、悲しいことである。
「身体調査だとか、学術的な実験などは、きちんとした手続きを踏めば可能なんだがね――」
さらりと物騒な話が差し込まれてしまった。
「高値で取引されるという話はそこにあったんだよ。だからこそ、地球は現在保護惑星に指定され、その入星を厳しくチェックされている」
世界各地で起こっている誘拐、失踪。さらにいえばUFOの目撃情報など、それに付随する諸問題に当然のことながら、宇宙人の目撃談において、少なからず本物が絡んでいた事案はあったようだ。そういった事件に関わった宇宙人を探し出し、処罰を行う。
「ボクらは警察のような存在だよ。つまりは宇宙的脅威を取り除く、正義の味方、というわけさ」
青臭いことを言うものだから、かえって心が冷めてしまったのも仕方がないことだった。
「長々と話したものだが、つまるところ。俺にはその異能とやらがあって、彼女の能力を無効化してしまった。ということでいいのか?」
「その通り。もちろん、先にそれだけを簡潔に言ってしまえば長々と話す必要はなかったかもしれないという君の不満はごもっともだけれどね。君に協力して欲しいという立場からして、是非とも話しておきたかったことでもあったのは事実なんだ」
それにね。とジョージは言った。
「本来ならば、こんな話をする必要もなかったんだ」
ならば、何故という疑問への返答は素早い。
「記憶を消して、はいさようなら。意識を取り戻せば普段通りの日常が待っているよ、という処置ですむのだけれどね」
「能力を持っていても、か」
「いや、正直にいうと君は能力者としての単純な力として非常に弱い。けれども、専門的に細分化された能力として鑑みるならば、特化型という言葉が実にしっくりとくるものなんだ。だから、記憶を消すことが難しいことも判った」
「弱くとも、セオリーが適用できない。だから、協力をあおぐと」
「そう受け取ってもらっても仕方がないし、事実の一面ではある。だけれどね、ボクの仕事を手伝ってもらうには、アキ君の能力はとても都合がいいんだ」
「都合がいい?」
「アキ君はアリスの結界をないものとした。とともに、アリスが自身に施していた認識阻害すらも無意識に無効とした、というよりは阻害そのものを把握してさらに、その奥にある発生元であるアリス本体を認めることができた。つまりは、見えないものを見えるものと差別化できないけれど、とにかく見ることが出来るというわけだ」
見えないものを見る。アリスは本体にある種の結界を纏っていた。そうすることで、自分自身を偽り、普通の少女に擬態していたと考えるならば、ジョージの言葉も納得がいく。結界というわけのわからない力を、自覚なく無力化できてしまうというのが、どういうわけか勝手に付与された異能、ということだった。
「だからこそ、ボクとアリスのパートナーであってほしい。ある意味で危険な能力でもあるから、抱き込みたいという想いは当然あるし、仕事をする上で君の力は頼りになりそうだ。あとは、そうだね。探偵という職業も好ましい。人間社会の調査には君自身が直接アクションを起こしやすい。どうだろうか、決して、対等ではないが、けれども人権やらを遵守することは確約できる。ボクの大原則でもあるからね」
宇宙人からしてみると、かなり大胆な譲歩をしたという見方が正しいようであるが、だからといって地球人としての観点から考えると、あまりにも大風呂敷を広げすぎて頭が回らないというのが赤裸々な感想である。
だが、よく考え見ると光明だった。
「条件がある」
「言って欲しい。大抵のことは約束しよう」
「今、こちらは依頼を請けている。その仕事の協力を要請したい」
「是非もない。相互補助はすばらしい考え方だ」
予定されていたとばかりの反応であったが、むしろそうであるならば話が早い。ジョージの姿に安堵の陰が見えたのは気のせいではないはずだ。
「ある事件が深く関係している仕事なんだが、それについても聞きたい」
「何だろうか」
住良木家で起こった事件の概要を説明する。その過程で、ジョージは真摯に聞き分けていた。話せば話すほどに、ジョージの眉間に皺が寄った。
そして、深い嘆息を伴い、
「それは、あるね。確かにボクのような存在ならば、出来てしまう。痕跡を残さずに浚う方法なんてものは両手に収まらないほどにあるよ。道具すら必要じゃない。ボクらの能力を使えばいいだけのことだ。そもそも、単純な身体能力、例えば跳躍するだけで移動する個体だっているし、その距離は数百メートルなんてことも冗談ではないからね。むしろ、密猟者にはそういった素早い誘拐に適している個体が多く従事している傾向が強いくらいだ。リストアップもかなりの数に上るけれど、新顔の可能性だって否定できない事案だ。難しいね。やはり、現地調査の必要がある事件現場を知りたいね。それと、被害者の生体データも欲しい」
「生体データ?」
「端的に言えばDNAというものさ。ただ、本人でなくても良い。親族ならば安心確実だろう。そのデータの有無で、ひとまず地球にいるかどうかの予測は立つ」
そこまで広域の情報を叩きだせるのか、という疑問が生まれたが、結局のところ人間の到達できる極致では足元にも及ばないのだから考えるだけ無駄である。ジョージの言葉を全面的に信用するのみが、今進むべき選択肢ということになった。
「判った。そっちは俺が受け持つ」
よろしく頼むよ。
ジョージは言った。一息ついて、それから気を取り直すように、
「おっとすまない。後で少し舌を出して欲しい。それですぐに登録が完了できる。もちろん、生体データの登録だ。君にやましいことをしでかそうという魂胆はない。とにかく、保護対象としてボクらで共有するということになる。これで、君が少なくとも密猟者から襲われるリスクは軽減できるはずだよ。絶対とは言い切れないけれど、ひとまずは安心してほしい」
「それだけで十分だ」
「君のことだ。その言葉通りなのだろう――初対面であるが、今後のパートナーであり、ボクの現地友人第一号だ。改めてよろしく頼むよ、藤堂秋彦君」
おもむろに差し出された手を見つめ、それからしっかりと握手をかわした。
アリスはこの場にいながらも発言はせず、結局、煎餅を一人ですべて平らげた。終始無言を貫いた、というより、無言でいることが普通なのだとわかる。そこに不快感はない。むしろ心強さすら覚えた。
「こちらこそ、よろしく頼む」
何にせよ、ひとまずの安全を確保することには成功したのだと、彼は安堵のため息を吐かざるを得なかった。
前に進むには聞くしかないのだから、返答など待つ必要もない。つくづくにジョージという宇宙人は礼儀正しい、というよりかは日本人気質を真似しようとしているように見える。
「――ありがとう」
と、ジョージは息を吐いた。そこにはどうしようもないほどに露見した安堵がある。ジョージもまた、原住民などと呼びながら、未知との出会いに緊張していた、というべきか。
いや、この場合は違うのだろう。
壊れやすいものに触れる注意力は、肩が凝るくらいには疲れるものだ。