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中途半端

 通行人の姿は見えず、かといって生活の息遣いが封殺されているほどでもない。それでも、何かしらの覚悟を抱かせる心地の悪い夜だと、ひそかに身体を震わせた。つまるところ、ある一点に収束していくかのように、彼はたどり着いた。彼女の元、と言ったところで大仰な言い回しにはなりえないほどに、それは当然という単語が居座るくらいに予想が立っていたのだ。

 不思議なもので、不快感はそれほどにはなく、ただの純粋なる好奇心が湧いてしまっていた。つまりはいつも通りであって、半ば達観の境地に際し、これから起こるであろう現象に対する意気込みも込めて気を引き締めなければならないのである。

 彼は別段に、街中を歩き回ってやっとのことで探し出した、というわけでもなく、とはいえ、決して未知なる力に導かれてここを訪れたというわけでもない。ただ単に、あてがなかったわけではないので、遠回りをしてからひょいと顔を覗かせてみると案の定、姿を認めるに至ったわけであるが、だからこそ、余計に侘しい気持ちを抱く。決して表に出すまいと堅く決意するとともに、同情やらの感傷ごと一切を切り捨てるために、少々の、それこそ十分ほど姿を隠して夜空を眺めてぼっとしていたものであった。

 出来ることならば、何も見なかったことにして立ち去りたかった。およそ探偵らしからぬ諦観を必死に振り払った。

 寒風に身をゆだねているかのように、身体が悶え、震えた。それでも、嘆息ばかりつくのは味気なく、だからといってヒーローのように誰かを救えるなどと妄想することだってしなかった。

 仕事である。失うものが多いばかりで利益が見込めない、しかし、請けねばならない厭らしい仕事。救いはすでに打ってある。後は、タイミングであって、こればかりはどうしようもなかった。すでに携帯電話は通じていないのだから、連絡手段もありはしない。宇宙人的超科学で何とかしてほしいものだと他人任せになった局面へたどり着いたことに酷く、うんざりしてしまった。ここで彼は考えることをやめた。ひとまずに、行動を起こそうと気を取り直した。

 住良木秋人は膝を抱え、橋の柵に背中を預けて座っている。名もなき橋であって、道との継ぎ目も古めかしいもので、亀裂が走っていた。コンクリート作りの褪せたいでたちであって、触れてしまえばたちどころに白い化粧を施される。近寄ったところで身じろぎ一つすることもなかった。このまま簀巻きにでもして強制的に帰宅させるという方法も手持ちの拘束具からして可能ではあるが、だからといって住良木一家が常識をわきまえて歓迎してくれるとは限らず、結束バンドで手足を縛って少女と見まがう男児を背負って移動するという選択肢はいくら夜半のこととはいえ、そも、夜半ゆえに冗談では済まされない危惧すべき光景として衆目を浴びることになるだろう。

 結局のところ、音を立てて正体を明かしつつも邪魔にならない程度の距離感を意識して、隣に並ぶことしかできることはなかった。

「大好きだったんです」

 呟いた。初め、彼は果たして自分を待っていたのか、と疑った。それから、いや、それはないだろうと思い直す。自意識過剰をあざ笑うつもりはない。ただ、言葉が彷徨っていることだけは良く判った。それは、決して誰かに向けたものではなかったのだ。

「うん、そうか」

 だが、あえて相槌を打った。それは、動じることのない心持ちを再認識させるもので、秋人へ向けたものでは到底ありえなく、彼自身への叱咤激励であった。

 それから、おもむろにまた近づき、缶コーヒーを一つ、足元に置いた。それから、同じ橋の柵に寄りかかった。本来ならば橋の名前が刻まれた銅版でもはめ込まれているであろう繋ぎ目の柱であったが、今でこそ、それはまさしく境界線であるという認識を持たせるに十分な環境であって、また、関係も等しいものであったが、彼にしてみると、その思考回路に入り込む余地もなく、ただ単に衣服へ汚れがつくけれど、仕方がない、などというどうでもいいことを思いながら、星の鈍い輝きを仰いでいた。

 普段から星を見る機会を得ることをしなかったためか、どうにも暗い印象を植え付けてくる。暗いことには暗い。世界は夜であって不思議なものではない。ただ、違和を拭い去るには、知りすぎてしまったものだから、ほとほとに嫌気がさしてくる。知りすぎてはろくなことにならない。常日頃から戒めていたはずにも拘らず、教訓が活かされることはなかった。

 秋人は缶コーヒーをつまみ上げる。両手で包み込むようにして、それから膝の上に乗せた。

「父は、」

「――あんな男のことを、な」

  今度の言葉こそ、場所を求めて発声されたものであって、余計と過敏な反応を示してしまったのであって、思わずに出たその稚拙さに、続けての言葉が見事に詰まった。が、咳払いを一つやった。今、口をすべらせたところでそれはお互い様であると開き直ることにした。

「あれを父親と呼ぶ必要はない、と思うがな」

「それでも、家族なんです。どうしようもないことですけれど」

 諦めているのだと認めたのだが、そこに心の揺らぎはなかった。受け止めているのだと、感心ばかりが芽生えやがては、疑問を見た。

「だからこそ、忘れさせたくなかったのか?」

 あるいは、割り切って欲しくなかった。一生、背負い込んでいき続けることに対して道ずれにするつもりだったのか。

「上手くいってなかったんです」

「ん」

「両親の関係」

「ああ、うん。そうか」

「上辺の関係だったのは判っていたんです。互いの利益だけで結婚して、姉さんは生まれた。産むことが、デメリットを上回る結果をもたらすから」

 淡々と放った言葉を噛み砕く。それから、何を言うべきかを考えてみて、どうにも気の利いた助言など無理だと諦めることにした。ただ、そうであったところで秋人は秋人であったという事実の確認だけは行うことが出来たようで、少しばかりの進展に安堵を覚える。

 以前から、そもそも姉である住良木真琴が失踪した頃からすでに、周囲を騙し続けてきていたのだ。秋人は、真琴になりきっていた、わけではない。そう思い込ませていたにすぎない。

 あてつけ、とでもいうべきか。

「母はお金に困っていたようです。父は自己保身。母は貧乏で、けれども美人でした。だから、体を使ってお金を得ようとした。父は仕事の人でした。家庭を顧みることもせず、ただ敵ばかりを作って、自業自得なのに常に怯えていた。だからこそ、何処ともつながりのない母を選んだんです。お互いにメリットがあった。きっかけは知人の紹介だといいます。すぐに二人は仲良くなったそうですよ。男女の関係というよりは友人のようだったそうです。互いに腹を探ったところで浅いだけ。疑う必要もない。騙されたところで傷にはならない。二人が家族というお城のように堅牢で、牢獄のように逃げ出すことができない世界へ逃げていたんです」

 悪いことではない、と心に意見を溶かす。生活していく上で金は大事だ。価値がありながらも消費しなければ価値をなくす。なくてならないのに、なくならなければ意味を成さないものだから、誰だって欲しがる代物で、母親の貧乏だって悪いことじゃない。環境を脱して少しでも豊かに暮らしたいと想い、父親は心の安息と縛られることない生活を望んだ。

 悪いことじゃない。むしろ、それは正常な判断とも下せるだろう。

「どうして、そんなことを」

「母はお酒が入ると饒舌になるんです。ずっと溜め込んでいることをそのときに出してしまう」

「そうか」

「母はきっと助かりたかったんです。ボクに吐き出して、それですっきりしたかったんです。ボクは弱い人間だから、誰にも喋ることはないと安心していたんじゃないですか。事実、色々と恨みつらみのような言葉を吐きつけられました。ボクに対する暴言だって、枚挙厭わないものですよ」

 赤の他人に話してしまっているなんて思いも寄らないでしょう。そんなことで、秋人は笑った。しかし、彼は別段に顔を見たわけでもなければ、秋人本人が大胆にも笑い声を挙げたわけでもない。完全なる空想の産物だったが、妙な自信があって、確信してその横顔を望む。やはり、笑ってはいなかった。

 これは実のところ清々しているのではないか、と思いをめぐらすことにした。まるで、いや、これこそが本性だ、などと決め付けた。ともすれば、健全とは言いがたいものの、それは相応に子供である、と許容できなくもない。

 中途半端に大人であろうとして、子供っぽさを我慢してしまった。子供が大人ぶることなんてないのだ。いずれ、誰もが経験する。嫌がろうとも、逃れることができないのだから、急ぐ必要もないものである。しかし、住良木家においては環境がそれを許さなかった。

「別に悪いと蔑むつもりはありません。誰だってお金はほしいですし、安らげる時間は作りたい。判るんです。人間だから。それでも、だからこそ、ボクは痛かった。小さい頃から体が弱く、こと家庭に関しては様々な面倒をかけてきました。表向きは仲の良い家族。ボクは虚弱で、みんなで献身的に接してくれる。面倒であると吐き出すこともせず、内側に溜め込んで、外側では立派に演じていたんです。でもボクは、その劇を強制され、抗うことは難しかった。だって、そうでしょう。非はこちらにあった。理不尽だと考える余裕もなかった。だから、ただ耐えた。それはとても息苦しいもので、それでも、ホントーにどうしようもなかった。何でこんなにも不自由なんだろうと、不健康であることを、歳を重ねるごとに恨みが積みあがっていきました。理解できるようになればなるほどに考えが巡ったんです。まるで不健康であるからこそ、この世に必要な存在として生かされているのではないか、と思ってしまうくらい卑屈にだってなりました。辛かった。でも、それでも、姉さんが居てくれるから、ボクだって弱いままでよかった。ただそれだけで良かった。むしろ、ずっとそのままならば良かった。ボクが少しでも、ほんのちょっぴり我慢強ければ、姉さんが苦しむ必要もなかった。姉さんはずっと光ってくれていた。ボクに優しくしてくれていた――姉さんは居なくならなかった」

 結局、秋人が涙を流すことはなかった。しかし、声色を耳に入れてしまえば、泣いているのだと心が痛む。思わずに見下ろした。その容姿をおさめようとも、能面のような無表情があるばかりだった。だが、どうしたってそれは、泣き方を知らず、仕方なくそうやって固まっていることしかできない子供の姿だった。悲しみを発散する、それは赤子が大声で泣くようなことで、心を整える行為でもある。この子供は、それすらを、物心がつくころには忘れてしまった――忘れなければいけなかったのだ。

「ズルイ」

 と、呟いた。業腹だといわんばかりだった。たったの一言へ怒りの感情を乗せて唇を震わせたばかりか、その矛先は明確な指向性を持っていた。普通ならば、いや、この場において二人きりというべきことなのだから、向けられた先にいる彼は受け取る側だったが、どうにも不快感を持つことはできなかった。つまるところ、心に響かなかった。まるで誰かに、外側に向けられているのは見せかけであって、実のところは内側に向けられた言葉だったと捉えることができた。

 自分自身への怒りである。秋人はふたたび、地面かあるいは膝へ目線を戻していた。

「どうしてボクじゃダメだったんだ……。あのときのこと謝りたかった。もう一度会いたい。こんな分かれ方はイヤなのに、どうしてあなただったんですか。まだ怒っているの? 姉さんは本当にボクが嫌いだったのかな。ボクは、ホントーに大好きだったのに、太陽みたいにずっと居て欲しかった。ボクにやさしくしてほしかった。なのに、どうして、アナタなんです」

 問いかけだった。矢継ぎ早に吐露される感情の流れは、彼に打ち寄せた。顔をあげて目線が動く。言葉とは裏腹に、そこにある表情は鈍重で、感情は窺い知れなかった。

 答えの用意をしておいた。だが、適切であるかどうかを問われてしまえば、はぐらかすべきではないかと弱気な態度をとらざるをえない。つまりは、共感できる事柄ではないので理解してもらえないだろうという、ありきたりな諦観が彼の胸中にあった。くわえてこんなところで冗談をいったとあれば心象が悪い、冗談ではないが、真摯に受け止める器量があるとは思えないのだ。

「赤の他人、だからじゃないか。何も知らないからこそ、返って頼りやすい。何者にも染まらない客観性があった。それに、俺は探偵なんて仕事をしているからな。頼られることが仕事みたいなものだ」

 本音をもらすつもりはなかった。恨まれる程度で住良木秋人のストレスが発散されるものならば安いと思われる。が、本当のところはどうなるのか是非とも聞いてみたいという好奇心がくすぐった。が、あいにくと子供のように知的好奇心に動かされるべきではないのだ。とかくそのような自制心に阻まれたことのほうが少ないものだから、余計と気を引き締めねばならない。

「たとえば」

 と、彼は声を立てた。

「君は、近すぎた」

 今はもう、全てを洗いざらい吐き出させることが妥当で手早い解決に繋がるものだとして、さして興味もなく、かといって見知らぬふりもできない浅い付き合いに位置する相手に対して投げやりな言い回しをした。

「近い。それは悪いことなんですか」

「彼女にとっては、そうだったんだろう。だからこそ、ケンカになった」

 続けて言う。重みをつける。

「何故、ケンカを?」

「姉さんが、ボクと距離をおくようになった。でも、幾ら考えたところでその理由がわからなかった。だから、問い詰めた。問い詰めてしまった。それでも、だからこそ、言ってくれなかった」

 怖かった。未経験は刺激的で、なおかつに不安を煽る。

 いつも一緒、仲の良かった姉弟。初めてのケンカ。ルールも知らず、ノーガードで打ち合ったのだろう。ゴングを鳴らすべき存在はいなかった。いうなれば、せめてといっておくべきか、役割として両親が近しいものだが、あれでは期待薄なのは明白であって、今更どう考察したところで結果は変わらなかっただろうし、過去をこねくり回したところで問題は解決しない。

「思い通りにならなかっただけじゃないのか。今までずっとうまくやってきた。急に言うことを聞かなくなったから、不安になって、怒ってしまった。癇癪を起こしただけ」

 何を思い、無言となるのか。追求する、といよりかは持論の展開であった。

「今まで、そうだ。住良木真琴はきっと、君に対して無償の愛情を注いだ。それは、即物的なもので、何でもしてくれたんじゃないか。いつも一緒で、何でも頼ることが出来た。しかし、最近になって激変した。日常が崩れた。前みたいに、サービスに不備が目立つようになった。どういうことだと憤った、それで息巻いて文句を垂れ流す。まるでクレーマーだな。客は神様だと信じているようで恐ろしいよ」

「違います」

「どうかな」

「アナタには判らないことですから」

「わからないよ。だからこそ思ったに過ぎないし、発表してみただけだ。感想と受け取ってもらって構わない」

「偏見ですね。軽蔑します」

「そうかい。子供というのはそういうものだろ。そこに否定を挟む余地を持つほど教育に熱心なわけじゃないからな。悪いことじゃない。だが、その逆にだ。今の君は、おかしいと思えてしまうのは果たして俺の杞憂であるのだろうか」

「ボクはおかしいですよ。少なくとも一般の学生とは隔絶した存在だとは思っています」

「……子供がな。変に大人ぶる必要はないんだよ。両親に対して掛け値ない悪意を向けているほうが、よほどに健全だった。子供という枠ではなく、人間として、感情を殺し続けるのは苦しい行為だ。修行僧がかみ締めるくらいの苦行だ。そんなものへ望んで踏み込む覚悟をする必要はないんだよ。君は確かに、そう、悪いと思おうが否定はしない。だが、家族にも同じことが言える。一人で背負い込む事案でもないだろうに」

「大人のご意見を伺いましたが、やはりそれは言ったような口ぶりではありませんか。家庭内の問題ですから、部外者がそう声を大にされても、」

「不器用な敬語を無理やり使うこともないだろう。雑な言葉遣いでいちいち目くじらを立てる大人じゃないから安心してくれ。子供は子供らしくを推奨している善良な一般市民だからな」

「何なんですか、アナタは」

「ただの大人だよ。社会のしがらみの中、地べたはいずりまわって必死になって生きている人間。大人が、頭ごなしに子供に向けて説教しているだけなんだよ」

「大きな、お世話ですね」

「残念なことに、これも仕事なんでな。柄じゃないことくらい判っているから恥で心を抉るのはよしてくれよ」

「だったら」

 秋人は少しばかり口角を上げた。それは果たしてどんな意味を含ませた笑みだったかを考える余裕はなかった。

「両親は、お金を払わないかもしれませんね」

「安心してほしい。脅しはかけた」

「両親はボクのことなんてどうでもいいんです。そんな律儀にやる気を出さなくてもいいんじゃないですか。だって、お金を払うのだって渋るんですからね。それどころか、法律を持ち出して口先だけでなんとかしようとしますよ」

 悲しむべきか、しかしてさすがは親子だと感心した。

「だろうな」

 すでに渋られている様を認めているだけにすんなりと、しかし平然と肯定することができた。それから、「なら」という秋人の言葉をさえぎるように努めて重ねるよう言った。大きく、さも重要なことと思わせるように、心を揺さぶることだけを望み、

「住良木、真琴からの依頼でね。あいにくと手を抜くつもりはないんだ」と本来の仕事に関わる根幹を言い放った。

「ウソ」

「さて、どうだかな」

 興味を引かせるには、真実か否かを臭わせるに限る。射幸心を煽るように、したたかで粘っこく言い放つ。ただ、事実であると心底丁寧に説明したところで、それはとても骨が折れるだろうし、結果的に事実だと信じてもらえることも難しい。

「そんな事、言わないでください」

 怒りがあった。より鮮明になった感情、気持ちの震えが出た。その矛先が向けられたことに対して複雑な気持ちを抱かざるを得ないだろうが、やむをえない。

「どうして……そんなことを言うんですか」

 再び、言った。

「必要、だからだよ」

 当然のように返した。

「そんなわけない」

「ある、と言えなくもない」

「ないです」

「どうしてそんなことを言う。目の前だけが真実であるか。だったらえらく狭窄きょうさく的な世界を構築しているといわざるを得ない。引きこもりだって、もう少し、いや、知識として広い視野を得ようとしているのだが、それすらも拒んでいるようだな」

 沈黙。

「それに、いや、こうも考えることができる」

 普通ならば、本当に願うならば、想っているのならば考えるのではないか。願望といってもいい。夢とも表現できる。都合がいいと嘲笑すら浮かぶかもしれない。だが、そう信じたくはならないものなのか。

 ――生きている、と。

 が、それは叶わない。

「姉さんは、姉さんはね――」

 秋人は言う。その口はためらっていた。だが、声量ははっきりとし、平坦に言い放つ。

「知らない人たちと、姉さんは楽しそうにしていました。ボクの知らない。姉さんだけの知る友達」

 突如といってよかった。予期はあるので、すこぶる怯えた素振りをみせるなどという醜態をさらすことはなかったが、それでも、彼は蒼白となった顔を隠す手立てはなかった。

 冷気が身体を覆う。うっすらと白いモヤが漂う。話せば話すほどに、隔絶を生む。嫌な感覚が肌を刺激する。止めるべきかと逡巡よりかは、幾分言葉の滑り出しが早かった。意識を引っ張られるかのように、危機感は蕩けてどこに消えた。あるのは好奇心に伴う独白を拝聴するための静止状態となった。

 たとえ、その言葉が首をかしげるものであったとしても、吐き出させたほうが良い。もはや止まるべきラインははるか彼方となったのだ。

 俯く彼女は何を思うのか、ふと気になった。しかし、姿は溶けて認めるに至らなかった。

山谷ナシでも畳めれば御の字か。

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