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 夜分に申し訳ない。そんな言葉があるのだから、夜に誰かの家を訪れることは失礼に値する行動である。が、ジョージの拠点に足を踏み入れることに対しての申し訳なさはなかった。むしろ尊大な態度を見せることで対等であると誇示したつもりですらあって、どういうわけかジョージからの受けは良かった。よほどに滑稽だったかと嘲笑を垣間見せたが、入り込むことはスムーズに出来た。

「やぁ、さっそく客人を迎え入れることが出来てボクは嬉しいよ」

 などと歓待の言葉すら受けてしまっては、むしろ怪訝に眉をひそめたところで悪気があるとは取られないものだろうし、ジョージは慌てて、

「君を監視していたわけじゃないんだ。ただ、結界に入り込んだことがわかったんでね。準備はしておいたのさ」

「結界は異能だったはずだが、それは俺の力では無効化できないのか」

「いや、結界は無効化されているよ。君を察知したのは、科学さ。いずれ地球人たちも到達するかもしれない英知の結集された精密機器類を駆使するならば、さすがの異能だって対処はできるのさ」

「そういうものか」

 途方もない年月を必要とするのだろうな、などと思いをはせて、それからジョージにサンプルを渡した。

 上がりこんで一息つく。ジョージは夕食を作っていたようである。 今夜はカレーだった。普通の味だ。不味くはない。むしろ暖かい食事ということで美味しいと評価できた。ジョージはまるで主婦のようにエプロン姿だった。その姿があまりにも似合っていないのだが、とても楽しそうにしているところへ水を差すのも気が引けたので、話題を広げにかかった。

 ちょうどというべきか、アリスの姿はなかったので、

「アリスは?」

 などと付け加えた。

「彼女は偵察兼、社会実習。夜の繁華街とはいかがなものかとね」

「仮にも未成年設定だろう」

 いまだ十九時ではあるが、繁華街を一人で歩き回る少女など目を付けられたところで仕方がない時間ではあった。

「認識阻害に年齢もいじってあるから問題ないよ。どこかに連れこまれたところで、彼女ならなんとでもなる」

「相手方が心配になる事案になりそうだ」

「だけれど、そうも言ってられないことが起こってね」

「どういうことだ」

「昨日のことなんだがね。旧市街で人が消えてしまったんだよ」

「……なんだって?」

「住良木、真琴さん。だったかな」

 もしやというよりかは、確信があった。

「同じ手口なのか」

「警察はおろか、家族すらまだ動いていないよ。元々二人の素行は悪かったようだからね。何日も帰らないことなんて日常茶飯事だった」

「一体、それをどうやって知ったんだ」

「監視網を張っている。元々宇宙人用のものなんだけれどね。それに反応したというだけさ。異能を行使した形跡があってね。即座に動いた。結果は残念、犯人を見つけることは出来なかったよ」

「だが、これで決まりか」

「そう、光洋町で起こっている連続失踪事件には宇宙人が関わっている。ボクはこの事件を全力で対処する。だからこそ、協力して欲しい」

「判っている。で、俺は何をすればいいんだ」

 柔和な笑みをこぼすジョージは実に楽しそうであった。

「とりあえず、君は休むことだ。君のほうでも案件が暗礁にのりあげているようだからね」

「暗礁というほどではないが、しかし、正直なところ疲れてる」

「だろうね。顔色も悪い。なんならスキャンをするかい。もちろん、善意で行うまっとうな医療行為だよ」

「人体データを提供する見返りみたいなものだろ」

「ハッハッハーッ。そうともいうかな」

「ん」

 などと、シリアスとコミカルを往来する会話のキャッチボールへと興じていた頃合に、まるで休み時間の終わりを告げるチャイムのように、バイブレーションが烈しく存在感を高めたのであった。

 名刺に記載させている程度の、それこそ仕事用の携帯電話に見知らぬ番号が並んだということで、依頼の話だとは察知できたものの、それを断りもなく通話状態にしてみせたが、存外と失敗だったと後悔してしまった。

 日をまたぐまでもなく、ましてや数時間という短い間隔で折り返し電話のごとき連絡が届くなどとは予想だにしていなかった。加えて告げるならば、通話口の向こう側でまくし立てる住良木家の大黒柱である父親がいかにも、その身振りで右往左往している様が想像できた。どうすることもできず、誰かに相談するべきか悩んでその結果、お鉢が回ってきたのだ。明瞭を得ない、つまりは言いたいことだけを早口で告げて、どうすれば良いということも示さず、果ては批判すらもこぼすのだから、心証がすこぶる悪いもので、これならばいっそのこと怒鳴って通話を終えても良かった。いや、本来ならば無言で通話を切って、それから着信拒否登録まですませてしまうだろう。しかし、そうもいかない不穏な単語を耳ざとく拾ってしまったのだから、この厄介ごとに首を突っ込むことは確定したも同然であった。説得という名の聞き手に回って、たっぷり十分ほどは散々に聞き込み、ようやくに父親は落ち着きを取り戻していった。

 住良木家では形式的に、夕食はいつも三人でとっていた。姉が消えてからの習慣になったようだが、父親こそいないことが普通であったが、母と弟は日ごろから共に食事をしていたのだという。一般的な家庭環境の説明としての正答なのだと既に内実を理解している彼としては、不愉快を覚える話であった。しかし、今日だけは時間になっても食卓につくこともなかった。部外者の介入によって父親も団欒を囲むことになったのだから、珍しく、記念日にも等しいくらいに軽食だったものが豪勢な食事に早変わりしたようで、それこそ、ご機嫌取りだったのだと意図が透けて見えた。

 だが、肝心の人物が姿を見せず、意を決して部屋に向かい。声をかけたが返事がないので、なんとかしてほしい、という旨を聞いた。

 説明を受けて、それは果たして探偵の領分なのか疑問すら浮かばすに否定せざるをえない案件だったが、とにかく、あの、住良木秋人が部屋から出てこなくなった、という事態には対処したところで不思議ではないだろうと半ば強引に納得を見せた。だからといって引きこもりの矯正を探偵に依頼するのもおかしな話であるが、そもそも父親が子供の部屋に入ることすら出来ずに居て、部外者に相談を寄せるという一連の行動が不可解であって、不気味にすら感じえてしまう。

 何よりも、電話越しから伝わる父親の態度は実に気に食わないもので、この電話から、通話料金ではなく、探偵に仕事を依頼するという形をとるのだから、その仕事に対する相応の料金が発生するとは微塵も思っていないのだ。横暴な口ぶりのいちいちが癪に触るのだから、追加料金はきっちりとることを胸に堅く誓い、深呼吸を一つ作って、これみよがしに聞かせ、

「判りました。今から伺います」

 と、抑揚ある営業スタイルでもって相手の返答も待たずに、通話を終了させた。

 ジョージに、「厄介事かい。君は大変だね」などと同情されてしまう始末であって、重苦しい身体を引きずって夜の町に飛び出したのである。

 新市街への道のりにはタクシーを使って時間を大いに短縮した。せめて交通費分くらいはもぎ取ってやろうとさらに、強固な覚悟を決めながらも、本日二度目となる住良木家へ到着したのであった。

 インターホンを鳴らす。すでに二十一時が顔を見せ始めている時間帯だったが、ここまできて社交辞令的に折り返しの電話を入れるの面倒であり、また、決して上客ではないのだから下手に出ることもないと開き直った。

 少しばかり待ってから、あろうことか迷惑そうに眉を潜めて父親が顔を覗かせたのだから、呆れ顔をしないよう緊張した面持ちになってしまったほど、相手への評価が急転直下の勢いで底辺に堕ちた。

 中に入ると母親も不安げな眼差しを向けてくる。まるで、自分たちは被害者だといわんばかりの態度であった。ここまでコケにされてはもはや我慢をする必要もない。ずんずんと父親の設問を跳ね飛ばし、階段を上がった。

「コラ、君。待ちなさいッ」

 聞く耳を持たず、子供部屋の前に仁王立ちであった。堂々たるその行動に追ってきた父親は反論の余地がなかった。つまりは静止させることすら叶わずに、ドアノブはいとも容易くひねりこまれ、音共に、ドアは開かれた。

「あなた方は何をしているんですか」

 凄みがあった。その低い声に、思わずに父親は後ずさった。母親は二階にあがってこようともしていない。

 父親を一瞥すらかけず、部屋を覗けば、当然のことで誰も居なかった。あったのは風の流れをみせつけるカーテンがはためき。何のことはない、窓が開けられていた。それもベランダのついている窓である。これはもうどう考えたところで脱走である。それから、無理もないと同情が芽生えた。こんなところで生きることこそ拷問のようである。

 息子の消えた部屋に近寄って中を覗き込む父親はなぜか中腰だった。見下ろした後に、部屋へ誰一人いないことを認めると胸を張って、

「こんなことは一度だってなかった。アンタ、一体何を吹き込んだ!」

 などと罵倒してくるものだから、たまらずに、

「いつまで被害者ぶってるんだ、アンタらは!!」

 と恫喝にも似た大声を挙げた。探偵家業はやましいことにも首を突っ込む。怒鳴ることで相手を萎縮させて有利に場を盛り上げていくことも技術のうちだったものだから、堂に入った一喝に肝を冷やす人間も多い。当然ながら父親もすっかり怯えこんでしまった。

 その弱気な姿を見せつけられて、彼は思わずに大人気ないと妙なバツの悪さすら覚えて肩を竦める。

「何も言わずに家を飛び出したことがないのなら、それ相応の理由と覚悟があったってことでしょう。アンタらはあの子の親なのだから、心当たりくらいあるんじゃないのか」

 これまで一度として起こりえなかった。今回は異常。たった一度、されどその一度に及ぶまでの幾星霜を慮るならば、顔をしかめて、家出という行動をたやすく容認させてしまえるほどの妄想を膨らませたところで、不自然はない。

 つまりは、やはり父親の言は的を射ているともいえてしまうことにも気づいたが、そんなことをおくびに出すまでもなく、出会いと訪問はただのきっかけであって、近いうちにどうかしらの機会を得て行動を起こしていたのだと前向きに納得することにした。とかく、運がいいのではないか。誰かしらに覚悟を悟らせることが叶ったのならば、住良木秋人という人柄を突きまわし、ある種でのストレス発散も不可能ではない。しかしながら、その当事者に身を置くことになるとは苦渋の選択でしかなかった。

 従順になった父親はぶつぶつと小さい声で何かを言うが、聞き取れず、とはいえ聞き返すことも面倒だったので、これでもかと悪人面を作ってにらみつけるとすぐに竦みあがって、

「わ、わかりませんよ。子供だっていっても、何を考えているかなんて理解できるもんじゃないですからね」

 と、開き直った風な口を利いた。とはいえ、返答されるので都合がいい。ヤクザを演ずるように強きの態度を崩さず勢いに乗ると、

「じゃ、じゃ。アンタ探偵なんでしょ。探してきてくださいよ」

 などとのたまった。殴りつけてやろうかと身体が沸騰したが、傷害事件になると自制心を強く持って二度ほど大きく深呼吸を重ねた。

「料金が発生しますよ。二度目の依頼だ。判ってますか」

 それでもドスの利いた脅し文句がもれた。

「金だって?」

 何をそんなに意外だという素っ頓狂な声をあげるのか逆に訝しいと顔をゆがめた。

「そりゃそうでしょう。こちらも仕事なんですよ。無償でってわけにはいかない。働いているならそこんとこは判るってもんでしょうに」

「か、金だって?」

 上の空だったのか、オウム返しをする父親に、隠そうともしないため息が盛大に漏れた。幾ら非常時だからといって、あまりにも稚拙な言動に不安が募る。

「見積もりを立てる余裕はなさそうだ。後日請求でかまいませんね」

「わ、判った。金は払う。だから探してくれ!」

 自棄になったのか、父親は叫ぶ。いや、父親ではない。男Aと呼称したって問題にはなるまい。この男Aにとって、息子の存在はつくづく邪魔なのだろう、そうに違いないのだ。あるのは、求めているのは個々人における保身の一点。あるいは住良木家という外面が何よりも惜しい。男Aは、家族を演じることで、世界からの評価を一身に浴びているのだと錯覚している。とてもくだらなく、それでいて哀れになって、彼の内に炎が点るかのように、たまらなく怒りが湧いた。

 家族はこうあっていいものではない。押し付けがましい、かたくなに信じていた理想。その崩壊が現実に存在していることを認めたくなかった。

 まるで追い払うかのようにジタバタと体をゆすって、それはまるで虚勢を張る子供のように幼稚で、大人のする態度ではなかったものだから、ほとほとに気力が殺がれてしまった。

 子供のことなど、どうでも良いのだ。自分たちの保身ばかりを気にして、損得で動いているようなものだった。こんな関係、環境の中で共生することを家族などと呼んでいいはずもない。説教をするつもりも失せた。やるせない。住良木秋人はどんな気持ちで、どんな泥濘たる悪感情に苛まれて、ここで暮らしていたのだろうか。

 きっと、姉の存在は唯一無二。姉なくして、秋人という一個を構築することも難しかったのではないか。

 草臥れてその身体を引きずるように階段を下りた。母親、もとい女Bが先ほどよりも怯えたようにリビングから顔を覗かせていた。嵐が過ぎ去るのを遠巻きに見ているだけだった。つまりは、やはり女Bなのだ。今、二階で起こった問答は他人事であって、平和が崩れないかという心配だけをしている。

 何もない。しかし、何かを失ったとさえ思う散々たる気分だった。一言だって言葉が出てこない。

 割に合わない仕事だったのだと後悔の念が押し寄せる。けれども、外に出てしまえば歩き出すことしかできない。

 帰り道ではない。別の場所を目指すために這ってでも進む。

 文句は山ほど思い浮かぶ。罵詈雑言を吐き散らかしてもまだ足りない。だが、歩く。

 意地になったのだ。救いの手を差し伸べてやると考えた。拒絶されようとも強引に引っつかんで、無理やりにでも救ってやる。そうすることで心が、ざまあみろ、とすっきりするはずだと。

 同情は一杯した。だからこそもうよそう。言いつけてやるのだ。散々に住良木家を罵倒して、そして、罵倒した相手によって助け出されたという屈辱でも味あわせ、さらに金でもせしめてやらないと気が休まらないのだ。

 目的地など初めから一箇所しか検討もついていない。そこがハズレならばお手上げだ。ジョージに頼んで探してもらうしか手がないものの、もうどうだっていいと投げやりな空元気で持って、宵闇を迷うことなく歩くことにしたのであった。

 上着のポケットから携帯を取り出した。

 二度目の着信で通話に切り替わる。

 やぁ、調子はどうだい――。

 ジョージの軽口が、心地よかった。

 思わずに笑みをかみ殺す。

「万が一のことだってあるかもしれない。ジョージの力を貸してほしい」

 その言葉に、ジョージは一言で了承を告げると、「ボクと君の仲だ。善意で動くということは実に尊いものでもあるしね。うん、清々しい気分だよ。ボクも動こうじゃないか。君の頼みであるし、その子にも興味が湧いた」などと、元気良く喋った。

「よろしく頼む」


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