008 ママの力
「なかなかやるなあお前」
そういって親父はヘラジカを立たせようとしているが、ヘラジカの足は生まれたての子鹿のようにぷるぷる震えて、結局は横たわったままだった。怪獣のくせに。
とりあえず危険のなさそうなヘラジカはそのままにして、食事にすることにした。しかし、ママと俺と美月はヘラジカが口を突っ込んだカレーを食う気にはならず、ごはんにふりかけ、それから急遽焼いた肉を食べている。親父はカレーとご飯を飲み込むように食べているが、それは飲み物じゃない。
それでも3杯も食うと満足したのか、親父は鍋に残ったカレーにご飯を入れ、ヘラジカの前においてやった。ヘラジカはすぐに鍋に顔を突っ込み、ごくごくとのどを鳴らして・・・だからそれは飲み物じゃねえっつってんだろこの野郎ども。
結局白い気配はこのヘラジカのようだった。カレーを食い終わった後もヘラジカはそばを離れる様子がないのはどういうことだろう。しかも、ママのおしりに顔をくっつけて寝ているようだ。
「そのお尻は俺のもんだああああああああ!」
ああ、この親父いい加減うるさい。ケツくらいいいだろ。減ったくらいでちょうどいいくらいのでかさだしよ。泣くな。
ママはヘラジカから離れて皿を洗おうとしているが、いちいち後ろを歩いてくっつきまわっているヘラジカにいい加減うざくなったらしい。
「もういい加減にしなさい!ついてまわるならちっちゃくなりなさい!」
無理な注文をしながらびしっとヘラジカを指差した。
50cmくらいまでちっちゃくなったヘラジカが、ママのひざに顔をすりすりしていたよ。かわいいな。
今度こそ親父もふくめてひっくり返った。
ママはちっちゃくなったヘラジカをなでながら、不思議そうに自分の指を見ていた。
こっちみんな。
「ちっちゃくなりなさい!」
やりやがったああああああああああああぁぁぁぁ・・・て、ならなかったな。よかった、俺には効かないようだ。どういうことだろう?
ママもパパと美月がおびえている様子を見て、あきらめたようだ。なんで俺にやるんだよ。
「だって、大知おっきくなっちゃって寂しいんだもん。ちっちゃくなったら抱っこできるし。」
ちっちゃくなってもさせねえよ。
寝る前にヘラジカに向かって元に戻りなさいとママが言うと、本当に元の大きさにもどったヘラジカは、ノアにもたれかかるように寝てしまった。
親父が言うには、ヘラジカは白い気配のままで、すっかり家族の気配に溶け込んでいるという。これはあれか?ペットが増えたってことでいいのかな。
「でもちょうどよかったよ。ノアをどう偽装しようかと思っていたんだが、こいつに引かせて、馬車ということで町に向かおう。」
こんな馬と馬車はこの世界にはいないだろうよ。まあ、エンジンかけっぱで行くよりはましかもなあ。でも、かなり燃費悪そうだぞこの馬鹿。ああ、文字通り馬鹿だ。
俺と親父は運転席と助手席で毛布にくるまり、ママと美月は後ろで広々と手足を伸ばして寝ることになったんだが、親父のいびきでみんな眠れない。
「ミアモール、外に出て寝袋使って寝なさい。」
さすがママだ。それでこそ猛獣使いだ。
その後は、安眠妨害されることもなく無事に朝を向かえた。親父は4箇所。。。鼻だけで3箇所も蚊に食われていたけど、よしとしよう。ヘラジカものんきにそこらへんの草を食んでいた。燃費悪いとかいってすまんかった。
朝食後に、パイプと車載のキャリア用ゴムを使って、ヘラジカをノアの前方につなぐ。
しかし、ヘラジカって目の色が金色だったっけ?かなり綺麗な瞳だ。
ヘラジカの力ではなくノアのエンジンで進むのだが、形だけ縛った感じだ。街中では、エンジンを止めて引っ張ってもらうつもりなんだが、親父に負けるような奴がノアを引っ張れるのかは、はなはだ疑問だけど親父は大丈夫と言っていた。道具は完成したので、ママがヘラジカをちっちゃくしてからノアに乗せて、キャンプ地を後に出発した。
家から出てノアのメーターが500kmを回ったころ、道が広くなってきた。途中に横道などは結構あったのだが、人や馬車などとはすれ違わなかった。親父のレーダーには結構黄色の気配があったそうだが、離れていたのでスルーしてきたのだ。
猫族が言ったように俺たちと同じ人間がいる町ならいいのだが、どんな出会いが待っているのだろうか。俺としては、ギルド員とかになれればそれもいいなと思っている。
「遠くに黄色の気配が多く出てきた。そろそろ門にでも近づいているんだろう。偽装をはじめようか。それから、荷物には毛布をかけておこう。」
ヘラジカを元のサイズに戻し、ノアに繋ぐ。なんかヘラジカのことをママと美月はブーモとか呼んでいるが、それ鳴き声そのままじゃん。ああ、簡単だからいいや。それでOK。
ブーモはノアの重さをまったく意に返さずに進めるようで、普通の馬車並みの速度で走っている。とりあえず俺がボンネットに乗って手綱を握っているように見せかけているが、指示をだしているのはママだ。ブーモはママの命令を確実に理解しているようで、なんてうらやましいことだ。そのうち美月がブーモの背中にまたがり、楽しそうに鼻歌を歌っている。のどかだなあ。学校に行ってるよりもよっぽどわくわくするよ。
だんだんと町のまわりの柵が見え始めるころ、畑で働く人々も見かけるようになった。確かに俺たちと同じ人間のようだが、ブーモを見るとみんな騒ぎ始めている。
ノアを見て騒いでいるのかと思っていたがどうやら違うようだ。なんか間違ったかもしれないと思い始めたときに、町の門についた。
門には革の鎧のような服を着た門番が2名、槍を手に立っていた。ちょっと身構えてしまうがそのすぐ後に驚きの光景を見てしまう。
門番がすぐさま俺たちのほうに駆け寄り、平伏してしまったのだ。
「ご機嫌麗しゅう銀の馬車の皆様。ようこそロッカの町へ。土の上位精霊を使役なさるあなた様方はどちらからおいでの精霊使い様でしょうか?」
あらまあ。。。ブーモはえらかったらしい。
「苦しゅうない、面をあげい。」
親父が運転席から顔を出してふんぞり返っているが、いつもどおりすぐに突っ込みを受けて涙目になっている。親父が涙目のまま門番へ話しかける。
「私たちははるか南からやってきました。こちらへは旅行できただけです。そんな硬くならずに通常の手続きをお願いします。また、この馬車をおけるような場所へはどういけばいいでしょうか?よろしければ道を教えてください。」
おお、なんか普通に会話してるな。言葉の問題はなさそうだし、町へも問題なく入れそうだ。ただし、門番たちはまだかしこまっているが、門の中からちょっとえらそうなおじさんが出てきた。
「ようこそロッカの町へ。領主のゲンネーと申します。宿などとは言わず、私の領館へどうかおいでくださいませ。よろしければ、今宵は宴なども用意させていただきますればどうか、どうかお休みくださいませ。」
「丁寧なお誘いありがとうございます。それではお言葉に甘えて、ゲンネー殿のお宅にお邪魔させていただきます。」
親父は素直に好意を受け取るようで、領主の先導で町へと入ることとなった。
頑張って投稿します。よろしくお願いします。