075 始まりの日
最終話です。
「もっと早く!がんばれ大知!早くしろ馬鹿!倒れてもいいから到着しろよ!」
支離滅裂な応援が聞こえるが、まったく意に介さず、魔界の扉に向かって飛ぶ。
ノアと馬車に全員乗っけて、まとめて抱えあげて飛んでいるが、重さよりもバランスを取る方が気を使う。
やっと前方に魔界の扉が見えた時には、すでに空中に浮かぶ扉はその規模を小さくし、人ひとり分くらいの大きさしかなかった。
親父とブーモは急いで土を避け、自宅をむき出しにする。
とりあえず、魔力を放出して、渦の回転を上げてやると、だんだんまた大きくなってきた。
「ダイチ!魔力を雲に向けて放出するにはどうすればいいんですか?」
「え?できないの?俺は指先から放出する感じでやってたけど、当たり前にやってたよ。」
「指先から放出ですか。やってみますが…」
ルミナは困った顔で指先を見詰めるが、結局あきらめたようだ。
「大知!浮かべていいぞ!他のみんなは、渦に魔力を供給!もう少し大きくしてやれ!」
親父とママと美月は問題なくできるようだ。
「ルミナ、お願いがあるの。」
「どうしたの美月。」
「アーマ達小人を転移で元の世界に帰してあげられないかな?」
ローホやブーン、アーズにベールは、口ぐちに訴えている。
「美月さん!僕たちは最後まで一緒にいます!」
「そうよ!怖くなんてないんだからね!」
「違うよ!怖いなんてのとは違うの!」
美月は深刻な顔で小人達を見まわすと、静かに話す。
「あなた達の仲間は、私達の世界にいないのよ。あなた達だけで世界中をまわることはできるかもしれないけど、寂しくなるだけなの。仲間がいないのは、友達がいないってのは、すごい寂しいことなの!」
美月はこの世界に馴染めなかった気がする。
何人か友達はできていたけど、正直表面だけの付き合いだったはずだ。
アーズと恋話とかするようになってから、情緒不安定は治った気がするけど、だからこそ言いたいことがあるのだろう。
「あなた達は私達の世界に来たら隠れていないと、研究のために追いかけまわされるかもしれない。ルミナだって、珍しい髪の色と目の色で、いろいろ言われるかもしれないの。」
まあ、そりゃあそうだけど、何とかなりそうなんだけどな。
「ブーモにヒポポにヤタも、似ている動物はいても、そんなに大きい動物はいないし、ピジョなんて架空の動物なんだから!」
「美月、お前の気持ちもわかるが、人の決意を自分の考えだけで否定する必要もないと思うぞ。それにピジョはここにいるよ。架空なんかじゃない。」
「そんなこと言ったって!じゃあ、ドラゴンは地球にはいないわよ!」
「いいんだよ。架空で問題ないんだ。だって、こいつらは精霊なんだから。俺達と同じ寿命しか存在できない精霊なんだよ。一緒に連れて行ったほうが幸せだと思う。」
「あ…じゃあ、隠して飼うの?どうするの?」
「こいつらが選ぶさ。山に行って人気のない所を走り回る。夜はヤタとピジョに乗って世界旅行するとかさ。まあ、飯のときは帰ってきそうだけど、地球にも魔力があれば、餌はいらないはずなんだけどな。」
小人達は、ちっちゃくなった精霊達と一緒にうんうん頷いている。
「わかった。でもね!地球に魔力がなかったときはどうするのよ!」
あ。そっか。地球で魔法を使う人はいないんだ。
もしかしたら、この世界のように魔法をつかうことができないなんて、考えたこともなかった。
「美月の言うことも一理あるな。精霊達よ。それから小人の皆さん。一度試したいことがあるんだ。」
「なんでしょうパパさん。」
ローホが代表して聞く。
「ルミナの転移魔法が使えることがわかってから、俺達の世界に行かないか?」
「「「「!!」」」」
「もし、転移魔法が使えれば、いつだってこの世界に帰ることができるし、君達くらいなら、ルミナに負担にならないだろう?」
「お父様ちょっと待ってください。今転移をして、もし戻れなかったら・・・」
「ルミナ、君のことも心配なんだよ。まだ君は15歳だろ?この世界なら君は貴族の娘だし、なんの不自由もないはずだ。一番怖いのは、いきなり言葉が通じなくなる可能性があることなんだよ。文字だって恐らく読むことができなくなる。」
確かにこちらの人の唇と言葉のタイミングが合っていないことには気づいていた。
ルミナの「好き」という言葉が日本語の「好き」とは違う唇の動き方だと気づいたときは結構ショックだったし。
だけどさ!
「親父!いまさら何を言ってるんだよ!」
「大知。本当にいまさらなのはわかっている。
だけどさ、お前とルミナは一瞬で恋に落ちたようなもんだ。
このままもとの世界に戻ったとして、一生ルミナは異世界で不自由な生活をするかもしれない。
それをお前は支え続けることができるのか?
それよりは、転移できることを確認したほうがいいと思うんだ。」
「そんなこと言ったって、もう会えなくなる可能性だってあるんだぞ!」
「ああ、そうだ。だからこそ言っている。どっちの世界にも転移できるかもしれないし、できないかもしれない。それを確かめたいだけだ。」
「お父様、私はダイチと一緒ならどこでも大丈夫です。もし会話ができなくなったとしても、一生懸命覚えます。もう離れることなんて考えたくないんです。
ダイチは、屋敷の敷地の中でさえ満足に動けなかった私に、外の世界の素晴らしさを教えてくださいました。外を見て悲嘆にくれるだけの生活から私を連れ出してくれたんです。」
「親父、俺だって一緒だ。ルミナと一緒じゃなきゃ、この世界に来たことが無意味になっちまう。この世界で手に入れた財宝も、力も、俺にとってはルミナに替えることなんてできないものなんだよ。」
親父の刺すような眼光にだって、怯むわけには行かない。
ぐっと堪えて、目を逸らさない。
そういえば、親父にこうやって対抗したいなんて思ったこともなかったな。
すると、ふっと親父の目から刺すような視線が消え、優しい目つきへと変わった。
「大知。お前は俺たち家族と一緒に帰らないで、ルミナとともにこの世界へ残れ。」
「へ?」
「ミアモール!何言ってるの?一緒に帰らなきゃだめよ!」
「ママ、ちょっと待って、パパの話聞こうよ。」
親父は美月の頭を撫でながら、俺に向かって言う。
「大知、まずは男のお前が覚悟を見せるべきだ。ルミナは恐らく大丈夫だろう。どんなことがあっても耐えて生きていける子だ。だけどそれじゃあだめなんだ。」
「お父様…。私なら大丈夫です。どんな場所でだって…」
「ルミナ、もう君は我慢しているんだよ。どんな場所だって耐えていくのかい?そうじゃないだろう?」
ルミナははっとした顔で、うつむいてしまった。
覚悟を決めるのは俺なんだな。
しっかりとルミナの手を握り、親父に宣言した。
「親父!絶対にルミナと一緒に地球へ転移してやるからな!それまで、ママと美月をよろしく頼む!」
「フハハハ!お前なんかに頼まれなくたって、俺がいる限り、ママと美月のことは任せておけ。
それに、すぐに転移してくるさ。とりあえず、こっちの世界に来たときは一晩以上はかかっていないはずだ。だから、お前は一晩こっちで過ごしてから、ルミナと一緒に転移を試せ。
ルミナ、そこのベランダを覚えておけよ。そこを目指して飛んでこい!」
「はいお父様!」
「おうよ。親父、俺は焼肉を食いたいぞ。」
「アルソーさんに肉をもらってこい。検閲なんぞ知らん。」
「あと、メロンジュースね!」
ママ、復活したんだね。涙流しながら笑わないでくれ。
「よし、転移できる場所を探すまでは大知の力が必要だ。俺たちを送ってから、すぐに大知とルミナはこの扉から草原へ戻ってくれ。それから、アルソーさんの屋敷へ飛んで事情を話すんだ。
それから、魔玉は全部お前たちに預ける。たぶん、地球じゃあ持ってても意味ないだろうしな。」
親父は装備を全部馬車へと入れていく。ママのも、美月のもだ。
「馬車をお前たちは持っていけ。それから、バンバンドは借り物だから、返しておいてくれよ。転移ができることを確認したら、またお宝を載せて持ってくればいいさ。」
「わかった。バンバンドはドワーフ王に返してもいいんだな?」
「そうだ。よし、美月とママに、精霊達はノアに乗るんだ。帰るぞ!」
小人達も納得してくれたようだ。
おとなしく、みんな別れの挨拶と再会の約束をして、馬車に入っていく。
「よし、親父、移動するぞ。」
「よろしく頼む。大知、もし、もしだぞ。転移の魔法が使えなかったときは…」
「まかせとけ。この世界を統一しておいてやるよ。」
「いや、ルミナと幸せになってくれたらそれでいい。アルソーさんによろしくな。」
ルミナが耐え切れなくなって、親父にすがりついて頬に別れのキスをする。
「お父様、ありがとうございます。絶対に転移を成功させてみます。それまでちょっとだけお別れですね。」
「ルミナ、大知をこき使ってくれよ。こいつは生来が怠け者なんだ。しっかりと尻に敷くんだぞ。」
「はい!」
「大知、風邪ひかないでね。それから歯磨きしてね。あと、絶対に帰ってきてね。」
「お兄ちゃん、ルミナ姉ちゃん、待ってるからね!」
猫と精霊達も目で挨拶しているのがわかる。
泣きそうになるじゃないか。
「おし、渦に入ったぞ!親父、魔神の目で転移できそうなところを探しやがれ!」
親父は、目に魔力を集中させると、ある一点を指差す。
指先から途轍もない魔力が溢れ、渦の中心にある風景が広がってきた。
「地球だ!!」
渦の壁に映し出された地球はどんどん大きくなり、太平洋の端っこにある島国を捉えた。
そのまま北海道と東北の中間あたりをどんどん拡大していき、見覚えのある町が見えてきた。
「ダイチ、あの星は丸いんですね。」
「この星も丸いんだよ。」
「丸いんですか!?どうして!?」
「今夜ゆっくり教えてあげるよ。」
「え?今夜ですか?…はい、お願いします。」
「大知!18歳になるまで、絶対に一緒の部屋で寝ないこと!!!!」
ママ、そこ絶叫するところか?
渦の中には、すでに俺たちの自宅の敷地が見えている。
ああ、やっぱり地層ごと切り取られるようにこっちの世界に来ていたんだな。
「大知!予定変更だ!やっぱり精霊も置いていくぞ!監視されているみたいだ!」
ああ、確かに軍関係の車両が1台だが止まっているようだ。
ブーモ達を急いで馬車に移す。
「それから、転移は2、3日後の夜にしろ!ベランダの窓は開けておく!」
「了解!じゃあ、落とすぞ!」
「おうよ!達者でな!」
「大知元気でね!ルミナと幸せにね!」
「お兄ちゃん!ルミ姉ちゃん!大好きだから早く戻ってきてね!」
「すぐに行くから心配すんな!それから美月!大会頑張れ!」
親父達のノアと自宅を、渦に映っている敷地めがけ、ゆっくりと降下させていく。
親父と最後に握った手を離した途端に、映像の中へと家は移動し、唐突に映像が途切れた。
映像があった場所にはまた渦が流れ始めた。
「よし、ルミナ、俺たちも脱出しよう!」
「はい!ミアモール!」
「ええええええええええ!?そう呼んじゃうのおお?」
俺とルミナは馬車の屋根に座り、モンブシオ国側の出口へと進む。
そして、無事に大平原へと帰り着いたのだった。
「以上が事の顛末となります。」
今俺とルミナは、アルソーさんの家の客間で、魔神の消滅と、家族の帰還を報告していた。
「コウサカさんがルミナのことを大切に考えてくれていたことで、私たちカルナル家の人間は、本当に幸せな気持ちで一杯です。また、ダイチさんが、ルミナのためにここへ残ってくれたことに感謝致します。」
アルソーさんは、ルミナと俺がこの世界に残ったことに感激し、ずうっと泣きっぱなしだ。
大事な娘にもう会えないと思っていたのに、こんな嬉しいことはないと、すぐに祝言の用意までしようという勢いだ。
「アルソーさん。まずは落ち着くのを待ちましょう。明後日の夜には、俺とルミナは転移を試します。それが成功したら、親父達を招いて、一緒に結婚式をあげましょう。」
翌日は、ドワーフの郷へとルミナとともに転移し、マヅダー王にバンバンドを返した。
王は国宝としてこれからも末永く大切に保管していくことを約束し、親父がこの世界に来た時には、大祝賀会を開くことを約束してくれた。
ドワ3姉妹にも顔を出して、美月が日本へ戻ったことを報告する。
「ミヅキアエナイサミシイデス。デモ、ワタシコトバベンキョウシマス。イツカアエマス。」
「すごい上手になったじゃないか!びっくりしたよ。今度美月がきたときは、王様のところでパーティーをする予定だから、一緒に行こうね。」
「ウレシイデス!マッテマス!」
ドワ3姉妹と一緒に昼食をとったあと、俺とルミナはデンジーレへと帰還した。
「ニホンという国には、魔法はないんだね?」
「ええ。おそらく魔力が湧いているような場所もないと思います。」
「ということは、君もルミナも自力で回復するしか、魔力の補充はできないということか。」
「いえ、一昨日気づいたのですが、俺の魔力をルミナに譲渡することは可能なようです。」
「譲渡?それで魔力は回復するのかね?」
「ええ。恐らく俺の魔力はルミナの数倍はありそうです。ドワーフの郷へ往復したルミナは魔力がほぼ空でしたが、俺の魔力を少しわけただけで、回復しましたから。」
「じゃあ、ニホンという国に転移することで、ルミナの魔力が切れたとしても、回復させてこちらへ転移させることが可能ということか!」
「転移さえできれば、何度でも可能でしょう。」
「素晴らしい!これで孫の顔もみることができるのだな。」
「それどころか、アルソーさん一日をお招きすることもできるかと思います。」
「それは楽しみだ。是非行ってみたいものだ。」
翌日は、朝からこちらの世界の食材や、飲み物を買おうとしていたが、ルミナの魔力の消耗を考え、ほとんどをアルソーさんの自宅に置いて、転移の準備をすることにした。
「結局、なにも持っていくのをやめちゃったね。」
「転移さえできれば、いつだって持っていけますよ!」
それから、俺とルミナはデンジーレ領主のボリーバル・デ・ロス・デンジーレ侯爵を訪ね、結婚の許可を頂いた。
光の神殿でも結婚の誓いはできるのだが、すでに神は決して味方ではないことを知ってしまったので、役所での書類提出を選択したのだ。
この世界での結婚の誓いは、領主、あるいはその代理である補佐官が認めることでなされるのだが、補佐官の娘であるルミナの結婚のため、領主にお願いすることになったのだ。
息子のカルロスも祝福のため駆けつけてくれたのだが、その脇には、エロフのポーリナさんがしっかりとついていた。
「エルフ領の皆様からも祝福の言葉をいただいていますよ。二人でしっかりと生きていくようにとのことです。おめでとうございます。」
なんか改まって言われると照れるけど、領主が現れたことで、二人は離れていった。
「ダイチ=コウサカ、ルミナ=カルナル、両名の結婚の意思に嘘偽りはないな?なければ、結婚の宣誓をしなさい。」
「結婚の意思に嘘偽りはありません。生涯ふたりで寄り添い、助け合い、ともに歩いていくことを誓います。」
「それでは両名を夫婦と認める。こちらに署名捺印をするように。また、アルソーと私が、見届け人となろう。」
簡単だけど、これで俺とルミナは夫婦となった。
よし、これで思い残すことはないぞ!
その夜は、カルナル家の親戚を呼んで、簡素ではあるが、披露宴を開いてもらった。
ルミナも初めて会う人が多かったが、みんなが幸せそうな顔で祝福してくれたのが嬉しかった。
「じゃあ、そろそろ行こうか。」
「はい、ミアモール。絶対に手を離さないでくださいね。」
「手もだけどね、いつもの格好でいこう。」
俺はルミナを背負って、みんなにお別れを言う。
「今から日本という国へ転移します。もしかしたら、これが永久の別離になるかもしれません。無事ついたら、アルソーさんに連絡しますので、指輪はいつも持っていてくださいね。」
「お父様、お母様、お姉さま、ユイカ、行ってきます。ダイチさん行きますよ!」
「よし、行こう!」
そして目の前が暗転する。
いつもなら一瞬なのに!
背中のルミナがぐったりしている。
慌てて、ルミナに俺の魔力を注ぐと、なんとか意識はあったようで、そのまま転移魔法を続ける。
そのうちに、風が頬に当たった。
転移が終わったのだ。
魔法ではない人工の明かり、電灯が周囲を照らしている。
「ルミナ!」
「ダイチ!ああ!言葉がわかります!」
二人で笑顔で頷きあい、明るく光るベランダの窓を開けるのであった。
この話で、ファミリートリップは終了となります。
目標であったブックマーク300超えが達成できて感無量です。
皆様の応援、ご理解に感謝します。
本当にありがとうございました。
ちなみに、この話に後日談、補足等はありません。
しばらくの休養後、新しいお話に挑戦する予定ですので、それまで暫しお別れです。




