074 親父と魔神
魔神の目はどんどん再生していく。
周囲に迫る白濁したゼリーみたいなぶよぶよを寄せ付けないように、魔力で押さえつけたがそれでもすぐに周りを囲まれていく。
ダンドリルに魔力を注ぎ込み、周囲のゼリーを吹き飛ばしながら、奥へと進むと、おやじの右腕が見えた。
「親父!大丈夫か!?」
手を掴んで一気に引き抜くと・・・肘から先がなかった。
「なっ!?親父!親父!どこだ!」
腕があった先に親父の鎧が見える。
もう悪夢は見たくない。
親父の胸当ての部分に手をかけ、力任せに引っ張ると、親父の顔がでてきた。
「よ、大知。生きてるぜ。」
声は弱いが、なんとか生きてはいるようだ。
親父の再生能力があれば、腕なんてまたすぐに生えてくるはずだ。
「親父、出るぞ。踏ん張ってくれよ!」
さらに力を込めて親父を引っ張ると、ずる~っと体が出てくる。
そして、驚愕に身を震わせることになった。
腹から下が・・・いや、あるんだけど・・・
「親父、どうなってんだそれ。」
親父は右腕と下半身を失っていたのだが、それだけならば生命があるうちは再生するだろうと思っていた。
しかし、親父の右腕と下半身には、おそらく魔神のものだろう。
やけに太い神経線維がくっついていたのだ。
「ああ・・・どうやら、魔神の身体再生と俺の身体再生がうまい具合にフュージョン・・・」
「馬鹿言ってんじゃねえ!どうすんだよ?引きちぎればいいのかよ!?」
「もうどっちの神経もつながった感じだ。ちぎっても魔神に侵食されるかもしれない。それにもう、俺の体は魔神の体につながっているよ。」
ピンクや緑色の繊維が脈動するようにどんどん親父の体に食い込んでいく。
親父からも周囲に筋繊維や神経線維らしきものが広がっていっていた。
「よし、引きちぎろう。我慢しとけ。」
左手を両手で握り、力任せにひっぱろうとしたら、親父の体が魔神の肉に溶け込んだようになって、抜けない。
周囲の肉をダンドリルで掘削し、親父の体を解放しようとしたら、すでに俺の体も奥に向けては動かなくなっていた。
「ダ・・・ダイ・・・チ・・・、ニ・・・ゲル・・・ンダ・・・」
顔も繊維に侵食されているのか、口も満足に聞けなくなっているようだ。
「親父い!あきらめんじゃねえよ!もがけよ!魔神に取り込まれるんじゃねえよ!」
「マ・・・ジン・・・ノ・・・ァタ・・・マ・・・コ・・・ワ・・・セ・・・ィ・・・ヶ・・・」
もう顔が見えない。
親父・・・魔神の頭を壊せって言ったよな?
「くそがあああああああああ!くそ!くそ!まってろ!いま頭かちわってくるから!」
手元のダンドリルとサイコ○ンで外に向かって肉片を飛び散らせ脱出口を作る。
ついでにそこらへんに向けて、サ○コガンを最大出力でぶっ放しておく。
「なんでだ!なんでくっついてんだよ!馬鹿親父!」
どちゃ!
再生していた水晶体をぶち破り、一気に高度を取って、魔神の攻撃範囲を離脱する。
「大知!パパは!?パパはどうしたの!!??」
ママから悲痛な声が聞こえてくる。
どうしろってんだ?どう説明しろってんだよ!
おそらく、魔神の頭は15mくらいの直径があるはずだ。
こいつを一気にふっ飛ばせばいいのか?
どうなるってんだ親父?
魔神は両手を振り回してそこらへんにマグマを振りまいている。
ヤタにのった美月はともかく、他のメンバーはちょいと防御に手一杯みたいだな。
全員で一斉攻撃するように集結させたほうがよさそうだ。
全員を俺と同じ高度まで引き上げ、美月には湧いてきた魔族の牽制をお願いしておく。
「ママ、よく聞いてよ。親父が魔神とくっついた。」
「くっついた?くっついたの?くっついたってなに?なんなの?どういうこと!?」
いや、俺に怒るな。
ルミナがママを後ろから抱きしめて、体を抑えてくれている。
「たぶん親父と魔神傷ついた細胞同士がくっついちゃってる。親父が魔神の頭を壊せって言った。だから、壊そう。」
「あ!まさか・・・そんなこと・・・」
「どうしたルミナ、なんかわかるのか?」
「ええ。魔神とお父様は今細胞同士で融合している途中だと思います。魔神もあれから何も発言していませんから。」
「それがどうしたんだ?」
「いま、お父様は魔神と戦っているのではありませんか?どちらが主導権を取るのかという。」
「主導権?あ!体の?だから頭を壊せって!?あ~なんとなく。」
ポンッと左の手のひらに右の拳を打ち付ける。
「お母様!急がないと、お父様が魔神にただ飲み込まれてしまいます!すぐに魔神の頭を吹き飛ばさないといけません!」
「え?なんで?なに?どうすればいいの?」
ママにはちょいと難しかったようだ。えーと・・・
「ママ、魔神の頭をぶっ飛ばせば、親父に会える!やろう!」
「パパは生きてるの?大丈夫なのね?頭をふっ飛ばせばいいのね!?」
「そ!さあやろう!ママはまず魔神の頭をガッチガチに凍らせてくれ!美月、聞こえたか!?」
「聞こえたよ~!でもこっちもやばいよ!」
「おー!まかせとけ!ピジョの回復よろしく!」
左手を魔族の群れに向けて、胸をロックオンする。
視界で認識できる魔族全員を一斉に狙い撃ちする!
魔力が一気に爆発し、見える範囲の魔族の心臓を貫いた。
さすがに魔族の再生能力でも、心臓を潰せばその動きは止まる。
再生するまでの間に、魔族達は火口のマグマへと大部分が落ちていった。
辛うじて再生が間に合った魔族を美月の光の矢が消滅させていく。
「よし、これでいってみるぞ!ママ、頭は凍った?よし、次だ!ピジョ!ブレスを最高の威力で耳の穴に叩き込んでくれ!
穴が開いたら、俺がダンドリルで向こうの耳まで穴を作ってやる!
ルミナの全力で火の矢をその穴に突っ込ませろ!」
「わかりました!大知、私を耳の横に移動させておいてね!」
ママが凍らせ続けたおかげで、魔神は一時的に脳の活動を停止させたのか、おとなしくなっている。
「ピジョ!いっけえええ!」
「ワン!!グアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオ!!!!」
さすがドラゴンブレス!
耳の穴から側頭葉にかけて穴を作ってくれたような気がする!
「ママ、俺がいる間もどんどん凍らせておいてね!」
そういい捨てると、俺はピジョの作った入り口から頭の中へと入る。
凍る寸前のような肉質ではあるが、俺の鎧は冷気を遮断してくれる。
構わずにどんどん掘削し、灰色っぽい脳をどんどんかき出していく。
そろそろ反対側の内耳へとたどり着きそうだと思ったときに残念ながら側頭骨へとあたってしまった。
こいつを突き破るのは容易ではなさそうなので、急いで元の耳から外に飛び出る。
ルミナが炎の槍マグマバージョンを構えて待っていたので、すぐに上昇する。
俺が離れた瞬間に、ルミナの凶暴な槍が魔神の耳の中へと突入していった。
ルミナを引き上げて様子を見守っていると、魔神の頭部が膨らんできた。
バゴ!バゴ!!
異様な音を立てて、魔神の膨らみきった頭部が破裂していく。
「お兄ちゃん!魔族よろしく!」
美月が杭のような太さの光の矢をずらっとならべて、額の髪の生え際に向けて撃ち出していく。
ダゴ!ダゴ!ダゴ!
光の矢は半ばまで凍った皮膚を突き破り、頭蓋骨の中に食い込んで行った。
その杭と杭を結ぶようにヒビが入っていく。
バキ!バキイイイイイ!!!
杭の間にヒビが広がり、耳の穴まで到達する。
最終的に頭蓋骨が完全に額のところで割れた瞬間だった。
バアアアアアアアアアアン!!!!
盛大に肉片と骨片を撒き散らしながら、魔神の頭部は後ろに吹っ飛んでいった。
「親父!やったぞ!あとは自分で頑張れよ!」
割れたところから猛烈な蒸気を吹き上げながら、魔神の頭部が盛り上がってくる。
この再生された脳は魔神か親父か!?
すると、頭部が再生していくにつれ、魔神の体が縮んでいく。
「親父か!」
「ミアモール!?」
「パパ頑張って!」
「お父様!」
みるみるうちに、魔神の体全体が縮んでいき、マグマの中からも足が短くなって飛び出てきた。
「おやじいいいいいいいいい!」
空中に浮かんでいたのは、親父だった。
「いやー、今回は死んだと思ったわ。」
後頭部をぽりぽり掻きながら、のほほんとした顔で親父が笑っている。
こっちは生きた心地がしなかったよ。
「ミアモール!なにしてるのよ!怖かったんだからね!」
泣きながら親父をママはぶっ叩いている。
いや、死んじゃうからやめようよ。
美月は親父にしがみついて離れない。
よっぽど怖かったんだろうな。
「ダイチ、魔族達が見ていますよ。」
「ああ、魔神がいなくなって呆然としている感じだねえ。」
「ああ、たぶん、俺の言うことを聞いてくれるはずだよ。」
そういうと、親父は火山の縁を魔族達の方へと歩いていく。
驚いたことに、魔族達は親父に臣下の礼を取っていた。
「さて、魔族の勇者たちよ。ごらんの通りに魔神は俺が吸収した。」
魔族達はざわめきもせずに、親父の言葉を聞いている。
「魔神への生贄も、魔力供給も、たった今からもうする必要はない!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
弾かれたように、魔族は歓喜の声を上げる。
騒ぐ魔族達から、頭髪も髭も真っ白になった爺さんが親父の前へ進み出てきた。
「あなた方は、魔神アーラカーツ様・・・魔神が呼んだ封印を解くための生贄でしょうか?」
「生贄のつもりは全くなかったが、恐らくそうだろうな。コウサカという。」
「コウサカ様、それに皆様。魔神討伐おめでとうございます。」
「おめでとう?お前達の神ではないのか?」
「確かに魔神は我々の神ではありました。それに魔族を生み出す偉大なる父でもありました。」
「それでは俺達はお前達の敵だろう?どうして礼を言う。」
「魔神は勇者に封印された後、大地から魔力を吸い上げることも、神の世界に挑み、天使どもから魔力を奪うこともできなくなっていました。」
平伏したまま、老魔族は魔神の狂態を話す。
魔神は、封印された後、生命活動を魔族達に肩代わりさせていた。
存在することにさえ膨大な魔力を必要とする魔神は、魔族達から死なない程度に魔力を召し上げ、さらにこの魔界の魔力さえ、周囲の魔力が枯渇するほどに奪っていた。
壮健でさえあれば、魔界中を飛び回ることで、魔力を吸収していた魔神であるが、一箇所に留まっていたことにより、周辺の環境を悪化させていったのだ。
それに加え、天使達がどんどん魔神へ殺到してきて、その防衛にも苦労する状態であったという。
いつもであれば天使に遅れをとることはないのだが、少なくなった魔力では防衛も容易ではなかったそうだ。
そして今では、魔族はこの周辺にわずかに残るだけとなっていた。
「魔神がいなくなると、どうなるんだ?都合がいいのか?不都合なのか?」
「私達はこの地を去ります。すでにこの地には吸い上げるべき魔力は僅かしかありません。それに魔神がいなくなったことで、天使はそのうち軍勢を率いて攻めてくるでしょう。」
魔族を食うためにこの世界へとやって来る天使達は、通常の魔力を保持しているならば、魔族の敵ではないという。
「では、魔力の湧き出る場所へと移住するというのだな。」
「ええ。恐らく数百年後には新たな魔神が生まれ、この魔族達を率いてくれるでしょうが、それまでは、細々と天使達と覇権争いをしていくことになるでしょう。」
じゃあ、人間界はしばらく安心だな。
ルミナも俺の手を握る力が強くなっている。
「神ってのは、どんな奴か知っているのか?」
「天使達はよく神という言葉を使いますが・・・恐らく天界全体を言うただの言葉ではないでしょうか。実際、こちらに姿を現したこともありませんし、詳細は不明ですが、私達は気にしたこともありません。」
そういうことか。天使達は、ただ空想の上で、神を崇めているだけに過ぎないのか。
「最後の質問だ。俺達を元の場所へと帰す方法を教えてくれ。」
家族全員が固唾を呑んで老魔族を見つめる。
魔神はいなくなった。
俺達は魔神に呼ばれた。
魔神はいなくなった。
俺達は魔神に返してもらうことはできなくなった。
じゃあ、どうすれば・・・
「魔神は、この火口の中で、いえ、マグマの中であなた方を呼び出しました。封印解除のためにどうしても異世界の人間を呼ぶ必要があったらしいのです。」
「それはまたどうしてだ。なにか理由でもあるのか?」
「勇者です。あなた方の世界からきた勇者が魔神をこの火口へと封印しました。勇者は自然を操る魔法を使い、魔神の下半身を、生命を持ったマグマに食べさせ続けていたようです。そして体の中に入り込み、楔となっていたとのことです。」
うわあ・・・痛いんだろうな。下半身って・・・うわあ・・・。
「ママが最初に、火口を凍らせていたら・・・」
「マグマは死んで、魔神は復活していただろうな。」
やば!あんなん封印なしで倒すとか無理じゃん!
「マグマの中から俺達を呼んだってことは・・・火口に飛び込めってことか?」
「いえ、魔神はマグマの中から儀式を行いましたが、あなた方は違う場所に現れたはずです。」
「ああ、ベヒモスのいる草原だったな。」
「おお、ベヒモスは魔力溜まりに迷宮を作る習性があります。おそらくその魔力溜まりに元の世界へとつながる扉ができたのでしょう。」
「扉?扉ってどこにでもできるのか?」
「扉は、召還の魔玉を用いてつなげることになります。あなた方はその魔玉を割ってこの魔界へといらっしゃったのですよね?今もまだ扉は開いていると思いますが、そのどこかに元の世界へと通じる場所があるかもしれません。
私が知る情報はここまでです。あとは、実際に扉への道を探すしかないかもしれませんね。」
「そうか、あの道へ戻れってことか。他に勇者について何か知っていることは?彼は元の世界へ戻ったのか?」
「あるとき不意にいなくなったとしか。確かエルフの森の奥深くらしいですが。」
「ママ、勇者の日記ってある?」
「あるけど、なにもヒントなんて・・・」
「魔力溜まりの話をしていなかった?自分が転移してきた場所だって、そんな話。」
「ああ、あったわね。最後の最後よね。たしか魔力溜まりの場所を見つけたとか。自分が召還された場所だったとか。」
「それだ。やっぱ、俺達にとってはあの草原が最初の場所なんだ。」
「爺さん!あの道はどれくらい開いているんだ?」
「三日くらいは開いているのではないでしょうか。溜まった魔力が少なければそれだけ早く閉まるでしょうね。」
やばい、すでに一昼夜は経っている!
「よし、ありがとう爺さん。俺達は元の世界に帰る!あの渦の中に飛び込んでやろう!」
「はあ、あ!ありがとうございました。それから、魔神の力はコウサカさんに入っているはずです。魔力を集中すれば、あの渦の中を探ることができるかもしれません。魔神はそうやって異世界をみていたはずです。」
「おお!爺さん、それが一番聞きたかったことじゃねえか!まあ、間に合ったよ!ありがとう!」
そういうと、口々にお礼を言う魔族達を置いて、火口を飛び出したのであった。
扉へ飛び込むんだ!
俺達はそれだけを考え、ノアを拾って扉の方向へとダッシュした。
親父頑張った。




