072 魔界突入
お断り:宗教に対する冒涜に価する記述があるかもしれませんが、温かい目で見てくださると幸いです。
1/1:後半部分の寝ながら書いたような部分を少しはましに修正。
ロッカの町からゲンネーさんとイトチュ率いる守備隊改め防衛隊が駆けつけて、俺達の魔界行きを見届けることになった。
「わずか一月足らずの間に、このような事態が起こるとは思ってもいませんでした。やはり魔神アーラカーツの復活を危惧する光の神々によって、コウサカ様はこの世界に呼ばれたんでしょうなあ。」
「そういえばこの世界の神様をまったく知らずに過ごしていましたよ。魔神と神様は敵対していたりするのですか?」
「なんと!光の巫女まで擁しておきながら、光の神々のことを知らずに戦っておられましたか!」
そう言ったきり、絶句してしまったゲンネーさんのかわりにイトチュが説明しようとする。
しかし、あいかわらずのワッキーに、思わず親父が両手を前に突き出しながら話す。
「いや、私達はこの世界から去るべき者です。そんな神様方の詳細などは却って知らない方が幸せなまま日本へ帰ることができるというもの。ここは、そのままで魔界へ乗り込みたいと思います。」
ぜんぜん説得力もなにもありゃしない遠慮だが、半径5m以内では息もできそうにない悪臭に、説明を聞くのはあきらめた。
「それにルミナもいるので、道々説明してもらいますよ。なあルミナ!」
後方に退却している女性陣の中から、ルミナが叫び返す。
「ゲンネー様!光の教えについては私からかいつまんで説明しますので、心配ご無用ですよ!」
遠いよルミナ・・・
「では、ゲンネーさん、イトチュさんに防衛隊の皆様、そしてハイベール、大変お世話になりました。今から魔玉を破壊しますので、なるべく遠くへと避難してください。
それから私達が魔物や魔族に苦戦するようでしたら、速やかに町まで撤退し、王都やデンジーレから守備隊の増援をお願いし、まとまって抵抗するようお願いします。」
親父がゲンネーさん達を避難させる。ハイベールさんはみんなの後方で、鼻をつまみながら手を振っている。
ワキガーのおかげで湿っぽい別れにならずにすんで、毛先ほどは感謝することにした。
「よし大知、やれ。」
「あいよ。」
ダンドリルに魔力を流し込み十分に回転させて、助走をとる。
自分を超能力で浮かせて魔玉に突進させると、魔玉にダンドリルの先端が接触した瞬間、一瞬硬い抵抗があった後、確かに先端が中へと進んでいく感触が手に伝わる。
バガ!
魔玉に亀裂が走ったと思うと、亀裂からいきなり噴出した魔力が黒い瘴気となって上空へと立ち昇り始める。
それを見届け、俺も一旦みんなのところまで下がると、地上30mほどのところまで立ち昇った瘴気が集まり、禍々しい雰囲気を撒き散らしながら黒い雲が発生していた。
魔玉は今や完全にぱっかりと割れ、断面からはどんどん瘴気が雲に向かって流れ続けている。
大きな雲へと成長したときにルミナが呟いた。
「雲ってこうやってできていたんですね。やっぱりお布団とは違ったんですね。」
「あー・・・とりあえず、あの雲に集中しようか。」
一瞬気が抜けたが、ルミナの頭をぽんぽんしておいて、稲光まで始まっている雲に集中する。
雲の中央にへこみができたと思うと、それを中心にどろどろとした渦が発生し、雲の表面全体へと広がっていった。
その直後、一気に渦は雲の中へと滝のように落ちていく。
ゆっくりと渦になってどこまでも落ち込んで行くような空間はかなりの大きさで、うねるように続いているため奥はまったく伺えない。
渦の中はオレンジ色と黒の層になって、どんどんどんどん渦は回り続けて中心へと続いていく。
「禍々しいって言葉始めて使えるなこれ。」
「まあ使わないねえ。どう見ても楽しそうな場所に続いているとは思えないんだけど。やめない?」
「やめたいよな。」
「パパ、大知なに言ってるのよ!早く行くよ!ヤタ、おいで~。」
うわ、行く気満々な少女がいるよ・・・
「美月、みんなで一緒に行くから一人で行くんじゃないぞ!」
「じゃあ早くしてよ。行っちゃうよ?」
「わかったから待てって。ママ!ヤタに飛ばないように命令しておいて。大知はじめるぞ!」
とりあえず、全員を家の敷地に入れて、親父とブーモに地下5mまでの地層を固めてもらう。
周囲の地層と切り離したところで、家の上空へ移り、敷地そのままを持ち上げ始める。
「っと、結構引っ張られるなこれ。」
これまで感じたことのないひっかかりがあり、素直に上がってきてくれない。
きっと土同士の抵抗が結構あるのだろう。
それでもイメージを強く持ち真上にすぽっと抜くように体全体に力を込めると、ずるんっという感じで持ち上がってくれた。
一旦上げてからはスムーズに動いてくれるようになったのだが、この超能力の限界を把握しておく必要がありそうだ。
「親父行くぞ。みんな、もし揺れたりしたら危ないから、家の中にいた方がいいぞ。」
親父はバンバンドを庭の中央に突き刺し、それを支えにしているけど、ただ格好つけたいだけなのはばれてる。
まあ、ヤタもいるから問題はないだろう。
ピジョは不安だから飛ばせないようにママに頼んでおいた。
「ダイチがんばって~!」
ベランダの手すりにつかまって、ルミナが応援してくれている。
大きな渦が螺旋のように落ちながら、雲の中へと入っていく。
「お父様、今魔界への通路に入りました。まだ交信はできるみたいですね。」
どうやらルミナは通信の指輪を使ったまま魔界へ突入するようだ。
楽しそうなことやってんなあ。
まあ、魔界からでも通信ができればルミナは大喜びだろうな。
家の敷地が全部雲のなかへ入った。
ぐにゅ~~~~~~ん
渦の中へと進んだ瞬間にいきなり視界が歪み、全体の輪郭が伸びていく。
ノアの上を俺は飛んでいるのだが、ノアの長さが10mくらいになった感じだ。
すると先のほうが流れるように前方へと吸い込まれていき、その瞬間全体が前方へと急に引っ張られていった。
視界の中には白い光しか見えず、自分の体を自覚できないが、なんとなく伸びた体が前方に向かっているような感覚はある。
やがて視界の中にいろんな色が飛び込んでくると同時に、周囲の輪郭がはっきりしてきて、ノアのボンネット側から元の形へと収束していく。
なんか耳の奥がキーンとして、やがて親父の声が聞こえてきた。
「ワープ航法だ!!!!」
うん。平常運行に戻ったな。
風圧を感じ、通路を抜けて、おそらく渦の外に出た瞬間だった。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!』
かなり遠いだろうが、前方から雄たけびが上がり、身構える。
「心配すんな、数キロ以内に敵はいないぞ。」
どうやら親父のレーダーは問題なく稼働中らしい。
「お父様、魔界へと到着したようです。聞こえますか?」
ルミナは必死に指輪に話しかけている。
いつもよりラグはあるようだが、無事アルソーさんの返事が届いたみたいだ。
薄暗い大きな空間に飛び出したことはわかるのだが、見通しは酷く悪い。
大岩や、切り立った崖や砂地が見えるが、別に動いたり爆発したりはしていないので、地形に襲われることはなさそうだ。
周囲が夕方から宵闇の明るさで、全体がオレンジから紫色に染まっている。
周囲に目が慣れてきたとき、遥か前方で魔法の飛び交う明かりが見えた。
その規模は遥か彼方であるにもかかわらず、地面が揺れるほどの衝撃と、空を染めるほどの魔法合戦が起こっていることを想定させられる。
「なにが戦っているんだ?大知見えるか?」
ああ、見たくないものが見えているよ。
俺には暗視も遠見もあるんだから当然だ。
そして理解できないからこそ、簡単に言うんだ。
「ああ、よく見える。天使が悪魔に群がって戦ってるよ。」
「天使と悪魔?なに言ってんだ?一体なにが起こってるんだ?」
「わっかんねえよ。片方は天使そのままの格好で、白い翼に白いローブみたいなの着てるし、鎧や槍も持って、雷みたいなので攻撃をしているよ。大きさはばらばらだな。もう片方よりは数がかなり多い。優勢だね。」
顔のクローズアップとか、皮膚の様子とかは見えないけど・・・
「もう一方は魔神の手先かな。黒い服がエザキエル達の格好に似ているよ。なんとか今は拮抗しているけど、手が少なくて押されてるね。」
恐らく黒いほうは魔族だろう。
天使よりは早く動けるようだが、数が違う。
魔族一人に対し、天使10匹くらいの差だ。
動きがいくら早くても、10本の雷を容易く回避できるわけではない。
そうやって見ていると、一匹の天使がこっちを見た。
「親父!家を降ろそう!気づかれたみたいだ!戦闘に巻き込まれるぞ!」
急いでブーモと親父が20×13×10mくらいの土地を切り取る。
そこに家をはめ込み、切り取った土を硬化させて蓋をした。
もちろん、ノアと馬車とメンバー全員は地上だ。
「ものすごい速さで赤い点が近づいてるぞ!数は・・・画面が埋まるくらいだ!」
美月とママとルミナはすでに広域に矢と槍を展開している。
まだ俺以外のメンバーは地上にいて、美月はヤタへと跨るところだった。
ピジョはブレスの準備をし、ヒポポとブーモはノアを護衛している。
「絶対に警戒を解かないでくれ!見た目にだまされるなよ!」
みんなに向けて警戒を発する。
俺もダンドリルを構えながら、そこらへんの岩をこぶし大に圧縮し、無数に周囲に散らばらせて迎撃準備をしておく。
やがて俺達の前にやってきたのは白い翼の天使達だった。
『人間、なぜ魔界へいるのだ。』
問いかけてきたのは先頭にいる他の天使より倍ほどの大きさの天使だろうか。
その姿は光り輝く鎧に、純白の羽を広げ、見ているだけで圧倒されそうな神秘的な雰囲気を醸し出している。
顔は霞がかかったようにはっきりと見えないのだが、かなりの造形美を感じる。
ただし遠見で見た顔はまったく別ではあったが。
その天使は、直接頭の中に響いてくるような話し方で、こちらを誰何してくる。
「異世界に帰るためだ。あなた方には関係のない者だ。どうぞ戦闘に戻ってくれ。」
話している間にもどんどん前方の天使密度が上がっていく。
『異世界だと?そんな報告は受けていないのだがね。しかも関係がないのにどうして攻撃態勢を取っているのだ。餌の分際でこちらの都合まで決めようとは大したものだ。』
非常にいやらしい笑い方で、俺達を見ている。
今こいつが言った餌という言葉は間違いのない説明だと思う。
さっき遠見で見た戦闘では、口が大きく開いて胸元まで裂けたような口に、鮫と同じような無数の牙と歯を生やして、動きの鈍った魔族に噛み付いて齧り取っていた。
まるで弱った獲物に襲い掛かるピラニア、いや溺れているものに群がるホオジロザメのような光景だったのだ。
後ろの天使達は、リーダーらしき天使の言葉を理解しているのか、無表情のままこちらを見ている。
ルミナを見ると、現れた天使達に畏怖したのか、膝をついて両手を掲げ、祈りの姿勢を取っている。
すでに彼女の炎の槍は消えてしまっている。
『我々は魔族との戦いでかなりの魔力を消耗しているのだ。神の尖兵として戦う我々のため、貴様らの魔力を徴収することにする。おとなしくそこに並べ。』
そういうと顔に霞のかかっていた天使達の顔がはっきりし、大きく口を開き始める。
顔と頭と首の皮がずるっとパーカーの帽子のように後ろに下がり、むき出しの筋繊維にぎょろっと浮かび上がった目の玉をこちらに向けながら、首まで裂けた口を大きくあけていった。
「あんなのが天使か?鮫のほうがまだ可愛いだろ。俺達は餌でしかないってか。」
理解したらしい親父が一歩前に出て先頭の天使に尋ねる。
「ちなみに、餌になるのを断ったらどうなる?」
『餌の言うことを聞くことはない。』
その天使が片手を振ると、後ろの天使達が一斉に迫ってきた。
「残念だよ。天使に神さまのところへと、連れて行ってもらえるかと期待したのに。」
親父はバンバンドを構えて、天使のリーダーへと突進した。
その速さに天使は驚く顔をしながらも、自分の前に障壁のように光り輝く盾を出現させる。
また両手には雷が放出するような電撃を纏っていた。
しかし親父はその障壁に正面からぶつかっていき、強引に障壁を足で踏み倒した。
天使が頭上に掲げた両手に、発生させていた稲妻ごとバンバンドで切り裂く。
そのまま頭頂へと振り落とし、頭を粉砕しながら一気に両断する。
脳天から股間まで一気に切り裂かれたにもかかわらず、驚愕の表情を浮かべながら動いている天使の顔の横にバンバンドを移動させ、さらに上から細切れにしてしまった。
心臓にバンバンドが届いた瞬間、天使は光になって蒸発していく。
俺は天使達の下の地面に無数に配置しておいた凝縮岩に、真っ直ぐ飛び上がるよう命じる。
飛び上がった凝縮岩は天使の体を貫き、更に竜巻のように周囲へ飛ばしながら、後方の天使達をばらばらに解体していった。
美月とママは気持ち悪い顔に変わった天使に、待機させていた矢と槍を一斉に飛ばす。
光の矢と氷の槍は天使達の胸に正確に突き刺さり、どんどん天使を消滅させていく。
最後にピジョのブレスが炸裂した。
ブレスを吐きながらピジョは顔を縦横に振り回し、多くの天使達を蒸発させていった。
「天使が人を餌にしようとするなんて・・・」
ショックに沈むルミナを必死にベールが慰めているが、現時点でルミナは戦闘力0だな。
親父が迫ってくる天使をバンバンドでどんどん潰して、ルミナを守るように動いていてくれる。
ブーモとヒポポのほうにも数体の天使が迫るが、ブーモの大角とヒポポの水魔法で寄せ付けていない。
天使達は稲妻のような魔法をこちらに向かって降り注ぎ始めたが、ママの魔法で作った水の障壁で受け止め、周囲の地面へと逸らすことに成功している。
「気持ち悪いからこっちこないでよ!」
大声を出して気合を入れたのか、美月は光の矢を壁のように発生させ、残った天使達を殲滅してしまった。
「天使は人の世に侵攻してきた魔族を撃退してくれる存在として、光の経典には記載されていました。」
「確かに魔族を食って撃退していたな。それだけじゃなく俺達のことも食おうとしてたけどな。」
「魔力を持つ存在を捕食してたんだろうな。もし、神がいるとしたらとんでもない悪党じゃないか?」
「そんな・・・そんなことは・・・」
ルミナは信じる教義が根底から覆されるという事態に、茫然自失といった表情だが、見てしまったことを疑うわけにもいかない。
「ルミナ、俺達は自分達を信じるしかないんだ。天使だろうが悪魔だろうが魔族だろうが、家族を危険に晒すより、そいつらを俺は滅ぼすぞ。しっかりとついてくるんだ。」
ルミナを抱きしめながら諭すように言うと、ルミナは頷いてくれた。
天使の軍勢を退けてから、いまだ続く魔族対天使の戦闘を見ていると、数が減った天使を魔族が押し返しているようだ。
頭上に浮かぶ魔界の門を眺めながら、俺達は魔界でどのように行動したらいいのか図りかねていた。
天使を尊いものとして捉えることが苦手。
なんとなく罪の意識でもあるんでしょうかね。




